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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
三章『星と並んで見た世界と、祈り』
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三節『雨は上がる』1

 これはステラとトウカがルーナン・コリスを出る、数日前の話。


 フリューとノーザは神殿の一室、ステラの部屋の前に立っていた。修道女たちが暮らす棟とは別の、離れた場所に作られたそれを探すのにある程度苦労はしたものの、共鳴によって場所がわかっている以上、彼の部屋の前に辿り着くのは時間の問題だったのである。


 フリューは背後に引き連れたノーザに一度視線を向けてからノッカーで扉を叩いた。

 ここに来るまでにノーザからのお小言タイムは終わっているため、特に話す事はなかったのだ。それでノーザが納得しているかは別として。


「ステラ……、フリューです。入りますよ」


 ステラからの返事を待たずに開かれた扉の中で、目的の人物を見つけたフリューは少しばかり口元を緩めて彼と視線を交わした。丁度書類仕事をしていたのだろう机の上には黒く汚れたペンがあり、彼がそれを扱うのに慣れていないのを表していた。

 ノックの音が聞こえていたからだろう。彼は既にペンから手を放していて、立ち上がって二人を出迎える。


「随分と迷ってなかったか?」

「実はノーザが方向音痴で……」

「そんなことはないです」

「ははっ」

「どうして笑うんですか」

「いいや。たいしたことじゃないよ」


 とりあえず二人を適当な椅子に座らせて、ステラはコップに水を注ぐ。あいにくと紅茶やコーヒーなどはこの場にはなく、彼もまたそれを必要とはしていなかった。茶葉や豆が彼の知るものとは異なるというのもあったし、純粋に水を沸かすのが面倒だったのである。その点、水を出す魔術というのは簡単だ。何せ彼が最初に覚えた魔術を応用するだけでいい。


 フリューの挨拶でステラがノーザを助けたことを思い出すと、彼女は表情をむすっとさせて椅子の上で姿勢を正す。この三人内での隠し事は不可能に近い。口では理由を聞いても、ノーザ自身で理解してるはずだった。

 それでも口にしないのは、この場に居る全員がこういった心くすぐられるような時間を求めているからである。勇者フォウ・リーフは居ないし、この神殿の主であるマザーシプトンも居ない。つい先日にはグアルディアンから来たノゲシも去った。ルーナン・コリスの現状を平和とは言えないものの、安全であるのに違いはない。ここから先、安全を平和に変えれるかどうかは、ステラにかかっていると言っても過言ではない。


 来客二人の前にコップを置き、最後に自らがコップを持って着席したところで、ステラは「それで、どうして来たんだ?」と用件を伺う。急ぎの用事であるのなら、わざわざ部屋を探してやってくることもないだろう。そう思って頭を整理してみても、ステラから答えが出ることはない。そもそも急ぎであるのなら、神殿内を歩き回るよりトウカを探して言伝を頼む方が早いのではないか。精々がそう考えるのでいっぱいだ。


 努めて答えを胸の中に隠して笑うフリューにステラは苦笑いを浮かべ、彼女からの返答を待つ。フリューはよく笑うようになったなと、そう思いながら。


「ステラが良ければ、少しお話をしようと思ったのです。これからの事、これまでの事。…………私はノーザとステラ、二人の距離が縮まれば嬉しく思いますし」

「違いますよ。姉さんは貴方とどうやって愛の巣を作っていくか考えているんです」

「…………ステラ?もちろん分かっていますよね?」

「くくっ、やりかえされたな、フリュー」


 もちろんステラはノーザの言葉がでたらめであると分かっている。これはなんて事のない言葉遊びだ。フリューの中に僅かにでもその気持ちがあるのを感じ取っていても、言葉に出すのは野暮だろう。彼女が気持ちを言葉にしない限り、こちらから声をかけるのは違うような気がしていたのだ。彼女を好ましく思っていないだとかそういう訳でなく、出会いが少しばかり悪かったために思うところがあるからだ。

 時間があれば、そういったこともいつかは解決してくれるのかもしれない。そう考えれば、フリューの提案は渡りに船だった。けれど、そう上手く行かないが現状である。


「でも悪いな、今は時間が無いんだ。やらないといけない仕事が残ってて」

「そうですか……。何かお手伝い出来ればよかったのですが」

「規模自体は小さいんだ。今までの書類とかも残ってるし、上手くやるさ」


 フリューとノーザの二人の教養自体は低いわけではない。ノーザが過去の伝説、伝承から魔術を使えるように、文字を読むこともできれば、その意味をきちんと理解することもできる。一つ致命的な点があるとするのなら、それは計算が出来ないことである。簡単な計算、それこそ日常で使うようなものは出来ても、それ以上となると途端に出来なくなる。

 素質はあるのだから勉強すれば出来るのだろうが、二人には神殿に集まってきている住人の世話などを任せていることもあって、他の仕事を振れなかった。


「仕事はいつ終わるのですか?」と、ここで口を開いたのはノーザだった。彼女は続けて言う。


「夜も見回りをしていて戻ってくる頃には手元にしか光は無く、朝は前日の報告を聞いて瓦礫の撤去。…………いつ、終わるのですか?」


 ノーザはステラが思っていたよりも彼の仕事に詳しいらしい。精力的に動いている以上、姿を見る機会は多いだろうが、ここまで詳しい者もそうは居ない。そしていつ終わるのか、と聞かれれば、どうしても口をつぐんでしまう。

 きっと……終わりはない。彼がここで一番偉い限り、仕事が減ることはないだろう。


 だから、彼の口から出たのは苦し紛れのものであった。もう居ないマザーシプトンの姿を思い出してしまうが、仕方ないだろうと、彼は心を決める。


「食事の時なら……どうにか…………」


 困り顔のステラを見て、フリューはまた笑った。その笑みに含まれているものが何であるのか、考えるまでもない。どこか満足げに頷くノーザもまた、彼女と似たような気持ちであるのはすぐに分かった。


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