一節『伝説、あるいは伝承の続き』2
闇夜に紛れて魔術師が二人死んだ夜が過ぎ、迎えた次の朝。ルーナン・コリスの目立たない場所で二人の遺体が磔にされ、朝露でしっとりと裸体を濡らしていた。両手両足の先を木杭で縫い留められ、糞尿が漏れ出た下半身はとても見られたものではなかった。しかして、私が彼らを星のようだと感じてしまうのは、宙にて肉体を留めている十字の磔刑台のせいだろうか。なんにせよ、ここなら大空にて私たちを見守る彼女にもよく見えることだろう。
修道女から聞いた話によると、この二人の魔術師と出会った時には瀕死の状態だったそうで、彼女たちが手を下さずともこの町に滞在する浮浪者や冒険者に良い様に遊ばれて捨てられていただろうとのことだった。魔術師という、凡夫より優れた存在であろうとも死ぬ瞬間はこれだ。ある意味でバランスが取れているのかもしれない。ならば、私の命が尽きる時も期待は出来そうにない。それこそ半龍のように全身から血の結晶が生えて死ぬかもしれないのだ。それはとても恐ろしいのではないか。
私の隣で魔術師の死体を眺める半龍の双子が感じる死とは、一体どのようなものか。言葉にしてしまえば簡単なのだろうが、それを聞くには私たちの関係が深すぎる。これはそう、何もかもを諦めた時にする会話のネタのような気がした。
町の外れにも近い場所で他国のどうでもいい死体を見ている住人は少なく、ただでさえ浮いている私たちを殊更に町に溶けさせてはくれない。それは新調された騎士装束であったり、グアルディアン産の半龍のローブであったりが原因だった。
だからこの問いは出たのだろう。見る人が見れば分かるそれをどうして彼女たちが常に身にまとっているのか。「ずっと着てるがそのローブは脱げないのか」と。
私の言葉への返答はそれから少しして帰ってきたが、決して彼女たちが話を聞いていなかったわけではなく、彼女たちには彼女たちの葛藤と苦悩があったのだろう。
「……このローブには龍血の症状を抑える魔術が刻印されているからです。どんなに嫌な思い出が詰まっていようと、脱ぐわけにはいきません」
「そうか」
町人たちの朝の挨拶にも劣るだろう短い会話だった。それでもフリューの言いたいことが分かるのは、一重に共鳴のおかげである。戦闘時よりいくらか落ち着いた波を奏でる私たちは道に迷った家族のように、無駄な時間を使って死体を眺めるのだ。
間を埋める会話はあまりなく、耳に残る僅かな雑踏と二人の息遣いが重たく漏れ出るのだけを聞くのは心を落ち着かせる。はたして、私たちは互いに何を求めているのか。答えはそれぞれ違い、それぞれが知っているのかもしれない。
昔から考える事は好きだった。ほんの少しの時間であっても、目の前の出来事を遠ざける事が出来るからだ。だけどここでは、時間はすぐに過ぎていく。
最初にそれに気が付いたのは私で、すぐに双子もそれが耳に届いたようだった。
「……これは、歌?」
「マザーが帰ってきたんだろう。どこか馬を連れて出ていたようだし」
「勇者はまだこの町に滞在しているのでしょう?歌って大丈夫なのかしら」
「何かしらの動きはあるだろうが……」
「私たちの事を気にする必要はありませんよ。どうかマザーの出迎えをしてあげてください」
「いや、せめて送らせてもらえないか」
私のせめてもの提案は、フリューが首を横に振ったこと拒否された。ノーザの事があったばかりであるし、勇者が連れてきたもう一人も残っている。彼女たちが最低限戦えないとは思わないが、護衛もつけずに出歩くのはまだ早いのではないだろうか。私とフリューの会話に今まで一言も口を挟まずにいたノーザを見やっても、そこには特に表情をかえずにフードを深く被る彼女が居るばかり。前から思っていたが、彼女は姉の前では静かにしているらしい。
そんな彼女は私の視線を受け、いやいやと言った様子で口を開いた。
「……私の事は気にしないでください。何かあれば知らせますから」
彼女の語気は仕方なくという気持ちがありありと前面に出ていたものの、これがノーザとの初めてのまともな会話だと思えば、それもまた嬉しく思えた。
磔刑台の近くに居る修道女に護衛を呼ぶように頼み込み、町外れの小さな広場を後にする。双子と軽く振り躱した、さよならの掌が朝日を受け、余計に白く見えたのだった。




