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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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二節『波跡に輝く金の星』2

 騎士として正式な装束を身にまとい、本来の性能を発揮しようとするのなら、それは人の力ではなく環境こそ重要な要素となってくる。魔力が満ちる地でなければ、騎士鎧などはただの針でしかない。

 そういう意味でも、現品が残っているという点でも、トウカは特別だった。


 シプトンが言うように語るのなら、彼女は人の枠を超えたのである。人は何にだってなれる。ステラよりも先に彼女は騎士となり、半龍となった。トウカの輝かしい経歴をしれば、皆が口をそろえてこう言うだろう。彼女は選ばれた人間だ、神に愛されている、と。


 だが、彼女も人間であることに違いはない。騎士鎧など下半身を覆うものでしかなく、脳天に石の一つでもぶつかれば簡単に死んでしまう。半龍となった今ではもう少し長く生きられるのだろうが、半龍の死に際が悲惨でない試しなどこの世になかった。

 生きてる奴が死ぬ。それはトウカが親の顔よりも見た景色だ。


 彼女がこの町に辿り着いたのはステラが騎士として動き出し始めた少し前頃であり、彼女がまだ罪人だった頃である。国でなく、貴族もおらず、自警団すら存在しない。そんな月下の町、ルーナン・コリスの噂は近隣国家だけでなく届く、ところには届いていた。

 と言っても、それらは大抵が後ろめたい過去を持つ掃き溜めたちが紡ぐ虚言の類として彼らの耳に届くことになる。

 それは、彼の地を目指して旅立った荒くれ者たちが二度と同じ場所に身を寄せることがなく、真実が明らかにならないからだ。その事実を今のトウカは理解していて、この町で何が起きていたのかを知った。

 だが、知恵をつけて考えればすぐに分かる事だろう。無法者の排除など、どこの国でも行われている。それが少しだけ大っぴらに見えるだけなのだ。


「…………」トウカが見下ろす先、石造りの屋根の影。魔物盗伐のために呼ばれただろう冒険者が路地で倒れているのを、彼女は目ざとく捕らえた。

 冒険者の性別は女であり、取り回しの良い短剣とナイフが二振りずつ腰に留められている。背には円形のショートシールドを背負っているものの、攻撃を受けたような傷跡は見られない。防具は軽装であり、ふくらはぎまで覆うブーツからすれば、これから魔物の討伐に向かう可能性が高いだろう。

 素早くあたりをつければ、次にトウカの目が行くのは冒険者の眼前に立つ存在である。神殿で暮らしている彼女には見慣れた、七月の神殿に属する暗部が身に纏う、月白げっぱくのローブ。

 つまるところ、冒険者の女は何かやらかしたのだろう。


「この町でなければ彼女も生きていたのでしょうね」


 この町でなければ。この枕詞をトウカは今まで三度口にした辺りで数えるのを辞めてしまった。

 店の商品を一つ盗んだところで、盗人が死ぬなんてことは彼女の経験上あまりある事ではなかったが、この町ではそうもいかない。法が無いと言うのは、裏を返せば法律を必要とせずに人を律せる存在が居るということでもある。

 七月の暗部が使っている魔術をステラから教えてもらった時は、彼女の背筋が凍ったものだ。プレイテリアにて使われていた拷問用の簡素な魔術を、騎士であるステラが必死になって習得しようとしている姿に、過去のトウカは吐き気を覚えたことすらあった。


「この町は狂ってる」


 はたして、この町で暮らしている彼女自身がその範囲に同じく括られているのかどうか。解釈は人によって異なるのだろう。

 トウカは覗いていた市町の様子から目を逸らし、塔の階段に脚をかけた。宙に浮くことが出来る鎧を着けていても、空が七月の女神マザーシプトンの領域だと言うのなら、彼女は何も文句を言わずに長く狭い螺旋階段を下りていく。口に出してはいけないというのは、何も詠唱に限った話ではない。それについては、冒険者よりもこの町のスラムで暮らす人々の方がよく知っている事だろう。


 マザーシプトンの手が届きにくい場所というのは、ルーナン・コリスの拡大に伴って出てきた問題であった。歌い手一人の声を拡声の魔術で届けるにしても、そこには限界がある。それらはスラムであり、瑠璃の門だ。

 歌声がギリギリ届くかどうか、カストラートが起こす類似魔術の効果範囲の線上に立っているようなものだった。

 術下に居ない人間は言わば聖性の足りない、なりそこないに過ぎない。だからこそ、力が必要であった。


「拷問用の魔術を携えた修道女…………、全ての市民の目と耳の集まる場所……」


 薄暗い螺旋階段の終わりをトウカは飛び降り、音もなく着地して顔を上げた。柱を両脇に並べて真っすぐ続くこの廊下の先にあるのは、修道女が、参拝者が七月の女神へと祈りを捧げる聖堂だ。彼女にとって、今は通りたくはない場所であった。何か嫌な思い出があるだとかそういうわけではなく、今の彼女の心情的に、である。

 ステラも、この場に集まる誰も彼もが──


「──……人間らしくもない」


 生活に不便はないだろう。精神は満ち足りているだろう。だが、人とはそんなものではないのではないか。少なくとも、彼女が知る人とはこのようなものではなかったはずだ。ルーナン・コリスに来たのはステラよりも後のはずだというのに、不思議と脳裏に残っている記憶は少ない。


 彼女の抱えている感情が同族嫌悪の類であるのなら、これほど嫌なものもなかった。マザーシプトンからの贈り物を受け取りすぎてしまった己と、受け取らざるを得なかった己への、体の内側から刺すような嫌悪。今まで感じたことのないようなそれを、どうして今になって感じてしまったのか。彼女のための後戻りの道は、もう残されてはいないのに。


 もしルーナン・コリスの外に出ようとすれば彼女の脚はたちまち機能を停止し、騎士という称号は何の価値も持たなくなるだろう。神代の骨董品を扱うには、何にしても魔力が必要だ。

 トウカが一番活躍できるのは間違いなくこの町であるはずなのに、この町が選ぶ一番は彼女ではない。それを痛感してしまったがために、彼女の感情は下火になっているのかもしれない。

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