博士と呼ばれる人物
「ここの建物がそうなのか?」
「ええ、そうよ。」
何度かゾンビとの戦闘を交えつつも1時間程かけて俺たちは目的地に到着した。
そこには、木造の二階建ての一軒家がある。それなりには大きいが明らかに避難した人たちが十分に生活できるスペースがあるとは思えない。
「この建物自体はフェイクよ。実際の拠点は地下だから。」
「地下に予めそんな場所作っていたのか?」
まさか地下にそんなのを作っているとは驚いた。
「違うわ。あの崩壊した日に突然現れたの。」
「……は?現れた?まさかこれもUoAが関係しているのか?」
「そうよ。各地にこうしたUoAの拠点が現れているらしいわ。ここもその一つで、博士の拠点よ。」
UoAでの拠点は家のような物で自由にカスタマイズすることができる。
カスタマイズによっては現代では完全にオーバーテクノロジーの物もある。
ただその拠点には登録している人しか入ることはできない。
そんな物が出現するとはこの世界は完全に摩訶不思議アドベンチャーになってしまったらしい。
でも待てよ。と言うことは俺の拠点もある可能性があるということか。
それじゃあ…
「とりあえず入るわよ。」
そう言って彼女は行ってしまう。
「ったく。少しは待ってくれよ。」
と言いつつも俺は彼女についていき、玄関に入る。
そして、彼女が玄関に飾ってある人形に話しかけたと思ったら玄関自体が下に動き始めた。どうやらエレベーターになっているらしい。
1分ぐらい経っただろうか。エレベーターは停止し、扉が開きその先の光景に俺は目を見開く。
そこには、欧州にあるまさに宮殿という感じのフロアが広がっている。
天井は高く、壁は乳白色の石で作られており、床は全て白い大理石で覆われている。その上に真っ赤なカーペットが敷かれており、廊下が左右と正面に合計三つある。そして廊下の入り口の角に4つの大きな柱があり、それにも細かい彫刻が彫られている。
明らかに博士と呼ばれる人の拠点では無い。博士ってどんなやつだよ。
「私もこれを初めて見た時は驚いたわ。」
これには誰もが驚くだろう。
そのフロアに足を踏み入れ辺りを見回していると、正面の廊下から一人の男性がこっちに向かってくる。
「これは、お帰りなさいませ。陽奈様。」
「ただいま。ソリスさん。」
ソリスと呼ばれたその男性は肩程までの長い黒髪に、白人を思わせる顔立ちで片目にモノクルをつけている。さらに体躯は細身ながらも執事服の上からでも分かるしっかりとしたスタイルをしている。見る人全てがイケメン執事だと言うだろう。
「初めまして。銀太と言います。よろしくお願いします。」
「初めまして、銀太様。ここで執事をやらせていただいているソリスです。こちらこそよろしくお願い致します。」
そう微笑みながら返される。紳士でイケメンな完璧執事のようだ。
くっ!笑顔が眩しい。
「博士に会いたいのだけれど大丈夫そう?」
「ええ。今は研究室にいらっしゃいます。ご案内致します。」
そう言って歩き出すソリスさんに陽奈と一緒について行く。
この見た目の内装に研究室は似合わなすぎるが。
少し歩くと研究室と書かれている両開きのドアの前についた。
そのドアを開け中に入る。
研究室といっても内装は変わらないらしい。
ただ様々な実験器具や散らばった書類のようなものが研究室を思わせる。
「お嬢様、陽奈様とそのお客様がお見えになられました。」
ソリスさんがそう言うと、奥から人影が現れる。
「陽奈ちゃんおかえり。それでお客さんって誰?」
そう言って現れたのは黒い長髪を後ろで纏め、丸メガネをかけスラッとしたスタイルの白衣を着た女性だった。正に博士と言われるにふさわしい風貌をしている。
てっきり男だと思っていたので少し驚いた。大人の女性を感じさせる中々の美人さんだ。
「初めまして。銀太です。よろしく。」
少し緊張しながらも名を名乗る。
「初めまして。私の名前は蒼よ。みんなには博士って呼ばれているわ。こちらこそよろしくね。」
結構社交的な人のようだ。
「では私はこれで。」
そう言ってソリスさんは出て行ってしまった。
気になったことがあるので聞いてみる。
「もしかしてソリスさんは『サポーター』ですか?」
「ええ、その通りよ。私の身の回りのお世話をしてくれるの。」
やはりそうか。『サポーター』というのはUoAで一人一体まで作れる専用のNPCの事だ。戦闘に連れて行ったりも出来る。まさかNPCが自我を持って行動しているとは。
じゃあ、俺の拠点にもあいつが…
「ところで、銀太くんは何をしに来たの?」
「この変人が食料をねだってくるので仕方なく連れてきました。」
勝手に陽奈が答える。
「おいっ!その言い方はおかしいだろ!俺は変人でも変態でもねぇ!」
相変わらずこの女は俺への態度を変えねぇな。
「ヘェ〜あの陽奈ちゃんが男性を連れてくるなんてねぇ〜」
博士はニヤニヤしながらこっちを見る。
「っ!何ですかその顔は!別に何にもないですよ!」
陽奈はなぜか慌てている。あれだな、きっとそういうネタに慣れていないんだな。
仕方ない、助けてやるか。
「彼女とは何にもありませんよ。それに俺のタイプは慈愛に満ちた優しい女性なのでこいつとは真反対のタイプです。」
「ヘェ〜私は優しくないと?ここまで連れて来てあげたのに?」
あれ?なぜかキレ始めた。やばいな。後ろに鬼が見える。
「まあまあ、陽奈ちゃんも落ち着いて。ごめんね。からかいすぎたわ。」
そう言って博士が助けてくれる。
はぁ、助かった。まだ睨まれている気がするが。
「とりあえずこいつにさっさと食料を渡して帰しましょう。ここに留まらせると変態が移るので。」
さっきより俺への態度が悪くなった。
「移らねぇよ!というか変態じゃねぇし!」
「そうね……食料はあげてもいいわ。但し、一つやって貰いたい仕事があるの。」
博士は少し考えながらも提案をしてくる。
「どんな仕事です?実験体になるのは遠慮したいですが。」
研究者の実験体なんて何をされるか分かったものじゃない。
「それは残念ね。まぁ仕事っていうのはこの拠点の外で少し警備をしてもらいたいのよ。」
「警備?」
この地下の施設に警備がいるとは思えないが。
「ええ、ここ最近ゾンビたちの動きが活発的になって来ているの。ここも戦える人は少ないし、その格好を見る限り銀太くんは戦えるとは思えるのだけれどどうかしら?」
そう言って微笑みながらお願いしてくる。
うん。美人さんの笑顔はいいな。
だが、ゾンビが活発化しているか……なんか怪しいな。
この博士は何か隠している気がする。それに初めて会った俺を既に信用している感じもする。
「俺を簡単に信用していいのですか?」
「大丈夫よ。だって陽奈ちゃんがここに連れて来たってことは敵ではないってことだから。」
「はい。悪意の類は見えませんでした。」
ああ、あの固有スキル的なやつか。
まぁ実際に戦えるし何かあってもその時に対処すれば大丈夫だろ。
楽観的過ぎな気もしないわけではないが。
「分かりました。警備の件いいですよ。」
「ありがとう!」
そう言って彼女は俺の手を握ってくる。
照れる。そう思いながら手の感触を感じていると陽菜が横槍を入れてくる。
「でもあんた赤い錠剤飲んだから後5時間は戦えないわよ。」
「あっ!そう言えばそうだったな。」
完全に忘れていた。
「え!?あなたあの錠剤飲んだの!?」
「ええ、あいつが飲まないと連れてかないと言ったので。」
博士は何をそんなに驚いているのだろう。まさか実は失敗作とか。怖くなってきた。
「じゃあ、何でレインフォースが抑制されてないのよ!!」
「「はぁあ!?」」
予想外の答えに俺と陽奈の声が重なって研究室内に響いた。
まさかの俺には効いていなかったらしい。もしかして『健体』の効果か!?あの錠剤の効果を異常状態と認識したのか。それ以外には考えられない。
俺はそれを二人に説明した。
「まさかそんな固有スキルがあるなんて。じゃあ、銀太くんはZ-ウイルスにも何回でも抵抗できるんじゃない?」
「その可能性はあります。まだ試していないので分からないですが。」
ゲームだとレインフォースは1日1回しかウイルスに抵抗できない。1日に2回以上噛まれたりしたら抗ウイルス剤を打たないとゾンビになる。文句を言われてもそういう設定だから仕方ない。現実ではどうか分からないが。
「俄然あなたに興味が出てきたわ。」
そう言いながら博士はこっちに熱い視線を送ってくる。だがあれは完全に実験体を見る目だ。目が怖い。
「そう言えば何で博士は俺の状態が分かったんですか?」
「ああ、それは私の固有スキルで相手の状態が分かるのよ。」
なるほど、色々と応用が効きそうなスキルだな。気をつけないと隅々まで調べあげられそうだ。
「まあ、とりあえずは警備の仕事をしてきますよ。」
そう言って俺はここから立ち去ろうとするが。
「待ちなさい。その話を聞いてあなたを野放しにはできない。私が監視するから。」
まさかの陽菜もついてくるらしい。一人の方が気楽なのだが仕方ない。
「じゃあ、陽奈ちゃんに頼むとするわ。それと、あとでまたここに来てね。」
笑顔で俺に言ってくるが、身に危険を感じる。冷や汗が止まらん!
「え…えっと、時間があれば。」
「ここに寄らないと食料はないわよ。」
あ、完全に終わった。膝から崩れ落ちる。
そんな俺を見ながら陽奈は呆れた様子で行くわよと言って先に行ってしまう。
仕方なく俺は肩を落としながらそれについて行く。
そして研究室を出た俺たちはそのまま地上へ向かった。
「ああ、素晴らしかった我が人生。」
その言葉だけが虚しくエレベーター内に響いた。
(博士の研究対象になってしまった銀太。果たして彼は無事に帰ることができるのだろうか。頑張れ!銀太!!)