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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
一章『人外が見た夢と共に』
3/53

一節『月の都で連なる』3

「ご存じなのですか?」


 振り返りもせずにそう返せるのか。私は彼女の豪胆さに驚いたものの、こんなどこに耳があるかも分からない場所でする話しでもないし、また後で聞けばいいだろう。

 あの双眸からして、彼女は龍種の血を引く存在で間違いない。人の欲と怠慢さが生み出した無辜むこの半龍…………、悲しき死の定めを背負った存在だ。


「顔を見せてくれないか」


 私の認識通り、彼女が半龍であるというなら、ある症状が出ているはずなのだ。


「貴方は随分と物知りのようですね」


 話はすれども、彼女は私に顔を見せようとはしなかった。それは厄介事が起こるのを理解しているからか。それとも、私という存在を測りかねているからか。この町に居て私の存在を知らないはずは無いが、よその街から来たならそれもあるだろう。


「私の事を知らないフリは辞めたらどうだ」

「知っていても知らない風に装うことは大事な事でしょう?私も妹も、そうやってここまで生き残ってきたんですもの。この町はいいわ…………。ここは国ではないもの。最低限のルールが、人が持ち合わせた信仰と力が法律の代わりになっている」

「それは法として最下層のものだ、法そのものの理念とはかけ離れているし、この町の主人は住民が全て死んでしまっても笑顔を絶やさないだろう」

「……それでもマシなのよ。龍の血は病を癒し、魔術の触媒にもなるし、奇跡を起こす可能性を持っている」


 脚を止めて天を見上げるフリューの横に並ぶ。雨を受ける彼女の肌が白いのは普段からフードを被っているからか、それとも別の理由があるのか。なんにしても、私は彼女の目尻にあるもの見つけて自身の考えが正しかったのだと理解した。

 目尻に咲く赤い結晶、それは龍の血が人の体に馴染めずに体外へと出てきた姿である。体内で結晶となった龍の血は体外へと突き出し、一生終わることのない激痛を伴って人を死に至らせる。龍の血を生む心臓を持って生まれてくる半龍の最期は無残な死体なのだと決められていた。


「……言葉にしては駄目ですよ?」

「…………」

「言葉が力になること、貴方ならその意味が分かるのではないですか?中央区から歌声が聞こえない日は無いもの。大きな劇場があるわけでもなし、どうして彼が歌っているのか。私はずっと考えていたのだけれど、それが分かったような気がするわ」

「何のことだか」


 私は何も知らないというように彼女から一歩距離を取った。実際、中央区で歌われている歌が何なのか、私はその内容も、意味も分かってはいない。けれどフリューは違うようであった。


「貴方は知っているのでしょう?歌の内容」

「それは君の方が詳しいはずだ。毎日聞いていれば私だって耳には残るさ、だけどそれが何の歌で、どんな意味があるのかなんて分かるわけもない」

「ここはスラムの端も端、私には分からないわ。だけど歌には必ず意味があるの。言葉が力を持つように…………例えばそう、強い力で歌われる神話、伝承なんかだとその物語に近しい効果が現れるの」

「そうか」


 それが町とスラムとの神性の差だったのか。言葉にせず、私は自身の中に彼女の言葉がすんなりと落ち着いたのを感じていた。もし彼が神話を毎日のように歌っていたのであれば、この町全体が神話を体現、もしくはそれに近しい状態になっていたのかもしれない。


「変な人……、龍の特徴を知っているくせにについて何も知らないんだもの。魔術の祖とも言える龍を知っていて魔術の基本を知らないんだもの、まるで歯抜けの本を読んだみたいね」

「魔術の基礎ぐらい知ってるさ。もちろん魔術だって使える」

「それこそ歯抜けの状態でしょう?」


 私がそれ以上言えずに言い淀んでいると、外套の中で眼球が更に熱を持ち始めたのが分かった。それがマザーからの催促であるように思えた私は、無理矢理にフリューの唇を奪うのだった。

 彼女が何かを言う前に私の口蓋が彼女のそれを塞いで押し広げた。口内にも結晶があるのか僅かな血の匂いと、頬を痺らせる唾液を交互に口内に押し込んだところで、どちらともなく結ばれた口を離すのだった。


「貴女の情報収集に付き合うのはこれぐらいでいいだろう?」

「……そうね、少し場所を」

「ここで構わないさ」

「人除けの魔術を使ったのね…………」

「よくご存じで」


 フリュー・フタリシズカ。私が伸ばした手が、哀れな半龍がフードで隠していた彼女の角を探し当てて撫でた。柔らかな毛の中で密かに主張する角は心臓の音に合わせて鼓動し、手のひらに確かな脈動を伝えてくれる。フードを下ろさないように顔を近づけて舌を這わせればどうか。銀と金の瞳の輝きを一層強いものにした彼女が劣情に身を強張らせていた。


「角は弱いのか」

「体の奥底の血液を舐められる感覚が分かって……?」

「それは愉快そうだ」

「また話は聞かせてもらうから」

「願っても無い」


 マザーシプトンから頼まれた用事とはこの半龍の女性の保護であり、彼女に中央区に近い位置に家を用意することであった。これからは徒歩数分で会うことになるだろう。

 私がそれを知るのは、もう少し先の話である。

・歌による魔術公使

魔術師は聖句、祈り、神話の一端を詠唱という形で唄う。神代魔術、精霊魔術と種類は多くあるが、現在広く使われているのは自身の力だけで魔術を起こす、現代魔術と呼ばれるものである。

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