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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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三節『勇血たちはかつてを夢見る』4

 トウカが再び神弓アルメッサを構え、針の脚を石畳に引っ掛けるようにして大きく弦を引く。彼女の隣に立つ私は勇者を見やるが、どうしても私の目には彼の姿をはっきりと捉える事が出来なかった。それでも私が彼が勇者であることを認識出来ているのは彼の魔力が普通の人間とは違うからであり、その存在感が特別だからである。


 ──トウカの二射目。勇者までの通りを裂いて進んで行く光の矢は速く、無音であり、精確に目標を狙い澄まされたものだった。

 だがそれも勇者の前に弾かれてしまう。一射目は太陽神の腕で防がれたが、二射目を防いだのはそれとはまた違う様子で、魔力同士が正面からぶつかり合ったかのような反応を残して光は消えていった。壁のように広がっていく魔力の残滓を見れば、彼がどうやってトウカの矢を防いだのかは一目瞭然である。

 挑発か、それとも魔力の消費を抑えるためか。勇者がもちいたのはトウカの持つ弓とまったく同じ、神が創り出したもので間違いない。神弓アルメッサ……持ち主を多く出してきたこの神器も、まさか自身と競うことになるとは思いもしなかっただろう。


 花火のように輝きを四方八方に走らせたかのような魔力の反応が消え、余裕といった様子で近づいてくる勇者を待つ私は、前に立つトウカに声をかけた。


「神弓対決か」

「……勝てませんよ、言っておきますが」

「二人なら勝てるだろう」

「私は脚を引っ張ってしまうかもしれません」

「トウカの実力はよく知っている。脚を引っ張るのは私の方だよ」


 彼女は攻撃を防がれたのがショックだったのか、それともカコの死のテンションを引きずっているのか、あまり好調ではなさそうだった。だが、神弓に選ばれる人間が脚を引っ張るような戦場があるのなら、それはもう世紀末ぐらいなものだろう。トウカは騎士鎧を身につけているし、それを十分に動かすための環境もここにある。


 私は勇者にこそなりはしたが、戦いの経験値が足りないのだ。それでも私がこの場に立っているのは神代に近しい空気に酔っているからで、一人で戦っているわけではないからだ。

 トウカはもちろんのこと、共鳴によって繋がっているフリューとノーザ。そして、星海の下でこの戦いを見ているだろうマザーシプトン。それらの生の鼓動が、命の脈拍が共鳴を通して私の心臓を強く動かし、心と体を支えてくれているからだ。


 眼前に立つ、本物の騎士に自信が無いというのなら、私が与えてやればいい。勇気を与え、人々の希望になった存在を勇者と呼ぶのなら、勇者である私に出来ないはずもない。

 声や言葉だけでなく、感情を、意志を──彼女に伝える。


「君なら勝てる」


 言葉は短く、されど言葉強い。


「私たちなら出来るさ」


 心は揃っていなくとも、心の音は揃えて。


 ……私たちはルーナン・コリスにたった二人の、マザーに選ばれた騎士だ。この町を護るため、そして、それ以上の何かを秘めて呼ばれた存在である。私に勇者の配役を当てるのなら、対の相手であるトウカだって勇者相応の役を備えている筈なのだ。


 心が強いように見えてどこか悲観的な彼女をフォウ・リーフの伝説に当てはめるのなら、私なら騎士王の役を彼女に頼むだろう。

 幼い頃に神によって選定され、決して迷わぬ赤い瞳を授かり、聖剣を持つ王様。騎士王は騎士鎧を身につけてはいなかったものの、特別な瞳を持つという点ではトウカと似ているともいえる。現に彼女は私に見えない景色を見えているようだ。目が良いだけだと片付けられる話ではあるが、私から見た時、彼女は特別に見えた。


「何なら、聖剣を持ってみるといい」だなんて茶化して言ってみると、彼女は聖剣を一瞥して鼻で笑った。私はそんな彼女の様子がおかしくて、うっすらと笑みを浮かべる。

 彼女なら聖剣を持つことが出来るだろうという想いが私の中にあったからこそ、私は笑ったのかもしれない。この世界に生まれた聖剣たちに拒まれようと、この聖剣エクスカリバーはフォウ・リーフが能力で創り出した物だ。使用制限は他の物よりもずっと、緩いに違いない。例えば、私が勇者の肩書を宿していなくとも持つことが出来るぐらいには。


「……私は貴方が嫌いです。今だからこそ、というのは卑怯かもしれませんが、……どうしてもお互いが生きている内に言っておきたかったのです」

「それはまたどうして」

「貴方は振り切れてしまっている。勇者となってしまったのもそうですし、何故、死を恐れないのですか。生きることに執着しないのですか」


 私からはトウカの背中しか伺うことが出来ない。表情なんて読めないし、視線を追う事も出来ない。

 それでも戦場で気を抜かず、私とぴったり合わせられた共鳴の波から伝わってくるのは、溢れんばかりの感情だった。僅かな興奮を含んだ恐怖の色を読んだ私は一度口を開きかけるものの、吐き出しかけた言葉を呑み込んで、もう一度息を整えた。

 感情を全て読んで会話をするのは、今の彼女の望みにはならないだろうと思ったのだ。そして、私の気持ちを整理するのに必要だとも。


「飾らずに……本心を言うのなら…………、知り合いが居ないから、死んでもいいかなと思う部分はあるよ。だけど、それはマザーが復活してからの話しだ。約束だとか、役職だとか。それもあるけれど、見て見たくなったんだ。今だけでも凄いのに、マザーの見た神代の景色はどんな輝きだったのかって」

「半龍の双子では貴方を縛れませんか……?」

「いいや、縛られてるよ。彼女たちとも約束をしたから」

「……約束、そんなものにどれだけの意味が…………。破ろうとすればすぐに破綻してしまうのですよ」

「意味は自分が与えるものだ。魔術と同じように、約束や誓い、言葉に意味を持たせればそれは力になる」


 会話は平行線だ。きっと彼女は私を真の意味で理解してはくれないだろう。今まで会話をする機会がほとんどなかった私と彼女では、会話を始めるためのスタートラインが違う気がするのだ。

 だからトウカが何か言葉を紡ぐ前に、私の声を滑らせる。


「トウカ、一つ約束しよう。勇者を倒してまた一緒に話をするんだ。そうしたら、君が嫌いな私を殺せばいい。話が終わる事にはフリューとノーザの約束も果たせてるだろうから、トウカの言う縛るものもなくなる」

「……意味が分かりません」

「意味は自分が与えるものだ。もちろん、破ろうとすればすぐに破綻するものだけど」


 この会話にだって意味はないのかもしれないのだし、そんなもの、戦いが終わった時の自分が適当に考えればいいのだ。格好よく言ったところで、深く意味のある言葉が簡単に出てくるわけがない。

 ただ言えるとするのなら、私はこの戦いの終わりを自分の人生の中で線を引いて待っていることだ。そこから先を見ることが出来ないから、何となく全ての終わりを想像しているに違いない。


 私はトウカの隣に立ち、遠くを歩く勇者を見やる。

 全ては勇者を超えた先にある。トウカとの会話も。マザーの見た神代の景色も。フリューとノーザの生活の安寧も。それぞれの約束の意味は、私の中で漠然と燃えている。先の景色を見てみたいのなら、行くしかない。

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