表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下の町で唄う  作者: 畔木鴎
一章『人外が見た夢と共に』
13/53

三節『風波の瞳たち』1

 かつて魔女と少女は天翔ける馬にまたがり、その背を一人の男に預けてうつらうつらと夢を見ていた。それはとても古臭く、雨期には長く雨の続くルーナン・コリスで長年を過ごしてきた彼女にとって、カビが生えていてもおかしくはないほどに昔のものであった。彼女自身、どうしてこのような夢を見ているのか分かりはしなかった。

 ただ、当時の全てが手の届く位置にまで来ているというのが、一因だとは思うのだ。


 マザーシプトンがかつてを過ごし、マザーシプトンがかつて滅ぼした、世界で一番大きな都。もはや廃都と化したガレキの山々の中を馬はゆっくりと進んでいった。


「君の魔術は私には効かないよ」


 四肢を落とし、瞳を抉られる前の彼女が出会ったのは一人の王。両の瞳を赤く光らせ、はるか未来を見据える一国の主だった。


「それで?どうしてここに来れたのかは今更だから聞かないでおくが、何か用件があるなら承ろう」


 目の前の男は自身の恐怖に対して極端に鈍感であるように見えた。だが、今にして思えば、死ぬ未来が見えなかっただけなのかもしれない。


「用事……別に用事といわれるほどの事はないのだけど」

「それならどうしてここに?」

「…………道を聞きたくて」


 シプトンの答えが面白かったのか、その王は玉座がひっくり返りそうになるほどに身をよじらせて笑い、それを見た彼女は「貴方がこの世界で一番なんでしょう……?」と、困惑を大いに混じらせて尋ねる。


「少なくとも、今は」


 笑い顔から一転、赤い瞳から物理的な衝撃波でも出しているのかと思うほど、彼はまじめに、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。その一瞬はまさしく彼に神が宿ったようであり、酷く遠くを映す双眸を通じて別の場所を覗いているかのようだった。


「赤い瞳は王の瞳。神が選びし人理の舵。私は大きな船であることに間違いはないが、たった一つの嵐で全てを失う事だったありえなくはない。例えば、私たちが魔王と呼ぶ、君のような存在が何食わぬ顔で私たちの前に立つことだってあるのだから」


 ──は、っと、そこでシプトンは目を覚ます。はたして彼の言葉にそこから何をどう返したのか、今となってはもう思い出せないけれど、彼と過ごした時間は、彼女にとって何よりもかけがえのないものに違いはない。


 そんな彼と過ごした輝かしき都は……もう見る影もないのだが。


「……もう着いたのね」

「ええ。帰ってまいりました」

「私たちの国……」


 シプトンの背から聞こえてくる声は女性のように高いものの彼は男であり、この男も彼女と同様に眼下の亡国の生まれであった。王のお膝元であったはずのこの都は、かつての栄華……その残り香すらない。石畳は剥がされ、家屋は解体され、貴重品は持ち出された。それら全てがどこに行ったのかと聞かれれば、それはシプトンがルーナン・コリスに運ばせたのだが、寂しいものは寂しい。


「それにしてもよく眠っておられましたな」

「四年だもの、器が限界なのよ。今までで一番体が合う娘だったのだけど……」

「だからこそ今季、ここに帰ってこられた」

「そのために準備してきたもの」


 ルーナン・コリスという場所。

 己が依り代となる龍血の巫女。

 遺産を授けし義足の騎士。


 これらはシプトンが準備してきたモノたちである。


 すべては──


「すべては、私の復活のために」

「もし封印が解かれたなら、貴女は何かやってみたいことがあるのですか?」

「そうね…………、まず最初は大きく息を吸ってみようかしら」


 そう言って少女はありもしないかいなを大きく広げるようにし、くり抜かれた瞳を閉じて肺一杯に息を吸い込んだ。だというのに、その後の彼女といえば、なんとも寂しそうに頭を下げるのだ。

 この場に居るマザーシプトンという人物は、彼女を信仰する巫女がその身に彼女の精神を降ろしているだけでしかない。彼女の本体は七つの月としてルーナン・コリスの空から町全体を見ているのだから。

 地の巫女と空の魔女、両者の五感が全て共有されているわけではないのだ。


「大きく息を吸って、柔らかい羊肉を食べて、大好きな人を、子をこの胸で抱くの。ルーナン・コリスは良い町よ。私は彼の子を残せなかったけれど、彼の子同然の多くの人々が血を繋いできた。赤目が現れれば国として動けるように取り図ろうと思っていたのだけれどね…………」


 シプトンの言葉を聞く歌うたいの彼は「牢に捕らわれた亡国の姫のよう」と、この時の彼女を見て感じた。国の最後を実際に見ていた彼からすれば、全ては立場の問題なのだと分かるものの、それが世間一般から大きく離れた者であることも心得ている。人から道を外した者たちの集まる町。それがルーナン・コリス、月の都であるのなら、人外には随分と心地良い場所なのだろう。ならば、人外の自分がこの町を護るのも道理なのかもしれない。


 かつてこの廃都で人工小神カストラートとして歌を唄っていた彼は馬の手綱を握った自身の手に視線をおとし、禁呪によって地に縫い留められている自らの死体にくたいをぼんやりと眺めながら尋ねた。


「馬はどこまで行かせればよろしいですかな」


 問に答えるシプトンの口角が上がったのを見て、彼は僅かに背筋を正すのだった。


「サクラ・ガービア第23番神殿、第7地下迷宮入口まで。全てが始まったダンジョンへ。…………聖剣が隠してありますから」


 あぁ、この魔女はどこまで見通しているのだろう。

 かつて見ていた空と同じ場所だというのに、そこにおぞましい何かを感じてしまうのはどうしてだろう。

 彼の疑問に答える者は誰も居ない。



・ダンジョン

地下へ深く続く神殿のような装飾の地下施設の名称。

いくつもの入口があるものの、大元では繋がっているようである。

魔王と呼ばれる世界外からの存在はここから訪れるとされ、それらから世界を守るためにある施設だとも。

ダンジョン内を巡る生物は守護者と呼ばれ、ダンジョン内へ侵入してきた者を排除するように動く。


海の水が至る所から取り入れられており、内部は非常に明るい(魔力が水に溶け、海自体が輝いていた神代に限る)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ