プロローグ
━━━雲ひとつない空
━━━湿り気のない地面
━━━体操服で個性なしに統一された生徒たち
━━━女子どもの(主にイケメンのみに向けられる)黄色い声援
そう、ついにこの日が来た。いや、来てしまった。
今日は体育祭である。
「せんせー、われわれー、選手一同はー、日頃の成果をー、充分に発揮し……」
体育祭。それはクラスでの自分の立ち位置によって、印象が90度変わる不思議な行事である。
脳筋の体育会系。
彼らにとってはバリバリの晴れ舞台であり、今日の活躍がこれからのクラスヒエラルキーを左右する、と言っても過言ではないだろう。
イケメン。
彼らにとっては無条件に晴れ舞台を得られる行事であり、さして悩むことではないだろう。イケメンはたいてい運動も上手いだろうし(偏見)。
問題は俺たちのような陰キャだ。
クラスヒエラルキーの最下層に位置し、日陰を好む俺たちにとって、この行事は地獄以外のなにものでもない。
望んでもないのに与えられる見せ場。
走りが遅いのに走らされる。
やりたくもない入場&退場の練習。
はっきり言って良いとこなど数えるほどもない。まぁ強いて言うなら、練習期間中はいくつかの通常授業が潰れてくれることだろうか。
それはともかく、この行事において陰キャが真っ先に考え、目標にすることは
『いかに恥をかかず、いかに目立たず、そしていかに空いた時間を乗り切るか』
ではないだろうか。
少なくとも俺ーーー「江坂 始」が思い浮かべることはそれだ。
メガネ、ブサメン、低身長と、陰キャの三種の神器を取り揃えてる俺にとって、目立つというのは思い切りナンセンスなことなのである。
せっかく今日まで組体操も入退場の練習も、無難に目立たず怒られずでやり過ごしてきたんだ。
今日はその成果を充分に発揮したいところである。
ある、の、だが。
「よっしゃあA組! 盛り上がっていくぞぉ!!」
……コイツがいる限り、そう上手くはいかないかもしれない。
今叫んでるコイツの名は「相沢 共」
我が凡土高校が誇るサッカー部エースであり、イケメンで高身長だ。
君たちのクラスにも一人はいたであろう、クラスを引っ張る役を進んで引き受け、雰囲気もさわやか、満場一致で学級委員になるようなヤツだ。
まぁ人の性格性質にとやかく言うつもりは無いし、こういうヤツがいた方がクラスも円滑に進む。いいことだ。
だがな、相沢よ。
「ほら、始くんも盛り上がっていこうよ! 一緒に優勝目指そうぜ!」
俺を巻き込むんじゃねぇ。
クラスの人気者のリア充とクラスで浮いてる陰キャ。
人気も顔面偏差値もコミュ力も、全てにおいて差がある相沢が俺に絡んでくる理由。
それは説明だけなら簡単なことだ。
ある日の体育。その日はサッカーの試合式の練習だった。
同じ陰キャ仲間が棒立ちのディフェンダーしている中、俺はジャン負けでのキーパーをやっていた。
手持ち無沙汰に耐えつつ授業終了を待っていると、ボールをもった相沢が、素人目でもわかるほど綺麗なドリブルで駆けてきた。
ディフェンダーをひらりひらりと抜いていき(役に立たんヤツらめ。人の事は言えんが)、あっという間に俺と一対一。
そして相沢が万全の態勢でシュートを放つ。
シュートなんか防げるわけも無いし防ぐ気も無いわけだが、一応最低限の体裁は保とうと俺は適当に両手を伸ばした。
それがまさかのジャストミート。
ジン、とした痛みを両腕に感じている頃には、相沢の蹴ったボールは場外へと転がっていた。
俺の適当に伸ばした両腕は、相沢のシュートをしっかりととらえていたのである。
俺はその時空気が凍ったような錯覚を覚えた。
クラスで最下層のヤツが、クラス最上位(それもサッカー部エース)のヤツのシュートを止めたのだ。
その場にいた奴らが喜びとも驚きともつかない「お、おお……!?」な雰囲気となる中、相沢だけは、まるで生き別れた母親と町で遂に再開した時のような目をしていた……ように、思う。
あとから聞いた話だが、この時の相沢のシュートが決まっていれば、試合は3-2で相沢チームの勝利となっていたらしい。つまり、俺のあのセーブのおかげで、この試合は引き分けとなったのだ。
もっとも、試合の流れなんぞロクに把握していなかった俺がそれを知るよしもなかったのだが。
そんでまぁ当然の流れというか、俺はクラスに帰る途中で相沢に呼び止められた。
「江坂くんすごいじゃないか! 僕のシュートを止めるなんて!」
「え? あ、ああ……」
なんとも輝いた目で見てきやがる。
違うんだよ相沢。100%偶然なんだよ。ほら、俺の腕見てみろって。腫れてんだろ? ちゃんと受けられてない証拠だ。もしかしたら突き指してるかもしれないんだぞ。
「今まで僕のシュートを真正面から止められたやつはいなかった! 君って、本当はスゴいやつだったんだね!!」
くだらん偶然で俺がその一人目になっちまった事は謝るから、早く解放してくれ。周りの奴らの好奇の視線が痛い。
あと俺は顔面も能力も最底辺の陰キャだぞ。変な勘違いしないでくれ、頼むから。
俺がいくら心の中で叫んでも、相沢は全く聞きやしない。
その後俺はコイツの中で、『日頃無気力だが、本当は物凄い力を持っているヤツ』というキャラになったらしい。
勘弁してくれ、相沢よ。今どきそんなイタイキャラは幻想世界にしか存在しないぞ。
てな訳で、こうしてリア充と陰キャの出来て欲しくもない接点が出来たわけである。
「さぁ、頑張ろうぜ始くん!」
以来、コイツはことあるごとに俺に絡んで来るようになってとてもウザイ。
いいから早く自分の輪へと戻ってくれ。
「必ず優勝して、今まで教えてくれた先生に報いるんだ! 優勝証書を持ち帰るために、君の力を貸して欲しい!」
担任に恩義を感じすぎだろ。
それに俺が貸せる力なんて皆無だぞ。まだミジンコの方が役に立つレベルだ。
……なんて言えたらどんなに楽なんだろうと思うが、結局この場では「お、おう……」としか返せないのが陰キャの辛いところである。
「ようしっ! 行くぞ始くん!」
ていうかさっきから気になっていたが、「始くん」て。
やはりダメだ。他人のことを躊躇いなくファーストネームで呼べるようなヤツと、俺はわかり合える気がしない。
頼むから、何事もなく終わってくれ体育祭よ……。