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【キメラの国5】身分証明証

 現れたのは濡羽色の法衣を着た金髪碧眼の青年であった。

「何事だ、ニコラウス。第一優先事項と聞いて公務を中断して来たのだ。手短に要件を言え」

 尊大な口調で言う言葉に、ニコラウスと言われた受付の老人が答えようと口を開くが上手く言葉にならない。埒のあかないその行動に青年の眼光が鋭くなり、手に持つ杖に魔力が集まる。それだけで場の空気が凍る――実際には放たれた強大な魔力に少し室温が下がっただけなのだがそう錯覚するほどの魔力であった。

 ニコラウスは言葉で説明するのを諦めて、慌てて机の上にあるカードを手に取り差し出す。

「……こ、これを鑑定して頂ければ、分かると思います……」

 なんとかその言葉を紡ぐ。

 青年は訝しげな目でニコラウスを見た後、その差し出されたカードを手に取る。

「なっ――こ、これはっ」

 手にしたカードを見た瞬間、青年は驚愕し、魔導師の命とも言える杖を取り落とした。

「これはどうやって手に入れたニコラウス! 世界の創始者級の魔術師の身分証だ。もし、このカードの主が()()()()()()()があるならば奇跡級の魔術も可能になるぞ」

 落とした杖を拾う事も忘れ、詰問を返す。その厳しい言葉に対し、ニコラウスはブンブンと首を横に振る。

「その身分証の()()()お見えになられています」

 震える声で告げ、視線を身分証が示す本人(ひとりの少女)に向ける。その視線誘導されるように目を向けた先に、綺麗な銀髪に赤のメッシュが入る――手にしている身分証に写っている少女が()()()()()姿()で佇んでいた。

「なっ……」

 青年は一瞬、言葉を失い目を見開いて驚愕の表情を見せるが、すぐさま目を瞑り小さく深呼吸して冷静を取り戻す。

 取り落とした杖を拾い上げ、真っ直ぐにラビィを見据える。

「私の名はオーギュント=レスター。この国のセントラルギルドを取り仕切るギルドマスターだ」

 やはりこの青年がここのギルドマスターであった。ファウスト王国出身の魔導師が現れ動揺しているはずだが、それを一瞬で飲み込み表情に出さず対応するあたり流石と言える。

「私はラビィ。ラビィ=リンス。よろしくね」

 ギルドマスター、オーギュントの言葉を受けてラビィが自己紹介を返す。

「ラビィ様……ですね。本日はどのようなご要件で参られたのでしょうか?」

 オーギュントはすぐさま本題に入る。先程のニコラウスとの話からも分かる通り、どうやら本当に多忙であるようである。

「この娘の身分証を発行してもらいに来たんだけど……」

 メイを右手で示してから、ラビィは真剣な眼差しになって言葉を続ける。

「もう一つ重要な用事が出来ました」

「それは、何でしょう?」

 冷静に受けた耐えしているオーギュントなのだが、そこで小さく息を飲む仕草が垣間見えた。

「この国の情報を教えてください。この国にて争い事が起こりそうなの?」

 正義執行のスイッチが入ったラビィの問い。それはこの国の機密事項に当たるものであり、この場で即答できるものではないのか暫しの沈黙が流れる。

「……その問いを答えることは、この国との機密情報保護契約に反する事となる可能性があるため、此処ではお答えできません」

 オーギュントは此処での回答を拒む。それに「むぅ」とラビィの眼光が鋭くなる。

「そして、質問を質問で返すことをご容赦下さい。ラビィ様はそれを訊いてなにをするおつもりですか?」

 返す刃の様に眼光鋭く質問が帰ってくる。相手を観察するギルドマスターの眼がラビィを映す。

「魔術はヒトの為にあれ――」

 それは魔術師の始祖であるファウスト=ジオリジンが残した言葉である――その言葉を引用し、ラビィは言葉を綴る。

「それが魔術師の本懐でしょ? 人々が争い傷つけ合う様な事があるのならばそれを鎮め、平和を脅かす災厄があるならばそれを払う。その為の魔術、それが魔術師達(わたしたち)の役目。私は人々の為に魔術を使うつもりだよ」

 真っ直ぐな瞳。

 真っ直ぐな言葉。

 それは未だに妖精の存在(フェアリーテイル)を信じる少女の様な混じり気のない純粋な言葉。その言葉にオーギュントは目の前の少女を認めるしかなかった。

「魔術師の本懐ですか…… 私も師匠にそう教えられました。しかも始祖の魔術師様の言葉を引用されたならば認めるしかありませんね。

 分かりました。ですが、一つ条件を付けさせてください」

「うん。条件って何?」

「ラビィ様のこの身分証を照合させていただきたいのです。それで正規なるものであると証明されれば、私の知っている情報をすべてお話いたしましょう」

 オーギュントの提示した条件は、至極真っ当なものであった。しかし、それはラビィの事を信用していないとも取れる発言でもある。

「分かったよ。けど、一つこっちからも条件、いいかな? 照合って事はファウスト王国(ほんごく)に連絡するってことだよね。その連絡の場に私達も立ち会わせてくれないかな?」

 ラビィはその条件に対して、こちらも条件付きで返答する。こちらの条件は少し難がある。私()と言ったのだ。それには勿論現在身元不明のもう1人の女性も含まれるのだ。魔術師の中でも特に機密になっている本国への通信手段を身元不明人に見せることとなるのだ。ギルドマスターとして、それは認め難い事ではあるのだが

「分かりました。では、こちらへどうぞ」

 そう言って、オーギュントは踵を返し先導して歩き始めた。

 実のところオーギュントはそこまでラビィを疑ってはいなかった。

 オーギュントの右眼は儀式によって常時《解析》の魔術が発動した状態にした「魔眼」と呼ばれるものである。常時発動のため、魂に負担がかからない程度の精度を落としたものであるが、相手の悪意をぼんやりだが見通すことは出来るのだ。

 そして、その眼で見た少女(ラビィ)からは全く悪意が視えなかった。オーギュントは今まで何百人ともいえる魔術師を見てきたがそんな者はいなかった。魔術師となれば、悪意とまではいかないが何かしらの野望を持っているもので、少なからず負の感情の歪みが視えるのだ。それが無いということはもはや自分の想像を超越した「仙人」や「聖人」の域に達した超越者なのではと直感していた。そんな少女が連れてきた女性も同様に負の感情の歪みが視えなかった。彼女も少女と同様な存在であるのではないかと推測する。

 そんなことを考えているうちに、目的地であるギルドマスター室に到着した。


「こちらです。お入りください」

 オーギュントが扉をあけて中へ促す。

 ギルドマスター室は簡易的な作りであった。扉の向かいには大きな机と高級そうな椅子。机には流線型をした機械と書類の束が置かれており、ギルドマスターはいつもここで作業をしているのだなと思わせる。そして長方形をした部屋の入って左側の空間は応接スペースの様で、大きな長机と向かい合う様にソファーが一対。その奥の壁際にはには魔道書が並ぶ本棚が配置されていた。

 部屋に案内されたラビィ達は応接スペースの奥の席に座る様に言われ、その通りにそこに座る。

 上座下座の関係から座る位置が逆ではないかとピエロ人形は思うが、オーギュントは応接スペースの向かいの席ではなく、作業机の自分の椅子に腰かけた。

「では、これから本国との通信を行います。そこからでしたらモニターが見えると思います」

 言うと、オーギュントは手に持った杖の先に着いた魔石を、机の上にあった流線型の機械に当てる。すると触れた部分に光が宿り、波紋の様に光が広がると、低い音を立てて機械が起動する。それと同時に部屋の扉が自動で施錠され、扉がある壁の前に実体のないホログラムディスプレイが魔力によって形成される。

 その光景に近代機械に疎いメイが「おぉ……」と感嘆の声を漏らした。

 その声にオーギュントはチラリと2人の方に視線を向ける。メイド服の女性はホログラムディスプレイが珍しいのかそちらを注視しており、魔術師と名乗った少女は長机に置いてあった来客用の茶菓子置きに熱視線を向けていた。

「これより、本国に通信を繋ぎます」

 オーギュントは半球形の操作デバイスに手を乗せ告げる。その言葉を受けても2人の態度は変わらなかった。ギルドの特級機密事項の通信手段を覗かれている気配は全く感じない。

「接続まで少し時間がかかりますので、その茶菓子を食べていてもいいですよ――飲み物の用意はできませんが……」

 通信パスコード――厳密には操作デバイスに対して5指を使ったタップコードなのだが――を見られない様に慎重に機械を操作しながら、言葉を続ける。その言葉に、ラビィは素早く茶菓子に手を伸ばしてそれを頬張り、メイは口元を汚すラビィのためにハンカチを差し出していた。この2人は本国通信のパスコードなんて興味がないのだな、と思いつつオーギュントは素早く接続パスを入力した。

 すると画面に「connecting……」と表示され、すぐに「sound only」に画面が切り替わり回答がある。

「こちらファウスト王国、通信部。担当、マーク=ラフィック。そちらの識別コードの開示せよ」

 画面の向こうから若い男の声が聞こえる。その声にオーギュントは国の識別番号と自らの魔術師の識別番号を伝える。すると「確認しました」と答えが返ってきて、画面が切り替わる。

「レギルス王国からの定期連絡は済んでいるようですが、何か緊急の連絡ですか?」

 画面に映ったのは二十代くらいの青年。ここまでラビィ達を案内した新米の衛兵に違い歳に見える。

「至急、魔術師番号の照会を願いたい」

 オーギュントの言葉に、マークと名乗った通信士は視線を下に落とす。手元に入力デバイスがあり番号を打ち込んで検索するのであろう。

「では、番号をどうぞ」

「――9」

 オーギュントが番号を告げる。

「……」

「……」

 沈黙。

「えっと、続きを……」

「以上だ」

 そしてまた沈黙。

「え、何を…… 魔術師番号は15桁ですよ」

「ならば0が14個に9だ」

 真面目に返すオーギュントに、画面の向こうの若い通信士は困惑する。

「なにを言っているんですか。なにかの冗談ですか? いくら私が配属したての通信士だからって、おちょくるのはやめて下さい!」

「冗談でも、おちょくっているわけでも無い。この番号を持つ魔術師がこの国に訪ねてきたのだ。今から身分証の情報を《情報伝達》の魔術に乗せて送信する」

 声を荒げた通信士に対して、オーギュントは冷静に言葉を返した。そして、操作デバイスを操っていない方の手をラビィの身分証に翳すと、魔術を発動させた。

「なっ、これ。え? 本物ですか?」

 画面の向こうから通信士が狼狽えた声が聞こえる。

「こちらで《解析》の魔術にて確認済み。本物だ。番号が10桁しか無いのは発行された当初は身分証が10桁だったから、魔術師の階級が無いのも同じ理由だ。これで通信を行った理由が分かっただろう。その番号の身分証が発行された初版の身分証を持った魔術師がこの国に現れたんだ。照会を頼む」

 通信士の疑問を先読みし、全てその答えを先に言う形になったオーギュントの言葉。そう、これは魔術師の身分証システムが出来た時、最初に発行されたものであると言っているのだ。

 通信士はしばし口をパクつかせることしかできなかったが、我を取り戻し操作パネルに手を伸ばす。

「とりあえず、照合してみます……」

 なんとか絞り出す様にそう言って、照合操作を行う。しかし、その結果は「ビー」と警告音が鳴るのみであった。

「す、すみません…… どうやら、二桁以下の番号へのアクセス権が私には無いようです」

 生気のない声。通信士に成り立てのこの男では、立て続けに予想外の事が起きて精神疲労がどっと押し寄せてきたのであろう。

「確認はできないか……」

 オーギュントが小さく息を吐いて、ラビィの方を見る。すると、その視線に気づいたラビィが菓子を食べるのをやめて、メイから渡されたハンカチで口元を拭う。

「ふふふ。そんな時は、困った時の便利アイテム――」

 ラビィは立ち上がり、腰で揺れるピエロ人形をむんずと掴む。

「ドンちゃーん」

 そしてその人形を翳して見せる。

「って、オイ! 俺様の扱い酷くないか?!」

 すぐさまピエロ人形から抗議の声が上がる。

「なっ……」

「あー、ついうっかり喋ってしまった。まぁあいい。警戒するな、俺様はラビィ(こいつ)の使い魔みたいなもんだ」

 急な声に警戒態勢になったオーギュントにたいし、ピエロ人形は偉そうな口調で告げる。

「ったく、しかたねぇな。おい、通信士。そこが通信室だとしたら、この通信機械の横にもう一つ緊急連絡用のデバイスがあるたろ?」

「え、あ、はい。しかし、私が連絡とれる上司も、二桁以下の番号へのアクセス権はないと思われます」

「ならもっと上の上司を呼び出せばいい。緊急連絡用デバイスの接続は音声入力だよな?」

「はい」

「なら、お前はそれを起動するだけでいい。こちらから接続用の呪言を発する」

 ラビィの手を離れ、ギルドマスターの机に飛び乗ったピエロ人形が偉そうに腕を組んでモニターに視線を送る。

「わ、わかりました」

 通信士は想定外の事が起きすぎて思考が付いてきていないのか、ピエロ人形に言われるがままに緊急連絡用機器を起動する。

「もし、用件を訊かれたら「ラビィ=リンスからの連絡だ」と答えるんだぞ」

 そう前置きして、ピエロ人形は呪言を発する。それは言語といってよいのかも分からぬ音の群れであった。聞いたこともないような言葉に通信士は目を丸くするが、その言葉に反応して緊急連絡用機器が接続される。


『――クトゥルスだ。緊急連絡とは何事だ?』


 そして、通信機器から男の声が返ってくる。

 通信士は急な通信に反応できずに――いや、それだけではなく通信士が知っているクトゥルスという名は一つしかなかった。

 国の――いや、世界を牛耳る最高魔術師『六元老』の1人クトゥルス=ヴォーテスの名のみである。

 そんなビッグネームが飛び出し驚きのあまり声が出なかったのである。

『ん、六元老ではないのか?』

 訝しげな声。そして――

『《心握》』

「うぐっ!」

 通信機越しに魔術が発動する。若い通信士が胸を押さえて苦しみ始める。

『空間把握を得意とする私からすれば通信の電波を辿り相手の居場所を把握する事など造作もない。答えよ、貴様の名は? 六元老しか知らぬはずのこの回線を何処で知った? 不審な点があればすぐさま心臓を潰す』

 矢継ぎ早の質問。通信士は顔を真っ赤にし激しい呼吸困難に陥っているが、答えなければ死ぬと察し、なんとか言葉を紡ぎ出す。

「認識番号――の、マーク、ラフィック、です。はぁ、はぁ――」

 何とか自らの名を名乗る。

『知らぬ名だな。何故一般の魔術師がこの回線を知っている? 用件は何だ?」

 一つ回答したが、もう一つ質問が付け加えられて返される。

 用件、薄れる意識の中で、通信の前に偉そうな人形に言われたことを思い出す。

「ラ、ラビィ、リンスと、名乗る、者から、連絡、が――」

 息も絶え絶えに、そう告げる。心臓の狭窄がもう限界に近かったのだが、その言葉を告げた瞬間にその圧迫から解放される。

『何っ! ラビィと言ったか!』

 驚愕と狼狽が入り混じる声。通信士は紙一重で助かった幸運に感謝しながら、必死に酸素を取り込むように激しい呼吸を続ける。

 本当に紙一重であった。この通信機のさらに向こうの魔術師――クトゥルスは、情報を引き出し次第この秘密の回線コードを知った者を始末するつもりであった。しかし「ラビィ」の名が出た瞬間、慌ててそれを中止したのだ。もし、その名を持つものがそこに居たなら。もし自分が人を殺すところをその人に見られたなら。世界の頂点に立つ魔術師であるクトゥルス――そんな魔術師であってもその状況を想像し戦慄に震えた。その少女に嫌われるということは()()()()()()()()のと同義なのである。クトゥルスにとって見ればそれ以上なことであった――

 真偽を確認する為にクトゥルスは、すぐさま《空間転移》の魔術を発動する。

「もう一度訊くぞ。「ラビィ」と言ったのか? この通信の先にその者がいるのか?」

 通信機からでなく、直接すぐ後ろから聞こえた声に、通信士はビクリと背筋を伸ばす。

 ゆっくりと視線を後ろに向けると1人の魔術師が立っていた。

 灰熊色の髪と眉。額と頰には深く刻まれた皺が覗く。相当に歳を重ねているのだが、威厳を湛えた鳶色の瞳と全身に纏う覇気が肉体の衰えなど感じさせない雰囲気を醸し出していた。

 通信士とクトゥルスの目が合う。それだけで通信士は心臓が止まったかのような錯覚に陥る。

「はい。ラビィ=リンスと言いました。本人かは確認出来ておりませんが、そう伝えろと言った者が通信機の向こうにいます」

 呼吸もできないような状況であったが、なんとか通信士は答える。

 クトゥルスはそのまま画面に視線を送る。そして、画面越しにオーギュントと目が合う。

「貴様がラビィを名乗ったのか?」

 クトゥルスは明らかに落胆し、次いで怒気を孕んだ言葉が発せられる。クトゥルスの眉間に皺が刻まれ眼光が鋭くなる。遠く離れた場にいたとしてもその気配に圧倒される。

「ちげーよ。俺様だよ」

 そこに横槍を指すような声が響く。

 机の上のピエロ人形が存在をアピールするためか陽気に踊って見せる。

「ド、ドン様! てことは、まさか本当に……」

 クトゥルスは溢れんばかりに目を見開いて驚く。

「居るぜ。お前が愛した女がよ」

 ピエロ人形が悪魔の笑みを浮かべる。

「何言ってんのー! ドンちゃんってばー」

 ちょっと鼻にかかる舌ったらずな声。その声の主である少女が通信に映る位置に現れる。

 それは雪の様に純白の髪に赤の瞳を持った少女――ラビィの姿。

 クトゥルスの唇が震え、持ち上げた手も制御できていない様でブルブルと震えていた。

「クちゅ――えっと、クーちゃん久しぶりだね」

 画面に向かってラビィが言う。クトゥルスの名前を噛んでしまい言い直したその言葉に皆驚愕する。

 静寂――通信士のマークとギルドマスターのオーギュントは自分ではないが名前を間違えるという無礼を働いてしまったことに対し震え上がり、ラビィは噛んだ事に恥ずかしさのために、メイは状況を把握できず、ピエロ人形は達観して状況を見つめ、クトゥルスは驚愕のあまりに生まれた沈黙。

「ここに居る全ての魔術師よ。これからの会話は特級機密事項に当たる。ここからの話は他言無用だ」

 その沈黙を破りクトゥルスがそう前置きし鋭い眼光で、周りを一瞥した。それだけで緊張が走る。さらにしばしの間隙――

 だが、次の瞬間、クトゥルスの表情が破顔する。

「おお、ラビィ様。お久しぶりです。相変わらずお綺麗で! まさに地上に舞い降りた女神!」

「へへぇ、それほどでも、あるけど。ラビィ()は恥ずかしいな、昔みたいにラビィちゃんでいいよ?」

 クトゥルスのラビィの外見を褒める賛辞に蕩けるような笑みを浮かべてラビィは応える。

「ったく、相変わらずだな……」

「ドンちゃんもご健勝そうで何よりです」

「俺様に対しては様付けで呼べ。昔ならともかく、俺様をちゃん付けで呼んでいいのはラビィだけだ」

「こ、これは失礼致しました」

 そこで信じられないことが起きる。世界最高の地位であるクトゥルスが頭を下げたのだ。その行動に絶句する2人を他所に話が続く。

「で、用件は何ですかな? ま、まさかついにラビィちゃん私の求婚(もうしいれ)を承諾してくれる気になったのか」

「違うからー」

 興奮気味のクトゥルスの言葉に被り気味のタイミングでラビィが否定する。

 先程ピエロ人形が「お前(クトゥルス)の愛した」と言ったが正確には違っていた。「お前(クトゥルス)()()()()()()()」が正しいのだ。

 人造人間(ホムンクルス)として生み出され永遠の刻を生きるラビィは、クトゥルスの幼少期に出会っている。

 最初は憧れの存在だったのだが、いつのまにか恋愛対象となり見た目の年齢を追い越してもなおラビィに恋心を抱いているのだ。

「やはり六元老の中でお前を呼び出して正解だったな。頼みたいことが2つ、いや3つある」

 ガックリと肩を落としているクトゥルスにピエロ人形が声を掛ける。

「3つ、ですか……何でしょう?」

 力無いクトゥルスの声。ラビィの言葉が相当ショックであったようだ。しかし、ピエロ人形構わず言葉を続ける。

「1つ目はこの通信の主題だな。この国のギルドマスターにラビィの身分証が本物だと証明してくれ。その通信士ではラビィの番号への照会が出来ないみたいなのでな」

「そ、それはもう結構でこざいます! 今のやり取りを見ればラビィ様が高位の魔術師である事は自明でございますので」

 ピエロ人形の言葉にオーギュントが割って入って応える。オーギュントは会話に割り込むことは無礼に当たるのかもしれないと思ったのだが、この少女(ラビィ)を疑っていたと思われ反感を買うよりは良いと思っての言葉であった。クトゥルスは肩を落としたまま反応はなく、ピエロ人形はその言葉に頷いて話を続ける。

「ならば2つ目の頼みだ。メイ……」

 ピエロ人形は話の流れについていけずにラビィの行動を見守るだけであったメイド服の女性に声を掛ける。メイは呼ばれると、ピエロ人形の手招きのままに画面に映る位置まで歩を進める。

「こいつの身分証が欲しい。発行できるか?」

 ピエロ人形の言葉に、クトゥルスは目を細める。

「ほぅ……なかなか面白い娘だな」

 ラビィの魔術《偽装》にて人間と認識されるようにしているのだが、どうやら看破されたようだ。

「ラビィの護衛として前の国で手に入れた女だ」

「手に入れた、じゃないでしょ。仲間になった、でしょ?」

 ピエロ人形の言葉に、ラビィがすぐさま訂正をいれる。

「まぁ、そういうことだ。ワケあって、こいつには身分を証明できるものがないんだ。何とか頼めないか?」

「うむ。なるほど…… ラビィちゃんの護衛とならば、それなりの身分が無ければならないな。して、その女は魔術はいかほどまで使えるのですかな?」

「魔術はからっきしだな。これから教える必要がある。だが、こいつは()()()()()()()()なので、()()使()()()()()()

「なんと! それは希少な人材ですな」

「ああ、ラビィの護衛のみではなく、お前らからしてみれば人類の()()()となれる人材と言えるのではないかな?」

 含みをもたせた言葉のやり取り。話題の当人であるラビィですら首を傾げている。

「詳細はいかがなさいますか?」

「そうだな、名前はメイ。ヒュプーノ村出身てことで、クラスは水晶(クリスタル)級の駆け出し魔術師的な感じで頼む」

「分かりました。早急に手配しましょう」

 クトゥルスが頷く。

「あと、それと合わせてラビィの身分証をもう一枚作ってくれないか?」

「はて、今の身分証ではご不便ですかな?」

「ああ。これだと身分が高すぎる。この身分のせいで前の国では国家クラスの面倒ごとに巻き込まれてしまった。ラビィに()()()()()()()()()()()普通の身分証も持っておきたいんだ」

「なるほど。そう言うことでしたら用意しましょう」

「メイがラビィの事を姉として慕っているので、メイと同じでヒュプーノ村出身の駆け出し魔術師って感じで頼むわ」

 ピエロ人形がざっくりとした情報を伝えて依頼する。

「分かりました。見た目が違いすぎるのでさすがに実の姉妹というのは難しいので、同じ孤児院で育った血の繋がらない義理の姉妹、という設定で身分証を作りましょう」

 クトゥルスが承諾する。血の繋がらぬ姉妹というところにラビィがゴネると思っていたが、逆に「お義姉(ねえ)ちゃんって言われるのもありかも」と妄想を膨らませているので問題がないようだ。

「最後の頼みは何でしょうか?」

 クトゥルスが訊く。その言葉にピエロ人形はラビィに視線を向ける。 

「ラビィ、本国になんか聞きたい方があったよな?」

 ラビィは条件として本国への通信に立ち会わせてもらったのだ。なにか聞きたいことがあったのでは、と問いかける。

「あ、そうだね。うん」

 ラビィは思い出したかのように頷く。

 あとでこちらででも聞こうかなと思ってるんだけど、と前置きして

「クーちゃん。知っていたらおしえて欲しいんだ。この国で争い事が起きそうって噂が出てるの。この国の国際情勢でなにか悪い情報は入ってない?」

 その問いに、オーギュントと通信士はギョッとする。

「うむ。レギルス王国か。元老が動くような世界規模の危機に関する情報はないな。強いて言えば隣国のメルギトスとの関係があまり良くないというくらいか。

 レギルスの王は嫉妬深いからの。キメラ生成で国は発展しているが、列車の止まる駅を要する主要国であるメルギトスとは随分長い間貿易で衝突したいようだ。

 更に、レギルス王国はキメラを使い過剰ともいえる戦力増強を行なっている様なので、なにか切欠があれば武力衝突、つまり戦争を起こす可能性もあるやも知れん。

 私の知っている情報としたらそれくらいか」

 さすがはクトゥルスである。六元老の中でも空間把握と情報収集に長けた者である。

「戦争……」

 その言葉にラビィは唇を噛む。

「チッ…… めんどくさそうな状況だな。とりあえず、情報としては充分だ。礼を言うぞ」

 ピエロ人形が偉そうに言うと、クトゥルスは「勿体無いお言葉です」と頭を下げた。

「こちらからの用件は以上だ」

 ピエロ人形が話を締めくくる。


「では、通信はこれにて――」

 オーギュントが通信を切ろうとしたそな時、俯いてなにかをブツブツいっていた通信士が「はぁっ!」っと奇声を上げて飛び上がった。


 通信士マーク=ラフィック。この青年はこの時これから起こる災禍の危険性にいち早く気づいたのであった。

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