三節『勇血たちはかつてを夢見る』2
食堂を後にした私とトウカの足取りは重たいものであったが、それに反するように歩幅は大きく、移動のスピードとしては早いものになっていた。カコが死んだというのに私の気分は何故か晴れやかで、胸のつっかえが取れたかのような、そんな感じがしたのだ。感情が正しく流れるようになった、とでも言えばいいのだろうか。不思議な感覚だった。
だから、この空気感を生んでいるのはトウカであって、私の後ろをつくように神殿の外を目指す彼女に声をかけようか迷っていたのだが、その必要はなかった。
「大切な人が死んで悲しくはないのですか……、そのような状況ではないのは、まぁ分かっているのですが」
トウカは私の後ろに居るので表情を読むことは出来ないものの、カコの死に何かしら思うところがあるだろう。トウカが来てからのカコはマザーとして彼女の前にあったはずだが、この二日間で何かあったのだろうか。
「そういうのはこっちに来てすぐに終わらせたから。彼女とは何か話したのか?」
「いいえ、会話とかそういうのは特に。ただ、何となく優しそうな方だというのは分かったので……。なんというか、身内の死が久しぶりでしたから」
「悲しいけど、最後に約束を守れたからね」
「立派な騎士……でしたか」
言葉を胸の中で噛みしめるように会話は一旦終わり、床を駆ける音だけが通路に響く。
二日間何も口にしていないのに私の体がここまで動くのは天から降り注ぐマザーシプトンの魔力のおかげであり、元から食事を必要としていなかったかのような万能感すらある。いいや、実際に食事を必要としなくなったのかもしれない。今の私は勇者を模した状態で、本の中の住人に近しいから。
そんな私とは裏腹に、トウカの精神状態はあまりよくはないようだった。理由は、カコの死だ。ひねり出すようにかすれた声だったが、それはたしかに私にまで届いた。
「私は今、きっと……共鳴相手の喪失に怯えているのです。自分の半身……いいえ、己の心が死んでしまったかのような、乾きにも似た何かが腹の底でのたまうような。貴方も、そうなのではないですか」
彼女の問かけは、私に救いを求めているようだった。同情し、どうにか気持ちを紛らわせたいと。そんな希望が僅かにでも籠ったものだった。
だが、私にそのような感情はない。私が共鳴していた肉体はカコであるが、その精神、在り様はマザーのものだ。カコが死んだことで共鳴相手が減ったのは喪失などではなく、新たな関係の構築だ。
「いいや」と、答えは簡素に。
私が先ほどから感じていた感情は悲しみの類では決してない。湧き上がる力の色は、そんな負のものではなかった。
これは考え方の違いなのかもしれない。
私はマザーの前にカコと会っていたが、トウカはマザーの後で彼女と出会った。そのズレが現実に差異をもたらしているのだろう。
そして、ほんの僅かな時間でトウカの認識が変わったとは思えない。もし、私の知る彼女の認識を一気に変えてしまうような言葉をカコが言ったのなら別だが、やはりそれなりの時間があったのではないだろうか。
私が籠っていた二日間。共鳴によってトウカの弱気が伝わってくるものの、今は我慢してもらうしかない。この思いは確かに彼女に届いた。
脚を止めることなく話題を変えるように口を開けば、トウカは速度を上げて私の横に並ぶ。
「二日間で何かあったか教えてくれないか」
「……知っての通りフルムーンは間近に迫り、マザーシプトンは巫女の体を離れて七月で復活の準備を進めています。後は魔物の襲撃がいくらかあったくらいですか」
「被害は?」
「市町には入れていませんが、冒険者に何人か死者が出た程度です。マザーがあらかじめ対策を講じていたみたいでして」
「冒険者に魔物狩りをさせてたから数も多くなかっただろ」
「いえ、そういうことではないようで。魔物は各地のダンジョンの入口から出てきたようなのですか、プレイテリア方面のダンジョンの入口をマザーが埋めていたらしくて」
ダンジョンからの魔物……魔王を倒すために三神からフォウ・リーフに与えられたダンジョンの一部権限、それを使ってルーナン・コリスを襲わせたのだろう。ダンジョンの入口自体は無数にあり、元は全てが繋がっていたようだが、今は崩れて通れない道も多い。ダンジョンへの入口がプレイテリア周辺に固まっているのもあり、主要な道が使えなかったのだろう。
「プレイテリアに必要なものを取りに行ったって言っていたから、その時に埋めたんだろう」
──そして、マザーが取ってきた必要なものとは、私が持つ聖剣で間違いないだろう。
マザーシプトンの復活にあたり、必ず障害になるであろう勇者の力を警戒するのなら、彼女の行動は正しかったという事になる。勇者フォウ・リーフの対策は簡単だ。彼の力は本に記されていて、その原本はここにある。成長をすることが無い過去の幻影である彼への対策など、この千年で何度も考えてきたのだろう。
まずは一歩、勇者の出鼻をくじいた。




