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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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二節『波跡に輝く金の星』3

 だいぶ遠回りになってしまったが、トウカが神殿を出るのに時間の多くを必要とはしなかった。神殿内は青と白とを基調とした──それこそ神が住まう星海せいかいの只中にいるかのような色を内部に注いでおり、外の空気と景色は、彼女に一気に開放感を与えた。

 針の脚元を風がくすぐるなか地を滑れば、まるで空にいるかのように錯覚してしまう。だが、普段よりも幾分か青く見える空を覗いてしまえば、その気分も台無しだ。空が青いのは天気の次第などではなく、マザーシプトンの準備が最終段階に入っている事を尚更に彼女に伝えるものであったから。

 空の青は水の青だ。海の青だ。神代でしか見られなかった光景の兆候は、しっかりとトウカの瞳に届いていた。


 ……嫌なものには目を瞑ろう。視界を地上に向ければ、空が気になるということもない。今はまだ、彼女の目にしか映らない程度の僅かな変化だ。

「あれは……」努めて目線を下げた彼女の目に入ったのは、二人の少女と月白の装束に身を包んだ修道女だった。先に冒険者の女を処理していた修道女とは別の、ステラが呼んだのだろう事は明白だった。修道女が付いている二人組をトウカは見た事がなくとも、その存在はマザーから聞いて知っている。半龍の双子。金の瞳を呑んだ彼女とは似て非なる者。そして、ステラに必要な存在だ。トウカにではなく、地下で水に浸っている彼に。


「…………」


 嫌な感情はたしかに彼女の中にあった。だが、言葉にするほどではない。

 何を言ったところで、マザーの描いた未来が変わることはないだろう。なにより、言葉にしてしまえば余計に精神を病んでしまいそうだった。声をかける必要などないだろうと、歩を進めればどうか。話しかけたくもないのに、言葉は相手の方からやってきた。


「初めまして騎士様」

「ええ、どうも。フリュー、で合っていましたか?」

「やはりご存知でしたね。私の名はステラから?」

「いいえ。私は彼とはあまり……会話をしないもので」

ついとはそういうものです。心で繋がっていればいいのですから」


「……対」と、トウカは一度口を閉じて口内を湿らせたが、すぐにフリューの意図することに気が付いた。マザーの銀の瞳をステラが、金の瞳を彼女が口にした事で、二人は対になった。しかして、彼女にそのような意識はない。


「対だなんて…………。私は彼を嫌っていますが」

「ふふっ」


 トウカの言葉にくすりと笑みをこぼすのはノーザであり、そこでようやく彼女も笑みを浮かべた。


「貴女とは上手くいきそうですね」

「私も同じことを、今」

「命を救われても嫌いに?ステラは良い騎士ですよ。優しいですし、非常に勤勉です」

「そんな騎士を貴女は嫌いに?」

「ふふふ……でも彼は狂っているもの」

「それは……一体何に」

「何に、というのは難しいですが、……言うなれば生死・・が、でしょうか」


 そのものを見たことはなくとも、神殿の地下に生者の門を模した部屋があることをトウカは知っている。そして、彼がその部屋に入るのが始めてでないことも。生者の門という言葉が始めて歴史に出てきたのはプレイテリアが未だ健在であった頃の、二度目の魔王討伐の後。当代の王の予告によって生者の門前で魔王を迎え撃った貴族と冒険者連合の誰が言い始めたのか。曰く、外界の者が流れ着く先であると。


「……生死感」

「生死感ではなく、生死ですよ」


 言い直したトウカに「それはこの歌とも関係があるのでしょうか」と口を挟んだのはフリューであり、彼女の顔は怪訝そのものだった。聞こえてくるカストラートの歌だけでは全ては分からない。ステラの過去を知る者はマザーシプトンだけであり、トウカとて推測でしか語れない部分が多い。それでも考えてみればどうか、トウカの中にある答えはあながち間違いでもないような気がするのだ。


「歌……そうですね。結局、彼は歌の内容を知らずに篭ってしまいましたが」

「そうでしたか。それにしても……篭るとは……」

「そうですね、歩きながら話しましょうか」


「彼女たちの護衛は私が変わりますから」と、トウカは修道女へと手をひらひらと振り、フリューとノーザの行く先に移動した。それはあまり言いふらす必要のない会話の始まりを意味し、それがステラに関するものであると告げていた。


 トウカの背を少しばかりの急ぎ足で追う双子の表情は固く、いくらか不安の色が見えた。フリューが約束をしたのはステラであり、それも彼を信じることでしか証明できないものだ。共鳴によって彼の居場所が分かるとはいえ、心配にもなるだろう。それでもフリューが口を閉じ、自ら質問を口にしないのは悩んでいるからだ。ここで自ら踏み込むべきなのかどうか……、とっさに答えが出ないまま、トウカの口が開かれる。


「ステラは今、七月の神殿の一番深い部屋に籠っています。」

「それは……どうして」

「歌の意味を彼が知るため。マザーシプトンの最後の一手となるため。そして、勇者となるため」

「勇者と言うとやはり……、フォウ・リーフ、ですか」

「はい。この町でカストラートが歌っている伝説の、彼で間違いありません」

「では勇者となるためというのは…………」

「マザーは類似魔術を用いてステラを勇者へと格上げするつもりでしょう」

「そんな。彼と勇者とではあまりにもかけ離れて……」


「いいえ」と、トウカは言葉を区切り、記憶の中からステラの言葉を引っ張ってくる。

 ──そう。あの時点で彼女の中に推測はあったのだ。


「彼は勇者と同郷かもしれないと言っていました。そして、フォウ・リーフの伝説の一句目には地の底から現れる描写があり、ステラは神殿の地下で生者の門を模した部屋に籠っている。私たちが思っている以上に、彼は特別ですよ」


 神殿からフリューたちの屋敷まで距離は遠くないはずだというのに、胸で早鐘を打つ心臓が体感の距離を狂わせているらしい。そんな双子へと先頭を歩くトウカは振り返り、黙ったまま自身が金の瞳を呑んだ意味を考えていた。

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