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鬼嶋の鬼  作者: 悠志
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五 鬼伝説

「‥‥‥あの、小鳥遊さん。そろそろ解放してくれてもいいのでは」

「えぇ~私はもう少しこうしていたいです♪」

「ん‥‥‥」


 小鳥遊さんの学校の送り迎えをするようになってから、今日で三日が経とうとしていた。

 俺は新たな日課として、まだ高校生の小鳥遊さんを学校と家までの送り迎えを行っているのだが、小鳥遊さんときたら学校や家の前に着くまでの間ずっと俺の腕にしがみ付いているんだよな。しかも、帰る時でも真っ直ぐ帰ってくれず、必ず何処かに寄り道しに行くんだよな。


「姫崎先輩、今日はあっちにあるお洒落なスイーツのお店に来ませんか♪」

「分かったら、そんなに引っ張らないでくれ」


 そんな彼女のペースに流されている俺も、同罪なのかもしれないな。

 目的の店に行く途中、俺達は通行止めがされている道に差し掛かった。通行止めにされている理由は、この先のT字路でまた例の惨殺事件が起こったからだ。


「孝にぃがすごく忙しそうにしていました。これでは姫崎先輩の冤罪を晴らすのが先になってしまいます」

「仕方ないさ。こっちの方が大きいんだから」


 件の惨殺事件は、今日までで32件も起きていて、孝仁さんを初めとした警察官はずっとその調査に追われていた。だが、未だに物的証拠も目撃情報がなく、捜査は行き詰っている状況であった。


「証拠も痕跡も目撃情報も無し。まるで怪事件だな」

「ええ。怪事件と言ったら、去年鏡美町で起こった魔鏡事件が記憶に新しいです」

「魔鏡事件か」


 それは、ここ鬼嶋町から遠く離れた鏡美町という町で起こった怪事件で、その犯人が千年前に封印された伝説の魔物だという俄かに信じられない事件の事であった。

 その時の事件だけでも、およそ三百もの人が犠牲になったらしく、この町の住民も何人か犠牲になった。

 その事件は、当時魔鏡を封印した陰陽師の子孫が退治し、再封印したという風に聞いている。


「あれから1年か」

「この町にもありましたよね。鬼嶋の鬼伝説が」

「ああ」


 鬼嶋の鬼伝説。

 今から八百年前に、東北から遥々この地に現れた闇色の体表をした巨大な鬼が、町から食料を奪い、快楽と称して大勢の人間の命を奪ったと言われている。殺された人の中には、鬼に食われた人もいたらしい。

 鬼は複数の小鬼を従えて、住民達がこの町から出ないように仕向け、住民は何年もの間この鬼による恐怖を味わう事となった。

 だが、山で修業を行っていた隣町に住んでいた陰陽師が来てくれて、その鬼を見事退治してのけた。

小鬼は一匹も残らず葬られ、事件の元凶である鬼は力を奪われ、ミイラとなってその活動を完全に停止したと言われている。

 その鬼のミイラは神社に展示されて、この町の貴重な観光資源となっている。

 最新の研究により、あの鬼のミイラは偽物であるという事が分かったが、それでも鬼伝説はこの町に住んでいる人なら誰でも知っているとても有名な伝説だ。


「まっ、仮に本物の鬼のミイラがあったとしても一般公開で展示する訳がないか」

「噂では、神社の裏手の山の中にある祠に保管されているのではないかって言われています」

「あぁ、あの祠とは呼べない洞窟か」


 鬼のミイラを展示している神社は、その後ろにある山を丸々一つ所有している。その山の中には、岩の亀裂で出来た洞窟があって、その洞窟の入り口に祠が建てられているのだ。祠と言っても、木で簡素な扉を取り付けただけの祠とは呼べない物だ。

 何百年も放置されていたのか、ツタが絡み付き、祠自体も所々腐っていて、シロアリに食われた所は触れただけでボロボロと崩れてしまいそうであった。

 何で知っているのかというと、小学校の時に社会科見学で遠目から見せてもらった事があるから。流石に中に入れてくれなかったけど。


「あの洞窟にミイラが保管されている可能性は無いだろう。あんな所にミイラを保管すると、ミイラ自体が腐ってしまって朽ちて何も残らなくなってしまうぞ」

「そうですね。洞窟の前には小川が流れていますから、湿気もかなり多いでしょう」


 そう、だからあの洞窟にミイラが保管されていないだろうと言い切れるのだ。大量のコケが生い茂るあの洞窟の中は、見ただけで高温多湿である事は明白。ハッキリ言って、ミイラを保存するにはこれ以上ないくらいに劣悪な環境といえる。特に今の時期なんて最悪だ。


「ま、伝説を否定する訳ではないけど、去年大事件を起こした魔鏡に比べたらかなり地味だろうな」

「やっぱり、山賊等の賊が鬼の正体なのでしょうか」

「そう考えるのが妥当だ」


 そもそも鬼の正体というのは、大体が土地を荒らしまわった暴君や、村を襲った山賊どもの事を指していることが多い。当時の住民達の恐怖心が、鬼という空想上の化け物を生み出しているのだ。


「とにかく帰るぞ。こんな事件が続いているんだから、早く帰った方が良いぞ」

「はぁい」


 本当に分かっているのかどうか分からないが、とりあえず返事を返してくれたみたいだし小鳥遊さんを家まで送る事にした。悪いが、美味しいスイーツのお店はまた今度にしてもらおう。というか、まだ子供なのだから学校が終わったら真っ直ぐ家に帰りなさい。


「それじゃ、埋め合わせとして明日私達と一緒に遊んでください。明日は丁度バイトはお休みなんですよね」

「まぁ、昼からなら別にかまわないぞ」

「やったぁ!」


 どうせ断っても、ほぼ強引に連れ回されるのがオチだし、そういう強引な所をこの子は持っているからな。なので、抵抗するだけ時間の無駄である。


「‥‥‥ん?ちょっと待て小鳥遊さん。今、『私達』って言わなかったか?」

「はい。明日は友達と一緒に遊びに出かける事になっていますので、ボディーガードとして姫崎先輩も付いて来て下さい」

「マジかよ‥‥‥」


 勘弁して欲しいぞ。

 よりによって女子グループの中に混ざる事になるなんて、居心地悪い事この上ないぞ。というか、よく俺を誘おうと思ったな。何処まで強引なんだよ、小鳥遊向日葵さんよ。

 確かに、送り迎えをしていれば他の生徒達にも顔を知られる。初日は極数名の生徒だけが、俺の事を犯罪者でも見る様な目で見ていた。だが、次の日からは生徒全員から極悪人を見る様な目で俺を見るようになった。おそらく、俺の事を知っている3年生から聞いたのだろう。

 俺の事をよく知らない後輩たちまでがあんな反応をするのに、俺の事を知っている3年生が俺の同行を許す訳がない。


「いいのいいの。私がお願いしているのだし、孝にぃもいいって言っているんだし、そこへんは強引に」

「それでよく友達はお前から離れなかったな」


 ま、俺もまた小鳥遊さんを拒絶する事が出来ず、今もこうして腕を組まれている訳なのだが。

 本当は断りたいのだが、今断っても小鳥遊さんの事だから俺のアパートまで足を運んで強引に連れ出すだろうな。一体どうやって知ったのか分からないが、小鳥遊難は何故か俺が済んでいるアパートの場所を知っているからな。


「ねぇ、いいでしょう」

「ん‥‥‥」


 やめろ。そんなキラキラした目で俺を見るな。くそぉ、内容をよく聞かずに生返事をしてしまった自分を殴ってやりたい。


「‥‥‥ま、いいか」

「何か?」

「何でもない。とりあえずボディーガードという事で」

「やったぁ!」


 何とか理由を付けて断ろうと考えていたが、こんなに嬉しそうにする小鳥遊さんを見るとそんな気にもなれなかった為、俺は諦めて明日女子高生たちの遊びに付き合う事にした。どうせ何かするわけでもないだろうし、付いて行くだけなら大丈夫だろう。

 俺、通報されたりしないかな?


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その頃


「まったく管理されていないな。ま、誰も鬼が眠っている洞窟になんて行きたくないか」


 神社の責任者から、洞窟に入る許可を貰った杏は丁度その洞窟の前に立っていた。どうやって許可を取ったかというと、杏の顔を見た瞬間に宮司が何の躊躇いもなく許可を出した。


「まさか宮司も、去年の魔鏡騒動をテレビで見ていたなんて」


 顔バレは覚悟していたが、1年も経てば自然と風化していくものだと思っていた。事実、町の人は杏を見ても何とも思わなかったが、宮司みたいに覚えている人がいたとは予想外であった。

 けれど、そのお陰ですんなり許可が下りたので結果オーライであった。

 だったら何故、洞窟に入るのが遅くなったのか。

 その理由は、今回借りたアパートにあった。あのアパートは、一言で言うのなら幽霊アパートであった。あのアパートにはとにかくたくさんの悪霊が住み着いていて、そのお祓いに少し時間がかかってしまったのである。

 その後も、幽霊が二度と近寄らない様にするのにも時間がかかってしまった。

 住民からは感謝されたが、大幅な時間ロスを食らう羽目になってしまった。


「まったく、あのアパートの悪霊共もかなり往生際が悪かったな。説得に応じなかった悪霊は、力尽くで地獄に叩き落したけどな」


 なお、説得に応じた霊は杏の術で無事に成仏した。


「それにしても、中に入れとは言わないがせめてこの祠をどうにかして欲しかったぞ」


 洞窟の入り口に取り付けられた、祠とは呼べない簡素な扉を見て杏はボソッと口に出てしまった。

 祠は全体的に腐っていて、場所によってはシロアリに食われた所もあり、ツタも絡まっていて台風や地震が起こったら一瞬で崩れてしまいそうなくらいボロボロであった。


「はぁ、これ絶対に触れただけで崩れるでしょ」


 事実、扉の取手を軽く握った瞬間にとって部分が木屑となってボロボロと崩れていった。それから数秒遅れて、祠が一気に崩れていきその破片を頭から被った。


「‥‥‥魔鏡を封印しているあの祠の様に、時間を止める事が出来ればいいんだけど」


 だけど、あの鬼を封印した陰陽師にそこまでの力はない為、八百年も放置されたこの祠が壊れるのは避けられない事なのかもしれない。


「ま、この祠なんて、あってもない飾りの様な物だから別にいいか」


 勝手に自己完結した杏は、足下に気を付けながらゆっくりと洞窟の中へと入っていった。そんなに深い洞窟ではない為、すぐに目的の場所に辿り着いた。

 だが、そこにある筈のものが何もなかった。


「もぬけの殻‥‥‥そんなバカな!?あの鬼のミイラは、間違いなくこの洞窟の奥にある筈!私の曽お爺さんが第二次世界大戦前に、当時の曽根島の党首から聞き、もしもの時を考えて書物も残してくれた!」


 杏が生まれるずっと昔、と言っても第二次世界大戦が勃発する2年前に一度両家の党首が東京で会って話をしていて、その時曽根島の党首は自分にもしもの時があった時の事を考えて、書物を託してくれた。

 その時の書物にも確かに記されていた。八百年前に退治された鬼のミイラは、間違いなくこの洞窟の中にあると。

 しばらく洞窟内を見渡していると、壁に何かで引っかかれた跡があり、天井部分が不自然に広くなっているのが分かった。


「とっくに目を覚まして、この洞窟から出てきてしまったのか。だとしたら、洞窟内の足場が悪いのは洞窟の天井が崩れて岩が落ちてきたからなのか」


 そう考えると、鬼はとっくに復活して町に出ている可能性が高くなった。


「曽根島一族は、未来を見通す術に長けた一派。おそらくあの時点で、自分達の力が受け継がれずに絶えてしまうのを予知していたのだろう」


 だから、大事な書物を託したのだろう。そして、鬼が復活する事も予知したのだろう。


「曽根島は消滅しても、血はまだ残っている。となると、あの町の住民の中に」


 あの鬼が曽根島の血を引く人間を、あの町の住民の誰かに化けて狙っていると考えられる。


「人に化けているとなると、あの町で一番の嘘つきを食って成りすましているだろうな」


 あの鬼が最も好む悪の感情は、「嘘」。つまり、人を貶める事に何の抵抗もなく平気で嘘をつく奴に成り代わり、力を蓄えつつ曽根島の血を引く人間を探しているのだろう。


「これまでの犠牲者も、詐欺師レベルの嘘つきなんだろうな。それも調べれば分かる事だ」


 鬼が既に復活して町にいる事と思った杏は、すぐに洞窟を出て町へと引き返した。魔鏡の時と同じ様に、式神を使って夜に探し回らないといけないと思うと少々げんなりしてしまうと思って。


前作の「妖しの魔鏡」も是非読んでみてください

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