襲撃と新たな敵
「はあ、はあ、ヤバイ逃げないと!!あれは私たちには手に負えない!」
「何であんなのがここにいるんだよ!」
そう言って、しきりに後ろを気にしながら走っている3人組。ただその装備はボロボロで怪我しているのも分かる。
彼らにとっては今日もいつもと変わらない、ノーマルゾンビを狩るだけの日になるはずだった。
そいつに出会うまでは。
きっとゲームの中なら逃げ出すこともなかっただろう。ただこれは現実。命は一つしかない。
そのことを意識した途端に彼らは動けなくなってしまった。その瞬間に狩られる側になったのだ。
その中で彼らが取れた行動は逃げることのみ。そして、仲間と共に戦えばまだ何とかなるかもしれない。
いや、何とかしなければならない。
大切な人達の命を自分たちが背負っているのだ。
先程から追って来ている気配はない。どうやら撒くことができたようだ。
彼らは安心した。いや、してしまった。
長い距離を走って来たこともあり、少し休憩するために止まった。
「はあ、はあ、疲れた……。マジでふざけんな!」
そうキレているのは金髪でヤンキーのような見た目の安藤光司だ。
「まあ、そう怒らずに。あとで借りを返せばいいんですよ。」
そう宥めるのは40代前半の普通のおじさんの鈴木亘。
「少し休憩したらすぐに行きましょう。」
そう指示するのが20代後半の女性、南田聖子。彼女がこのグループのリーダーである。
男2人はプレイヤーではない一般人。故にここで疲れて休んでしまったとしても仕方なかっただろう。
だが、追手は待ってくれない。
彼らが進むべき道の方に現れたのだ。まるで知っていたかのように。
「先回りしたというの!? そんな高い知能はないはずなのに!」
そう、ヤツは強いが高い知能を有しているわけではない。
「どうすんだよ!拠点はあいつがいる方だぞ!」
「仕方ないわ。遠回りになるけどこっちから行くしかない。」
そう言って彼らはヤツがいるのと逆方向に走り始めた。
また悪夢のような追いかけっこが始まった。
その頃、銀太と陽奈は相変わらずゾンビ狩りをしていた。
最初は銀太1人で戦ったが、その後からは陽奈も参加して戦っていた。
「やっぱり、普通に強いな!」
「まあね、一応私もクランのレギュラーメンバーにも入って猛者と呼ばれる人達の1人だったし。」
何度か戦闘をこなす内に陽奈の俺に対する態度もだいぶ刺がなくなった。
「どこのクランにいたんだ?」
「『天上天下』のクランリーダーに誘われてそこに入っていたわ。」
「マジか!日本でもトップ3には常に入ってる少数精鋭の強豪じゃん!」
久々にゾンビ以外のことでテンションが上がってしまった。
UoAにはクラン制度がある。ミッションを一緒にこなすだけでなく、クラン同士のPvPイベントもありプレイヤーはほぼ全員クランに入っている。
俺はソロで活動していたのでクランには入っていなかったが。決して友達がいなかったわけではない。
「しかも、そこのレギュラーはすげぇな!」
PvPは参加していなかったが、イベントなどの大会は観ていたのでついつい熱くなってしまう。
「ま、まあね。やっと私の凄さが分かったようね。」
そう言ってくるが完全に照れている。顔が少し赤い。
実際に陽奈の戦闘技術は高い。
ハンドガン二丁持ちで時折ナイフも使いながら倒している。
まだまだ余力を残しているようにも感じる。きっとまだ使っていない装備もあるのだろう。
「そろそろ3時間経つから一回帰りましょう。」
「了解。」
いつの間にかそんなに時間が経っていたらしい。腹も減って来たので帰って食料をめぐってもらわなければ。
そんなことを考えながら拠点へ帰る。
前回同様、玄関からエレベーターを使い地下の拠点へ入って行く。
「何かあったのかしら。」
「そうらしいな。」
拠点の中が何やら騒がしい。何かあったのだろうか。
すると奥からソリスさんが向かってくる。
「お帰りなさいませ。陽奈様、銀太様。帰って早々申し訳ありませんが、お嬢様の元へ来ていただきたいと思います。」
そう言って急ぎながら研究室へ向かう。
「何があったのですか?」
陽奈が聞くと、ソリスさんは少し険しい顔をしながら話してくれた。
どうやら、俺がまだ会っていないもう一つの警備隊が襲撃されてボロボロの状態で帰って来たらしい。
命は助かったが重傷のようだ。
話を聞いている内に研究室の前まで来たのですぐに中へと入る。
研究室内では10人程が忙しなく動いている。この中で怪我人の面倒を見ているようだ。
部屋の奥の方へ行くとさっき会った警備隊の3人と博士の4人で話し合っている。
「お嬢様、お二方をお連れしました。」
「おお!お帰りなさい!2人とも無事で良かったよ!」
そう言って博士は喜んでいる。
「今ちょうど対策を話し合っていたところだから2人も参加してくれない?」
「もちろん参加します。その前に何があったか詳しく教えてもらってもいいですか?」
そうね、と言って博士は話し始めた。
警備隊の3人はいつも通り巡回をしながらゾンビを狩っていた。すると、突然モンスターの襲撃を受け、最初は迎撃したが勝てないと判断してボロボロになりながらも戻って来たそうだ。
モンスターとは生物兵器として人工的に造られた生物のことで、ゾンビよりも凶暴で力強く中には特殊な能力を持つヤツもいる。
「その襲撃して来たのはどんなヤツです?」
俺が聞くと博士は一呼吸置いて答える。
「グレムリンよ。しかも高い知能を持った。」
グレムリンか。グレムリンとは、ゴリラの毛を無くし両腕をさらに太くして体全体をひと回りほど大きくした感じのモンスターだ。見た目の割には早く動くので、ゲームの中でも初見キラーとして有名だった。
しかし、グレムリンが高い知能を持っているなんて聞いたことがない。
変異した個体だろうか。
「今みんなの意見を聞いていたのだけど、どうするべきだと思う?」
「もちろん脅威になるようなら倒してしまうべきですが、プレイヤー以外は連れて行くべきではありません。」
陽奈が答える。妥当な意見だな。
とてもじゃないが、一般人が太刀打ちできるような相手ではない。
既にそう言われたのか誠也と春樹は暗い顔をしている。
「そうね。じゃあ、ここにいる私を含めたプレイヤー4人で迎撃しましょう。」
勝手に俺が加えられている。まあ、強い相手と戦えるのは嬉しいからいいが。
「とりあえず、聖子ちゃんが目を覚ましたら話を聞いてそれから行動に移しましょう。」
博士がそう言って解散する。
「腹が減ったから何か食べたい。」
そう陽奈に言うと呆れながらも食堂に連れて来てくれる。
机とパイプ椅子が並べられているだけの簡単な作りだが贅沢は言えない。
「はい。これ食べて。」
陽奈がカップ麺とおにぎりを2個持って来てくれる。どれも俺が好きなやつだ。
陽奈も一緒に食べ始めると俺の横に剛が座ってくる。
「食べながらでいいから少し銀太のこと聞かせてくれ。」
「何が聞きたい?」
「戦い方と持っている特性強化について。スキルについては話さなくてもいいぞ。」
「彼は完全に孤軍奮闘型で刀と拳銃を用いた近接戦闘が得意ね。特性強化は身体強化に振り切っているって感じかしら。」
勝手に陽奈が答える。
「勝手に答えるなよ。にしてもよく身体強化に全振りって分かったな。」
「だってあんな動きそうじゃ無いと説明つかないもの。それにゾンビ見つけ次第いつも興奮しながら突っ込んで行くし。絶対仲間と一緒に戦うタイプじゃないわ。」
興奮して突っ込むなんてただの変態じゃないか。俺がそんなわけないだろ。
「ヘェ〜、陽奈の嬢ちゃんは銀太のことよく見ているんだな。」
剛がニヤニヤしながらそんな事を言ってくる。
似た様なやり取りは前回も見たな。
「そ、それは、偶々よ!一緒に警備してた時に見ただけだから!」
また同じ様な反応しているよ。
「それにしては熱心に見ていた様だけど?」
剛は完全にからかっているな。
陽奈が顔を真っ赤にして騒いでいるが今回は放置しよう。
剛はどうなんだ、と訊こうとしたらソリスさんが走ってくる。
「今、聖子様が目覚められました。こちらへお願いします。」
そう言うのでみんなで向かう。
「俺の事は後で話してやるよ。」
剛がそう言ってくるから後ででいいか。
その聖子さんとやらから有益な情報が聞けるといいが。そんな事を考えながらも3人で研究室へと向かった。
(一体、彼女の口からどんな話が飛び出るのだろうか。それと、銀太、君は紛れもなく変態です。)