九 力の正体
遅れてしまいました。申し訳ありません。
「それで、何でここにいるのだろうか?」
「だって姫崎先輩、放って置いたらカロリーメイトだけを食べますから」
「返す言葉もございません」
捜索を終えた俺と小鳥遊さんは、鬼熊さんとの約束の時間まで家で過ごす事になった。何故か、小鳥遊さんが俺の家に押しかけてきている。そして何故か、夕食の準備を進めちゃっている
「ところで、小鳥遊さんは何とも思わないのか?」
「何がですか?」
ケロッとした顔で聞き返してきた。
「いや、俺の額にも角が生えたのに、小鳥遊さんは俺が怖くないのか?」
普通の人なら、百人中百人全員が俺を化け物扱いして怖がり、蔑み、石を投げて追い出そうとするもの。ましてや、一緒に行動しようなんて絶対に思わない。俺だって距離を置くぞ。
なのに小鳥遊さんは、柔らかい笑みを浮かべながら俺に近づき、そっと俺の額に触れた。
「角が生えたからなんだって言うのですか。誰が何と言おうと、姫崎先輩は姫崎先輩ではありませんか。私の大好きな、世界で一番愛している姫崎亮一さんです」
「ん‥‥‥」
小鳥遊さんにとっては、角があるのかどうかというのは些細な問題でしかなく、例え角が生えてても変わらず接してくれるみたいだ。正直、嬉しいと思った。
ただ、最後の言葉は誤解を招くから控えた方が良いぞ。
「それに、今は角なんてありませんよ」
「そうだけど‥‥‥また生えたらどうする?」
「関係ありません。角があってもなくても、姫崎先輩ですから」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、次からは角が出ないように気を付けないといけないな。どういう条件で出るのか分からないけど。
「そんな事より、夕食が出来ましたので一緒に食べましょう」
「本当にブレないな、お前は」
その後も、小鳥遊さんは今までと変わらない態度で接し、一緒に夕食を食べた後少し休んでから指定された公園まで歩き、指定した時間の15分前に着いた。
町の中央にある公園は、元々は陰陽師が儀式に使われた社が建っていたのだが、第二次世界大戦時に焼失してしまいその跡地に公園を作ったのだ。何故社を建て直さなかったのかは疑問が残るが。
そのせいなのか、公園という割に遊具はあまりなく、滑り台と砂場とブランコ、鉄棒があるだけのただただ広いだけの敷地であった。その広さも、2階建ての家が4軒も建つ程広い。敷地の無駄遣いという人もいるが、野球やサッカーをして遊ぶ子供達や、スポーツや朝練を行う学生や大人にはとても人気の公園だ。
5~6分待っていると、鬼熊さんが長い赤髪をなびかせながら公園の中に入って来た。
「広い公園だな。使う陰陽師がいなくなった事で、公園を作るなんて。ダメとは言わないが」
公園全体を見渡しながら鬼熊さんは、俺と小鳥遊さんの所へと歩み寄った。
「あと一人は難しそうか?」
「孝仁さんは警察官だから」
「孝にぃには私が伝えておく」
「そうか」
一呼吸置いてから鬼熊さんは、俺の顔を見て質問をしてきた。小鳥遊さんも、真剣な表情で俺と鬼熊さんの話を聞いた。
「姫崎亮一さんだったな。その異常な身体能力は何時からあったんだ?」
「何時からって、小学校の時には普通に使えていたし、何時から使えたかって聞かれても正確には分からないな」
どのスポーツもレギュラーになれ、喧嘩でも大人はもちろん今の自分の体重の倍以上もある大男であっても負けたことが無かった。小学校の時の話だ。
でも、その力が何時から使えたかと聞かれると分からない。この力が何かしらの呪いではないかと思うと、とても驕る気になれないし俺自身もこの力に恐怖しているところがある。
それらを話すと、鬼熊さんは黙ったままうんうんと頷いていた。
「それじゃあ、自分から何かしらの事件やトラブルに飛び込んでみたいと思った事はある?」
「ああ。今回の捜索もそうだ」
「それは自分の力で解決したいからか?」
「‥‥‥いいや」
答えはノーだ。
俺が事件やトラブルに飛び込みたがるのは、その事件やトラブルを引っ掻き回してより大きくしたいと考えてしまうからだ。
キッカケはそんな最低なものだが、最終的にはそれは良くない事なのだと自分に言い聞かせて踏み止まっている。
だが、あの時は小鳥遊さんを守りたいと思って山姥を攻撃したのに、いつの間にか強い攻撃衝動にかられ、恐怖に慄く山姥の顔を見るのが楽しくて仕方なくなってしまった。更に、そのまま屈服させて支配してやりたいとも思ってしまった。これまで感じたことが無かった、とても強い攻撃衝動と支配欲であった。
角が生えてしまったのは、おそらく事時だ。
「なるほど。妖気もその時に‥‥‥他にも、無性にお酒が飲みたくなる時ある?」
「そういえば、二十歳になった時に初めてビールを飲んだ時から、たまにそんな衝動にかられるな」
冷蔵庫には常にビールが少なくても5本ないと落ち着かないし、コンビニの店長に誘われて飲みに言った時も度数の高いウィスキーを飲んでも、酔っぱらう事無く何杯も飲む事が出来た。
両親と祖父母も、どちらかというとお酒は苦手な方だし、父に至っては下戸でお酒が一滴も飲めない。強いて言うのなら、母親と母方の祖母がお酒に強いくらいである。好きか嫌いかはまた別だが。
「そうか。やっぱりそうか」
何やら一人で納得しているみたいだが、そろそろ説明してくれるとありがたいのだけど。それは小鳥遊さんも同じみたいで、前のめりになって聞いてきた。
「それで、何が分かったの?」
「そうだな‥‥‥」
少し間を置いてから、鬼熊さんは結論を出した。
「回りくどいのは嫌いだからハッキリ言うけど、姫崎さんが異常に高い身体能力を持っているのは、あなたの中にも鬼の血が流れているからだ」
「「えっ!?」」
衝撃的な回答に、俺も小鳥遊さんも言葉を失った。確かに、角が生えた瞬間俺も鬼なのかと思ってしまったが、まさか本当に鬼の血が流れていたなんて。
「それも、ただの鬼じゃない。鬼の中でも最も位の高い最強にして最悪の鬼」
「酒呑童子の血が流れている様だ」
「マジ、かよ‥‥‥」
妖怪に詳しくない俺でも知っている。
酒呑童子と言えば、日本の三大妖怪の一人に入っている凶悪で危険な最強の鬼だってことを。
そんな極悪妖怪の血が、俺の中に流れているというのかよ。
「じゃあ、俺は‥‥‥俺も鬼の仲間なのか‥‥‥」
「そんな事ありません!姫崎先輩は人間です!鬼の血が流れていて、先輩が人間であることには変わりがありません!」
必死に否定してくれるのは嬉しいが、あの時俺の額にも角が生えたのは紛れもない事実。それで鬼ではなく人間だと言っても、苦しい言い訳でしかない。
しかもそれが、陰陽師の口から言われれば間違いない。
「ま、気にする事なんてないさ。酒呑童子が人間との間に子供を作ったのは千年以上昔の話だし、その後も人間と交われば鬼の血も徐々に薄れていく。だからあなたは鬼でも何でもないよ。そんな遠い昔のご先祖様なんてもはや他人も同然だ」
千年も前の事なら、確かに鬼の血はかなり薄くなっているだろうし、気にするなというのなら気にしない方がいいかもしれない。ただ、鬼でも千年前のご先祖様を他人呼ばわりするのはどうかと思うぞ。
「だが、それでも僅かに酒呑童子の血が流れているのも事実。異常な身体能力と、トラブルに遭遇した時に駆られる破壊衝動も、怯える相手を屈服させたいと思う支配欲も、全てがあなたの中に今も残っている。お酒をたくさん飲むのも、酒呑童子の血が流れている証拠だ。かなりの酒豪としても有名だから」
それなら嫌というほど感じてきた。その全てが、あの酒吞童子からの隔世遺伝だったなんて。尤も、異様に酒を飲むだけだったらただの酒豪と区別がつかないらしいから、それだけで判断は出来ないだろうな。酒をたくさん飲むかどうかを最後に聞いたのは、鬼の種類を特定する為だと思う。
「普段は人間としての感情が勝っているお陰で、破壊行動などに走らないで済むけど、山姥と対峙した時の様にそれに委ねて攻撃してしまうと、鬼の血が一気に活性化してしまい、身体が変化してしまうんだ。角が生えるなんて序の口だ」
「‥‥‥まだ上があるというのか?」
角が生えるだけでも大問題なのに、それで序の口だなんて。その上には一体何が起こるというのだ?
「あのまま放置すると、犬歯が長く伸びて、目が真っ赤になって、身体の色も血の様に真っ赤になって髪が伸びて、最後には人ならざる異形の姿に変ってしまう。そこまでいってしまうと、もう元の姿に戻れなくなってしまう。身も心も、完全な鬼になってしまう」
「そんな‥‥‥」
「ん‥‥‥」
俺が、鬼になるかもしれないって。
そんな話を聞いて、俺も小鳥遊さんもこれ以上何も言えないでいた。
「じゃあ、先輩の中にある鬼の血を無くす方法は無いのですか?」
「ない。異常な破壊衝動や支配欲に飲み込まれないように気を付けて、常に自分自身を抑えながら、一生付き合っていくしかない」
「そんな‥‥‥」
要は治せないから、何時起こるか分からない衝動と葛藤しながら生きていかないといけないのかよ。
「伝説の鬼が目覚めなかったら、おそらく何の弊害もなく普通の人間として生きていく事も出来たかもしれない」
「ちょっと待て、伝説の鬼と酒呑童子は関係ないのか!?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、俺は思わず聞き返してしまった。じゃあ、今回の騒動に俺のご先祖様である酒呑童子は何の関与もしていないのか。
「伝説の鬼なんて言っているが、私から言わせてもらえば低級の雑魚小鬼だよ。酒呑童子なら平安時代に討伐された事になって、京都の山奥で楽隠居しているぞ。今では人畜無害のただの好々爺だ」
「そこまで知っているって事はあんた、酒呑童子と会った事があるのか?」
「ああ。極悪妖怪と呼ばれていた時の事をゲラゲラ笑いながら話して、いろいろやんちゃしてしまったと言っていたな」
「やんちゃって‥‥‥」
最も恐ろしい鬼も、千年以上も経つとその面影は影も形も無くなってしまったのか。てか、陰陽師が鬼と仲良くしちゃっていいのかよ。というか、あの酒呑童子が好々爺になるなんて信じられない。
「ま、千年前と同じような悪事を働くのなら討伐しに行っているが、無害なら別に討伐する必要なんてないからな。たまに電話してくると面倒だけどな」
「「‥‥‥‥‥‥」」
本当にそれでいいのかよ、陰陽師殿よ。というか、鬼のくせにスマホを持っているのかよ。
「スマホじゃなくアイフォンだぞ、あいつが持っているのは」
アイフォンですか!?最近の鬼も近代化が進んでいるのか?
一拍おいて鬼熊さんは、再び真剣な表情を浮かべて俺に言った。
「そんな訳だから、あんたが鬼になってしまうのは、今の酒呑童子は望んでいない。だからもうこれ以上事件に関わるな。戻れなくなるかもしれないんだぞ」
「ん‥‥‥」
鬼熊さんは、俺が鬼になる事を心配してくれているのが分かる。鬼化がこれ以上進行しない為にも、俺はこれ以上あの鬼共と関わりを持ってはいけないのだな。
だけど、本当にそれが出来るのかどうか自信が持てない。俺の中にある鬼の血が反応しているせいか、鬼関連の事件に強い関心を持ってしまう。鬼同士で引き寄せてしまうのだろうか?
正直言って自身がない。
「だったら、私が守ってみせる」
自信がなく沈んでいる俺の耳に、決意に満ちた顔をした小鳥遊さんが宣言した。宣言になるよな?表明したという口調でもないし。
「先輩が暴走しそうになったら、私が必ず止めます!事件に首を突っ込みそうになったら、私が全力で遠ざけてみせます!姫崎先輩を、鬼になんてさせません!」
小鳥遊の意志は固いみたいだ。そんな小鳥遊さんの強い決意に、鬼熊さんは黙って頷いた。
そんな小鳥遊さんに何をしたらいいのか分からない俺は、とりあえず彼女の頭を撫でてあげた。それでも小鳥遊さんは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それで、今回の事件に酒呑童子が関係ないと言っていたけど、鬼熊さんはこの事件を起こしている鬼の正体が分かっているのか?」
「ああ。その鬼は、元々は東北に住んでいる位の低い小鬼だったんだが、ある悪の感情を持つ人間を食った事で力を増して、とんでもなく危険で強力な大鬼になったんだ」
「どんな感情なんだ?」
「人間なら誰もが1度は必ず行った事がある事があって、良い時もあるという人もいるが、大抵が悪い方向にしか進まない。そして、それを平気で行い、金を騙し取るような行為をする人間をあの鬼は特に好んで襲っている」
そこまで言われれば、俺もその鬼がどんな悪の感情を好んでいるのか分かった。
「そうだ。あの鬼が好んでいる悪の感情は、『嘘』だ」
嘘。
それは人間なら誰もが1度は必ずついていて、自分の身を守るために、自分が有利になるために、最悪の場合は相手を陥れて自分だけが得をしようとする、それが嘘。
だが、嘘はこの世の中を生きていくうえではなくてはならなくなってしまった。その為、嘘をついたことが無い人はこの世に一人も存在しないと言っても過言ではない。
「その鬼も、小鬼だった頃からたくさん嘘をついて、悪戯を繰り返す事はよくあったし、自分の本心とは真逆な事をして悪さをする事も多かった」
最後の言葉のような行動は、人間も行う事がある。自分の本心とは逆の事する捻くれ者。
「その為、その鬼はかつてこう呼ばれていた。『天邪鬼』と」
天邪鬼とは、確か元々は人に嘘をついて悪戯を繰り返す鬼が語源で、今では自分が思っている事とは真逆な事を行う、もしくは発言をする人の事を指す。最後の文字に「鬼」が書かれている様に、元々は鬼の名前から転用した言葉だ。似たような言葉に、「ツンデレ」という言葉もある。
今回の騒動を起こしている鬼は、その天邪鬼だというのか。
「元々は、相手の口真似をして悪戯をするだけの鬼だったんだが、詐欺師クラスの嘘つきを食った事で強大な力を得た事がきっかけで、人を襲う危険な鬼に変貌を遂げてしまったんだ」
なるほどな。鬼熊さんが雑魚だというのも分かった気がする。元々が下級の鬼で、悪戯をするだけで大した悪事も行えないからな。
最悪な嘘つきな人間を食ってしまった事で、今の様な凶悪は大鬼になってしまい、八百年前と今回の事件を起こしているのだ。今回の事件も、詐欺師クラスの嘘つきが多く犠牲になってしまっているらしいからな。
「でも、だった何故そうではない人も襲っているんだ?そういう人を襲っても、自分の力が増す訳でもないのに」
「それについてはちゃんと理由はあるが、君達が知る必要のない事だ。話すべき事は全て話した、これ以上関わるな」
「おい!」
「ちょっと待ってよ!」
そう言って鬼熊さんは踵を返して、スタスタと俺達の前から去って行った。
「これ以上関わるな、か」
「でも、鬼熊さんの言う通りです。自身の為にも、姫崎先輩はこれ以上事件に関わるべきではないのです」
「ん‥‥‥」
頭では理解しているが、身体の奥底から湧き上がる衝動を抑えきれるのかどうかは自信がない。小鳥遊さんは一緒に頑張ると言ってくれるが、彼女がまた危険な目に遭うのは俺が嫌だ。
これから先の事に悩みながら、俺は小鳥遊さんと一緒に公園をあとにして、彼女を自宅まで送った。
前作の「妖しの魔鏡」も是非読んでみてください。