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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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三節『勇血たちはかつてを夢見る』1

 聖剣を引っ提げて歩く神殿内で、私の邪魔をする者は一人として現れなかった。提灯ちょうちんによって視野が十分に通る夜道の様に、さやの無い聖剣が光源となって歩みと共に前後に揺れる。十分に光が入るように設計されている神殿内ではあるが、私が部屋に籠っている間に日にちが経ってしまったので自身の感覚が正しいのかどうか分からない。

 ……純粋に夜になっただけなのか。それとも、フルムーンの何かによって太陽が隠れてしまっているのか。

 フルムーンで騒ぐ民衆によって夜の静けさは感じられないし、私はフルムーンを経験したことが無いから何が起こるのかすら理解していないのだ。フルムーンをただの封印術と認識していいものか。


 ──その時だ、七月の神殿が……いいや、ルーナン・コリス全体が揺れだし、私は咄嗟に身を伏せて姿勢の制御に努めた。


「地震か……?」と、言葉にこそすれ、それは違うとすぐに脳内で思考を否定する。私が今まで読んできたどんな書物にも地震に関連する情報は一切ありはしなかった。ならば、考えられる事は少なくなってくる。


 町に想像も出来ないような大きさの何かが現れたのなら真っ先にトウカの標的になるはずだが、彼女はマザーと共にいる。食堂から動く様子が無いので私が思うより非常事態ではないのかもしれないが、急いだほうがいいのかもしれない。


 聖剣を逆手に持ちなおし、無駄に長い通路を駆け抜けていく。進んで行くごとに、フルムーンの完成が近づくごとに空気が重たくなっていくのは気のせいだろうか。私の見立てではあと半日は猶予があるはずで、そんな急に何か起こるというのは魔術的にはあり得ないはずなのだ。

 ならばこれは、マザーシプトン復活の前兆、余波だとでも言うのか。勇者と英傑が束になって封印することしかできなかった大魔女の、神へと至った者の魔力。


 マザーシプトンの瞳を呑んだ私と相性が悪いわけもない魔力に影響され、脚を踏み出すごとに伸びていく歩幅は、ほんのわずかな時間で私をマザーとトウカの待つ食堂まで運んだ。彼女たちと私を隔てる扉から会話は聞こえてこないし、物音は言うまでもないだろう。息を整えた私は胸をなでおろして扉に片手をそえて押し開いた。


「マザー……?」


 はたしてそこに居たのはマザーではあるのだが、その姿は見るも無残な、赤い結晶を生やした姿であった。たしかに彼女は半龍であり、私とトウカに瞳を吞ませたことからそれも間違いのない事だ。だが、つい二日前までは結晶すら体表に出ていなかったはずで、彼女自身の雰囲気も相まって、死からは一番遠い場所に居たと思っていたのだ……。


 四肢の無いマザーの口元にフォークを差し出して食事を勧めているトウカは私の視線を受けても言葉を発することもなく、食器が重なる音ばかりが耳に入ってくる。

 そこでようやくマザーは私を知覚することが出来たのか、錆びた体を動かすように口を開いた。


「……久しぶりね」

「たしかに二日ぶりですが……」

「二日?まさか。もう何年も会っていないわ」

「あぁ…………。トウカ、マザーは空に戻ったってことでいいのか」

「ええ。丁度、一時間前に」

「ということは……カコ、なのか……?」

「それももう少しで魔術に使える鉱石でしかなくなるけどね」


 マザーシプトンの反応を有しているものの、目の前の彼女はマザーではない。遅れながらに気づいた事実に衝撃を受けつつも、私は心の底から湧き出てくる歓喜を自覚していた。

 マザーの依り代となった眼前の少女は既に死にかけで、彼女自身が言うように命を燃やし尽くしてしまうのだろう。だが、私はまた彼女に出会えたのだという気持ちが上手く抑えられなかったのである。それは態度や表情に出さない喜びではあったものの、共鳴によって彼女にも届いているに違いない。


「もういいわ」とトウカの手を止めさせたカコの声は、喉に石が詰まっているかのように音程に不規則な波を生んでいた。カコの隣に立つトウカは私と彼女の関係性を測りかねているようであったが、今は彼女との僅かな時間のお別れを済まさなければならなかった。役目を終えた巫女の最期が、近い。


「カコ……」

「貴方と出会って、無事にここまでこれた。やっぱり運が良かったのよ。……私も貴方も」

「カコ、私は」


 彼女は口をすぼめて細く息を吐いた。テーブルクロスに僅かに飛んだ血の珠を務めて無視し、思いを伝えようとする私を遮るように、彼女はなおも言葉を続けた。それは必死に言い残しが無いようにしているかのように感じられた。


「トウカ、私の死後は頼んだわよ。半龍の死体を上手く使ってちょうだい。貴女もステラを助けられるはずよ」

「…………えぇ。分かりました」

「……ステラ、約束を果たしてくれてありがとう。立派な騎士じゃない」


 ……目頭が熱い。「それじゃあね」と表情を崩す彼女に、私は一切動くことが出来なかった。

 騎士として跪くのも、結晶を生やした体を抱きしめるのも。何かが違うような気がしたのだ。きっと後から後悔するだろうけれど、今はこれが一番良いような気がしたから。


 臓器を、肉を、皮膚を突き破って伸びていく血の結晶は各々が伸び育ち、激痛に耐えて笑顔を作った彼女の顔を埋め尽くし、命を糧として育ち切る。

 両の瞳を抉られ、結晶の化け物のようであった彼女の笑みが、私には泣いているように見えた。だがそれは悲観の涙ではなく、全てが終わるのだという、使命からの解放による涙だったと思う。


「……カコ、私は本当に勇者になったんだ」


 最後まで彼女に言えなかった言葉を今になって口にしたところで、何も起こりはしない。死者がよみがえるような奇跡は起きないし、トウカは静かに瞳を閉じて現実を逃避する。だから、というわけではないのだろう。トウカはタイミングを見計らうかのように私に問いかける。彼女は私と二人になる時を待って言葉を溜めていた。


「彼女と騎士の約束をしたのですね」

「……あぁ。私がこの世界に来て初めて会話した人だった」

「そうでしたか」


「……すみません」と断りを入れてカコから生まれた結晶を叩き折って懐にしまい込む彼女を横目に、私も同じように結晶に手を伸ばした。まるで血が通っているかのように魔力が脈動し、見方によっては金にも銀にも見える、元は赤い鉱石。魔術の触媒になるそれを手に、私たちは食堂を出た。

人物紹介

・カコ・ツボクサ

ウツボグサ、別名、夏枯草(かこそう)からの命名。

花言葉は「優しく癒す」。

身長(脚を切る前):159cm

年齢:19


七月の巫女であり、半龍。

マザーシプトンをその身に降ろしていたことで龍血の影響を最小限に抑える一方、その身に合わぬ魔術の行使によって代償を貯めていた。

マザーシプトンはルーナン・コリスの実質的な王であり、それらを回すために必要な魔術は魔女であり、魔王であるシプトンのものである。

フルムーンの直前、ついに肉体は耐えられず、その身を鉱石へと転じさせた。


出自については不明であるが、ルーナン・コリス出身でないことは確かである。

彼女が巫女となり13年が経過している。

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