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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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二節『波跡に輝く金の星』1

 ルーナン・コリスの頭上に広がる空はいつも通り、僅かな静寂さをたたえて雲を泳がせる。七月の神殿において一番高い場所に立ち、町を見下ろす騎士は一つの足音と二つの息遣いを感じて振り返った。

 風が強く、十分な足場も無い尖塔の天辺にやってくる人物など限られている。この時期にもなれば尚更で、誰が来たかの想像は容易であった。騎士は振り返り、来訪者へと呟く。


「……マザー、どうしました?」

「ステラが部屋に籠ったのでその連絡を。動けるのはトウカ、貴女だけになるわ」

「いよいよ、ですか。あの……彼は歌の内容を聞いたのでしょうか」

「いいえ全く。ですけど、次に会う時には理解しているでしょうね」

「…………そう、でしたか」


 結局、彼は何も聞かなかったのかと、トウカはため息を呑み込んだ。勇者の出迎えを二人で行ったときにステラがトウカに聞いた、歌の内容。トウカは内容を知っているからこそこの先の展開がいくらか読めるが、彼の場合は漠然とした指針しかなかっただろう。先が暗闇のまま一歩を踏み出して歩んでいくというのは、多くの不安との旅だったに違いない。


「彼が居ない分、町の守護もお任せいただければ」

「ええ。……まぁ、何も起きないとは思いますが、いざとなれば暗部も動かせますから」

「分かりました」


「では頼みますよ」と、マザーを抱えた修道女が消えていく姿を見ても、彼女は何も思うことは無い。ただ、昨日と同じ今日を繰り返すだけでいいのなら、別段何かを考え、何かを求める必要が無い。今日も塔の上で佇んで、彼女の気の向くままに矢を放てばいいだけだ。何をやっても、特に声がかかることはないだろうから。


 マザーの関心の全てがステラに向いているのはトウカ自身が一番よく分かっていた。歌の内容もそうであるし、彼女のステラへの接し方を見れば一目瞭然だ。彼女はステラが不在の時のための防衛戦力であり、居なくとも特に問題はない。この町で戦闘が起こる方が珍しく、それこそフルムーンなどで外部から人間が入らなければ、この町はいたって静かな場所だった。


 この町では特別な武器に選ばれようと、特別な防具を身につけていようと、その価値を決めるのは周囲の人間などではない。マザー・シプトンというこの町の主が価値観の全てであり、最終的な決定権を持つ。

 ならば、彼女から見た時にトウカ・フデリンドウという人物はどれだけの価値を持つのか。

 答えは既に彼女の中にあった。


「ふぅ……」


 息を鋭く吐いて彼女が取り出したのは一つの弓であり、その形状は勇者が所持しているものとまったく同じものだった。かつては勇者フォウ・リーフが扱い、その後も何人かの使い手を残した、神弓アルメッサ。プレイテリアに安置されていたそれはマザーからトウカへと譲渡された贈り物の一つだ。


 一番扱いやすい神器としても名を遺す神弓を握る彼女の価値。


 己が脚として動く、神代からの騎士鎧を身につける彼女の価値。


 …………それらは全てマザーシプトンから受け取ったものだ。だから、マザーがトウカの価値を決めるのも問題はない。勘違いしなければ、借り物の力を驕らなければ、自身の価値はいつだって胸の中にある。けれども、トウカはステラを見ているとどうも間違いを犯しているような気がしてしまう。この町での彼は特別だ。フルムーンが始まろうとしている今ならば尚更で、そんな彼の隣に立つのならと、つい背筋を伸ばしたくなってしまう。

今まで自分が信じてきたそれらの答え合わせはマザーシプトンの元で行われるに違いなく、その先の景色を想像するのも悪くないものだった。


 寒色の景色の中でトウカが見た、マザーシプトンという人物は酷く疲れているように感じられた。トウカとマザーとの共鳴では疲労を確認出来ていないが、何かがズレているような気がしてならなかったのだ。トウカの共鳴の輪に居るのはマザーとステラだけだが、両者を見比べた時に何かがおかしいような気がしたのである。


「私が心配しても何も始まりませんが…………。私の仕事は……、仕事は……何だろう」


 言葉ではそう言いつつも、彼女はゆっくりと弓を体の軸に沿わせて町を見下ろした。

 日がな一日を塔の上で過ごす彼女の仕事が何かと聞かれれば、そこに居る事だ、とマザーは答えるだろう。トウカもそれを理解して立っていたに違いないが、ふと気が付けばそれは置物と何が違うのだろうか。

 気まぐれに矢を引き放つだけでいいのなら、誰だって出来る。


 トウカが弦を引き絞り狙う先は磔にされた魔術師二人の死体だ。もう大空の神マザーも見飽きた頃だろうと、彼女は魔力で紡いだ光の矢を放った。それは魔術師二人の足元で涙を流す勇者の連れが見えたからであるし、他にやる事が無かったからでもある。

 磔台を根本から破壊する二本の光弾を彼は──ノゲシはどう見ただろう。これで憤慨するのなら、磔にされている時点で既に血管の二、三本は切れていてもおかしくはおかしくはないだろう。トウカは目を細めて彼を注視するものの、内心では彼をどうこうしようといった感情は持ち合わせていなかった。どうせステラが狩るだろうというような気持ちが先行して浮上してきたというのもあるが、ステラが動かなくとも自分が神弓を弾けば、彼が即死する映像が鮮明に想像できたからである。

 となれば、もうそこに目を向けている意味などなく、トウカは防風服を抱き寄せて呟いた。


「まだ風が冷たいな……」


 ルーナン・コリスには空に一番近いところで弓を番える騎士が居る。けれどそれを人々が認識することはごくまれで、地上に居る騎士ばかりに市民は声をかける。

 これは決してトウカの努力が足りないだとかそういう話ではなく、立つための場所が違うだけだったという話だ。この世界において、トウカ・フデリンドウという女性は随一の騎士であった。

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