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【キメラの国8】キャロル=ミトス

 そのゴーレムは、他のゴーレムとは目的を異なる仕様で作成された。

 ゴーレム創生の権威であるセフェル=メルギトスは亡くなった妻の生体情報から人間と同じ成分の合成タンパク質で作った人型(ヒューマノイド)ゴーレムシリーズを作成していた。

 その10番目に作られたゴーレムは10歳前後の幼年体の見た目であった。

 他の人型(ヒューマノイド)ゴーレムは、1号は成熟した30歳前後、2,3号は欠番で、4〜9号は美の絶頂であった20代前半の見た目である。10号は敵対国である隣国への潜入諜報活動を目的として子供の姿で作成されたのである。

 美女型のゴーレムを使い上層部を籠絡させる手段も考えたが、入国審査が厳しいことと、自国籍を持たない者は高い地位の者との接触を厳しく制限されているため断念。代わりに、孤児として潜入し、優秀な成績を残せば裕福層の養子として国籍を取得するという手段を取ることにしたのである。そのために作られたゴーレムであった。


「お主はこれよりレギルス王国のさらに先、ヒュプーノ村に向かい孤児として紛れ込むのだ。手はずは整えてある。()()()()これからヒュプーノ村は謎の盗賊団に襲われて孤児が増えるはずだからな。問題なく紛れ込めるだろう」

 創造主であり父でもあるセフェル王が語る。

 その言葉に10号はコクリと頷く。

「レギルス王国は庇護下にあるヒュプーノ村が襲われたとなれば派兵するはずだ。兵士が到着する頃には盗賊団はいなくなっているはずだから、そこで兵士に保護してもらえ」

「分かりました」


 こうして10号は単独でヒュプーノ村に向かい、計画通りレギルス王国の兵士に保護された。

 親を殺され泣いている子供の真似をするだけで、簡単に保護され拍子抜けしたのだった。

 潜入作戦が行われたのが雪の降る寒い日で村には歌声が響いていた。10号はその歌を皮肉って冬の聖歌(キャロル)と名乗った。

 レギルス王国の孤児院では身分の低い子供達とともに過ごすことになる。

 なぜ教えられたことを一度で覚えられないのか疑問に思いつつ、10号(キャロル)は観察を続けた。

 しばらくすると、なんでも一度で覚えてしまう10号(キャロル)は周りの人々に神童と呼ばれもてはやされるようになった。

 優秀な成績で養子となり国籍を手に入れるのが目的ではあったが、あまり目立ち過ぎると諜報活動に支障をきたすため、敢えて教えられたことを失敗して見せることもあったのだが、神童と呼ばれる評価は変わらなかった。

 それから一年、ついに10号(キャロル)は養子として引き取られることとなった。

 相手はなんとこの国の最高戦力である、国家騎士であった。

 その男はとてつもなく位の高い者であったらしく、孤児院の院長が諸手を挙げて喜び、他の孤児たちからは羨望の目で見られた。

 その男の名がハインツ=ミトス。なので、10号はミトスの苗字(ファミリーネーム)を得た。

 義父となったハインツ初老に差し掛かる年齢であったが、その身を覆う筋肉は年齢を感じさせないものであった。


「私はどのような子になればいいですか?」


 ハインツの妻バリラ=ミトスを紹介された後、2人の新たな主人(かぞく)に問いかけると、目を見開いて驚かれた。

「なぜそんなこと聞くんの?」

 義母に質問で返されて、首を傾げた。

「ははは。養子になるってことで気を使っているのか? 私達のことは本当の家族だと思って自由にしてもらえればいいんだよ」

 ハインツは10号の頭を撫でた。


 本当の家族――


 10号にとっての本当の家族と呼べる存在は製造主のセフェル王と同じ人型(ヒューマノイド)ゴーレムシリーズであった。その在り方がセフェル王を頂点とした主従関係であったため、主人となる者に指示を仰ぐ質問のなにがいけなかったのか理解できなかった。

 試しに「この国の歴史がわかる本が欲しい」「刻印の刻まれていない魔石が欲しい」とわがままを言ってみたのだが、その願いはすんなり叶えられることとなった。

 歴史の本はすぐに買ってもらえ、魔石についてはさすがに高級なものであるためすぐには買ってもらえなかったが、通うことになった学校で主席を取った年にご褒美として買ってもらえた。

 利用価値の高い者たちだと思う反面、理解しがたい感情が胸に芽生え始める。

 ともに食事を摂り、笑い合う新たな家族たちに、いままで感じたことのなかった不思議な感覚に包まれるようになる。義父が遠征に出るときは寂しさを感じ、通うことになった学園で好成績を出し義母に褒められることに喜びを感じるようになっていた。

 それでも任務は遂行していた。危険を伴わない程度に王城などの主要施設に忍び込み情報を収集し、月に一度、(ませき)を利用した秘匿回線でレギルス王国の状況をセフェル王に報告していた。

 レギルスの王は嫉妬深く好戦的で、いつでもメルギトスを攻撃できるように兵力を増強していた。

 特にキメラによる飛行戦力は脅威であった。さらにこの国の国宝である宝杖「支配者の杖(ドミネイトスタッフ)」はキメラたちを支配し個ではなく軍として動かすことが可能になるらしい。

 その情報を聞いて、メルギトスはすぐさま対空兵器の開発に取り掛かった。

 それでも支配者の杖(ドミネイトスタッフ)によるキメラの軍による軍隊戦術の脅威が残るため、10号は新たな指令としてその宝杖の奪取もしくは破壊が加えられた。


 10号が苗字を得てから2年後、諜報活動中に耳を疑うような衝撃的な情報を手に入れる。


 メルギトス王国にてゴーレムの反乱が発生。

 メルギトス王国は今、混乱状態に陥っている。


 それはレギルス王国の機密軍事回線を傍受した内容であった。

 この情報により、均衡していた情勢が一気に動き始める。

 好戦的なレギルス王はこの機についにメルギトス侵攻を決定する。

 10号はゴーレム(なかま)の反乱という信じられない情報と、自国の危機という緊急事態に冷静さを欠いた中でメルギトス王に通信を入れる。


 ズギン!


 通信が繋がった瞬間に、全身に激痛が走る。管理者権限による懲罰魔術だ。

「ぐあ、ぁあ…… 私はなにかマスターに不利益を与えてしまったのでしょうか」

 苦悶の声を噛み殺してマスターに問うと、全身を巡る激痛が消える。

「ふむ、10号まではあの魔術は及んでいなかったか」

 10号の問いには答えず、メルギトス王が独白する。

「10号よ、報告を聞こう」

 そして10号に報告を促す。主人の言葉は絶対のため、諸々の疑問はあるが、それを飲み込み、息を整え報告を行う。

 メルギトス王国にて反乱があったという情報が伝わっており、近々レギルス王国がメルギトスに対して侵攻を行うという事を端的に報告する。

「くそっ! レギルスの王め、やはり我が国を狙っていたか。これも全て裏切り者とあの忌々しい魔術師のせいだ!」

 報告を聞いたセフェル王か怒鳴り散らす。

「マスター、本当にゴーレム達が反乱を起こしたのでしょうか? 私には信じられません……」

 こちらからの問いかけは王の機嫌を損なう可能性があったが、信じられない事柄であったため、懲罰を受ける覚悟で質問を口にした。

 メルギトス王は「チィッ!」と大きく舌打ちして、メルギトス王国の状況を語った。

 その内容は、1人の魔術師により国中のゴーレムにかけれていた《生殺与奪》と《絶対服従》の刻印が破壊されたというものであった。

「しかも、核となる魔石に保護の魔術がかけられていおり、生殺与奪や絶対服従の刻印を再設置することが不可能なのだ」

 ギリリと奥歯を鳴らしながら、メルギトス王が言葉を続けた。

「それでは国中のゴーレムは制御不能となっているのですか?」

「いや、ゴーレム達の忠誠心は変わらず我らに仕えておる」

 少し冷静な口調でセフェル王が答えた。

「そうだな、レギルスの王もゴーレムが制御不能になっていると思っているなら勝機はあるな……」

 ふむ、と唸りながらメルギトス王が呟く。


 ?


 どういうことだろう? 忠誠が変わらないのであれば、問題は無いのではと首をかしげる。

「理解できをといった反応だな。儂が必要としているのは忠誠を誓った()()ではなく、便利に使える()()だ。兵士は裏切る。現にゴーレム達は「死ね」と命令した際に命令を拒否し、最大戦力であった5号に至っては反旗を翻しやがった。不確定要素がある兵士などいらんのだ」

 10号の疑問に答えるかのようにメルギトス王が語る。

「10号はこのままレギルス王国を監視せよ。もし進軍を開始するようならば()()()を使っても良い。それを阻止せよ」

「はっ!」

 メルギトス王、セフェルの命令を受け、10号は頭を下げる。それで今回の通信は終わる。


 回り出した歯車は加速していく。

 次の日、義父が「急遽、休みが取れた」と家に帰ってきた。

 いつもならば休日は家で休養すり義父が珍しく「家族で出かけよう」と言い、義母と共に街へショッピングへ出かけた。

 義父は義母と10号に洋服を買い、普段行かない娯楽施設を周り、夜は見たことない豪華なディナーを摂った。

 普段と違う義父の態度に10号は悟る。義父が戦争に向かうであろうこと。義母も気づいたようであったが、あえて明るく楽しく義父に接した。

 そしてその夜。10号が寝たのを確認した後、義父は戦争に繰り出すことを義母に伝え深夜に家を出た。

 もちろん10号は眠りに就いておらず、義父が家を出た後、《睡眠》の魔術を使い義母を寝かせ、義父を追う。

 そして、義父を追った先。レギルス城にてレギルス軍の進軍式を目の当たりにする。

 はぁ、と息を吐いて《隠形》の魔術を解く。


――まぁ、後少しだけ可愛い娘を演じるか。


 兵士に見つかり、捕まりつつ10号は思う。


 良い娘を持ったな、とレギルス国王であるアーバンが呵々と笑う。


――茶番は終わりだ。


 祖父に抱きつきつつ、10号は《空間収納》の魔術空間から一振りの刀を取り出す。

「いままで騙していてごめんね」

 狙いすました箇所へ刀を突き刺しつつ言い放つ。

「な――」

 驚愕に見開かれた義父の顔。なにが起きたか理解できていないのであろう。その手に持つ「支配者の杖(ドミネイトスタッフ)」を奪い取る。

 ニヤリと唇を歪めて10号は自らの正体を明かす。

 その場に精鋭の国家騎士と合成獣(キメラ)がいたのだが、支配者の杖(ドミネイトスタッフ)にて合成獣(キメラ)を封じてしまえば、人間の騎士など10号にとっては脅威ではなかった。

 一瞬で騎士数名を屠る。アーバン王に対して、投擲にて攻撃を加えたが、さすがに王の周りには防御結界が張り巡らされており殺害は叶わなかった、

 その後、《解呪》にて王城に貼られていた結界を破り支配者の杖(ドミネイトスタッフ)の効果を最大限にして発動させる。


『本能を解放し、人間にその威を示せ!』


 その言葉でレギルス国王は混乱状態に陥る。

 深夜の王都に合成獣(キメラ)の咆哮がこだまし、市民の悲鳴が聞こえてくる。

「な、なんてことを……」

 10号の命令の内容を理解し、アーバン王は驚愕に唇を震わせる。

「国民の心配? 余裕ね。国中で暴れている合成獣(キメラ)よりさらに危険な合成獣(キメラ)がここに沢山いるという事はどういうことか理解してないのかしら?」

 そんなアーバン王に視線を向けて、10号が冷ややかな言葉を浴びせる。


『グルオォォォォオ!』


 先程まで固まっていた飛竜型の合成獣(キメラ)が咆哮し、身を捻り尻尾でのなぎ払い攻撃を放つ。

「なっ――」

 近くにいた騎士数名が反応できずに、最初の一言を残して吹き飛ばされた。

「まさか、ここにいる合成獣(キメラ)全てが脅威となるのかっ!」

 状況を理解した騎士がなんとか身構えるが、圧倒的な戦闘能力差の前に為すすべはなかった。

 最初は自分の造った合成獣(キメラ)の弱点わ付き優勢になりかけたが、後ろに控えていた単獣遊撃部隊(ビーストフォース)が戦線に加わることで趨勢は決した。

 一方的な虐殺が始まった。

 訓練を受けた騎士も、本能を解放した獣の前では無力であった。爪の一振りで鎧ごと引き裂かれ、凶悪な牙の噛みつきにより武具を装備した身体が抉り取られる。

 絶望的状況に逃げ出そうとした騎士は背中から浴びせかけられた火炎吐息(ファイヤーブレス)にて消し炭にされた。


「これが貴方達がメルギトス王国(わたしのくに)に行おうとしたことよ。自分がされる側になったらどういう気分かしら?」

 呆然と騎士達が虐殺される様を見ていたアーバン王に対して、妖艶とも思わせる笑みを浮かべて10号が問う。

 その背後からドラゴンタイプのキメラが迫る。

 それを目の当たりにしたアーバン王の頰が少し綻ぶ。油断しすぎだ、と。短らが暴走させたキメラに食い殺されてしまえ、と。

 しかし、そのキメラは10号を素通りして、アーバン王に向かう。

「なっ、ひっ!」

 驚愕の声と悲鳴がアーバン王の口から溢れる。

「私が命令したのは「()()()()()()威を示せ」だったのよ。攻撃する対象にわたし(ゴーレム)は入ってないわ」

 余裕の笑みを見せる。

 ドラゴンタイプのキメラがアーバン王を襲うが、その攻撃は《防御結界》に阻まれる。

「その《防御結界》、どこまでもつかしらね?」

 10号は笑みを深めると、支配者の杖(ドミネイトスタッフ)を使い近くにいた合成獣(キメラ)に命令を出す。

『その《防御結界》を破壊しろ!』

 するとその命令を受けた合成獣(キメラ)は魔力を全身に纏わせ、次々とアーバン王に突進攻撃を仕掛ける。


 ドン! ドォン! ドォォォン!!


 合成獣(キメラ)が《防御結界》とぶつかるたびに衝撃波が辺りに広がる。

 物理攻撃には絶対的な強さを誇る《防御結界》だが、魔力を伴った攻撃に関しては込められた魔力を相殺するために魔力を消費するのだ。

 そう、魔力を伴った攻撃を続ければいずれは――

「きっ、このままでは……」

 アーバン王の持つ王笏がビリビリと震えている。その先端の魔石が輝いているのは、魔力を放出しているためである。

「き、騎士団よ、儂を助け――」

 慌てて騎士団の方へ視線を向け、アーバン王は絶句する。ほんの数分で国の精鋭たる騎士団が壊滅状態となってしまっていた。それは国の戦力が崩壊したことを意味する。合成獣(キメラ)生成に重きを置き、強大な力を手に入れたはずであった。その力で富を生み出す隣国を蹂躙し支配下に置くはずであったのだ。どうして、どうしてこうなった――


 ビギリ……


 アーバン王の手元から小さな音がした。聞きたくなかった音。アーバン王は恐る恐る手元へ視線を向けると、王笏の魔石に一筋の亀裂が走っていた。

 視線を前に向けると、魔力を纏って突進を続けるキメラ。その一体が目の前に迫っていた。

「や、やめろーーー!!」

 アーバン王の絶叫。バギンという音と共に、魔石と防御結界が砕け散る。

 今までキメラの攻撃を遮っていた防御結界が砕けたことにより、ドラゴン型のキメラの突進ががアーバン王を捉え玉座を粉砕し、さらに首をしゃくり上げることでアーバン王を上空へと放り投げる。

「おっと、『その男は殺すな』」

 10号は支配者の杖(ドミネイトスタッフ)を用いて命令を飛ばす。

 そのまま地面に叩きつけられれば命の危険があったアーバン王を陸王猿(フンババ)型のキメラが受け止めた。

 地面に叩きつけられることは回避されたアーバン王だが、受け止められたキメラの腕の中で、がはりと血を吐き出した。

 先ほどの突進の一撃で内臓に甚大なダメージがあったのだろう。人間はなんて脆い生物なのだ、と哀れみの視線を向ける。

「これでもうこの国も終わりね…… 最後の交渉はマスターに託すので、素直にこの国を差し出して哀れに命乞いをすることをお勧めするわ」

 大きな手に鷲掴みされたアーバン王にそう言い残すと、10号は体内の魔石を用いた秘匿回線を開く。


――マスター。緊急の報告があります。


 メッセージを飛ばす。深夜の時間帯であったが重要な内容だったので、何度かメッセージを飛ばすと3度目に反応があった。


――どうした。10号よ。こんな時間に連絡とは余程重要な内容か?


――はい。とても重要かつ、マスターが喜ぶ内容かと思います。


――うむ、話せ。


――はい。本日深夜、レギルス王国が我が国ね対し侵攻を企てていた為、介入。国宝杖「支配者の杖(ドミネイトスタッフ)」を奪取し合成獣(キメラ)部隊を手中に収め、レギルス軍のその八割を壊滅に至らせました。そして、レギルスの王、アーバンを拘束しております。


――なっ、そうか! よくやったぞ10号。ここ最近悪い流れが続いていたが、ここに来て儂にいい流れが来たようだ。


――つきましては《映像通信》に切り替えたく思うのですが、よろしいでしょうか?


――うむ。よろしく頼む。


 10号は早速《映画通信》の魔術を発動する。その魔術に大量の魔力を必要としたが支配者の杖(ドミネイトスタッフ)に内包されていた魔力を使用することで難なく発動することができた。

 目の前に直径2メートル程の魔力で出来たモニターが形成され、そこに10号の創造主たるセフェル=メルギトス王の姿が映し出された。

 セフェル王は魔術により映し出された光景に口元を笑みの形に歪める。

「レギルスの王よ。久しびりだな」

 そして映し出されたアーバン王に声をかける。

 アーバン王はその言葉にゆっくりと顔を上げ、視線を映像通信の魔力モニターに向ける。

「メルギトスの王か……」

 アーバン王の言葉には精気が感じられない。しかし、その視線には嫉妬と恨みが込められていた。

「くくくく…… いいざまだなアーバン王よ。貴公は我が国に対して侵攻する予定であったようだな」

 セフェル王の言葉にしかしアーバン王は答えない。沈黙、それも交渉のカードの一つであるのだ。非を認めれば、交渉は相手ペースでとなってしまう。

「アーバンよ、我と盟約を結ばないか? そうだな、レギルス王国は国家予算の六割を毎年支援することと、労力の提供、合成獣(キメラ)生成の技術を無償提供を約束してくれれば、我が国からはそちらの国民が飢えない程度の食料を提供しよう。どうだ?」

 それでもセフェル王は言葉を続け、下卑た笑みを浮かべる。その口から出た条件は「盟約」とは名ばかりの「植民地契約」そのものであった。

「ふ、ふざけるな!」

 さすがにそんな条件を突きつけられたアーバン王は青筋を立てて怒鳴り返す。

「ふん。ならばいいのだがな。このままだと主の国は壊滅するぞ? 後ろに見えるもの達はもしかして主が自慢してた国家騎士か? なんとも勇猛な姿だな。くくく……」

 セフェル王の言葉に、アーバン王は唇を噛みしめる。

 セフェル王の視線の先に目をやると、国家騎士がひとところに集まり皆で《防御結界》を貼り身を守っている。その騎士の口々からは「やめろ」「助けて」という言葉が漏れていた。もう心が折れており、必死に《防御結界》に魔力を注いでいた。

 さらに遠くからは市民の悲鳴が微かに聞こえてくる。このままではセフェル王の言うとおりこの国自体が壊滅してしまう。

 今度はセフェル王が沈黙のカードを切る。

 しかしその視線は「どうするんだ?」と見下したものであり、その口元は笑みの形に歪んでいる。

「くっ…… わかっ――」

 アーバン王は恥辱と屈辱で顔を紅潮させ、震える唇で肯定の言葉を絞り出す。が、その言葉が全て吐き出される前に、異変が起きる。


 !!


 膨大な魔力が上空に集まる。それは一人の魔術師では放出できないほどの、いやこの国の魔術師全員でも生み出すことのできない程のものであった。

 なにが起きているのか分からず、魔術に長けたもの達は絶句し立ち尽くし、合成獣(キメラ)も人間を襲う手を止め上空を見上げる。

 上空で魔力が魔法陣を形成し、その魔法陣が完成した瞬間、魔力の雨が地上に降り注いだ。

 その魔力の雨は光の尾を引き、国中で暴れる全ての合成獣(キメラ)に命中した。

「なっ――」

 その光景に10号は絶句する。

 これだけ膨大な魔力を、これだけ広範囲の対象に対して操る者がいるなど考えられなかった。

 魔力の光はこの国の()()()()()を対象に、しかも警戒し回避しようとしたキメラに対しては追尾までして全てが()()()()のである。

 広範囲に対し命令を発信した10号の使った魔術と比べものにならないほどの高等な魔術である。

「このとんでもない魔術は、まさかこの国に我が国を混乱に陥れたあの魔術師がいるのか!?」

 通信魔術の画面の向こうでセフェル王の顔が怒りに歪む。

 そうこうしているうちに合成獣(キメラ)がバタバタと倒れ眠りに落ちていく。

「ひ、ひぃ〜〜〜っ!!」

 合成獣(キメラ)が眠りに落ちたため、その束縛から解放されたアーバン王が悲鳴をあげて逃げ出す。キメラの体当たりにて全身ズタボロのため、両手足を使って這うようにその場を離れようとしている。

 チィっと10号が舌打ちをする。


合成獣(キメラ)ども、覚醒せよ! 再度、本能のままに人間どもに威を示すのだ!』


 支配者の杖(ドミネイトスタッフ)を用いて、覚醒と再命令の言葉を響かせる。

 合成獣(キメラ)たちはすぐに目を覚まし咆哮を上げる。

『アーバン王を動けないようにして捕らえろ!』

 10号の命令に陸王猿(フンババ)型の合成獣(キメラ)は大きく跳び上がり、アーバン王の両足を踏み潰した。

「ギャアアァァァァア!!」

 アーバン王の悲鳴が響き渡る。そんなアーバン王を陸王猿(フンババ)合成獣(キメラ)が頭を掴んで持ち上げる。

「これ以上痛い目を見たくなかったら、逃げようなどと思わないことね」

 両足がひしゃげたアーバン王に10号が忠告し、通信魔術の向こうのセフェル王に目を向ける。

 セフェル王はそのままアーバン王に対して再度交渉を続けるかと思われたが、通信魔術の向こうで顔を真っ赤にして怒りに身を震わせていた。

「10号よ、先程の大魔術を使った魔術師を優先して仕留めるよう命令せよ! あの忌々しい魔術師を確実に葬るのだ!」

 セフェル王は怒鳴りつけるような口調で命令する。それほどまでにセフェル王は国内のゴーレムを解放させられたのが屈辱であったのだが、事情を知らない10号は素直に頷き支配者の杖(ドミネイトスタッフ)を用いて命令を上書きする。

「あの魔術師は《賢者の石》を持っている。大魔術を連発してくるぞ!」

 セフェル王の言葉に、10号は再度警戒を強める。

 しかし、予想していた大魔術の連続発動は行われなかった。

 遠くで飛行型キメラの鳴き声が聞こえたので、対象の魔術師を発見し、周辺のキメラが一斉攻撃を始めたようだ。大魔術は発動までに時間がかかるようなので、大量のキメラによる飽和攻撃によって発動が妨げられているようだった。

「どうやら、飛行型キメラが対象を発見し、総攻撃を始めたようです。しばらくは、大魔術は発動させられないと思いますので、契約を済ませてしまいましょう」

 10号が進言すると、セフェル王は「うむ」と頷いた。

「さて、アーバン王よ。先程の契約についての確認だが、返答はどうかな?」

 セフェル王が問うが、アーバン王は両足を潰された痛みに呻き声をあげるのみだった。

「仕方ないですね。契約に必要な右手を残せばいいので、左手も潰しますか……」

 無慈悲な10号の声に、アーバン王は「ヒィィ」と悲鳴をあげた。

「わ、分かった。契約を受け入れよう。だから、もう許してくれ……」

 アーバン王が震えた声で答える。既に心が折れているようだ。その姿を見て、セフェル王と10号はニヤリと笑った。

「契約書を作成します」

 10号は《空間収納》より魔術で造られた紙を取り出す。それは記載された内容を契約した者の魂に刻む魔術による約束手形である。10号はその紙に《誓約》の魔術にて先程の条件を刻み込んでいく。

 メルギトス王国に有利な一方的な内容。そして、魔術による契約なので破ることは不可能。この誓約書に血の刻印を刻むことで契約が完了するのである。

「この内容で問題ないでしょうか?」

 出来上がった契約書をセフェル王へ見せる。セフェル王はニヤリと笑って承諾し、遠隔操作にて10号の核を利用し誓約書に魔力の印を刻み込む。

「あとは、アーバン王、貴方の承認だけです」

 呻きを上げているアーバン王に誓約書を持って近づく。

 あとは、アーバン王の(まりょく)をこの誓約書に流し込むだけで契約は完了するのだ。

 呻き声のみで反応のないアーバン王に、無理矢理にでも承諾させるために10号がもう一歩近づく。


「!!」


 その時、10号は大きな魔力の歪みを感知した。

「何者かが《転移》の魔術でこちらに来ます」

 魔力を感じ取った方向に向き直り、10号がセフェル王に報告する。


 この視線の先、キメラの攻撃を国家騎士が必死に防いでいる広場の一角に、魔力が溢れ、そしてその魔力が弾けるとともに転移魔術にて4人の人物が現れた。


 そこに現れたのはバルドスの《退却転移》で移動してきた、バルドス、メイ、ラビィと新米騎士のヒューズであった。

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