借り物競争
『次はー、◯年生によりまーす、借り物競争でーす』
この世では自由な時間ほど早く過ぎるものはないようで、僅か一話を挟んだだけでもう次の俺の出番である。
陰キャ仲間と、推しキャラの名前でしりとりをしていた俺は、ため息をはきつつ重く固い腰を上げる。
「んじゃ、行ってくるわ」
「おう、無難にやり過ごせるよう頑張れよ。貸せるモンなら遠慮なく貸してやるからなー」
「ああ、マジで助かる」
ボサボサの髪を少し切って、雰囲気を明るくすれば、充分陽キャに寝返れそうな田中に返事をして俺は集合場所へと向かった。
借り物競争。
この競技は場所にとってやる所もあるしやらない所もあるらしい。
陰キャが困る競技その2だ。理由は言わずもがな。というか、言ってほしいのか?
対策としては、数少ない陰キャ仲間に頼るのがいいだろう。
陰キャ同士、困ったときは助け合いだぜ。
『さぁ、一列に並ぶ生徒たちの前には、お題の書かれたカードが入ってるボックスがあります。各クラスごとに、決められたボックスからカードを取ってくださーい』
ウチの借り物競争のルールはこんな感じだ。
そろそろメンドクなってきたし、スタートとかの描写はちょっと省略させてもらうぞよ。
『ドンッ!』
拳銃の発砲音とともに一斉に駆け出す生徒。
やべっ、少し出遅れた。
他の奴らが次々とボックスに到着しすぐに離れていくなか、一歩半ほど離れて俺もボックスに到着した。
さ、頼むから、あいつらに用意出来るものが出てきてくれよ……、よしコレだ!
『好きな人』
おっし好きな人か、コイツはいったいどこで用意できるか……。
……………
………
……
…
「なんじゃこれえええぇぇぇ!!?」
自分の喉から某白刑事ばりの大絶叫が漏れた(実際の所は小さい声だったろうが)。
オイオイオイ好きな人だってよぉ、奥さん。
どうすんだよこれぇ。簡単には借りられねぇよ。こまったなー。
俺、好きな人借りてこなきゃいけないんだってよ。
お、これなんか小説のタイトルっぽいな、おもしれー。
って違ェ!!
こんな下らない現実逃避してる場合じゃない!
好きな人!? アイがラブなヒューマン!?
いねぇよそんなの!! まだクラスメートの女子の名前すらマトモに覚えてないんだぞ!?
まさかこれはアレか!? 噂程度には聞いたことのある、カノカレがいるヤツが走るときに、運営側がお遊びでボックスにこっそり仕込むアレか!?
だとしたら盛大に間違えてんぞ運営!!
彼女がいる渡辺ならB組だぞ! 一個隣だぞ!!
入れ直せ! カットだカット!!
カメラ止めてスタッフ!
スタッッッッッフーーーーー!!
『さー、生徒たちはそれぞれお題に従いモノを借りにいっております! おっと、A組は少々遅れているようです。頑張って下さい!』
ヤベェヤベェヤベェ。
そうこう言ってる間にも競技は進んじまってる。もうこのお題でいくしかない。絶対呪うからな運営。
さて、好きな人とかどうする?
まさか本当に女子のもとへ行くわけにもいかん。
俺が行った瞬間、「えー、めんどくさ……」的な顔をされて、お題を見たら、苦虫を5匹同時に噛み潰したような顔をされるのがオチだ。
第一俺もあんなキーキー喚くだけのヤツと一緒にいたくない。いやいや、強がりとかじゃなくてマジでね。
とは言え、このままではお題をクリアできねぇ。
100mリレーを俺のせいで落としちまった以上、なんとかこの借り物競争は上位の方でゴールしたい。俺にだって人並みの責任感はあるのだ。
しかし、こんなお題で連れて行ったとしても、ネタとして受け取ってくれ、今後の学校生活にもさして影響が出ないようなヤツ……そんなヤツが果たしているのか……。
クソ、これまでの陰キャ人生におけるピンチランキングトップ3に余裕でランクインだ。
と、その時俺の頭にある妙案が浮かんだ。
それは、悪魔の囁きにも似たものだった。
俺はしばしの熟考の末、悪魔に魂を売ることにした。
『ゴールっ! さーて、C組に続き二番目にゴールしたのはA組だ! 前半の遅れを見事に取り返し、逆転ゴール! それではさっそく、お題の確認をします!』
調子よく実況しやがる司会の生徒に俺はカードを渡す。
『えーとお題は、好きな人……えっ!? あれっ!? 』
カードを見た生徒は予想通り動揺した。それは後ろの先生も同じだった。とりあえず覚えとけよテメェら。
生徒は「やっちまったー……」と小声で言いながらも、二、三回空咳をすると、一先ずその場を取り繕った。
もしかしたらコイツは渡辺の親友で、連れてきた渡辺を思いっきりからかうつもりだったのかもしれないな。
『えーと……さあ、江坂くんのお題はどうやら「好きな人」だったようです! これはすごいお題だ! 果たして江坂くんの連れてきた人、と、は……?』
勢いのよかった生徒の言葉がどんどん尻すぼみしていく。
……まぁ、そうだろうな。
俺は開き直りに近い心境で連れてきたヤツの名を言う。
「コイツ、相沢くんが……、俺の好きな人です」
瞬間、グラウンドに爆笑と、絶叫と、歓声が響いた。
……爆笑と絶叫はわかるとしても、歓声はいったい何なんだ。
『えっと……どういう意味でしょうか、江坂くん?』
俺は腐った女子の気配を感じつつも、司会の問いに答える。
「ですから、こう……相沢くんは、いつもクラスを引っ張ってくれていますし、一生懸命です。サッカーだって出来るし、努力家で、俺の憧れなんです。そういう意味で、俺は相沢が好きなんです!」
よくもまぁ、思ってもないことをペラペラ話せるもんだ。デマカセばかりの自分の口に尊敬と恐怖を感じる。
「いやぁ、やめてくれよ始くん! 照れるじゃないか!」
お前はもう少し人の言葉を鵜呑みにしないことを覚えような。
とは言え、コイツのこの反応に助かっているのは確かだ。
この反応のお陰で、観客と生徒のみんなも「なんだそういう意味か」という雰囲気になっている。
俺が思い付いた作戦は、『好きな人』をlikeの意味で曲解してやろうと言うことだ。
こらソコ、無理があるとか言わない。ちゃんとラヴな人、と書いていない運営側が悪いのさ。
『う、うーん……どうなんだろうこれは……』
俺のその言葉を聞いた生徒は、納得したような、していないような微妙な顔をしていた。
ヤベェな。俺は口調こそ堂々としてたが、心の中では冷や汗ダラダラである。もうこの体育祭で「ヤベェ」て何回言ったよ。
正直「それ好きな人ってより、憧れの人だよね?」とか言われたらもう一巻の終わり、二巻に続くかどうかは不明である。
俺の心の汗がついに体にも出ようとしていたその時、運営席で話し合っていた先生の一人が口を開いた。
「いいんじゃないか? まぁ、意味合い的には間違ってないし、ユーモアもあるしな。元はと言えば入れ間違えたこっちが悪いし……」
最後の方の声は小さかったが、なかなか良いことを言うじゃないか先生。アンタとは良い酒が飲めそうだ。
そういう訳でどうにか俺のゴールは認められ、A組は借り物競争で2位を記録した。
陰キャにとって、消え去りたくなる状況と引き換えに。