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【ゴーレムの国3】ゴーレムの心

「はぅ〜、疲れたよ。もう、偉い人と話すの、全部ドンちゃんが担当ね…」

 王宮を出たところで、ラビィが盛大に溜息を吐く。

「ふざけるな。誰が好んで人間なんかと話すかよ。お前のワガママで旅をしてるんだから、それくらい自分でやれ」

 不機嫌な声でピエロ人形が言い返す。

「お疲れでしたら、私が背負いましょうか?」

 メイド服を着た人体(ヒューマノイド)ゴーレムが抑揚のない声で言う。

「ううん。大丈夫。疲れっていっても、精神的なやつだから。むしろ体力は、ご飯を食べて満タンだよ」

 力こぶを作ってアピールする。

「精神…的、疲労?」

 ゴーレムは首を傾げ、理解不能という表情を見せる。

「はっはっは。お前と違ってこいつは特殊だから、あまりか気にすんな。だが、俺様の命令には絶対服従だからな」

 ピエロ人形が背をのけぞらせて、偉そうな態度で言うが、すぐさまラビィに握りつぶされる。

 お前と違って?当たり前だ。自分は人ではないのだ……

「おい、何してんだ?」

「んー、なんとなくドンちゃんが悪い顔してたから?」

 握りつぶされて変形しているピエロ人形に、ラビィが首を傾げながら答える。その答えに「ふざけんな!」と暴れるが「にひひー。物理的な力なら、私の方が上なのです」と笑って見せる。

 なんだか温かい二人のやりとりに頬の筋肉が緩んでいることに気づき、人型ゴーレムは自分の反応に疑問を感じる。

「約束通りゴーレム力車が用意されてる。乗ろう、乗ろう!」

 宿までの移動手段として、王が手配してくれたゴーレム力車が、自動で開いたゴーレム門の外で待機していた。

「宿までの私が引きましょう。製造番号、石の3564番。貴方の役割はここでお仕舞いです。宿舎に帰って待機を――」

「何行ってるの? メイちゃんはこっちたよ」

 ゴーレム力車を運んで来たストーンゴーレムへの命令を、ラビィの言葉が遮る。見ると、ゴーレム力車に乗ったラビィが隣の席を指差していた。隣に座れということだろうか?

「メイちゃんとは私のことでしょうか?ならばこのストーンゴーレムより私の方が出力が上です。宿までの道順も把握していますので、私が牽引した方が効率が良いかと……」

 そう提案したのだが、言葉の途中からラビィの眉間に皺が寄り不機嫌そうな表情になる。

「こいつは一度言い出したら聞かんからな。乗れ。これは命令だ」

 ピエロ人形の言葉。合理性の欠ける行動だが、命令では仕方ない。「ドンちゃん、なんか偉そうで感じ悪いー」と睨み合う二人、いや一人と一人形を横目に、ストーンゴーレムへの帰舎命令を取り消し、ラビィの横に座る。

「王立中央ホテルまで、頼みます」

 ゴーレムがゴーレムに(交代命令でない)命令を出すのは滑稽だなと思いつつ、命令を出す。

 動き出す車に座り、ふぅと息を吐く。王の護衛をする亡き王妃の若い頃の姿を模した「人の1番」ならばともかく、自分が人と同じ乗り物に乗るなんて考えてもいなかった。

「で、ラビィ。あそこに居たゴーレムの中で、どうしてこの1体を選んだんだ?」

 ピエロ人形が問う。その問いに興味があったので、人体ゴーレムは聞き耳を立てる。

「えっ、なんでって。う〜ん、瞳が綺麗だったから、かな?」

 ラビィが答える。やはり、ラビィの言葉はいつも理解不能だ、と思う。

「瞳、ねぇ…… 解んねぇな。いや、あの場にいたゴーレム全て見分けがつかなかったってのが正しいな。敢えてこの個体を区別するとしたら、目の下のホクロくらいかな」

 ピエロ人形が、ゴーレムの肩に乗り、顔を覗き込みながら唸る。普通はそうなのだ。人体錬成で造られた身体。王妃の若き頃の姿を元に造られた人体(ヒューマノイド)ゴーレムの派生品。全て似ていて当然なのである。

「えー。ドンちゃん、見る目ない。他のゴーレムと全然違ったじゃん。私、この子、好きー」

 ラビィがピエロ人形同様に人体(ヒューマノイド)ゴーレムの顔を覗き込む。

「ラビィ様達はどの様な目的でこの国に来られたのですか?」

 二人の視線に耐えられず、問いかける。

「ん〜、観光?」

 顎に手を当ててラビィが答える。

「俺様の目的は労力の確保だな。どこの国に行っても、アホの子がいつも暴走するからな。こいつのお守りをしてくれる護衛が出来るゴーレムが居ないかと探しに来た。お前は実に興味深い構造をしているので、宿に着いたらじっくりと解析させてもらうよ」

 鋭い視線。目の前にいるのは、ただの人形でなく悪魔なのだと思い出させられる。が、次の瞬間、その両目に指が突き刺さり

「ドンちゃん、えっちー。エッチな目でメイちゃんを見ないで! メイちゃんの貞操は私が守ります!」

 ラビィがピエロ人形に言い寄る。

「それに、アホの子って誰のことかなぁ〜かなぁ〜」

 さらに指をグリグリとねじ込む。

「おおおおおー! 目がー! 目がー! やめ、やめてー」

 ピエロ人形が悶絶する。

「あ、あの。ラビィ様」

 声をかけると、指を引き抜いてラビィが振り返る。

「先程も問いましたが、メイちゃん、とは私のことでしょうか?」

「うん。そうだよ。メイド服だから、メイちゃん」

 当たり前のようにラビィは答え、問題あるの?という表情で視線を返す。

「私の型番は「人の5番」。数字で呼んでいただくのみで構いません」

「えー、やだよー。5番とか、5号機とか可愛くないじゃん」

 ラビィの反応に言葉を失う。

「俺様は道化師の人形だから、ドンちゃんなんだってよ。メイドだからメイちゃんなんて、ボキャブラリーのかけらもない――」

 やれやれと悪態をついたピエロ人形に、再度目潰しか突き刺さり。言い終わる前に絶叫が響いた。

「承知いたしました。ラビィ様の「メイちゃん」の言葉を私の個体認識名として登録します。ラビィ様はそのまま私の事を「メイちゃん」とお呼びください」

 メイちゃんの「ちゃん」は敬称なので、メイという名で認識登録する。

 そうこうしているうちに、目的の宿屋にたどり着いた。

「イッシーくん、ありがとね」

 ラビィがここまで運んでくれたストーンゴーレムに労いの言葉をかけているが、当然のようにストーンゴーレムからの反応はない。

「そうだ。お礼に」

 ラビィは腰に差していた杖を抜くと、軽く数回振ってストーンゴーレムに翳した。それは先端に赤い石が嵌め込まれた短杖。その先端の石が鈍く光ると、ストーンゴーレムの関節が砕け散った。

「ラビィ様。ゴーレム破壊は大罪でございます!」

 慌てて警告するが、次の瞬間、砕けた関節が寄り集まり球体となり、さらにストーンゴーレムの四肢が再構成される。

「球体関節か。ラビィにしては気が効くじゃねぇか」

「にははー。なんか、動きづらそうだったからね。これで少しは楽になるんじゃないかな?これからもお仕事頑張ってね」

 ラビィの言葉に、ストーンゴーレムが小さく頷いたように感じた。いや、単純プログラムしかされていないストーンゴーレムがそんな機微な動きをするはずはないので、気のせいであろう。

「貴方への命令は完了です。帰舎し待機しなさい」

 メイが告げると、ストーンゴーレムはゴーレム力車を引いて去っていった。

 その後、手続きをして部屋に向かう。

「わぁ、広ーい。ベッドもフカフカぁ〜」

 ラビィは部屋に入るなり、大きなベッドへダイブし、布団の柔らかさを全身で確認していた。

「では、私はここで待機していますので、ご用件がございましたら、お声をかけて――」

「何いってるの。メイちゃんも早く入って来なよ。ベッドふかふかだよー」

 扉を閉めて待機モードに移行しようとしたのだが、ラビィの言葉に止められる。

「いえ、ご用件がある時のみお声がけいただければと。ラビィ様はお疲れのようでしたので、ごゆっくりお寛ぎください」

「用件、あるあるー。メイちゃんとお話し、したいー」

 陽気なラビィの声に、やはりこの人は理解不能だ、と思いながらも「承知いたしました」と部屋の中へ入っていった。

「さて、折角だし、こいつの解析をやっちまうか。とりあえず、服を全部脱げ」

 ピエロ人形が腕を組んで、メイを見上げる。

 先程の魔術を目の当たりにし、目の前にいるのがゴーレムの分解・再構築が容易にできる程の魔術師である事を認識する。分解される恐怖もあるが、命令には絶対服従である。意を決して服を脱ぎ始める。

「もー! ドンちゃん、エッチー!」

 ラビィの目潰しか飛ぶが、今度はピエロ人形にヒラリと回避される。

「さっきは狭い空間だったから避けられなかったか、ここならば回避可能だ。ふふふ、当たらなければどうということはないのだよ」

 何度も繰り出される目潰しをかわしながら、ピエロ人形が得意げに言う。

「むぅ〜、ドンちゃんのくせにー」

 頬を膨らませて目潰しを繰り出すが全て回避される。得意げに、踊るように回避するピエロ人形。何度目かの目潰しをかわしたところで、むんずと体を掴まれる。

「ふふふ。手は二本あるのだよー」

 にっこりと笑うラビィ。

「当たらないなら、機動力を潰してから攻撃すればいいのだよ?」

「ちょ、ちょっと待てーー」

 ピエロ人形の絶叫が響く。

「まったく。エッチなのはダメなのです」

 成敗完了、と額の汗を拭って振り返ると、服を脱いで半裸状態のメイと目が合う。

「ちょ、メイちゃん。なんで服脱いでるの?」

「ドン様のご命令を遂行しております」

「いいからー。エッチな命令は聞かなくていいからー」

 ラビィが慌ててメイを止めるが、メイは何故止められたのか理解が出来ない。自分にとって命令は遂行するものであって、拒否権などないものなのである。

「折角だから、二人で風呂にでも入ってこい」

 両目をさすりながら、ピエロ人形が声をかける。ラビィば「うー」と唸りながら睨みつけるが「覗きはしなねーよ。これ以上、目を抉られたら、死ぬわ。俺様の代わりにラビィがそのゴーレムの身体を確認してこい」と吐き捨てる。

「分かった。ドンちゃん、覗いたら「目玉抉り出しの刑」だからね!」

 そう言うと、ラビィはメイを連れて浴室に向かう。笑いながら言うが、相当残酷な刑罰だなと思いつつ、ピエロ人形はやれやれとため息をついた。


 二人が風呂に入ったのを確認すると、ピエロ人形は窓際に腰掛けて思案に耽る。直接本体を見なくても、今までの会話と動きで解析はできるのだ。

 まずは素体。人間と変わらない素材で作られているということだか、少しの違和感があった。王を守ろうとした時の反応速度、ゴーレム力車の時の「自分の方が出力が上」の言葉から、人と同じ構造だが、筋肉や骨格は人の枠組みの中で最高、いや魔術により其れを超えたものになっている可能性が高いと思われる。想定以上の戦力だ。もし、裏切られた時の対策も考えなくてはいけない。ゴーレムの弱点である刻印の場所を見つけておきたかったが、ラビィに邪魔されてしまった。この国に入る前に、ラビィにゴーレムの弱点については話しておいたのだが当てにはならないだろうなと諦め気味に天井を仰ぐ。

 続いて、ゴーレムの心についてだ。これについては非常に興味深かった。思い返せば、王の危機に部屋に飛び込んできた最初の一体がメイだったように思われる。ラビィの言葉でストーンゴーレムへの命令を変更したり、ラビィの言葉に戸惑ったような反応をしたのを見逃さなかった。もしかしたら大当たりの探していた個体かもしれない、と天井を見つめる目を閉じて、ゆっくりと上体を戻す。

 メリット・デメリット、どちらにもなり得る個体。さて、どうしたものか、と考えているうちに、ラビィとメイが浴室柄出てきた。湯上りで上気した肌と、宿が用意した浴衣が艶かしい。

「ラビィ様。この装備では防御力が大幅に低下します。元の装備を装着し直すことを提案します」

「ぶぶー。却下でー。認めません。風呂上がりに汚れた服を着直す方が非効率です。洗濯が終わるまでその格好でいてください」

 メイの提案をラビィが却下する。その時の理解不能という小さな心の揺らぎを見逃さず観察を続ける。と、油断していると、いきなりラビィが飛びついてくる。

「ううー。ドンちゃん、メイちゃん凄いナイスバディーさんだったよー。なんだかすごく負けた気持ちだよー」

 なにをされるんだ、と身構えたピエロ人形に、ラビィは涙を浮かべて報告する。

(体のどこかに刻印――刺青みたいのはあったか?)

 念話で訊くが、ラビィは首を横に振り

「すごく綺麗な身体だったよ」

 と答える。

 やはり刻印は体内。多分、核となる魔石に刻まれているのだろう。厄介だな、と心の中で舌打ちする。

「ラビィ様。(わたくし)、浴室で何か粗相をしてしまったでしょうか?」

 涙を浮かべるラビィを見て、メイが問いかける。ラビィは慌てて首を振り「違うの! 違うの! メイちゃんはなにも悪くないの」と否定する。メイはまたしても理解不能と首を傾げる。

「此奴は、お前のプロポーションを見て、自分の幼児体型と比べて劣等感を感じてるだけだから気にするな」

「うう〜。説明されると、なんだか恥ずかしいよ〜」

 納得いっていない表情のメイに説明をすると、隣でラビィは顔を覆って恥ずかしがる。

「そう、なのですか……」

 説明されても納得できないメイは言葉を続ける。

「でも、私は人に造られた造形物(ゴーレム)です。ラビィ様が比べるようなものではありません」

 メイが謙って言うが、それはラビィの機嫌を悪くするだけであった。

「なんで? 私とメイちゃん、なにも変わらないじゃん。そんな事言っちゃダメだよ」

 眦を釣り上げてラビィはメイに強い言葉を返す。メイはなぜ怒られているのか理解できない。

「ラビィの言う通りだな。俺様からすれば二人はそんな変わりがはない。むしろ、身体的特徴を比べるラビィの方が異端だとすら思えるからな」

「むぅ〜」

 ピエロ人形の言葉に、ラビィがむくれて見せる。そのやりとりにメイは更に困惑する。自分は物であり、人とくらべるに値しないと思っていたのだが、それを口にした途端怒られ、更にはるか上の存在と思っていたのだがラビィ(魔術師)の方がおかしいと断じられたのだ。いつも異端扱いされていたメイにとってはこの様な体験は初めてなのである。

「あの、ドン様ラビィ様は私の事を人の様に扱っておりますが、私はゴーレム。人が造り出した造形物なのですよ?」

 慌ててメイが言うと、ラビィとピエロ人形はキョトンとした表情でメイを見返す。

「人とゴーレムって何か違うの? 笑って、泣いて、怒って……それができるならみんな一緒だよ」

 ラビィが、そうでしょ? という表情でメイに視線を送る。

「しかし、私の喜怒哀楽の表情は人に指示された時にするもので、自らそれを行える人とは異なるもので」

 なぜ、ゴーレム(じぶん)が人と違うと説いているのか疑問に思いつつメイが言葉を続けようとした時、ラビィが衝撃的な一言を放つ。

「え、でもさっき。王宮を出た時、私とドンちゃんが話してるのを見て、メイちゃん笑ってたよね?」

 メイの心に衝撃が走る。

(私が笑っていた? まさか)

 王宮を出た時の行動を思い返す。二人の会話を聞いて、頬の筋肉が緩んだタイミングがあった。表情にまで出ていかったと思うが、あの時の気持ちが自ら笑うという事だったのか。メイは自らの頬に触れる。

 メイの心の揺らぎを感じ取り、ピエロ人形はニヤリと笑うと、更に揺さぶりをかける言葉をぶつける。

「逆に訊くぞ。お前はなぜ自分とラビィが違うものと思う?いや、聞き方を変えよう。メイ、お前はなぜラビィを人だと思った?」

 動揺しているメイは、なぜそんな問いをされたのか理解できず、思ったままに回答を返す。

「ラビィ様はとても嬉しそうに笑ったり、怒ったり、表情豊かで、その様な感情を持っているのは人以外なはあり得ないと――」

 そこまで言葉にしたところで、質問の真意にたどり着く。

「ま、まさか、ラビィ様は人ではないのですか?」

 あり得ない。そんな事はあり得ない、と思いつつ問い返す。

「ああ。こいつは始まりの魔術師と呼ばれる男が造り出した人造人間――ホムンクルスだ。ラビィも、お前が言う所の造形物なんだよ」

 文字通り悪魔の笑みを浮かべてピエロ人形が答える。その言葉にメイの中の常識が砕け散る。

「あ、これ、内緒だからね!」

 ラビィの言葉も耳に届かず、メイはしばらく「理解不能。あり得ません。理解不能。あり得ません」と繰り返すのみであった。

 しばしの時間の後、やっとメイが落ち着きを取り戻した。

「落ち着いた? びっくりしたよ。急に反応しなくなっちゃうから……」

 心配そうに水の入ったコップを渡すラビィを、メイが見返す。まっすぐ見返され、不思議そうに首を傾げるラビィに「ご心配をおかけしました」と頭を下げ、コップの水を口に含む。

 しかし、未だに信じられない、と再度ラビィに視線を向ける。銀髪緋眼。確かに見たことない組み合わせの外見だが、本当にそうなのか。コロコロと変わる表情に驚きを隠せない。

 そんなメイの反応を見て、ピエロ人形はメイに感情が発露していることを確信する。

「王には返却すると約束してしまったが、なんとかこいつを手に入れたいな」

「うん。私もメイちゃん、好きー」

 ピエロ人形とラビィがメイに視線を送る。

「申し訳ございません。私の主人はセフェル王でございます」

 メイが頭を下げで謝罪する。

「そりゃそうだな。絶対服従の刻印はゴーレム生成の鉄則だからな。だが、これでこの国に滞在する理由が出来たな。王が造った他のゴーレムもお前のように感情があるのか?」

 仕方ないと軽く首を振って、ピエロ人形が問いかける。

「感情、ですか? 私と同様という意味がわかりません。先程、ラビィ様に指摘された自発的に笑みを出してしまったことが感情と言うのなら、他の型番ではあり得ません」

 無表情で答えるメイ。だが、その言葉には複雑な感情が見え隠れする。やはり先程の心ぬ揺さぶりが効いているようだ。

「まぁ、いいか。しばらくは、観察させてもらうよ」

 ピエロ人形はそれだけ言うと、窓際に腰掛けて目を瞑った。

「ねー、ねー、メイちゃん。この国のこと、色々教えてよー」

 顔をギリギリまで近づけてラビィが言う。

 メイはその日、夜遅くまでこの国についての話をする羽目となった。


 あくる日、朝食を宿で済ませて、街へ繰り出す。

「何度も言うが、ラビィ、お前そろそろ食事マナーを覚えろ」

 朝食時のラビィの態度を思い出して、ピエロ人形が愚痴る。欲望のままに食品を口に運ぶ姿は品のかけらも無かった。

 一緒に食事を摂ったメイが、ラビィの動きを真似しようとしてピエロ人形が止めた。正しい食事作法を伝えると、メイはすぐさま正しい食事作法をマスターした。

「あー、もう、ドンちゃん煩いー。もー、姑さんいりませんー」

 ラビィが両耳を塞いでそっぽを向く。

「すぐさま食事マナーをマスターしたメイを見習え。ちゃんとしたマナーで食べる姿は見てる側の気持ちもいいだろ」

「うー。メイちゃんの食事姿は可憐だったけどぅ〜」

 それでも食事マナー覚えるのめんどくさい、と頬を膨らませる。

「やはり製造時期が新しい方が優秀なのかな?」

 皮肉を込めて言い放つと、ラビィは目を見開いて固まる。想定外の反応にピエロ人形が身構える。怒りのデコピンがくるかと感じたからだ。しかし、次の反応は更に想定外のものだった。ラビィはニッコリと笑い

「にはは。メイちゃんの方が新しく作られたってことは、私の方がお姉ちゃんつてことかな?メイちゃん、私のことお姉ちゃんて呼んでいいからね」

 と寄せて上げてで盛られた胸を張って言う。

「いや、姉というよりおば――」

 お約束のデコピンで吹き飛ばされる。

「姉妹、ですか…」

 そう呟きながら、吹き飛んで地面に転がるピエロ人形を拾い上げてラビィに手渡す。

「そう。姉妹。親子って間柄じゃないから、おばさん、は禁止だからねっ。もう、ドンちゃんったら、失礼しちゃう」

 ピエロ人形を受け取って、定位置の腰にぶら下げて、ぷんすかと歩き始める。

「承知いたしました」

 律儀にラビィの言葉を受け止め、返事を返してメイがその後に続く。

「ところで、この国は通貨は流通しているのか?」

 ピエロ人形が問うと、メイはこの国の通貨について答える。世界が崩壊し貨幣経済も一度リセットされた中、始まりの王国が広めた世界通貨が標準となっているのだが、国によってはローカル通貨が使用されていることもあるのだ。この国は農作物の輸出で経済が成り立っているため世界通貨も使えるようだが外貨はほぼ国が管理して居て、もともと大きな集落であったこの国内ではローカル通貨で売買が行われているようだ。

「私が一言言えば、ラビィ様に料金負担が掛からないようにする事は可能です」

「そうはいかないよ。ちゃんとお金は払わないと」

 メイの言葉をラビィが遮る。

「ローカル通貨って言っても、金本位制なんだろ?まずは換金所だな」

「うん。そうだね」

「分かりました。では、案内を」

「あっ、ちょっと待ってね」

 案内をしようとしたメイを止めて、ラビィはキョロキョロと辺りを見回し、拳2つ分くらいのやや大きめな石を拾い上げる。更に腰に下げた赤い石が嵌め込まれた短杖を抜くと

「黄金になーれ」

 と言って石に触れる。すると、ただの石ころが黄金に輝き、歪だった形も変化し、純金の延べ棒へと姿を変えた。

「これを換金すれば大丈夫かな?」

「ああ、上等だな」

 手にした純金を見て、ラビィとピエロ人形が頷く。

「え、今のは……」

「ん? 錬金術だよ。ほら、純度100%の純金」

 にっこり笑って、ラビィは手に持つ純金を見せる。簡単にやってのけたが、ラビィが行ったのは錬金術の奥義である。メイは信じられないという表情でそれを見返した。

 そのまま、換金所に行き、国で流通する通貨に換金する。換金所の店員はその純金を鑑定し驚きの声を上げ、数日では使い切れないほどの通貨を差し出した。

 その後は、ラビィの気の赴くがまま、街を見て回った。

 農業が発達した街は物珍しく。栽培している植物は何なのかや、農耕の道具がどのような作りなのか、眼に映るもの全てに興味を持って走り回るその姿はまるで好奇心旺盛の子供のようだった。途中、何人かの住人にあったが、皆働きもせず自宅で食事や談笑をしているのみであった。働いている人間を見たのは、入国手続きをした入国管理官と換金所の店員くらいか。

「ねぇ、貴方達は働いたりしないの?」

 と、ラビィが訊くと皆揃って

「働く必要がないからね」

 と返してきた。中には

「下手に働くと冤罪に巻き込まれる可能性があるから、ゴーレムに任せるのが一番だよ」

 と言う人も居た。ゴーレムが足を取られて崩れた農作物を拾う手伝いをした人が、その行動が泥棒と見做されて警備用のゴーレムに捕まったという事例があったらしい。

「そんな事で逮捕されちゃうの?そんなのダメだよ」

 ラビィが言うが、住人は「仕方ないさ」と力なく笑うのみであった。

 そんなこんなで、慌ただしく駆け回って一日が過ぎた。


 そんな1日は、メイにとって刺激と驚きの連続であった。最低限の食事しかしたことがなかったメイには、ラビィと一緒に食べた買い食いの料理は新鮮で、笑ったり怒ったりのラビィの表情につられて多くの表情を作った経験も初めてのものであった。

 メイにとってこの1日は貴重なもので、このまま続いて欲しいと感じる程のものであった。

 しかし、その想いはその日の深夜、メイの核に直接届いた通信によって崩れ去ることとなる。

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