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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
二章『並び立つ七つの輝き』
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一節『伝説、あるいは伝承の続き』5

 雨が降る気配はもうない。この町に響くのは雨音ではなく、フルムーンの祭りの準備に向けて働く人々の活気だった。

 フルムーンに合わせて活性化する魔物も雨が上がれば一気に活動を始めだす。そのために冒険者を雇い、私も一緒に魔物を間引いてきたのだから、森を溢れ出て来られるのも困るのだが。


 神殿に向かう最中、視野に映り込んでくるのはなんてことのない人の営みだ。町一つだけに広がっている宗教なんて怪しくて仕方ないものの、観光客や冒険者たちが何かを恐れる様子はない。

 それもそうで、千年の歴史ともなれば安全性などについては私から何かを言う必要もないのかもしれない。

 そう考えると不思議なもので、この世界の歴史のルーズさとでも言うべきものが気になってしまうものの、調べたところでこの世界の住人ではない私には分からないのだろう。考え方や思考に魔術が絡んでこない私には、あまり理解できるものではなかった。


 フリューが一度私に言った、言葉にする事の力というものを未だに理解出来ていないのも、きっとそれが原因なのだろう。どこからが詠唱で、どこからが言葉なのか。その定義すら分からないのに魔術が発動するのも、おかしな原理で世界が回るのも、神が居るからに違いない。


 空を見上げれば居る、私たちを見守る七月の神。それだけでなく、世界を探せば他にも神が見つかるのかもしれない。それこそ勇者フォウ・リーフの神話の一節には、どこであろうと神が居れば国が起こるとまで書かれるぐらいだ。きっと、私の知らない場所が多くあるのだろう。


 石造りの町に、七つの月。あぁ、これだけでもう幻想的だ。だけど、もうここに住んで四年になる。私がここから離れるなんてありえはしないものの、想うだけならタダだろう。たとえそれが叶わない夢だとしても。


 大きな通りの行き着く先、この町で一番大きな建築物の入口には今日も多くの参拝者の姿が見えた。七月の神殿へと列をなして進んでいく彼らの背中を追えば、集団の最中にあってポツリと立つ二人に自然と目が向くだろう。

 朝日を受け、にっこりと笑うその姿は、私には天使のように見える。重たい雲から差す光は決して輝かしいものではないが、雨明けの強い冷たい風の中で感じるこの気持ちが、聖性に起因するものだというのは間違いない。


「おかえりなさい、ステラ」マザーシプトンの顔は変わらず美しいものの、なぜだろう、今日は一段と顔が白く見えた。陽の光が当たっているだけにしては、いやに血管が浮いて見える。町を出ている間に何かがあったのだろうか。それも合わせて、私と彼女とには会話が必要だった。


「ただいま戻りました。マザーが帰られたかと思いましたので」

「ええ、歌に気が付いたのよね。彼と少し出かけていたの」

「そうでしたか。……顔色が悪いようですが、遠くまで?」

「プレイテリアに必要なものを取りに行ってただけだから心配する必要はないわ。とりあえず中に入りましょうか」


 ひんやりと薄ら寒い空気が流れる神殿の中には参拝者用の多くの椅子が並べられ、横に広い入口の広間を埋めていた。椅子に座る人々が私たちの姿を見れば椅子から立ち上がって膝をつき、移動しようと歩く人々は頭を下げて道を譲る。マザーシプトンは巫女であり、現人神として彼らに受け入れられているのがよく分かる一幕であった。

 瞳の無い眼瞼がんけんで何が見えるのだろう。だが、マザーは確かに信者へと笑みを浮かべ、手を振っているような姿さえ想像させてしまう。彼女には四肢が無いはずなのに、見えないものを不思議と受け入れてしまうような……、これも何かの魔術の技なのだろうか。


「もうすぐフルムーンね」

「あの様子ですとあと三日程でしょうか」


 マザーが言葉を発したのは神殿に併設された塔へ移った頃で、一般とはここで区切られる。

 修道者のためのこの塔は天井が高く、星海を模した絵が一面に広がっていた。小気味よい足音を奏でる床は磨かれた白い石材のタイルで満ち、天井を支える長く、大きな柱たちは樹として例えられる。ここはそう、三神の世界りょういきを内包させた塔であった。


「魔物の数も減ってきているし、勇者は何かが起こるまで静観。一緒に町に入ってきた賊二人は吊るし上げ、……私は最後のピースを持ってきた」


 普段は修行などで使われるこの場所は、神殿内部においても特殊な場所だ。七月の神マザーシプトンではなく、三神に対して祈りを捧げる場所だというのに一般人は立ち入ることが出来ない。

 そんな特別な所で私に何をさせるつもりなのか。彼女は意味ありげに視線を流し、最期のピースとやらについて語りだした。


「ステラ、これは貴方が勇者に勝つための。……私の千年をかけた一手」

「私が、勇者に……」

「その前準備として、今から私が魔術をかけます。その道中で全ての意図に気が付くでしょう。けれど、それを決して口にしてはいけませんよ?」

「…………」

「魔術の詠唱中に疑問を挟めばきちんとした効果が得られないでしょう?貴方はただ、信じていればいい」

「分かりました。もとより貴女を信じない日はありませんでしたから」


「では参りましょうか」と、修道女に連れられて先に進んで行く彼女の目的地が、私は何となく分かるような気がした。この塔から続いている通路は三つ。一つは来た道で、もう一つは宿舎へと続く道だ。となれば残っているのは一つであり、それは私にとって大切な場所であったから。


 地下へと降りていくと辿り着くその場所の名を、私は書物の中で見たことがある。

 本当は違う名前で呼ばれているのかもしれないが、その名を見た時に妙に納得したのを覚えている。


 先の部屋が三神の世界を模しているのなら、この部屋が模しているのはダンジョンになるのだろう。

 水に満たされた、神殿風のこの部屋の名は──『生者の門』。異界の存在がこの世界に辿り着くための場所だった。

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