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月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
一章『人外が見た夢と共に』
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三節『風波の瞳たち』5

 月光が刺さんと伸び行く先、そこは鮮血流れる首一つ。振るわれる剣はそれだけを目標とせず、空の彼方に居る仮想の敵を滅ぼさんばかりの勢いで最高速度を保っていた。音も反応も置き去りにするかのように振るわれた私の剣だったが、それは光り輝く遠矢によって真横に逸れてしまう。


「っ……、誰だ!!」


 耳が歪むのではないかと思うほどの反響音を体で受けるようにして私は一旦距離を置き、ヨシも少し遅れてよろよろと数歩後ずさる。剣を握っていた両手は衝撃をもろに受けて痙攣を起こし、こうして剣を落とさずに持っていられるのが不思議なくらいだった。




 周辺を見渡しても剣へと向かって飛翔してきたはずの矢はどこにも見当たらず、矢が魔力で構成されていたことを予感させるのだった。光を放つ弓矢が登場する神話、伝承は数あれど、この状況でそれらが出てくるとなれば、射手はおのずと絞られてくる。


 剣に付与された魔力が消え去り、その残滓が星々の輝きが如く光を発しながら宙に溶けるころ、彼は弓を構えてこちらへと姿を現した。勇者フォウ・リーフ。彼はいつから事態を見ていたのだろうか。少なくとも、私が剣を抜いた時には既にねらいを付けていなければ間に合わないはずだ。

 民家の屋根に立つ彼は暮れ始めた陽光を背に、魔力を指先から燻ぶらせる。絵画の景色を抜き取ったかのような光景がそこにはあった。


「……状況を見ればおおよそ何があったのかは理解できる。その銀と金の瞳、彼女が半龍であるのは間違いないだろうし、グアルディアンで半龍のためにこしらえた服を着ていれば当然起こりえる結果ともいえる。そこな騎士殿が半龍を守るために剣を抜いたのも、すぐに考え至る事だ」


 所有者の魔力を用いて矢を放つ神弓──アルメッサ。神なき時代に神具を扱う様はまさに神話の再現。いいや、彼自身が神話の登場人物…………主人公であり、常に物語の中央に立ってきた存在だ。神話通りの武装、能力を携えていてもおかしくない。

 フリューに龍の力の使い方を聞いているとはいえ、実戦ではまったく試せていないのだ。私自身、自分の力が彼に届くとは思えなかった。マザーがどれだけの保険をかけているかにかけるというのはどうにも情けないものの、いざ戦闘態勢の彼を見てしまうと駄目だ。

 騎士の矜持として未だ呆けているノーザを背に隠すようにしているが、勇者が本気を出せば共に消し炭になる未来が脳裏によぎってしかない。


「私の目的はフルムーンの視察であって、そこな半龍を探しに来たわけではない。今の攻撃を防いだのは互いにとっての警告だ。グアルディアンの使者としてこの場に立ってはいるが私の所属はどこでもないし、フルムーンさえ無事に迎えられれば、正直そこの二人などどうでもいい」

「……勇者とは思えない物言いですね」

「私の話を知っていてその言葉が出てくるのならもう一度勉強してきたほうがいいぞ。勇者だなんて飾りだ。フォウ・リーフだなんて偽りだ。そんなものは多くの人間が好きな名前で私を呼んだ中の一つでしかない。最初に私を見た人間が何て言ったか分かるか?」


「……悪魔」私の呟きに彼は無言で返した。これは肯定ということだろう。

 おそらく同郷である彼はその身に魔力を持っておらず、体外から魔力を受け取るために悪魔のような角が生えていたという。眼前に居る彼にそのような器官は見受けられないが、何かしらの代替え案があるのかもしれない。実際、私の頭部にはそのようなものがないのだから。


「グアルディアンでは人気のある話なんだそうだ。聖職者を犯し、村人を攫い、薬物で依存させ、生き残るために必死に走ってきた先の、本当に最後だけを切り取った絵本をどの国民も読んだことがあるらしい」

「かつて魔王を封印し、その血を残した貴方だからこそ、そうして愛されるのでしょう?私は原典に近い話を読んだことがありますが、そこには人が戦う姿を好ましく思わせる何かがあった。……貴方がそこの二人と無関係であるというのなら、私はその言葉を信じることにしましょう」

「是非そうしてくれ」


 彼の言葉からは全てを諦めているように思えた。だが、彼を勇者たらしめる芯にフルムーンがあり、マザーシプトンが居るのだけは間違いないだろう。ここで勇者と戦闘にならなかったとして、それは蜘蛛の糸を登っているかのように細い線の上で成り立っているだけに過ぎない。いつかは戦わなければならないのだとしても、今はただ安堵することにしよう。

 となれば、後は残された魔術師二人組だけが問題だ。


「リーフ……!」


 唇をかみしめ、感情のままに魔力を高めていくナズナと、正気に戻ったかのように呆然としているヨシ。彼女たちからすると今の景色はどう映っているのか。

 勇者とはグアルディアンが保有する最高戦力だ。だがここはルーナン・コリスであり、勇者自らが無関係であるというのなら、こちらはそのように対応するしかない。グアルディアンにとっても、付き添いで送り出した奴らが死んだところで、神弓を駆る彼が戻ってくるのなら何も言いはしないだろう。


 そんな彼は感情によって魔力を暴走させ、周辺の空気を輝かせるナズナに向かって口を開いた。


「グアルディアンにはお世話になっているが、私の使命は国に捕らわれるものではない。たまたまグアルディアンに居ただけだ。君たちは私の血を引く名家であり、だからこうしてお目付けとして着いてきているわけだが私の血に意味はないよ。確認こそしていないけれど、私の子孫なんて珍しくもない。今のその地位は政治的な配慮によって出来た瓦礫の山でしかないんだ」


 勇者の口から出るには厳しい言葉。彼女たちにとって死の宣告にも近しいだろうそれを、彼は言いよどむことなく言い切る。


「だからここで君が、君たちが死んだところで私は何も思わない」


 おそらく、ナズナのそこからの行動はあまり考えられたものではなく、直情的なものだったに違いない。溢れ、練り上げられた魔力で杖を満たし、勇者に向けるなど自殺行為に等しいだろう。それでも彼女を突き動かすものは何か。勇者という血への拘りか。周囲からの期待ゆえか。


「ナズナ・ナンテンショウの名において眩き星降りの神に願い乞う!」


 神代魔術を紡ぐための祝詞。彼女の力量ではどうやっても発動はできないだろうそれを、恐れずに振るおうというのか。無理な魔術行使は体に多大な負荷がかかるというのに、無理を承知で放とうというのか。

・三神への詠唱

神代魔術を唱える際に唄われる口頭分は三つであり、それぞれが対応する神を称する言葉となっている。

星海(せいかい)樹海(じゅかい)境海(きょうかい)の三ヶ所が三神の居場所であるとされる。

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