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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
三章『星と並んで見た世界と、祈り』
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二節『それは醜い魔女の愛』3.5

普段の文量の半分以下ですが、きりが良いので投稿します

 マザーシプトンの体から魔力が抜けていく。いかに異邦の魔女であろうと、神代の空の元で魔力が無くなればこの世界の法によって葬られる。だが、それは悲しいことではない。

 どんなに人を殺していようと、どんなに人を救っていようと。その最期は変わらない。星海の元へと昇っていく七月の神マザーシプトンも、数多あまた、神の元へと昇っていく死体の一つに変わらないのだ。


 彼女から抜けていく魔力は弱々しく、輝きを放つほどの量も、濃度もない。それは水に混ざった油のように空中に歪に溶けだしていた。


 龍血を生み出す心臓はステラによって打ち砕かれ、微かに残ったマザーシプトンの意識ももう間もなく消えてしまうだろう。せっかく復活を果たして四肢だけでなく、両の目も元に戻ったというのに。彼女の視野はどんどん高く、視界はおぼろげになっていく。それはバラバラに月として封印されていた頃よりも酷いもので、声にも音にもならない、ゆっくりとした息として彼女の口から漏れ出た。


「…………」


 もう二度とこの両腕で誰かを抱きしめることもない。

 もう二度とこの両目がが愛した世界を映すことはない。

 もう二度と、──叶わぬ夢を見ることもない。


「……」


 彼女の意識の中に走馬灯が走ることもない。

 血が足りない。空気が足りない。魔力が足りない。

 マザーシプトンの人生で何かが満ち足りたことの方が少なかったかもしれない。


「──」


 それでも、空へと浮かんで行く彼女の表情は、僅かなほほ笑みで満ちていて、つり上がった口角から地上へと血の滴が落ちる。その下に誰が立っていて、どのような表情をしているかだなんて、彼女には分からないものの、何故か、幸せなイメージだけが脳内で広がっていく。

 大切な記憶を記した絵画の数々を、白い絵の具が呑み込んでいくような、遅々とした終わりへの工程の中に何を笑う事があったのか。マザーシプトン本人ですら、理解することは出来なかった。それは思考するための能力が足りないだけでなく、きっと、本調子でも分からなかったに違いない。

 ただ、幸せであったと、そう留めておくのがいいのかもしれない。考える必要なんてない。マザーシプトンがこれから迎える休息を、誰も邪魔することなんてしないのだから。


「おやすみなさい、マザーシプトン」


 それは誰が言ったのか。地上で彼女を見上げる人々だろうか。それとも先に星海で待つ、一人のプレイテリアの王の言葉だろうか。

 なんにしても、マザーシプトンの最期の一幕は彼女の幸福感で溢れたものだった。

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