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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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二節『波跡に輝く金の星』5

 暗い暗い部屋の中。水の音が耳をくすぐり、どこからか聞いたことの無い声が聞こえてくる。

 声は三つ。一つは男のもので、後の二つは女だった。


「魔王は悪かどうか」

「はい、魔王は悪です」

「────も言ったように、この世に生きる者全ての悪だと断言できます」

「そこまでか……」

「知識外の存在が攻めて来ていても誰も気がつくことが出来ないように、静かに魔の手を伸ばしてくるのが魔王なのです。気がついた時にはもう」



「手遅れ、と」男が女の言葉の続きを口にした。

 男がフォウ・リーフであるとするのなら、後の二人はフォウ・リーフが与えられた能力で精霊に肉体を与えた存在ということになる。物語の最初から勇者を支えた、血色のあまり良くない細身の女たちだ。

 この後、彼らの間に会話があったのか。それを知る術は私には無い。部屋に満たされた水は冷たく体温を奪い、霧は更に濃くなって思考を途切れさせる。気分的には酷く早いスライドショーを見せられているかのようだった。



『───がこの世界由来の神であるのなら人の心が無くても構わないのかもしれない。それは神であって、人ではないのだから。だが、彼女はこの世界で生まれた存在ではなく、外世界からの来訪者だ。となれば、人の心を持ち合わせていないのは随分とまずい。

太陽神(フィルデル)にしてみればこれは世界をかけた戦争で、この使徒たちは人造兵器に見えるのかもしれない。それは彼女からしたら断じて許されるものではなく、神を冒涜する行為だ。神である彼女からすれば、───の異質さをより感じ、嫌悪するのには十分だろう。』


太陽神(フィルデル)と───は同じ神ではあるけどその在り方は対極にあって、一方が正しいと準ずれば、一方は悪いとただす。それは魔王と神とでは決して相容れることが出来ないから。

そして、俺は神の陣営に参加している。───の立場を知っても、悪は悪なのだと、これが戦争なのだと言うことは太陽神(フィルデル)が今さっき言ったことで、人の心が無いだけではなく、世界そのものが彼女を悪だと断じている。

だからというのは語弊があるけど、俺は立場を抜きにしてこっちの(・・・・)世界の側にいるから、戦わなければならないのだ。』



 これは勇者の記憶。どこからかマザーが集めて私に見せる、過去の彼の葛藤。その思いはどこか私の立場と似ているような気がしたが、この思考は危険なものだと頭を振って中身を空っぽにする。

 私は立場を抜きにしてこっちの(・・・・)神の側にいるから、戦わなければならないのだ。


 水によって体温が奪われたからだろう震える体を抱え込むように丸めたところで、この部屋にいる限りは全てが脳裏で再生されてしまう。役目を放棄することは許されていないのだ。

 私はここで、勇者を倒すための何かを見つけなければならない。大事なのは、マザー・シプトンを信じること。

  そこでまた、声が聞こえはじめる。



「申し訳ありませんでした。感傷に浸るなどらしくもない」

「謝ることないだろ。そういう時だってある」

「ええ、そうかもしれません。……────には貰ってばかりですね。私から渡したものなんて、それこそ試練と選択ばかりでしょう?」

「……俺は太陽神(フィルデル)から未来の希望を貰ってる。神の意思が俺を導いてるとしても、俺は自分の気持ちで戦ってると思ってるよ」



 今度はフォウ・リーフと……フィルデル、太陽神の娘の名だ。自分の気持ちで戦っていると語る勇者はこれまでの旅で何を見てきたのだろうか。伝説にはそこまで詳しく描かれてはおらず、全ては私の類推でしかない。

 だが、彼はきっと見つけて持っていたのだろう。何かを、誰かを護りたいという、そういう気持ちを。



「…………フィルデル。聞きたいことがあるんだ」

「私に答えられることでしたらご自由に」

「ダンジョンの最下層が別の世界に繋がってるとして、…………水はどこに消えてるのか知ってる?」

「ダンジョンの水、ですか」

「海鏡の神はダンジョンの持ち主で、外界に対しての力を持ってる。それにダンジョンの水は星海の水と同じで魔力を大量に含んでるのに、何かに利用しているようなこともない。気になってるんだよ」

「…………」

「いや、言いにくいならいいんだ」

「いいえ。……────はその概要だけでも知っておいた方がいいでしょう」



 結局、太陽神はフォウ・リーフに答えを言わなかった。はぐらかしたわけではなく、純粋に知らなかったのだ。大切な会話のはずなのに、どこか軽く流れていくその様を聞いていると本当に友人同士の会話に思えてしまう。いいや、実際彼らは友だったに違いない。



「なあ、フィルデル。…俺が居なくなっても忘れないでくれよ?」

「もちろんです。────、貴方と一緒に作った世界を私は絶対に忘れないと誓いましょう」

「神様との誓いか…、それなら安心だ……」

「寂しくなりますね」



 神は人間のように簡単に出来ていない。太陽神は一生、フォウ・リーフを心の中に住まわせて過ごした。忘れることが出来ないというのも優れた事ばかりではないのだ。

 …………どういうわけか当人の感情が、心の声さえも手に取るように分かる。きっとこう思ったのだろう、ではなく、彼女はそう思ったのだと、断定が出来た。

 なぜだろう、私はその場に居ないはずなのに。だが、ある映像が見えた瞬間、すぐに答えが分かった。

 どうしてその場にいるように感情が分かったのか。そして、何故この部屋で勇者の記憶を見ているのか。



『遠くで悲鳴が聞こえた。誰がそれを言ったのか振り返ろうとしたけど、大きな揺れがそれを邪魔した。


「誰か助けてくれ!!」

「パパー!」

「こんなところで死にたくない!」

「なんだってんだ!?」


 船内は絶えず誰かの声がこだまし、自分の声がどこにあるのかも分からなかった。

 等間隔で並んだ窓の外には雷雲と水の飛沫が見え、もうすぐこの船が沈むのだと思わせる。実際、自分でも自らの命がここで消えてしまうことは半ば確信的だった。

 実家に帰るだけの船旅のはずだったのに、俺の乗っていた船は突然の嵐と船自体のアクシデントによって最悪のものとなった。』



 これは客船が海へと沈んでいく記憶…………フォウ・リーフと私の死に際が同じなのか?

 まさか同じ船に?いや、それでも…………あぁ、そうか。魔術なんてものがあるんだ、時間軸なんてあってないようなものなのかもしれない。世界を超えたのなら尚更ではないか。

 だから彼女は私に言ったのか。


 ── 運が良かったみたいね、私も……そして貴方も


 彼女は勇者と同じ境遇の存在を探していたのだろう。

 それはきっと、私を勇者にするために。

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