【プロローグ3】少女の願い
「――友達が、欲しい」
少女は願いを口にする。
原始の悪魔は、一瞬何を言われたか理解できなかった。
「友達、だと?」
少女は小さく頷く。
「そんな願いでいいのか? 願いが叶ったらお前の魂を頂くぞ」
代償の大きさを知れば願いを変えるかと、悪魔が訊くが、少女はただ頷くのみであった。
仕方ない、と悪魔は辺りを見回す。
ガラス管に入っていた他の人造人間はすべて肉体が崩壊し肉片と化している。
先ほど喰った魔術師から知識を奪い取っておくべきだと後悔する。調子に乗った、そして欲望に染まった魂を前に、食欲が優ってしまった。その食欲のままに、すぐさま魂を喰ってしまったのだ。
しかし、人造人間の知識がないわけではない。
まったく同じ構成の人造人間は造れないが、と悪魔は自らの知識を使いガラス管の中の肉片を集め人造人間を再生成する。褐色黒髪、男性型の人造人間。
完璧に人間と変わらぬ1体を造り上げ、魔力を注入し命を与える。
「……友達ニナロウ……」
造りだした人造人間の口が開き、少女に語りかける。少女はパチクリと瞬きをして男を見る。
「……友達ニナロウ……」
二度目の言葉――
同じ言葉――
だから分かる心の通わぬ単調な言葉。
少女の表情が曇り、首を横に振る。
「チッ!」
悪魔は舌打ちし、造り出した人造人間を片手で薙ぎ払う。
人造人間の上半身が粉々に砕け散り、臓器と血糊を撒き散らせて絶命した。
さて、どうするか、と考える悪魔を、少女が睨みつける。
「ひと、殺すの、だめなこと」
少女の言葉に、悪魔はため息をつく。
これは予想以上に厄介な相手と契約してしまった、と気づいたのだ。
これだと、適当な人間を洗脳して友達としようとしても、もし今みたいに少女に拒絶されれば始末することもできない。
仕方ない、と悪魔は乗り気のしない次の手段を使う。
周囲の物質をより集めて1体の人形を作り出す。
綿を生み出し、布で覆い、服が着せられる――
出来上がったのは、手のひらサイズの、派手な服に笑みを象った化粧をしたピエロ人形であった。
外見の意味はなく、ただ単に少女が喜びそうな外見にした何の変哲も無い人形だ。
それは色々な意味で悪魔的センスの人形なのだが、少女の興味を引くことには成功したようだ。
そして悪魔は、自らの魂をその人形へ憑依させる。
魂の抜けた悪魔の身体は結晶化し、圧縮され、1欠片の赤い石となる。
その石を手に取り、ピエロ人形に魂を憑依させた悪魔は陽気に踊る。
「よう。俺様が友達になってやるよ」
軽快なステップを踏みながら少女の前まで近づくと、クルリとターンして少女に手を差し伸べる。
少女は真っ直ぐに目の前のピエロ人形に目を向けると、くすりと笑って答える。
「うん。よろしくね」
少女は差し出された手を取り、再度柔らかく笑う。
「そうだ。これ、やるよ」
ピエロ人形は、手に持った赤い石を放る。
少女はその石を受け取ると、驚いたように二、三度瞬きして石を覗き込む、キラキラと輝く赤い石。
生まれて初めて貰ったプレゼントに少女は「あ、ありがとう」とお礼の言葉を返す。
「ふん、気にするな。大したモノじゃない」
ピエロ人形は吐き捨てるように応えると、両手が空いたからなのか軽快な踊りを踊る始める。
しばらくピエロ人形の踊りを見ていた少女が口を開く。
「ねぇ、貴方のお名前、教えて」
真っ直ぐな目でピエロ人形を見つめ、問いかける。
「名など無い。俺様はしがない道化師さ。そういう貴様には名前はあるのか?」
「ない……」
陽気に踊りながら問い返すピエロ人形に、少女は睫毛を伏せて答える。
「お互い名無し同士だな。
じゃあ、こういうのはどうだ? お互い名前を付け合うってのは。そしたら、俺様達は友達になれると思うんだ」
陽気に言う。
これで、曖昧であった「友達になる」の定義を固定化する。
名前を付けあう事で友達同士。少女の願いが叶うこととするのだ。もちろん、少女の承諾が必要だが……
「うん。いいね」
あっさりと少女は肯定する。
ククク……
これで交渉成立だ。早くこんな茶番劇は終わらせよう。
悪魔は内心でほくそ笑む。
欲望がなく、透明で色の見えない不味そうな魂だが、こんな茶番続けるよりはマシと、早速少女に名を与える。
「白い髪に赤い目がウサギみたいだから、ラビットから文字ってラビィ。
洗ったような純粋な心を持っているから
ラビィ=リンス
っていうのはどうかな?」
それを聞いて、少女は嬉しそうに笑う。
「うん。ありがとう。私の名前はラビィ。貴方の名前は、どうしようかな……」
彼女の名前が決まった。
あとは、ラビィと名付けられた少女が、ピエロ人形に名前を付ければ契約が成立する。
「う〜ん…… さっき、しがない道化師って言ってたから…… 道化、どうけ、どう――うん。ドンちゃん。貴方の名前はドンちゃんでどうかな?」
安易。
ファミリーネームすらない非常に安易な名だが、まぁいいと悪魔は嗤う。
「あぁ。分かった。俺様の名前は「ドンちゃん」だ」
告げる。
契約成立。
少女の願いは成就した。
少女の持つ石から闇色の腕が伸びる。
その腕は魂を狩る悪魔の腕。幸せそうに笑う少女を、悪魔の腕が無慈悲に襲った。
人に造られ、悪魔と契約してしまった不幸な少女の物語――そう思われたのだが、この物語はもう少し続く。
少女と悪魔の出会いが奇跡の様な確率の上で起きていたことを、この後知ることとなる。