三節『勇血たちはかつてを夢見る』6
私の魔力量はそれなりに多いはずだ。マザーシプトンの秘術とでも言うのか、訓練によって底上げされているものと、勇者となって嵩を増した分がある。それでも聖剣を扱うのは一筋縄でいかないというのか。
魔力が一気に無くなったことで視界は明瞭ではないものの、そこをサポートしてくれているのがトウカであり、体勢を整えるために大きく後方に引く。
聖剣から放たれた魔力の奔流はツァオネを焼き払い、道を抉ってその爪痕を残していた。周囲を薙ぐように振るったためか広範囲が更地になるということはなかったのは幸いだった。ルーナン・コリスの町道が広かったのも良かったのだろう。マザーシプトンが復活した時に町が消えていましたというのでは、あまりにも面目が立たない。
とはいえ、目下心配するべきなのは勇者の対処だ。ツァオネを両手で数え切れないほどに消したとして、未だ勇者フォウ・リーフの底は見えない。エクスカリバーで巻き込んだと思っていたノゲシを護り切り、手元へ戻すほどの余裕を彼は崩すことがない。
けん制のためにトウカが矢を放つも、どこからともなく現れた聖剣によって弾く始末だ。戦場が良く見えているというか、指揮官タイプとでもいうのか。
トウカが合流すると、彼女は私に身を寄せて油断なく弓を番える。そして何を語るのかと思えば、それは空の様子だ。
「ステラ、少し体が浮いていましたよ。気を付けてください」
「……神代の影響か」
……神代。マザーが作り上げてきた神代の空気は、マザーシプトンの復活によって現実のものとなろうとしている。今まで見知っていた世界のルールが変わってきているのか。地球で言う重力が、魔力に置き換わってしまっている。いいや、本来の姿に戻ったと言ったほうが正しいのだろう。空には海が揺蕩い、その中を雲がゆったりと泳いでいく。
何が起こっても不思議ではない気持ち悪さと、魔力の濃さによって覚える全能感のコントラストは思いのほか悪くはなかった。
「──星光の名において永遠なる七月の神に願い乞う!月映す鏡面に鋭い輝きを授けたまえ!」
七月の神の魔術によって聖剣を強化し、追加で身体能力の強化のための魔術をいくつか唱える。エクスカリバーを放つには魔力が足りず、状況もあまり良くない。己の身一つで戦う支度が終わるのと、勇者との激突が起こるのは瞬き程の間だった。
重たい澄んだ音が爆発的に広がる。私の剣と勇者の剣が起こした音を置き去りにするかのように、私たちの動きは速い。
鍔迫り合いなどごめんだとばかりに早々に身を引いた勇者の回し蹴りを受け止め、硬直の時間をトウカが神弓で埋める。同じ勇者であるのに、勇者の動きは魔術によって強化された私よりも素早いものだった。何か秘密があるのかと思いつつ打ち合うこと数合。私と彼とで、使っている聖剣が違う事に気が付いた。
形状や何から何まで似ているものの、あれはエクスカリバーではなかった。勇者が自身で創った聖剣ではなく、別物のそれを銘を知るには、知識が足りない。それでも類推することは出来る。
勇者フォウ・リーフにゆかりのある聖剣は、私が使っているエクスカリバーの他にもう一振りある。彼の伝説に出てくる剣王が振るう、聖剣エクセレジオーネ。……だがそれは、フォウ・リーフには扱えないはずのものだ。どういう理由なのか。
一際強く刃を重ね合わせた勇者に対して、私は疑問を口にすることにした。
「どうしてそれが使えるんだ……!」
「わざわざ言う必要はない!」
「聖剣に認められなければ、たちまち魔力を吸われるはず……」
「語る暇は、ない!!」
一端互いに距離を取り、勇者はツァオネにまたがって、私はトウカと共に町道を走る。獣の柔軟な動きによって建物を足場にして移動する勇者を追えるのはトウカの神弓だけであるが、視線を上に向けてばかりでは地上に居るツァオネに足元をすくわれてしまう。更にはノゲシの攻撃にも気を付けなければならない。当て逃げのように動かれるのが一番きつい。
神弓を持っているのはトウカだけではない。勇者だって同じものを扱う。ツァオネの雷も気を遣わなければならず、倒すとなれば余計に気を遣わなければならない。……やはり元を立たなければ先がないか。
「トウカ、勇者がエクセレジオーネを使っている以上ジリ貧だ」
「エクセレジオーネ……使用者の能力を底上げする剣。かつては歴代の剣聖に受け継がれたという聖剣ですね」
「背中を任せてもいいかな」
「……ええ。お好きにどうぞ」
遠距離の攻撃手段に乏しい私に出来る事はトウカに近づくツァオネを倒すか、近づいてきた勇者と数合打ち合うぐらいしかない。深く踏み込むにしても、ことさらに息を合わせなければ勇者に迫ることすらできないだろう。
幸いなことに彼女は私を脚を止める気は無いようで、少し口角を上げて肯定してくれた。それにしては余裕がないように感じるのは、きっと勘違いではない。
星海からの光が照らす中を駆ける勇者が次に近づいてきた時が勝負時だ。
「ステラ!来ますよ!」
「──くっ!!」
言うが早いか刃と刃が混じり合い、火花を散らして聖剣が耳障りな音を立てながら私たちの距離を測る。
歯を食いしばり、脚を踏ん張って、相手の体の動かし方を感じ合う。ここで勇者を引かせるわけにはいかないからこそ、ここは慎重に相手の動きに読み、合わせる必要がある。
最初に引いたのは勇者だ。いままでならここで攻撃を合わせるのはトウカだが、今回は私が深追い気味に踏み込んだ。横から爪を立てて足止めをしようとしてくるツァオネに構っている暇なんてない。
流石に追いかけられている体勢で戦うのは不利だと思ったのか、勇者は振り向いて剣を掲げた。
「その剣で勝てるわけないだろう!!」
「同じ聖剣だ!」
「それは所詮、贋作でしかない!!」
勇者の剣は次第に激しくなっていく。それは彼の感情に比例しているかのようで、語気もまた荒々しくなっていった。
「希望の剣なんてこの世界にありはしない!」
「……ッ!」
「全ては神が決めたことだ!転移も!戦いも!苦悩も!……戦って何がある!」
「お前だって同じ境遇なら!!」勇者の喝によって私の剣が横にそれた。
私には彼の気持ちが理解できない。私の進む道の先に彼は一足先に辿り着いていて、後追いしか出来ないのが私だからだろう。何とか護りを固めようと聖剣を眼前に持ってくるものの、これは……耐えられるのか?
「偉大なり海より出でて、光を写すは聖なる剣。───の名において正義を示せ、……エクセレジオーネ!」
エクスカリバーが放つ光と酷似したそれ。まるで太陽を宿したかのように光輝く聖剣が今、振るわれた。魔力の影響か極彩色に揺れる視界の中で、攻撃を受けた私の聖剣が折れた。
・聖剣エクセレジオーネ
神話大国プレイテリアにて代々剣聖に受け継がれていた聖剣である。
プレイテリアに記録されている最初の魔王討伐では神剣が用いられたが、それ以降の魔王討伐戦ではこの聖剣が使われた。
その後、幾度かの戦争、幾度かの紛失を繰り返したが、使用者を選ぶ武具が完全に紛失したという記録は残されていない。この剣はその最たる例であろう。
能力は使用者の身体能力の上限解放、及び身体能力の強化である。魔力を放つ能力というのはどの聖剣にも備わっていないものであるが、剣王がアーサーと呼んだ伝説上の人物の贋作を模して放ったとも言われている。




