サトリちゃんとペテン師くん
私は私の”力”が嫌いだ
幼い頃から、私が人に何かを尋ねると、その人は必ず本音を答えてしまう
私が生まれたのはそこそこの田舎な街で、その”力”が発覚するとたちまちその街という小さなコミュニティの中に知れ渡ってしまった
多くの人が私のもとを訪れ、そして利用しようとしたし、仲の良かった人たちはみんな離れていってしまった
そして、私を見た人はみんな、
『化け物』
そう私を呼んだ
いや、そう呼ばせてしまった
私が尋ねると人は本音をーーどれだけ小さな欠片のような思いでも、それが本物ならば答えてしまう
どれだけ優しい人でも、どれだけ嘘が得意な人でも、どれだけ本心を覆い隠そうとしても、
私が全てを暴いてしまった
私を利用しようとした人も、私に秘密を暴かれるのを恐れ、結局は離れていってしまった
「あの子に弱みを握られ、流布されるかもしれない」「あの化け物を刺激したらどうされるか解ったものじゃない」
そんな想いからなのか、街の小さなコミュニティ以上に私の存在が広められることはなかった
しかし、年を経て、私は自らの力と境遇に耐えられなくなった
親にすら恐れられ、腫れ物扱いの私が、同年代に友人などできるはずがなく、わたしを見る目はすべて畏怖と嫌悪の目だった
耐えられなかった
そのうち、私は普通の暮らしを夢見るようになり、高校は遠く、遠く離れた、私のことを誰も知らないところへ進学することに決めた
親は何も言わなかった。私も何も尋ねなかった
きっと傷つくだけだから
●
春、夢にまで見た高校生活が始まった
しかし、人に何かを尋ねてしまえば私の”力”が露呈することへの恐怖と、単純な同年代とのコミュニケーション不足により、夢に見ていたような生活では決してなかった
私のように遠くの田舎町から進学した人は少なく、多くの人は同じ地域出身の人たちとグループを作っていたこともあり、私は輪に入ることができなかった
しかし、大変ではあるが、自分が対等に扱われ、奇異の目で見られない生活というのはそれだけで楽しかったし、心が満たされた。それだけで充分だった
そんな中で唯一私の心を乱すものがあった
「あれ?ーーさん今日も元気ないね。大丈夫?慣れない土地で何か心配事でもあるなら僕はなんでも力になるからね!」
彼だ
文武両道を体現したような男で人望に厚く、完璧のような存在。困っている人には手を差し出さずにはいられないらしい
しかし、おそらく私だけが彼の本性、正体を知っている
彼の話し方、そして目の輝きが、幼い頃私を利用しようとした人たちと全く同じだった
嘘つきの目だった
そんな人たちはみんな、最後には失望し、嫌悪の眼差しの後、私の元から離れた
そんな人たちと重なる彼と私は、いまでもどう関わったらいいのかわからずにいた
「ありがとう。でも私は大丈夫だから、ーーくんは気にしないで。たしか今日日直だったよね?その準備のほうが大事なんじゃないの?」
「あぁ!そういえばそうだった!忘れるところだったよ!ありがとう、ーーさんは恩人だ!それじゃあ!」
大袈裟な動きで驚いた後、彼は大急ぎで教室を出ていった
ーー嘘くさい
正直に言って私は彼が嫌いだった
●
放課後、まだ深い仲の友人がいない私は一人で家路につく
作る機会はたくさんあったのだと思う。しかし、どうしても後一歩を踏み込むことができなかった
怖かったのだ。仲の良い友人との交流で気が緩み、そして拒絶されるのが
そんな自分に呆れ、内省しながら歩いていると、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた
「ーーさん!よかった、追いつけて。今朝、助けてもらってそれから話せてなかったでしょう?ずっとお礼を言って、話したかったんだ。よければ一緒に帰ろうよ。お互い徒歩でしょ?」
彼だ
話せなかった?当然だ。わざと避けていたのだから。
彼の行動に嫌な感情が湧く
「いや、ーーさん、朝は大丈夫っていってたけど、やっぱり元気なさそうだし、実はずっと心配してたんだよ。やっぱり越してきたばかりで色々と大変でしょう?僕ならここらの立地には詳しいし、人脈もそこそこあるから絶対に力になれると思うんだ。」
また嘘くさい笑顔で、こちらを心配するような言葉を投げかけてくる
それからも、学校のことや勉強のこと、友人のことと当たり障りのない、いかにも『人望の厚い』彼らしい話題で彼が話し、私が相槌を打つという時間が続いた。
それは私と彼の家への道が別れるまで続いた
これまで、彼が私を気にかけ、話しかけられることは多かったがここまでしつこく付き纏われるのは初めてだった
そう思い「さよなら、また明日」と投げかける
夕暮れの中、細い道の真ん中で、彼が真剣な目でこちらを見ていることに気がついた
「ねえ。一つ質問があるんだ」
いままでに聞いたことがない真剣な声で彼が語りかけてきた
「ーーさんって、僕のこと嫌いだよね。」
「そんなことないよ。私がーーくんのこと嫌いだなんて…」
「いいや、それくらい分かってるさ。僕は、理由が知りたいんだ。僕はただ、ーーさんが心配で…」
嘘だ
「ーーさんの力になれればと、そう思って…」
悲痛そうな顔で訴えかける
全て嘘だ、言葉も、顔も、全部
「僕が何か悪いことをしたなら謝るし、何か気に触ることがあるなら改善するよう努力するよ…!だから…」
嘘だ
これっぽっちもそんなことは考えてなんかない
「だから…、教えて欲しいんだ。僕は、本当に、ーーさんと仲良くなりたいだけで…!」
「嘘だ!!」
全部、全部偽りだ。全部偽物だ。そんな演技で、そんな偽物で、私の夢見た生活に踏み入られるのが怖くて、悔しくて、感情が抑えられなくなった
「ーーさん…?」
嘘まみれの心配顔で彼は問いかける
そんな動作にも腹が立って、絶対に駄目なのに、絶対にもう使わないと思っていたのに、
「”本当は私をどう思ってるの?本当は何を考えているの?”」
そう、尋ねてしまった
彼は、また偽物、頑張って作ってるみたいな笑顔で
「どーでもいいと思ってるし、良い人間と思われるように振る舞おうとしか考えてないよ」
そう答え、驚いた顔をした
「やっぱり、全部嘘だったんだ。そうだと思った。」
「こ、これは?どうでも良いだなんて、僕はどうしてそんなことを口走ったんだ…!?いや、違うんだ!」
「違わないよ。私は、人の本音を聞き出すことができるの。今のは間違いなくあなたの本音だし、あなただって自分でわかってるんでしょう?」
彼は俯いていた。小さな声で「嘘だ」だとか「でも…」だとか呟いているのが聞こえる。混乱しているのだろう
「これに懲りたなら今後私には関わらないことね。その気になれば人の人生を壊すことだってできるんだから」
私も、力を使ってしまったことへの後悔や今後の不安で頭がうまく回らない
とりあえず一刻も早くこの場を去りたいと思い、彼に釘をさして帰ろうとすると
突然彼の顔が上がった
また、今までになく真剣な顔でこちらを見つめたかと思うとこちらへ歩いて距離を詰めてきた
腕力による口封じかと思いとっさに手を挙げ顔を守ろうとする
すると、彼はその手を両手で掴み、
「ありがとう!!君は、私の人生を変えてくれた!私に、私の気持ちを、教えてくれた!」
そう言ってきた
私の夢見た高校生活は、ここから始まった
●
裕福な家庭で生まれた
父は資産家で、母はその秘書をやっていた
幼い頃から、家にふさわしい人間になるよう教育され、自分もそうあろうと努力したしそれが当然だと思っていた
運動も勉強も人付き合いも、全て完璧にこなした
そこに、自分の感情は不要だった
幼い頃から人が望むことを答えた
もし、その人に好かれないとしても、他者が見て、最も良い印象をうけるよう立ち振る舞った
それが、当たり前だった
幼い頃から今までずっとそうしてきた
高校に進学しても変わらず、友人思いで、遠いところから引っ越してきた、クラスの輪に馴染みきれていない女の子にも当然、優しく振る舞った
しかしその子は、自分と少し話すと心を閉じてしまった
そんなことは初めてだったけれど、いつも通り正しく見えるよう振る舞った
その子と交流をし、避けられ、追いかけ、心配性で友人思いの男であろうとし、
そして、初めて自らの感情を知った