十壱 冤罪
再び主人公の視点に戻ります。
「‥‥‥なぁ、こんな所に来てあの頑固親父に何か言われんのか?」
「全然。だって、家に帰って来ないのですから知りようがありませんので」
それはそれで問題があるのだが、仕事に人生の全てを注いだ様な人だからそれもあり得なくもないな。
そんな訳で、今日も小鳥遊さんは俺の部屋に来て朝食を作っていた。新聞配達のバイトを終えて帰ってきた時。
「ま、朝食を作ってもらっているからな。感謝してるぞ」
「どういたしまして。先輩はもう少し素直になった方が良いですよ」
「努力するよ」
手を洗った後、俺は小鳥遊さんと向かい合う様にしてテーブルにつき、一緒に朝食を食べた。
後片付けを終えてすぐに2人で家を出て、小鳥遊さんを学校まで送った。その際、小鳥遊さんに腕を組まれてしまった。
「向日葵、おはよう」
「先輩もおはよう」
「2人ともおはよう♪」
「うっす」
以前ボーリングに行った時に一緒に来ていた2人と会い、俺も軽く挨拶を返した。
「そちらは相変わらずラブラブですね」
「いやぁ~~それほどでもぉ~~~♪」
「調子に乗らない」
ラブラブなんて言われて、嬉しそうに身体をくねらせる小鳥遊さんの頭に軽くチョップを入れた。それ以前に、俺達はもう彼氏彼女の間柄じゃないだろ。小鳥遊さんの中では、俺との関係は終わっていないのかもしれないが。
「おやおや、朝から随分と良い御身分ですね。あんな事件を起こしておきながら」
聞き覚えのある声を聴いて、俺達は顔を顰めながら声のする方を向いた。そこには高そうな外車に乗った柴山が、すぐ横の路肩に止まって窓を開けて嫌味たらしくこっちを見ていた。
柴山の顔を見た瞬間、小鳥遊さんの目付きが急に鋭くなり、柴山を睨み付けていた。
「何しに来たの?この嘘つきの偽善者が」
「おいおい。未来の夫に向かってそんな事言っていいのか?」
「アンタみたいな最低な人間との婚約はお断りした」
「そんな事言っていいのか?俺は君のお父さん、つまり社長に物凄く気に入られているんだぞ。数多くの素晴らしい業績を残してね」
自慢げに自分の業績を語る柴山だが、小鳥遊さんから聞いた話だと詐欺まがいの行動や、先輩から実績を横取りするなどをして業績を伸ばしているらしいからな。
業績の話をした瞬間、一緒にいた2人が急に激怒した。
「ふざけるな!お母さんから来たわよ!書いた覚えのない契約書に勝手に名前を書かれ、身に覚えのない請求書が来たって言っていたわ!」
「私の父は、アンタに脅されて無理矢理書かされたって聞いたわ!家とか医者の権力を笠にして!」
どうやらこの2人の家も、柴山の詐欺の被害に遭ったみたいだ。更に聞くと、請求金額がやたら高く、その上似たような契約書を何件も書かされたのだそうだ。かなり悪質な詐欺だぞ、おい。
「おいおい2人とも、いい加減な事を言わないでもらいたいな。俺はちゃんと、ご両親からの承諾を得て正規の手続きで契約をしているのだぞ」
「脅して契約したのでしょ!」
「私のお父さんなんて、私に向かって泣いて謝っていたわよ!」
人目も憚らず、2人は柴山に怒りをぶつけた。
俺も、あの柴山がこんな手段を使って業績を積んで出世しているなんて信じられなかった。
「本当に最低ね。孝にぃもすごく怒っていたけど、聞いていた以上に最低だね」
孝仁さんは、圧力や暴力に屈する悪人を追い詰めて必ず捕まえようとする。その為、住民の信頼も凄く厚い。
だが、他の警察官は柴山が実家と会社の権力を使って捜査すると全力で潰すと脅迫しているらしい。他にも、賄賂を渡して協力者になってもらっているとか。その為、孝仁さん以外は誰も柴山を調べようとはしない。
あの時の嘘から始まり、その後も自分が評価されたいが為にたくさんの嘘をついてきた。そのせいで、どれだけの人が悲しんでいるとも知らずに。
そんな柴山を哀れんでいると、顔に出ていたのか柴山が俺を睨み付けてきた。
「なんだその目は?」
「前にも言ったが、こんな事をしても、自分の首を余計に強く締め付けるだけだぞ」
「何を知った風に!」
「これでもお前の事を心配して言ってるんだ。これ以上罪を重ねてはダメだ」
「俺は何も悪い事なんてしちゃいねぇ!デタラメ言うな!」
「いい加減にしろ。お前は自分の人生を棒に振りたいのか?」
逆上した柴山は俺に掴みかかろうとすると、車から聞き覚えのある声が聞こえてきた。この町で一番の嫌われ者の声が。
「どうした、秀樹?」
「いや、なんでも」
柴山の声が明らかに震えていた。まるで、何かに怯えているみたいに。
そして、その声の主は後ろの席の窓を開けて皺だらけの顔をした老人が顔を見せた。
この老人の名は、柴山俊樹。
この町で2番目に大きな会社を経営している実業家で、小鳥遊さんのお父さんとも交流が深い人物。
反面、従業員に無茶な労働を強いていて、ノルマもやたらと高く普通に見れば達成は絶対に不可能と言ってもいいレベルだ。更に、時間外労働や休日出勤なんて当たり前で、過去に従業員に一日の休みも与えない日々が何年も続いた事があり、それで一度警察に摘発された事があった。
その為、この男の会社はこの町で2番目に大きい会社であると同時に、絶対に就職したくない会社ワースト1位に入ってしまう程の超ブラック企業でもある。
仕事こそが人生の全てだ、という考えが小鳥遊さんのお父さんと通じる所があって、あの2人はとても仲が良いのだ。逆にお爺さんとは犬猿の中らしく、運営方針が真逆である為いつも口喧嘩をしていたのだそうだ。
更に、この爺さんが嫌われている理由がもう一つある。
「秀樹、こんな最底辺な人間などに話しかける事自体が時間の無駄だ。お前はわしの孫として、常にトップでなくてはならないし、常にエリートでいなくてはならない」
「っ、分かっています」
そう。これがこの爺さんが嫌われている最大の理由。
この爺さんのモットーは、「卑怯な手を使ってでも頂点に立て」。優秀である事、エリートである事、全てにおいて全国トップクラスでなければ生きる資格がない。そういう考えの持ち主なのである。その為、俺達みたいな凡人を欠陥品、最底辺の人間と呼んで差別し、徹底的に追い詰めているような人だ。
そしてそれは自分の子供に対しても例外ではなく、そんなこの男の方針に嫌気を差した息子は彼から逃げ出し、別の町で暮らしている。爺さんもそんな息子とは縁を切り、市役所に行って親子の関係もない赤の他人にしてしまう程の徹底ぶりだ。柴山がやたらエリートである事に固執するのは、この爺さんに怯えて言いなりになっているからなのかもしれない。
だが、流石に跡継ぎがいなくなるのは困るらしく、噂では柴山はこの爺さんに誘拐に近い形で息子から取り上げて、小さい頃から自分の思想を植え付ける為の洗脳を行ったと聞いている。あくまで噂である為、信憑性は薄いが限りなく黒に近いだろう。
「お前達も、遊んでいる時間があったらその全てを勉強に割きなさい。1分でも遊んでいるような奴に、優秀な成績を収める事は出来んのじゃよ」
完全に見下した態度で俺達に吐き捨てた後、爺さんは柴山に「行け」と一言言って車を走らせた。
「だからと言って、家庭や友達を切り捨てるのは間違っていると思うし、実績の為に住民を恐喝して無理矢理契約させるのなんて思い切り犯罪だ」
だけど、誰もあの爺さんを訴えることは出来ない。これも噂だが、あの爺さんは警察に賄賂を渡して自分が有利になる様に動いていると聞いている。
孝仁さんだけは、あの爺さんの恐喝や賄賂に屈することなく、証拠を探して何時でも逮捕できるようにしているみたいだが、孝仁さん一人の力ではどうする事も出来ないのが現状だ。
「行きましょう、姫崎先輩」
「そうです」
「あんな奴の顔なんて、見たくもなかったのに」
柴山の評判は最悪だな。それなのにあの頑固親父は、実績だけでその人の人柄を勝手に判断している節がある。おそらく、柴山とまともに会話もしたことが無いだろうな。それどころか、他の社員とも仕事以外の話をしたことが無いだろうな。
「姫崎先輩が悪い人ではない事は、私達は知っています。例え、町の人全員が先輩の敵になっても、私だけは先輩の味方ですから」
「ありがとう」
とは言ったが、小鳥遊さんまで巻き込みたくない。もしそんな事になったら、俺は彼女の前から、この町から消える。
その時にはきっと、俺は完全な鬼になっているだろうな。
だが、それでも構わない。どうせなら、完全な形で未練を断ち切りたい。
小鳥遊さんには幸せになって欲しいから。
そう思っていたのに、小鳥遊さんときたら放課後もまっすぐ帰ろうとしてくれず、コンビニのバイトの出勤時間ギリギリまで遊び回される羽目になった。しかも、今度は友達2人も一緒に。
「ッタク。こんな時間まで遊び回っているだけでもアウトなのに、今回は俺が働いているコンビニまで付いて来るなんて」
「いいじゃないですか。先輩が何処のコンビニで働射似ているのか気になりますので」
「私も」
「同じく」
仮に知ったとしても高3の3人が、俺がシフトに入っている時間にコンビニに来る可能性は限りなく低いぞ。だって、俺が入っている時間は22時から4時までなんだから。そこを終えると、今度は新聞配達のバイトに行かないといけない。
ゆえに3人がバイト中の俺と会う可能性は、ゼロである。
「そういえば、孝にぃからの電話は結局何だったんですか?」
「分からない。俺が今どこで何をしているのかを聞かれて、答えた後にお前に電話を代わったから」
「私も、本当に19時から20時の間ずっと先輩と一緒にいたか聞かれたくらいで、それ以外は何も聞かれませんでした」
実はつい30分前に孝仁さんから電話がかかり、19時から20時まで何をしていたのか聞かれた。ずっと妹さんとその友達と一緒にいました、そう答えると今度は小鳥遊さんに代わって欲しいと言われ、訳が分からないまま小鳥遊さんにスマホを渡した。
小鳥遊さんが間違いなく一緒だったことを言うと、孝仁さんはすぐに電話を切ったらしいので、結局何の為に電話したのか分からないままであった。
何て事を考えながら歩いていると、あっという間に勤め先のコンビニについた。
だが、何だか様子がおかしかった。
「どうしたんでしょうか?」
「分からない。何か事件でも起こったのか?」
どういう訳か、バイト先のコンビニの駐車場には数台のパトカーが止まっていて、ただならない雰囲気を醸し出していた。
「お前達はここで待っていろ!様子を聞いて来る」
「待ってください!」
様子が気になったので、俺はすぐにコンビニの方へと向かって走って行き、小鳥遊さんもその後に続いた。
異様な雰囲気の中、俺はすぐに店内へと入っていった。
「容疑者を確保しろ!」
「はぁ!?」
店に入った瞬間、俺は訳が分からないまま警察官に取り押さえられた。
「ちょっと待ってください!姫崎先輩が一体何をしたって言うんですか!」
手錠を掛けられそうになった時、小鳥遊さんが手錠を掛けようとした警察官を止めた。
「離せ。コイツは大量殺人犯なんだぞ!」
「何を訳の分からない事を‥‥‥!?」
警察官の言っている事が理解できない俺は、年配の男性刑事さんを睨んでいるとその後ろの光景に愕然とした。
店内は荒らされていて、客と従業員が何者かに無残に殺されていた。その中に、この店の店長とその奥さんもいた。目を覆いたくなるような悲惨な光景であった。
「一体、誰がこんな!?」
「とぼける気か?あぁ!」
年配の刑事さんは、俺の事を凶悪犯でも見る様な目で見て、髪の毛を掴んで床に顔を叩きつけた。
「証拠の映像だってあるんだ!お前が店に入ってきていきなり、凶器となる包丁で従業員と客を一人残さずに惨殺した事を!」
「何言ってんだ!」
刑事さんの言っている意味が分からなかった。俺はバイトの時以外にこの店に来る事は無いし、今日の午前中は小鳥遊さんを送った後は家に帰り、夕方まで寝ていた。起きた後も、小鳥遊さんを迎えに行った後3人に連れ回されていた。
ここに来る時間も用事も、こんな事件を起こす動機もない。
「あくまでとぼける気か!」
「嘘じゃねぇ!」
「そうです!先輩ならずっと、私達と一緒にいました!」
「それは私達が証人になります!」
「疑うのでしたら、私達が回ったお店を確かめたらいいです!」
「証拠があるんだ!ガキがデタラメを言うな!」
小鳥遊さんが俺のアリバイを訴えても、この刑事さんは全く聞く耳も持たない。このままではマズい。
そこに一人の救世主が現れた。
「彼女達の言っていた事は事実です。放してあげてください」
「小鳥遊」
現れたのは、小鳥遊さんのお兄さんの孝仁さんであった。
「さっき電話で確認しましたけど、犯行が行われた時彼は俺の妹その友達と一緒にいました。彼のアリバイを証明するには十分です」
「俺に指図するな!」
孝仁さんの言葉にも耳を傾けず、刑事さんは孝仁さんに向けて怒鳴った。
「貴様の発言は、あの証拠映像を否定するようなもんだぞ!」
「あの映像には違和感があります。犯人が手を加えた可能性があります。もしくは、顔が似ているだけの全くの別人です。もっと詳しく調べるべきです」
「俺の言う事が間違いだというのか!監視カメラの映像という、動かぬ証拠があるんだぞ!」
後輩刑事の孝仁さんに自分の推理を否定された年配刑事は、感情に任せてただただ怒鳴るばかりであった。
だが、同時に違和感の様な物も感じられた。この刑事さん、まるで俺を犯人にしたがっている様にも見える。
そんな刑事さんの反応を見て、孝仁さんは首を横に振ってから気になる言葉を発した。
「そんな事を言うなら、あなたがお昼に柴山俊樹と密会して金を受け取っていた事を上に報告いたします」
「なっ!?」
おい待て!柴山の爺さんから金を受け取ったというのはどういう事だ!?まさか賄賂を受け取る代わりに、俺を何としても犯罪者として仕立て上げろと指示されたのか。
「うちの署がダメなら、裁判所や本書にもこの事を報告いたします」
「貴様!うちの署を潰す気か!」
「ならば彼を今すぐ解放してください。無実の人間に罪を着せるなんて、警察としてあるまじき行為です。俺達の誤った判断のせいで罪もない人が苦しむ事だってあるのです」
それ以上何も言えなくなった刑事さんは、大きく舌打ちをしながらその場を去った。
それからは、孝仁さんのお陰で俺は解放された。
「助かりました。孝仁さんがこの事件の捜査に来てくれてラッキーでした」
そのお陰で、身に覚えのない罪で逮捕されることが無くなった。本当に助かった。
「孝にぃ、ありがとう」
小鳥遊さんなんて、孝仁さんに縋りながら大泣きしていた。
「それにしても、一体誰が先輩に罪を着せたのでしょうか」
「優しい先輩に冤罪を掛けるなんて、絶対に許せません」
一緒にいた2人の女子高生も、俺に罪を着せようとした犯人に腹を立てていた。
「とは言え、今日は家に勝ってもらう。新聞配達のバイトも、しばらく休んだ方が良いだろう。監視という名目で、俺の部下が見守っててもらう。俺は先輩が言っていた証拠の監視カメラの映像をチェックする」
「ありがとうございます」
その後俺達は、孝仁さんの部下の警察官に家まで送ってもらった。この人達も孝仁さんと同じ考えを持っていて、変に疑わる事もなかった。
「妖しの魔鏡」も是非読んでみて下さい。




