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【プロローグ2】知識の向こう

 30年というのは何かを変革させるのには充分な月日である。


   ★



 原始の悪魔より知識を授かった男は魔術師となり、奇跡を体現し、その知識を遍く者に広めた。


 男が杖を振るうと、雲が裂け日の光が差し込み。杖を突き立てると不毛な大地に緑が芽生え泉のごとく水が溢れた。


 男の言葉により、失ったはずの農耕技術が復活し、忘れたはずの建築技術が広まり建物が建っていった。


 瞬く間に国が興き、数年でその国は繁栄の絶頂を迎える。

 そして、その奇跡はその国だけにとどまらなかった。

 魔術を継承した弟子が各地に散った他の箱舟の集落に赴き、奇跡と知識でさらに国を興した。

 そして、それぞれの箱舟が残した科学技術を結集させ過去の超絶なる科学文明の一部を復活させる。

 奇跡と超科学を組み合わせ、更に数年で国家間の列車交通網が確立される。お互い足りぬ物資の貿易を始めるまでになる。


 急激に発達する人類文明だが、運命の歯車がゆっくりと狂い始める。


 人類を救った始まりの魔術師――ファウスト=ジオリジンは、好奇心から禁忌の秘術に手を出してしまう。


 不老不死と人体錬成だ。


 魂を消費して魔術を行使し続けたファウストは急激に老化が進んだのだ。老いて朽ちていく自らの身体を省みて、ファウストは不老不死の知識を具現化させたのだ。


 しかし、それは多くの人の魂を代償とする禁忌の呪法であった。

 不老不死の秘法により、身体は最盛期の頃まで若返り、病気にならず、傷も瞬時に回復する至高の肉体を手に入れた。

 だが、その効果は有限のものであった。

 一定時間の不老不死で、効果が切れれば反動で一気に死に至る暫時的な呪術であったのだ。

 不老不死を手に入れたが、それを維持するために数年に一度大量の人間を生贄に捧げなければならない身体になってしまったのだ。

 人類を救うために手に入れた知識で、多くの人の命を奪わなくてはならぬ業を背負った男は更に禁断の呪術に手を出す。


 魂の創生――人体錬成だ。


 贄とする魂を無から造り出そうとしたのだ。

 次の不老不死の効果が来れる期限までに必要数の魂を作り出そうと、男は必死になり人体錬成――人造人間(ホムンクルス)の製造に取り掛かったのだ。

 何度も失敗を繰り返し、何十年もかけてやっとの思いで人造人間の製造に成功する。


 しかし、男は忘れていた。悪魔との約束にも期限があったことを。


 人造人間が完成し、不老不死のシステムが完成したその日、再度悪魔が男の前に姿を現わす。


『期限だ』


 余計な言葉は不要と、悪魔は端的に告げる。


「待て、やっと不老不死のシステムが完成したのだ」

 慌てて後ずさる。


『不老不死? 関係ないな。約束だ』

 問答無用と悪魔が一歩歩み寄る。


「やっと手に入れた不死の秘術。無駄にはできん。この魂、くれてやるのもか!」

 悪魔に右人差し指を向ける。と、その指先が弾け、そこから飛び出した弾丸が悪魔の胸に吸い込まれる。


『グッ……』

 苦悶に呻く悪魔。


「知識の中に悪魔の弱点を含めたのは失敗だったな。純銀の弾丸に精神体を破壊する術式を三重に練りこんである」

 男は更に残りの九指からも悪魔に向けて弾丸を撃ち込む。その度に悪魔の体が黒い霧となって霧散していく。


「はーっはっはっは! これで悪魔も消えた!私はこの世界の王になったんだ」

 弾け飛んだ十指を再生させながら、男は狂喜する。



――その次の瞬間に絶望が訪れることも知らずに。


『クックック……

 いい感じに魂が染まったようだな……

 30年待った甲斐があるといういうものだ』

 背後から聞こえる声。


 黒い霧が男の背後で寄り集まり再度悪魔の形を造り出す。


 ゴキリ!


 男は反応するまもなく、首の骨を砕かれる。


 不老不死となった男はそれでも死ななかったが脊髄を破壊された男は何もできなくなる。


 通常ならは高速再生が始まるのだが、悪魔の手がそれを阻害し、首から下への体が力無く脱力する。


『貴様は純粋過ぎた。

 人類を救おうという純粋な魂だった。なので、知識に毒を仕込んだのだ。

 欲望を刺激する甘味な毒を、な。

 貴様はそれに手を出し、そしてその欲望に魂を染めた。

 30年経ち、それでも純粋な不味そうな魂だったら喰うのを諦めてしまっていたかもしれない。

 しかし、こんなに美味そうに欲に染まった魂ならば話は別だ。

 30年というのは人の魂が変革するには充分な月日だったな』

 悪魔は舌舐めずりをすると、ゆっくりと精神体と変化させた腕を男に差し入れる。


「ぐあぁあぁ…… や、やめろ……」

 悪魔は強引に引きちぎるように男の魂を抉り出す。


「――――っ!!」


 想像を絶する魂の痛みに男は口を開き声にならない絶叫が吐き出される。


 それに反応したかのように、近くにあったガラス管が砕け、中に詰まっていた液体が部屋に流れ出す。


 足元に広がる液体など気にも止めずに悪魔は引きづり出した魂を噛み締め、咀嚼する。


『おおおおお、これは美味い。最後の絶望というスパイスがいいアクセントになって、こんなに美味い魂は久々だ!』

 悪魔は男の体を投げ捨てて、飲み込んだ魂の味を全身で堪能する。


『さて、どうするかな…毒入りの知識(リンゴ)を食った人間の魂を刈るのもよいか…』

 立ち去ろうとした悪魔の目に1人の少女の姿が映る。


 砕けたガラス管に入っていた少女。


 銀髪に赤のメッシュ。通常の自然下では発生するはずのない少女。


 人造人間(ホムンクルス)の中の一体。


 他の試験管の中に入った人造人間(ホムンクルス)は、男が死ぬとともに全身が崩れ肉片となったが、その少女だけは形を保ったままであった。


 へたり込み、俯いていた少女の頭がゆっくり上がる。

 そして瞼が開かれ真紅の瞳が悪魔の姿を捉える。


 悪魔は凶器のその腕を伸ばし優しく少女の首を掴む。


 さぁ、恐怖に歪んだ表情を見せろ。


 創造主の男と同じく首を砕こうと、その指に力を込めようとした時、少女は想定外の表情を浮かべたのだ。


 にこり


 少女は、小さく、そして柔らかく笑ったのだ。



『死は怖くないのか?』

 悪魔が問う。


 少女は首を傾げたまま答えない。質問の意味がわかっていないのか。


 ならばと悪魔は問う。


『叶えたい望みはあるか?』


 すると少女は小さく頷いた。


 その反応に悪魔は邪悪に嗤う。どうせ、自分を造った人間への復讐が望みだろうと、悪魔は気まぐれに問う。


『叶えてやる。望みを言え』


 その言葉が悪魔のこれからを大きく変える問いになるとも知らず。


 その少女はゆっくりと口を開く。


 少女の望みはーー

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