【ゴーレムの国1】列車の中で
荒廃した世界を列車が疾駆する。
崩壊した大地に架かる線路を走るのは、魔石を動力に無音で走る魔術と科学の融合で作られた列車である。この列車こそ魔導科学の象徴の一つである。
その列車の客室で高速に移り行く景色を、窓に顔を押し付けて見つめる少女がいる。
白に赤のメッシュが入った髪に、真紅の瞳。額と鼻が窓に押し付けられて残念な顔になっているがかなりの美少女である。
「おい。そんなに顔を押し付けると、鼻がお前の胸みたいにぺったんこになるぞ」
その少女に声をかけるはテーブルに置かれたピエロの人形。
どんな仕組みになっているか分からないが、ちゃんと口まで動いている。
「むー。
誰の胸がぺったんこだってぇ。これでも毎日寄せて上げてって努力してるんだからねっ」
「それは努力ってより、詐欺ってもんだ。服を脱いだら萎む胸なんて詐欺としか――」
言い終わらぬうちに、ドゴン!という音と共にピエロの頭が弾け飛ぶ。
少女のデコピンが手のひらサイズのピエロの額を打ち抜いたのだ。ピエロ人形はテーブルに後頭部を強かに打ち付け一回転して客室の壁にに体をぶつけ、床にうつ伏せに倒れ臥す。
「それ以上言ったらぶっ飛ばすからねっ」
頰を膨らませて怒る少女。
それに対してピエロ人形は「いや、もうぶっ飛ばす以上の攻撃受けてるんだが……」と額に煙を吹きながら反論するが、少女はぷいっと顔を背けるのみであった。
しばらくすると、コンコンと客室の扉からノックの音が響く。
「お客様、異音がしたようですが問題ないでしょうか?」
ノックの音に答えると、扉を開け、車掌と思しき男がが中を覗き込む。
「大丈夫、大丈夫。にはは……」
やっちゃった、と笑みを浮かべて少女が答える。その幼く見える笑みに、車掌は少し怪訝そうな表情を見せるが、すぐ笑みに変えて「問題ないようで、なによりです」と帽子のつばを摘んで会釈する。
「失礼ですが、乗車券と身分証を拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
ビジネススマイルのまま車掌が問う。
それはそうであろう。この世界の列車は高級な乗り物である。
列車は基本的には国と国との貿易となる物資運搬が主であるが、旅客運搬も行なっている。だがその乗車券は高額で、このような幼い少女が気軽に手に入れることが出来ないものである。現に乗っている他の客室には富豪や貴族といった上流階級の者たちであった。
たしかこの部屋にも高位の身分を持った客が乗車しているばすだったのだが、と車掌は乗車名簿を思い出す。
「乗車券ね。ちょっと待って…… えっと、うんと…… あった、これだ。はい」
少女は部屋の隅に置いてあった大きなリュックを漁り、綺麗に畳まれた乗車券と、腰のポシェットからカード型の身分証を差し出す。
ちなみにリュックは豚の顔を、ポシェットはウサギを象った、この崩壊した世界には似つかわしくない可愛らしいものであった。
「確かに乗車券を確認いたしました。ご身分は――」
と、そこまで言葉を発して、車掌の顔色が一変する。
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氏名:ラビィ=リンス
年齢:秘匿
性別:女性
国籍:ファウスト王国
職業:魔術師
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「は、始まりの王国の、魔術師様。こ、これは失礼いたしましたっ!」
車掌は慌てて最敬礼し身分証を少女――ラビィに返す。
魔術師
――それはこの世界で最高峰の地位。魔術を操り、世界の理を超えた超常を起こして人々を救う救世主。
絶対的な地位なだけに偽物も多く存在するが、超技術で作られた身分証は偽証は不可能である。この身分証こそが真なる魔術師である証なのである。
それ以上に車掌を驚愕させたのは国籍であった。
《ファウスト王国》
それは、人類史上初となる悪魔召喚を成し遂げ、この世界に魔術を広めた『始まりの王国』と呼ばれた国である。
その出身者は魔術師の中でも特に位の高い魔術師とされているのだ。
車掌は既に目の前の少女が幼い見た目とか、どうでもよくなっていた。始まりの王国に連なる魔術師ならば不老不死であってもおかしくはないのだ。
「貴女の旅が良いものでありますように」
そう告げて、車掌は客室を後にする。
「うん。ありがとー」
ラビィが言葉を返す前に、既に車掌の姿は消えていた。
「にゃ? もういない。車掌さん、急にどうしたのかな?」
「身分証見て、ビビったんだろ。
このご時世、魔術師って肩書き見たら、奇跡をねだるか、ビビって逃げるかのどちらかだからな。車掌は後者だったんだろうな。
人間は人知を超えた存在は信仰か恐怖の対象でしかないんだよ」
「むー。こんなに可愛らしい美少女なのに怖がるなんて失礼しちゃう」
「自分で美少女って言っちゃうあたりが残念な子なんだけど――」
最後の「な」の言葉はドゴンというデコピン音にかき消される。
「だーーっ! その口より先に手が出る性格なんとかしろ。俺様の額はデコピンの的じゃないんだぞ!」
額に煙を出しながら絶叫するピエロ人形に、ラビィは「ぷぃー」と顔を背けて無視をする。
「ったく、そんなんだからお目付役の俺様が苦労するんだよ…… 次の国ではちゃんと立ち回ってくれよ?」
思わず愚痴るのだが、ラビィは「ぷぷぃーだ」と言うのみ。
これは相当ヘソを曲げてしまった様だ。どうしたものか、とピエロ人形は思案を巡らせる。
……
「あー、そう。ラビィが美少女ってとこだけは認める、けどな……」
ピエロ人形はしかたなく、だがとても照れくさそうに呟く。
途端、ラビィは花が咲いたかの様な笑顔になり、ピエロ人形を掴み上げると頬ずりしながら「だから、ドンちゃん大好きだよ。もー、ツンデレさん」と喜びを爆発させる。
「ちょ、加減、加減。そんな全力で頬ずりされたら、潰れる」
ドンちゃんと呼ばれたピエロ人形の苦悶の声を聞き、慌てて「ごめん、ごめん」とテーブルに座らせる。
「で、次の国って、どこだっけ?」
あっけらかんと訊くラビィに、ピエロ人形はため息とともに肩を落とす。
「ったく、何度も説明しただろうが。まあいいや、もう一度説明するぞ。
次に行く国の名はメルギトス。
労働力として多くのゴーレムを使役している国だ。その労働力で国は発展してる。まぁ今回も相当平和な国だと思うので安心して観光できると思うぞ。
俺様たちの出番はないはずだ」
「うん。それが一番いいと思うし」
ピエロ人形の説明に、ラビィが笑顔で頷く。
出番――それは魔術師としての出番である。
ラビィは魔術師としての本分。世界を救うという使命を第一に考えている。魔術を悪用している者がいたら罰し、困っている者がいたら手を差し伸べる。それを繰り返してきた。
そんなラビィに対し、お目付役と自称するピエロ人形は不安を抱えていた。
ラビィは純粋すぎるのだ。目に見える全てのものを救おうと、自らの危険を顧みず、全てを投げ打ってでも行動を起こしてまう。
なので敢えて平和な国を選択し旅をしているのだが、そのような旅がいつまで続くか分からない。この世界はとても不安定なのだ。
次の国へ行くもう一つの理由。それは労働力にあった。
ラビィの純粋すぎる正義の暴走を止める護衛も兼ねたゴーレム。そんなゴーレムがあれば手に入れる。
ピエロ人形はそう思って次の国を選んだのだ。
ピエロ人形は元悪魔であった。
とある事件により、全ての能力を失った悪魔。
しかし、知識だけは全て保有したままである。なのでゴーレム生成の知識はあるし、ラビィの魔術をもってすればゴーレム使役も可能であろう。
だがそれだけではただ命令を聞くだけの人形しか生み出せない。
自ら考えて行動する様な、知識のある、あわよくば感情の発露したゴーレムが居れば、もしくはその様なゴーレム生成術式が確立されていればという願いがあった。
人間の知恵や応用力は計り知れない。
悪魔の知識では限りなく不可能と導き出された事象を可能とすることもありえるのだ。
ラビィという特別な存在がその証拠でもある。
「にひひ……楽しみだね、ドンちゃん」
その純粋な笑みに、ドンちゃんと呼ばれた、元悪魔であるピエロ人形も「そうだな」と自然に笑みを浮かべていた。
こうして少女と悪魔の旅は続いていくのであった。