二節『途切れた夢』6
「考え事、ですか」と、頭上からかかった声に思考を戻せば、対面の椅子にフリューが腰かけるところであり、私は今日再び彼女の元までやってきた理由を口に出した。
「龍の力について教えてもらえないだろうか」
「それは何のために……?もし私が何かを教えたとして、です。その力は戦うためのものでしょうか、それとも誰かを護るためでしょうか」
「それは……」
落ち着いた声色だ。だが、同時に語気が強く感じられもする。彼女はこの力のせいで過酷な人生を歩んできたのだから、そうなってもおかしくはないのかもしれない。私は言いよどむことで表へと出てこなかった言葉を肺へと戻し、自身の想いと混ぜ合わせながら新たな形へと変えていく。
マザーシプトンが私に龍の力を授けたのは何故か。その答えの僅か表層でもこの手にすくいあげるのだ。
……私の知るマザーシプトンとは守りに入るような存在ではなく、常に何か大いなる考えを持って動いているように思う。何手先かまでは分からないが、意味のない事は極力しないのはよく知っている。ならば、この力はきっと戦うための、もしくは何かしらの用途があるのだろう。
「…………これはきっと戦うための力になると思う。大勢を護るためのものではなく、たった一人の主人のためだけに使うことになるのではないかと」
「マザーシプトン。ルーナン・コリスの主人、七月の神殿の巫女である彼女のためだけに使うと言うのですか?」
「……ああ」
「そこまでして彼女が恐れるものとは……。私にはこの町にそのようなものがあるとは到底思えません。ここは彼女の体内だと言っても過言ではない。そのことは貴方が一番分かっているでしょう」
「私が全てを知っている理由は存在しないんだ。私は、あの人が求める私であり続ければいい」
「そのような指針のないもののためにどうしてそこまで出来るのですか。正直申し上げれば、私は貴方に力の使い方を教えたくはありません」
「ですが」そこで区切られた彼女の表情は苦虫を嚙み潰したかのようなそれで、一瞬の苦悩があらわれた顔は、吐かれた言葉と共に宙に溶けて消えていった。
「私の家族を護るためであれば話は別です。妹であるノーザと、スラムで共に生活してきた子たち。貴方が彼女たちを護るために力を使うというのでなければ……、今のように曖昧な答えしか持ち合わせない貴方に力の使い方を教えたくはありません」
殺風景な部屋に姿勢を正して座るフリューの力強い言葉の殆どは私には届いてこなかった。表層的な言葉の意味と、どうすれば使い方を教えてくれるのかという二つの事柄だけが脳内で回り、十分な思考が出来ていなかったのである。
私はマザーのやることに疑問を抱いてはいけない。そういった思いが心の中で座り込んで、心に余分なスペースを作らせてくれない。
「……私が戦うのは全て彼女のためだ。フリュー、君の言う指針というのはマザーが決めるから、たしかに曖昧な答えしか出来ないのは申し訳ないが、私には龍の力の使い方が必要なんだ」
「これは例えばの話ですけれど…………私の考えが正しいとすれば、もし勇者が相手だとしても、今の貴方は勝てるでしょうね」
「それはさすがに冗談がきつい。マザーが何かしら準備をしていたとしても、相手は神話の存在だぞ」
「そのためのルーナン・コリス、そのための歌、そのための私たち。私たちが始めて会った時から全てが仕組まれているというのに……まだ歌の内容が分からないのですね」
「その時になれば自ずと分かる事だ」
全てがマザーによって仕組まれていると言うのなら、理由はその時になってから知ればいい。
小さな机と椅子で向かい会う私たちの視線が重なっては気まずげに離れていくのをもう何度繰り返しただろう。どちらかの強い感情が表に出てくるたびに持ち上がる目尻と視線を、どちらかがやんわりと受け止める。話はずっと平行線だというのに、伝えたいという気持ちばかりが折り重なっては離れていくのだった。
龍の力が本当に必要なのかどうかは私には分からない。マザーが私を龍の末席に加えた時点で目的を達成しているのなら、ここまでの会話はまったくの無駄足になってしまうのだから。けれども、それでは私が心配なのだ。手の届くところに龍の力があるのなら、触っておきたくなるものだろう?
必要なものはルーナン・コリスに全てある。この思いは最近になってからより強くなってきている。だから、私は手を伸ばす。
「かけてくれないか」
「かけ……?」
「 もしその時が来たとして、私に君たちを護る選択肢がある事に」
「答えはマザーシプトンだけが知る、と……?」
「そうだ」
マザーは必ずしも良い人ではない。けれど、この町で生きていくのなら信用しても問題はない。
後はその信頼をどこまで続けられるかということである。
フリューが考えているように、何をしなくとも障害を取り除けるのなら私を助ける必要はない。
マザーの下に居る私が龍の力を扱うのに不安があるなら使い方を教える必要はない。
「私をどこまで信じれるかどうかだ。それでも教えるのは無理だと言うなら……諦めて帰るとしよう」
「貴方は…………っ」
彼女が顔を歪めたのを見て、こんな表情も出来るのだなと感じるのだった。
流れる髪の隙間からこちらを除く銀と金の瞳が今度はしっかりと重なり、離れることはなかった。




