一節『龍の血脈』1
ステラとトウカが勇者と戦い始めてしばらく。七月の神殿に避難してきていたフリューとノーザ、そして孤児たちは身を固め、戦いが終わるのを待っていた。七月の信者たちに案内された部屋は窓が無く、何かが爆発するような音が何かを知る術もないままに、時折響いてくるそれらに子供たちは震え、怯える。
ステラと精神的な繋がりを持つフリューとノーザは彼の心の様子を把握することが出来るものの、それははっきりと景色を投影するようなものではない。不安が心から体まで蝕んでいくような感覚を味わう半龍の双子は子らを胸に抱き、瞳を閉じてステラとの波長を合わせようと手を握り合った。
「姉さん……」
「大丈夫」
短く言葉を区切って答えた自らの姉にノーザは眉を顰めるが、今はそれ以上に意識を割くべき問題が目の前にある。意識を体の深奥へと伸ばして、探し出すのはステラが持つ龍の力である。今までであれば難しい行為ではなかったが、それが戦闘中であれば少しばかり事情も異なってくる。更に、今の彼の中心に居るのは彼女らではなく、別の存在であったというのも、難度を上げる要因の一つであった。
現状でステラと繋がっている存在で彼女たちが真っ先に思いつくのはトウカであり、戦闘が始まって最初は彼女がステラの一段と深い場所に座っていた。彼女たちはトウカと面識があるからこそ、それも合わせてステラが力を出せるように方向性を整えていたが、今の彼の中に居るのは彼女たちの知らぬ何かだ。
何かはフリューとノーザよりも強大な力を持ち合わせているようだったが、それは不穏な気配を感じさせる。共鳴する限りではステラに何か影響があるわけではないものの、不安の種が大きく育っていく様子を胸の中で見ていることしかできないのは、麻でゆっくりと首を絞められているかのようなおぞましい吐き気をもたらす。
「…………だめ、私じゃ届かない!」
「……」
「姉さん……!」
ノーザの悔しさを多分に含ませた言葉が部屋に響く。
大切な時に何もできない。ヨシとナズナに襲われた時は、幸いなことにステラが死んでしまう事は無かった。けれど、次は……?相手は伝説に生きる勇者だ。
そんな気持ちが込められたノーザの悲痛な叫びは、目の前のフリューには届かない。額から汗を流し、髪を肌にくっつけたフリューの焦りを感じれば感じるほど、ノーザの焦燥感は強くなっていく。
それはやがて彼女の体を突き動かし、部屋の外へと導いた。ルーナン・コリスでは人手が足りないだろうと、何か出来るのではないかと駆け出した妹の背をフリューは見やり、孤児たちを一際強く抱きしめてからその後を追う。先ほどまでノーザと手を握っていた右手にはまだ温もりが残っていて、強く握りしめると余計に熱を感じてしまう。
「ここで待っててね。必ず戻ってくるから」と、不安げな孤児たちに言葉を残して掌の熱を振り払うように駆け出したフリューもまた、ノーザに負けないほどの焦りを覚えていた。
◇
聖剣が折れ、視界が光で埋まった。……いいや、意識が飛んだのだろう。体は瓦礫に呑まれ、息を吸おうとすれば埃が気管に入り込んでくる。それ以前に、呼吸ができるような体の状態ではないのかもしれない。肉体は痛みを拒絶するように麻痺し、瓦礫の中でぼんやりと映る視界は所々が血で濡れていた。呼吸音も自分が感じているものとはタイミングが違う。
それでも生きているのだからと、痛みを感じないうちに身の回りの瓦礫をどかしてしまいたいのだが、いくら念じても体は動いてくれない。……トウカは無事だろうか。いや、まずは私自身の心配をするべきか。今にも死神はこちらへと脚を伸ばしてきているのだから。
「私の剣は希望の剣にはなれなかった。エクスカリバー……、私にはどうしても力が必要だったが、聖剣が救ったのは私ではなく、世界だ」
勇者フォウ・リーフ。聖剣を仕舞って無手で近づいてくる彼を、私は見ていることしかできない。
「世界を救った俺がどうなったか知っているか?伝説にも何も残されていないその後を想像でしたことは?…………魔王を殺そうとした私は魔王に殺され、星海の神によって再び魔王と対峙した。今の私と同じように、守護者として呼ばれたわけだ」
勇者の脚が止まる。
「もう逃げ場は無いと全てを諦めた魔王を殺し、私は役目を終え、元の世界──地球に戻った。だが、戻った先は海の中だ。死体が一つ、辻褄を合わせるために地球の渡った。そこからの私は本当の影法師だ。他の守護者の様に肉体が星海にあるわけでもないし、この世界で生まれたわけでもない」
彼は一つ息を整えて私に問いかける。
言葉を発していない私に聞こえていると勇者は知っているのだろうか。それとも、知らなくてもいいのだろうか。ただ、言葉を吐き出したいだけだろうか。
「今の私は人形だ。神の使命を確実に達成し、虚無を身に宿したコスパの良い哨兵だ。…………お前だってそうじゃないのか?」
何か言ってやりたい。私だって勇者だ。彼と同じようにこの世界にやってきたのだから、何か言ってやりたかった。
「……ごっ…………」でも言葉が出ない。出てくるのは血と唾ばかりだ。だけど、私の答えはもう必要ないのかもしれない。七月の神が、マザーシプトンが、この地に降り立ったのだから。
「人形だから何だって言うのかしら?いかな神、英雄、凡夫に至るまで、この世界に生きる者すべてが創作物でしかないのだから。違いなんてありはしないの。三神の更に上、この世の主以外はね。守護者なら分かるでしょう?」
あぁ……姿ははっきりと見えはしないが、これが神気というものか。魔術によって神の力を降ろしていた私には分かる。肌がひりつくような歓喜が自然と体から湧き上がるのだ。
歪んだ空間を身に纏った、一見裸に見える大魔女の笑い声。封印を解き、完全に復活を果たした彼女の四肢は元の通りに生えそろい、もう何も縛るものもない。
「──はははは!預言の魔女、大龍の魔女、破滅の魔女……私の名前なんてあぁそう!なんだっていい!!さぁ勇者!高説を垂れるのだから、貴方は答えられるのでしょう?」
それはとても醜く、美しい神であった。




