謎の人物と更なる謎
「ちょっと待って!!」
通りを進もうとしたらいきなり後ろから声をかけられた。
振り返ると先ほど俺が曲がってきたT字路にフードで顔を隠した人が立っている。
実に怪しい。
というかゾンビに集中しすぎて近付かれている気配に全然気がつかなかった。
こりゃ、反省だな。
「何か俺に用か?」
俺はいつでも銃を取り出せるようにホルダーに手をかけながら、持ち前のポーカーフェイスで聞いてみる。
「攻撃しないで!別に害するつもりは無いの。」
そう言ってその怪しい人物はフードを取った。
見た目は20歳ぐらいの女性だ。普通に整った顔だと思うが、その目は完全に俺を警戒している。気が強そうだ。
あの感じはきっと俺の戦いを見ていたな。こりゃあ面倒くさくなるな。はぁ、力のことは何て誤魔化そうか。
「少しあなたの戦闘を見させてもらったわ。あなたもプレイヤーでしょ?こんな所で何をしているの?」
やはり見られていたか。まぁ、見られても気にしないが。あっ、決め台詞は聞かれてないだろうな。聞かれていたら恥ずい。
だが彼女は興味深いことも言ったな。
「も、ということは君もUoAのプレイヤーか?」
「そうよ。そんな事より質問に答えて。ここで何してるの?」
あたりが強いな。やはり気が強いタイプかそれとも警戒してるからか。
「君もせっかちだな。まぁ、今は食料確保のためにこの先のスーパーに行くところだ。」
「スーパー?」
「ああ、この先にそれなりに大きなスーパーがあるだろ。何だ、知らないのか?」
ちょっと煽ってみる。
「フッ」
あ、こいつ鼻で笑いやがった。
「あそこは2ヶ月ほど前に暴動が起こって焼け落ちたのよ。あなたの方が知らないみたいね。」
「は!?嘘だろ…!?」
逆に驚かされてしまった。
スーパーが暴動で焼け落ちた!?おいおい、うちの近所にはコンビニがないんだぞ。これからの生活どうすんだよ。
あ、生活も何も文明が崩壊の危機だったわ。
それより今「2ヶ月前」って言わなかったか?
「2ヶ月前は嘘だろ?だって俺、一昨日買い物に行ったぞ。君は夢でも見てたんじゃ無いか?」
余裕の態度で返してやる。
「はぁ?あなたのおつむこそ夢の中じゃ無い?一昨日にある訳ないじゃ無い。もうこんな世界になって2ヶ月半になるのよ?」
流石の俺のポーカーフェイスも引きつる。
「ということは、ログアウトした日から俺は2ヶ月半も寝ていたのか!?」
彼女の言っていることが正しいならそういうことになる。
というより、彼女の方が正しい可能性が高い。なぜなら、彼女の装備がだいぶ傷ついているからだ。汚れは綺麗にはしているが明らかにここ数時間でついたような傷の量では無い。
それに彼女自身も満足に風呂に入れているようには見えない。多少は気遣ってはいるだろうが指先などの細かい所は少し汚れている。
そうなると俺は2ヶ月半のあいだ寝ていたことになる。そんなの意味が分からな過ぎて混乱してくるわ!!
「あなたさっきから大丈夫?いきなり驚いたり、絶望したような顔したり、じろじろ見てきたり反応が忙しいわね。変態なの?」
全然ポーカーフェイスは出来てなかったらしい。変態呼ばわりされるとは…
「まぁ、いいわ。敵対行動をするようなら始末しようと思ったけど。その感じも無さそうだし。呼び止めて悪かったわね。それじゃあね、変態さん。」
「俺は変態じゃねぇええ!!ちょっ!お前はこの近くに住んでんのか?」
立ち去ろうとする彼女に慌てて聞いてみる。
「ええ、そうよ。拠点があって一般の人たちもいるわ。」
「じゃあ、そこに連れてってくれよ。」
「嫌よ。変態に拠点を教える訳ないじゃ無い。」
彼女の中で俺は変態に確定してしまったらしい。だが負けん!
「ちょっとだけでいいから食料と水を分けてくれ。頼む!」
ここで高速の土下座を見せる。食料の前にはプライドなど無い!
「……はぁ、まぁあなたには仲間もいなさそうだし、悪意も視えないからいいわよ。」
難しい顔をして溜息を吐きながらも了承してくれる。
「サンキュー!!」
取りあえず何とかなったか。ボッチみたいな事を言われたが。実際、それは事実だし。
だが、『悪意は視えない』ねぇ。固有スキルかな。まぁ俺も油断はしないでおこう。
「俺の名は銀太。よろしく。」
「私は陽奈よ。」
残念ながら名前と態度がミスマッチだ。
そんな事を考えていると、彼女はポケットから小瓶に入った赤い粒を取り出す。
「それは何だ?」
「これはレインフォースの働きを抑制する薬よ。一錠飲むと6時間は能力が使えなくなるわ。」
「は?そんなのゲームにはなかったぞ!?」
なんだ、その危険アイテムは!?色も毒々しい!
「当たり前じゃない。これはこっちで博士が作ったものなんだから。」
まじか。すげえなその博士。
「それ飲むと、身体はどうなるんだ?」
「レインフォースを持たない一般の人と変わらなくなるわ。もちろんスキルも使えない。あなたはこれを飲んで。武器はこっちで預かるから。」
淡々とした口調で物騒なことを言ってくる。
「俺に死ねと!?バーロー‼︎ それ飲んだら体が縮んで小学生みたいになるんじゃ無いのか!?」
毒薬を飲まされて小学生になってしまった高校生が脳裏を過ぎる。
「用心に越したことはないから。拠点まで行って人質を取られて、暴れられても困るし。拠点までの道のりは私がゾンビを片付けてあげるから安心して。あと、薬の副作用もないから。私自身で体験済みよ。」
「それを信じろと?」
「それは貴方次第よ。少なくともこれを飲まない限り連れてはいけない。」
暴れねぇし、人質なんか取らねぇし。だが、嘘をついている様には見えない。
まあ、ここは従うしかないか。仕方ない、食料のためだ。
「はぁ、分かった。従うよ。」
そう言って彼女から錠剤を受け取る。近くで見るとより一層色がグロい。鼻血が出た後に取れた鼻くそみたいな色をしてやがる。
覚悟を決め一気に薬を飲む。ゴクッ。
……そうだな。正直、薬を飲んでも変わったような感じはしない。
「これってもう効いているのか?」
「ええ、そのはずよ。」
まぁ彼女が言うならそうなのだろう。
「それじゃあ、行くわよ。ついて来られないなら置いてくわよ。」
そう言って彼女は俺に背を向け走り出す。
「怖いことサラッと言うな。」
そうして、俺たちは彼女の拠点に向け出発した。
(彼女は中々良いですね。彼をうまくコントロールしています。
…このまま一緒になれば私もツッコミをしなくても良さそうなのですが。
動き出した運命はどの様な道を辿っていくのだろうか。その先にあるのは天国か?はたまた地獄か。その、結末は誰も知らない。)
「そういえば、貴方の決め台詞はクサすぎよ。」
そう言って陽奈は鼻で笑う。
「やめてぇぇぇぇええ!!!」
俺は今日一番の悲鳴を上げた。