カボチャの御者はタバコをふかす
ペロー版・楠山正雄訳「灰だらけ姫 またの名『ガラスの上ぐつ』」(「青空文庫」参照)に拠る。
宮殿の前へ馬車を停め、カボチャの御者はタバコをふかす。赤いキセルから、しろい煙が夜空へ向かって立ちのぼった。
この御者というのは、灰だらけ姫の家に住みついたいちばん大きなネズミで、サンドリヨンがかまどの前で丸くなっているのをいつも遠巻きに見ていたものだった。―― これが今、魔女の魔法によってカボチャの馬車を御す御者に化け、灰色の立派な口ひげの下に赤いキセルをはさみこんで、哀愁たっぷりといった風情で秋の夜空を見上げているのだ。
サンドリヨンは、父親とその後妻と後妻の連れ子である姉妹ふたりとともに暮らしていたが、この父の後妻と連れ子とが、自分たちとは血のつながらないサンドリヨンに対して意地悪をはたらくのだった。
意地悪といっても、それはたとえば、サンドリヨンの頭に煤や灰をぶちまけるようなあからさまな意地悪ではなく、なにかにつけてからかったりこき使ったりという小さなものだったが、それだけに、後妻とその連れ子とは悪びれることもなくサンドリヨンと話をすることもでき、そのくせ常にこの灰だらけのはたらき者を見下した態度をとるのだった。
「お前が立派にネズミみたいになれるのも、それはあたしたちのおかげなのだよ」
姉妹はそういって、サンドリヨンをからかった。
サンドリヨンはしかし、身なりはいつも灰だらけであっても、その心は穏やかで優しかった。どんなに意地悪を言われようと、嫌な顔を見せることなくはたらいて、継母や姉妹に少しでも気に入ってもらおうと努めていた。
あるとき、サンドリヨンの姉が台所のネズミ落としのカゴへ大きなネズミがかかっているのを見つけて、サンドリヨンを呼びつけた。
「サンドリヨン、きたないネズミがかかっているよ。私たちじゃとうてい触れることもできないから、お前がカゴからつまみ出してかまどの火のなかへ入れちまっておくれ」
サンドリヨンは姉の言いつけどおり、カゴにかかったネズミを捕まえて火のなかへ入れようとしたが、そのとき姉がまたこんな意地悪を言ってからかった。
「でも、考えてみるとネズミもかわいそうだねえ。私たちに殺されるならまだしも、仲間だと思っていたお前に捕まえられて、さぞ裏切られた無念で胸がいっぱいだろうよ」
サンドリヨンは少し考えてから、「それもそうね」と笑った。そしてそのまま裏口のドアのほうへ歩いていくと、
「お前はお姉さまに感謝しなくてはいけないよ。高貴なお姉さまが、無慈悲なサンドリヨンの手からお前を救ってくれたのだから」
と、手のひらのなかへつぶやくと、ドアを開けてそのネズミを逃がしてやった。―― そのようすを、サンドリヨンの姉はあんぐりと口をあいて眺めていたのだった。
「あのけなげな心のサンドリヨンが、今や王子と踊りを踊っている……」
御者の吐きだしたタバコの煙は、冷たい夜風にふかれて高くのぼっていく。うるんだ瞳の奥に、御者はサンドリヨンの着飾った姿を思いだした。そして、灰だらけの身なりをも思い浮かべた。
灰だらけの姫が宮殿の門を出た。
御者は慌てて馬車の支度をしようとしたが、姫は目を留めることもなく、一散に走りすぎていった。―― 後に残ったものは、紅く熟したカボチャの玉と、魔法の解けたネズミの姿だった。