【キメラの国10】本物の強者
ガヂン! と牙の噛み合わさる音が響く。
「姉さん!!」
メイの悲鳴が響く。
「はーっはっは! たっぷりと咀嚼して喰ってやれ」
セフェル王の笑いが木霊する。
だが、ラビィを喰らったはずの飛龍型の合成獣の反応がおかしい。
グルル、と喉を鳴らして辺りを見回している。
「間一髪だったな」
辺りを見回すキメラから少し離れた場所で、ラビィを抱えた男――ワンダール=ルアンドが安堵の溜息をつく。
「貴様、ラビィから手を離せ!」
ラビィの腰にぶら下がるピエロ人形が、ありったけの《威圧》を込めて言葉をぶつける。屈強な合成獣でも気絶する様な強烈な威圧であったが、ワンダールは少し驚いた素振りを見せたのみで、それを簡単に受け流した。
「まさか、あの老獪な声の主がこんな人形だったとはな。だが、凄い威圧だった。もしかすると六元老よりも強力だったかもしれないな」
ワンダールはピエロ人形に視線を向けて呟く。
「貴様、ラビィに少しでも害を加えてみろ、ただではおかないからな」
ピエロ人形は今度は視線に《威圧》を乗せて、威嚇する。
「チッ、間一髪で助けたっていうのに、ここでも俺は敵扱いか。まぁいい」
不機嫌に舌打ちしつつ、ワンダールは《治癒》の魔術を発動させた。
腕の中で力なく気絶る銀髪の少女、ラビィの傷がゆっくりと癒されていく。だがしかし、慣れない治癒魔術のためか、完治までは程遠かった。
(クソッ、こんなことならば、もう少し真面目に治癒魔術を習得するんだった)
その治り具合を見て、ワンダールは小さくため息をついた。
ギギャァァァーーーッ!!
合成獣の咆哮が木霊する。
どうやら、こちらに気づかれてしまった様だ。
「チッ、無駄に《威圧》なんか使うから、付与してもらった《隠形》の魔術が解けちまったみたいだな」
声のした方へ目を向けると、怒りに震える合成獣がこちらに威嚇をしており、咆哮が衝撃波となってワンダールを襲った。
ワンダールはキメラに背を向ける事によって、その衝撃波からラビィを護った。
「ん…… あれ、ここは? 私、ワニさんに食べられちゃったかと思ったんだけど」
ワンダールの腕の中でラビィが目を覚ました。
その声は氷で閉ざされた封印の中で聞いた声であった。
「目を覚ましたか、良かった」
ワンダールは心から湧き上がる感慨を嚙み殺し、そう呟いくとラビィをゆっくり地面に下ろした。
また誤解されて暴れられても困るからだ。
背中で合成獣がまだ吠えている。
「煩い外野を黙らせてくるんで、そこを動かないで待っていろ」
状況を理解できずポカンとしているラビィに告げると、左手を翳してラビィを中心に電磁シールドを展開した。
「逃げようと思うなよ。その電磁シールドは内外からの通過を全て阻害する」
ワンダールは足元の小ぶりな岩を蹴りつける。
その岩は電磁シールドに触れるとバジジジと音を上げて粉々に砕け散った。
「ふん、こんなものラビィの魔術で――」
「魔術を使うにはこれが必要なんだろ?」
ピエロ人形の言葉を遮って、ワンダールはラビィが持っていた短杖を見せる。
「なっ!?」
驚きの声を上げるピエロ人形を他所に、ワンダールは手に持った短杖をラビィを覆う電磁シールドのすぐ横に放り、その杖を別の電磁シールドで包み込んだ。
これで二重に電磁シールドを突破しなければ魔術を発動させられない。実質魔術発動は不可能となった。
「いいから、そこで何もせずに待ってろ」
ラビィとピエロ人形を指差して、そう告げる。
そして、ラビィ達に背を向ける。先程ラビィを捕食しそびれた合成獣がこちらに向かってきていたのだ。
ワンダールは臨戦態勢に入る。
「ねぇ!」
そんなワンダールにラビィが声をかける。
「あ?」
臨戦態勢のワンダールがぶっきらぼうに言葉を返し、肩越しにラビィの方へ視線を向ける。
「私を救けてくれたんだよね? ありがとう」
銀髪の少女はそう言って柔らかく笑った。
その言葉に、ワンダールは一瞬目を奪われる。そして、なにか言おうとしたのだが、合成獣がすぐそこまで迫っていた為、獰猛に――いや、不器用に笑いかえすのみで、合成獣に向き直る。
グギャギャギャギャーーーー!!
耳障りな鳴き声を上げて合成獣が凶悪な牙で嚙みつき攻撃を仕掛けてくる。
が――
「うるせえっ!!」
顎下から突き上げられた拳が、顎を強制的に閉じさせ、更に頭を跳ね上がらせる。
強烈なアッパーカットの一撃。
なんとワンダールは拳一つで襲いくる合成獣を迎撃してみせたのだ。
「オラァ!」
頭が跳ね上がり丸出しとなった腹部に、ワンダールの拳がつき刺さる。
接触の瞬間、拳を震わせ生物を内部から破壊する衝撃破壊拳。
一撃で相手を戦闘不能にする必殺技だが、攻撃の手を緩めない。
次々に拳の嵐が降り注ぎ、あっという間にに合成獣の身体が拳の跡で埋め尽くされていく。
拳のラッシュを繰り出しながら、ワンダールは先程の言葉を思い出す。
「俺が長年伝えたかった言葉を、まさか向こうから先に言われてしまうとは、な……」
ありがとう――そう言われて気づいた。
その一言を伝えるために自分は彼女を探し続け、そのために強さを求め、手に入れたのだと。
突き詰めた強さに退屈になる時もあった。
想い人が見つからず苛立つ日も、想いが伝わらないかもと不安になる日もあった。
だが、今心が喜びに震えているのを感じている。
そう、この強さはこの時のために手に入れたのだ。
「う…りゃあ!!」
ワンダールが回し蹴りを繰り出す。
足に埋まった《力場生成》の刻印が刻まれた魔石が斥力場を生成し、蹴りをくらった合成獣が弾丸のような勢いで吹き飛ばされる。
合成獣の群れの真ん中を突っ切り地面に衝突して転がり、支配者の杖を携える10号の手前で止まる。
その合成獣は全身をひしゃげさせた状態でビクンビクンと痙攣していた。まさに完膚無きまで叩きのめされた姿であった。
『な、何者だ、貴様!』
通信魔術の画面の向こうでセフェル王が叫ぶ。
「見てわからねぇのか。ピンチに遅れてやってくるのは『正義のヒーロー』に決まってるだろ?」
言葉と裏腹にヒーローにはとても見えない獰猛な笑みを浮かべてみせる。
『なに? 貴様、巫山戯ているのか、儂らの邪魔をするな。キメラ一匹倒した程度で調子に乗るではないわ!』
巫山戯た態度に機嫌を悪くしたセフェル王が怒鳴り散らすように言葉を返す。
「巫山戯てなんていないよ。さながらお前らは悪を執行する『怪人』と、それを指示する『悪の大幹部』ってところか。さながら、『怪人ゴーレム女』と『悪知恵大使』ってところかな。くくく……」
挑発するように10号とセフェル王を指差して言い放つと、腹を抱えて笑いだした。
『貴様っ!!』
その態度にセフェル王が激昂する。
「これから、怪人ゴーレム女、お前のところまで行って殴り飛ばす。さっき偉そうに講釈を垂れていた悪知恵を振り絞って止めてみろ、本当の強者とは何かを教えてやる」
さらにワンダールはそう言うと、ゆっくりと10号の方向に向けて歩きだした。
『ぐっ、許さぬぞ! 10号よ、あの舐めた口を利く男を始末しろ!』
「はい。『合成獣共、あの男を殺せ!』」
セフェル王の指示を受けて、10号が支配者の杖を発動させる。
ゆっくりと歩みだしたワンダールに数十もの合成獣の大群が襲いかかる。
だが――
ドゴン! ドゴン! ドゴン!!
ワンダールに近づき、射程圏内に入った合成獣は頭を跳ね上げられて地に伏していった。
高速で繰り出された拳が顎を突き上げて、脳震盪により意識を刈り取っているのである。
ワンダールの通った後に倒された合成獣の道が出来上がる。
だが、合成獣もただ単に攻撃を仕掛けるだけではなく、頭を狙われているのに気づき防御魔術にて頭をガードして突っ込む個体が出現した。
拳を弾き、ワンダールに肉薄し爪の一撃を加える。が――
「知恵の回る獣もいたか」
爪がワンダールの外殻装甲に弾かれた。
鋼鉄をも切り裂く爪の一撃が難なく防がれ合成獣が驚愕するが、次の瞬間に訪れた激痛に悲鳴に似た鳴き声を漏らす。
攻撃を放った前足の肘部分が下からの拳の一撃にて砕かれたのだ。
「一発じゃ足りないようだから、沢山くれてやる」
そして吹き荒れる拳の嵐。
その合成獣は全身を破壊し尽くされ物理的に戦闘不能となり地に伏せることだなった。
そして合成獣達は理解する。
一撃で意識を刈り取る攻撃は慈悲なのだ。それを拒めば全身を破壊し尽くされる。圧倒的な戦力差がそこにあるのだ。
本能が告げる。この男には絶対勝てない、と――
「ん? どうした、かかってこないのか」
攻撃が止んだことに訝しみながらワンダールが訊く。
「くっ、これ程とは。『合成獣ども、肉弾戦がダメなら別の手段を使え!』」
10号が指示を出す。その指示の意図を察した合成獣は一定の距離を置いてワンダールを囲い込んだ。
本能では勝てないと告げているが、もし人間から教わった戦術を使えば勝てるかもしれない、と勝機を見出す。
合成獣達は一斉に息を吸い込むと、体内で魔力を合成する。
「む……」
合成獣がなにをしようとしているか理解したワンダールが焦燥の声を上げる。
「今更気づいても遅いわ。《捕縛》」
10号が魔術を発動させ、ワンダールを縛る。
そして、動けなくなったワンダールに合成獣が一斉に火炎吐息を吐き出した。
ワンダールは四方から襲いかかった炎の息になすすべなく呑み込まれる。
さらに、上空を飛んでいた飛竜型の合成獣からも火炎吐息が降り注ぐ。
その炎の中心は鋼をも溶かす数千度に達する。
魔術により防御効果が付与された鎧を装備していようが、その鎧をも溶かす攻撃ならば耐えることはできないのだ。
『はーっはっは。本当の強さを教えてくれるんじゃなかったのか。どうした? 悲鳴すら出せずに死んでしまったかな、くくく……』
セフェル王の言葉が響く。
全方位から降り注ぐ炎の息を浴びせかけられて生きていける生物など存在しないのである。
吐息の中心にいる男はなすすべなく焼かれたものだと思うのが必然である。
「そう慌てるな、本当の強さをこれから教えてやるから」
炎の中心からの声。
その声が届いたもの達は耳を疑ったが、その声が現実のものであるとこの後起きる異変にて気づかされることとなる。
巻き起こる炎が、不自然な動きを始める。
炎がうねり、上空5メートルあたりに寄り集まっていった。
「俺の右手には《炎熱操作》が刻印された魔石が埋め込まれている。なので、炎は俺には効かないぜ」
大きな火球を担ぐような格好でワンダールが告げる。
さらに、何事もなかったかのように捕縛の拘束を打ち破り炎の球を担いだまま歩き始めた。
合成獣の吐き出す火炎吐息は全てワンダールの上空に浮かぶ炎の球に吸い込まれていく。
それを見て10号は火炎吐息の攻撃中止の指示を出す。火炎の攻撃は無効、それどころか操られ相手の武器になってしまう可能性があるのだ。
「攻撃は終わりか? ならば、コレは返すぜ」
ヒョイと火球を前に放り投げると、巨大な火柱が上がった。
火柱が消えると、全身が黒焦げになり地に伏せる合成獣が残った。
「くっ、くそ。『火炎が効かないなら、別の手段を使え!』」
慌てて10号が指示を出すと、上空の飛竜型合成獣が一斉に息を吸い込む。
その喉元が微かにスパークする。
広範囲高熱で酸素を奪う追加効果がある火炎と双頭をなす、高速高貫通で麻痺の追加効果がある対人に絶大な効果がある属性攻撃――雷電吐息だ。
この攻撃ならば炎熱操作では防げない。
電撃の息を吹き下ろそうとして合成獣の動きが止まる。先ほどまで真下にいたはずな攻撃対象がいないのだ。息を吸い込んだ一瞬で相手を見失ったのだ。
「上空がお前らだけの領域と思ってないよな?」
合成獣の想定外の場所からのその男の声。その声がした方向に振り返る。
そう空を飛ぶ合成獣の後ろ――即ち、更に上空から声がしたのだ。
「今度はお前らが地上から見下ろされる番だ」
瞬間、超重力が合成獣を襲う。
合成獣たちは戦鎚で叩き落とされたような錯覚に陥り、パニックとなって空中制御を失い墜落していく。そして地面に激突すると準備態勢だった雷電吐息が暴発し辺りに電撃をまき散らした。その電撃を受けて近くの電撃対戦のない合成獣が麻痺して地に伏した。
「身体も暖まってきたし、少し殺る気出すかな――核融合炉、起動!!!」
その声とともにワンダールの胸に埋まった小型核融合炉の微かな駆動音と共に圧倒的な力を生み出し始める。
状況が飲み込めていない合成獣達はそれをただ見上げることしかできていなかった。だが、この一瞬に行動、いや逃亡しなかった事をこの後、後悔することになる。
「出力15%……まぁ、こんなもんでいいか」
そう呟くと、ワンダールは着ていた上着を脱ぎ捨てる。
露わになったのは引き締まった筋肉を強化皮膚と鋼鉄の外殻が覆った機械の身体
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
気合の声と共に生み出された力が解放される。
冷たい夜風をエネルギーの熱波が吹き飛ばし、月明かりを映していた黒銀の外殻が高温発光で赤白く輝き出す。
さらに背中の排気口から吐き出される魔力を帯びた高熱の気流は、酸素と結合して焔を纏い夜の闇を真紅に染める。
それは熾天使の羽か、悪魔が背にする煉獄か。
「さぁ、裁きの時だ」
ワンダールの背に広がる焔が大きく震えると周囲に光の球が無数に形成される。それは蝶の羽ばたきが鱗粉を散らす様な美しい光景であった。
だがその光球は見た目の美しさとは反する、凶悪なものである事をすぐに知ることになる。
「流星炎熱豪雨」
ワンダールの言葉と共に、光の球が生き物の様に不規則な放物線を描いて地上に降り注ぐ。
光の球の正体は核融合炉で生成された超高温のエネルギー。それを《炎熱操作》にて超高圧縮した塊である。
光球は光線となって合成獣の身体を穿ち、焼いていく。
「ギャァァアァオ!」
「ガアァァァアアァ!!」
「キュイィィィッ!!」
悲鳴の様にも、命乞いの様にも聞こえる合成獣の鳴き声が重なって響く。
その声を聞きながら生き残っていた騎士達も巻き込まれない様に祈りながら頭を抱えて蹲って震えることしか出来なかった。もちろん人間に流れ弾が当たることなどないのだが。
翼がはためくたびに光球は補充され、絶え間なく地上に降り注ぐ。その時間は10秒に満たない程度であったが、その短い時間でも合成獣達の心を折るには十分な時間であった。むしろ助けたはずの国家騎士までも恐慌状態に陥ってしまっている。
「すこし、やり過ぎたかな? 加減が難しいな」
ゆっくりと地上に舞い降りると、ワンダールは辺りを見回す。
合成獣の殆どが戦闘不能となっており、戦闘不能となっていない合成獣も火傷や傷を負って、すべての合成獣地に伏せていた。
「まぁ、いいな。さて、と」
降下の際に核融合炉の活動を停止させ、通常状態に戻ったワンダールが何事もなかったかの様に、10号に向けて歩き出す。もはや行く手を阻む者など存在しなかった。
「く、くそ。『合成獣ども、立ち上がって奴の接近を妨害しろ!』」
10号が必死に支配者の杖にて命令をするが、戦闘可能な合成獣達が立ち上がるが動こうとするものはいなかった。先程の攻撃にて畏怖と恐怖が心に刻み込まれており本能と理性両方があの男に攻撃しては行けないと判断したのだ。
「チィッ、ならば『奴の弱点となり得る奥で保護されている女魔術師を攻撃――
ドゴゴゴォォォォン!!!
次の指示を出そうとした10号の声が凄まじい轟音に掻き消される。
光を纏ったエネルギーの本流が10号のすぐ脇を通り抜け、10号の背景の一部をごっそりと削り飛ばした。少し遅れて、ゴッソリ破壊された王城の一部が崩壊する音が響く。
「その命令はさせないぞ」
ワンダールの両腕が帯電しパリパリと音を上げている。対なす天使の一撃と名付けた旧科学文明時代の兵器・荷電粒子砲である。
「合成獣どもには言葉が通じないだろうが、敢えて忠告するぞ。もしあの少女に危害を加える様なことがあれば躊躇なく殺すぞ」
そして放たれる殺気。身を切り裂く様な怖気を孕んだ空気が合成獣を震え上がらせる。
「おっと、あまり殺気を出しすぎると、守りたい人も逃げちまうからな」
一瞬で辺りを包んだ殺気を抑え込み、ワンダールが歩を進める。
凄まじい殺気を受けて合成獣は気づく。自分達は生かされているのだと。
全身の骨を砕かれ重篤な者もいるが戦闘不能となっているだけで、死んでいる者がいないのだ。もしあの男が本気を出し、荷電粒子砲を撃っていたならば、自分らならば形すら残らず消しとばされていたはずなのだ。
もう合成獣達はその男へ危害を加える、いや機嫌を損なうような行動をしようなんて思うものは皆無であった。
「あんな化け物、勝てない……」
圧倒的な力を見せつけられた10号が数歩後退ったあとへたり込んでしまう。
「どうだ、分かったか? 知識がある奴が強いとか言っていたが、圧倒的な暴力の前では無力なんだということを」
10号の目の前まで近づき、相手を見下ろしてワンダールが告げる。
「この混乱を納めて、あの女に謝るならば殴り飛ばすのは勘弁してやる」
そして決着の条件を提示する。
10号はチラリとセフェル王に視線を向ける。もうこの男には敵いません、降伏しましょう、といった意思を込めての視線であった。
しかし、セフェル王は顔を真っ赤にし、10号の望みとは異なる指示を口にする。
『10号、奥の手を使うぞ』
「しかし――」
『煩い! 道具は言われたまま動けばいいんだ!』
10号は意見を述べようとするが、セフェル王に一喝される。
その言葉を受けて、10号はゆっくりと立ち上がる。その瞳には光は消え失せていた。
どんな事をしても事男には勝てない、と進言しようとしたのを無下にされたこともあるが、指示された『奥の手』が10号の核を利用するものであったのだ。
10号は《空間収納》より、一振りの杖を取り出す。それは柄の部分に幾重にも刻印が刻まれた物である。
「負けを認めないか、残念だな」
ワンダールが右の拳を握りこむと、拳が高温発光で赤白く輝き炎を纏う。
「《九柱共鳴絶対領域》!!」
「超高熱爆砕鉄拳!!」
魔術と必殺技が同時に発動する。
ドオオオォォォン!!!
凄まじい魔力嵐が10号を中心に吹き荒れ、ワンダールの拳が届く前に弾き飛ばされる。
「チィッ!」
予測を超える魔力の本流に態勢を崩すが、すぐさま立て直す。
「《限界駆動》か」
冷静に判断する。魔獣が切り札としてたまに使う切り札。魔石の残量を一気に放出し限界以上の動きや魔力を放出する術だ。
「核融合炉再稼動!」
ワンダールも対抗し火力を上げる。しかし、相手が使った魔術はワンダールの予想をも超えるものであった。
「なにっ、魔石一つならばそろそろ限界をむかえるはずだが、まだ出力が上がるだと⁈」
ワンダールが驚きの声を上げる。核融合炉の出力は20%を超えたあたりなので余裕はある。しかし、そろそろ限界が来ると予測していた相手がまだ出力を上げ続けているのだ。明らかに異常なのだ。
『ククク…… ただの《限界駆動》だと思っているのか? 甘いな、上空を見るがいい』
先程のワンダールの声が動揺の言葉だと受け取ったセフェル王が饒舌に語り始める。
言われるがままに行動するのが癪ではあったが、状況がわからない以上意地を張っても仕方ないため上空を見上げる。
そこには大きな魔法陣が展開されていた。
それは中規模の魔法陣9つが組み込まれた巨大な魔法陣。中規模の魔法陣の一つが真上。10号が発する魔力の柱が繋がっている。
よく見ると他の中規模魔法陣は地上から魔力の柱が伸びていた。
『教えてやる。魔力には波長があり、ある波長は別の波長の魔力を増幅する相生共鳴を引き起こすことがある。その関係を繋げると9つ目で最初の波長を増幅する相生共鳴となり循環となるのだ。その9つの波長の魔力発生源を創り出し無限に魔力増幅を行うのが《九柱共鳴絶対領域》なのだ。圧倒的な魔力前に恐れ慄くがいい!』
嬉々として語るが、ワンダールには理解できない。
「それがどうした。どうやら、その無限に増幅される魔力とやらが、制御できていないようだぞ?」
ワンダールが反論する。
目の前の術式の発動トリガーとなった幼女型のゴーレムは「あ…あぁ……」と呻いているだけで制御できているとは言い難い状態であった。
「それに、この程度の魔力ならば俺にだって扱える」
言って、ワンダールが核融合炉のエネルギーを解放する。出力30%で解放したエネルギーは、10号の纏う増幅された魔力の倍近くのエネルギー量を有していた。
「この状態だと手加減はできん。影すら残さず焼滅させてもらう」
ワンダールの掌が白く輝く。掴んだ物を超高熱で焼滅させる絶対奥義の構えを取る。
『ククク…… 構わんよ。最初からこの魔力を制御する気などないのだよ。《九柱共鳴絶対領域》は完璧に均衡が取れた術式。その一つが崩れると、残りの8つの増幅された魔力が、欠けた魔力の場所へ雪崩れ込み大爆発を起こす。それがこの術式の最終形《多重地獄崩滅爆衝》だ』
「なにっ?」
繰り出そうとした右手を止めて、セフェル王の方へ視線を向ける。
『10号は術式の起点であり、大破壊のための贄でもあるのだ。魔力が最大にまで高まった時に10号の核が砕ける様に術式が組まれている。
止める方法はただ一つ。9つある魔力発生源を半数以上を同時に破壊することだ。
くくく、魔力臨界まで約30秒。止めることができるかな?』
セフェル王が余裕の笑みに、ワンダールは「くっ」と唇を噛むのであった。