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【最強の男4】解かれる心

 何も見えない……

 何も感じない……

 冷たい……


 時をも凍らせる封印の中、停止した時の中で少年の心はそれでも意識を残していた。停止している、と言う表現は厳密には正しくない。限りなくゼロに近いが、それでも微かに時が封印空間の中で流れていた。そんな空間に意識を保ったままでいれば、果てしなく引き伸ばされた時間に気が狂ってしまうかもしれないが、少年には脳内に埋め込まれた基盤による《思考加速》の能力があり、それによって通常の時の流れと同等の思考速度で意識を取り戻していた。

 意識を保てたとしても全身の感覚は失ったままであった。故に少年の心は魔術師に対しての怨嗟の念だけが募っていった。


 どれだけの時が経ったのだろうか。もう、自力での封印脱出を諦めていた少年の意識に人の気配が感知されたのだ。


「こんな所に人が封印されてるって話、本当だったんだね」

 それは女性の声であった。すこし舌ったらずな言葉。若い女性、下手をすれば子供の様な印象であった。

 光の届かない氷の結界の中では、相手の姿を確認することは出来ない。

「助けてあげなくっちゃ!」

 女性の声に、少年は意識の中でニヤリと笑った。どの様な手段であったとしても、この封印が解ければ魔術師達に復讐が果たせるのだ。

「待て。機械が人間(サイボーグ)の国の話だと、危険な兵器を搭載した者が封印されてるって話だったぞ」

 少女を止める声。こちらは男性の声で、老獪な印象である。血気盛んな壮年の男性、といった感じか?

 今度は心の中で舌打ちを打つ。単純そうに感じた少女に比べ、この男の声の主は油断出来ないと直感する。

「えー、でもー」

 駄々をこねる様な少女の声。

「我儘言うな。お前を危険に晒すわけにはいかねぇんだよ」

「あれっ? もしかして心配してくれてるの」

「当たり前だ。俺様にとってみれば、このクソッタレな世界より、()()()お前の方が大切だ」

「にひひー。私もドンちゃん大好き」

 そんなやり取りを聞きつつ、くそっ、男女の乳繰り合いなら他所でやれ、と声にならずとも心の中で毒づく。

「でも、可哀想だよ。何とかして助けてあげられない?」

 少女が男に問う。封印されし少年は分かっていた。それが無理であると言うことを。最初の会話を聞いた時には、封印が解けるのではないかと、心の中で嗤ったが、所詮一介の少女にこの封印を解くなんて無理なのである。この封印を施した上級魔術師を最低でも4人以上連れてこなくてはいけない。聡明そうな男ならば正確にこの封印についても解析できているであろう。否定の言葉が返ると思っていたが、想像は裏切られる。

「お前が願えば、こんな封印は簡単に解けるだろうな」

 事もな気に返される男の声。

 は? 今なんて言った。そんな事、ありえるのか。まさか……

「じゃあ……」

「待て。さっきも言っただろ。このままじゃ駄目だ。危険すぎる。最低でもこの壊れかけの核エンジンを直してからだ」

「そっか、なんか怪我してて苦しそうだもんね」

 そんなやり取りが続く。

 本当にこの少女の声の主が、封印を解けるだけの力を持っているのか?

 未だに会話の内容が信じられなかった。男が少女の会話レベルに話を合わせて嘘をついている可能性もあるのだが


 !!


 その時、封じられて何も感じなくなっていた身体に異変が起きる。胸元に柔らかな陽光が差したかの様な微かな温かみが生まれる。

 なんだ、これは!?

 未だに身体は動かせず、何も感じないのだが、一部だけ仄かにだが心に染み渡る様な暖かさを感じるのだ。

 それは、胸元――小型核融合炉の埋まる部分である。そして、ゆっくりと亀裂が治っていく感覚。

 まさか、核融合炉を再生しているのか!?

 信じられない。最先端科学で造ららた小型核融合炉。それは故郷に帰れてたとしても、何年もかけて修理しなくてはならないものである。それをこの僅かな時間で修復したのだ。

 こ、これが、魔術なのか。

 命を削って奇跡を起こすのが魔術師であり、命を粗末にするその行為を行う者を忌避していた少年は、その暖かな光を受け想いが揺らぐ。

 魔術とはこんなにも暖かいものだったのか?

 だが、同時に封印されてる瞬間に見た、魔術師の下卑た笑みを思い出す。自らの利益のために、命を犠牲ににし、奇跡を起こせない人間を見下す卑しき者達。魔術師は皆そんなものばかりと思っていたのだ。それが違う、ということを悟らせる様な魔術であった。

 もちろん、少年は回復魔術を施されたのは初めてではなかったが、こんなに心落ち着く魔術を受けたのは初めてであった。

 魔術は術者の想いに威力も効果も左右される。「施してやる」と思ってかける回復魔術と、「相手を助けてあげたい」と願ってかける回復魔術は別物といっても過言ではないのだ。

「これで、胸の装置は治ったと思うけど、どうかな?」

「ああ。完璧だ。ここまで完璧に回復魔術を使えるとは出会った当初は思いもよらなかったな」

「ふふふーん」

 褒められて、少女は嬉しそうな声をあげた。

「それじゃ、全身の傷も治してあげちゃおうかな」

「ちょっと待て、せっかく直すならちょっと手を加えてみないか?」

「ん。どういうこと?」

 男の提案に、少女は疑問の声を返す。封印された少年も怪訝に思い、意識をそちらに向ける。

「例えばだ、砕けた外装だが、錬金の秘術を使って素材を《絶対防御》の魔術を練り込んだ魔鉱に換装するってのはどうだ?」

「おおっ! なんかカッコイイ」

 男の提案に、少女が嬉しそうに答える。

「あとは、そうだな。右手に《炎熱操作》、左手には《量子操作》を付与だな。核融合炉は直ったが、それを制御出来なきゃ意味がないからな。《炎熱操作》は生み出された熱エネルギーを、《量子操作》は核反応の反応量を制御できる。それだけで暴走する危険性を大幅に減らせるようになる」

「うん。そうだね。じゃあさ、じゃあさ」

 少女も嬉しそうに案を出す。

「目からビームとか」

 その案を聞いて、少年は青ざめる。さすがに、それはないと思ったのだ。

「無理だな。眼球、しかも水晶体の周辺はデリケートな器官だから、改造は難しい」

 ほっと胸を撫で下ろす。

「えー。じゃあ、羽を生やしてびゅーんて空を飛べるようにするのは?」

 少女の提案にまたしても驚愕する。それはもう人の形を保っていないからだ。

「それもダメだ。翼をはためかせる為の筋力が圧倒的に足りない。それをやろうとすると、肩から背中にかけての筋肉を倍以上に増やさなきゃならなくなる」

 男の声が再度案を却下する。連続で案を却下された事で少女は「むー」とむくれた声を出した。

「だが、空を飛ぶって案は悪くないな。両足に《力場生成》の魔術を込めて、空を自由に歩けるようにするのも悪気ないな。重力を無効化し、斥力生成でロケットの様に飛ぶ事も可能にするってのならアリだと思う」

「でしょ、でしょ。いいね、いいね」

 案が採用された事で、少女は得意げな声を上げる。

「じゃあ、1つずつやっていくぞ。俺様の指示通りに魔術を発動させろ」

「うん!」

 そして始まる治癒と言う名の改造手術。身体の至る所に魔力が注入され、全身が変革されていく感覚。あがらう事の出来ないその力に、しかし不快感はなく、少年はその流れに身を委ねた。


 こうして最強であった少年は、さらに魔術の力を受けて無敵の身体を手に入れるのであった。


「よし。最後に《絶対服従》の刻印を心臓部である核融合炉に刻むんだ。そうすれば、俺様たちの命令だけを聞く、最強の下僕の完成だ。ククククク……」

 男の嗤い声が響く。それは、どこまでも邪悪な悪魔のような声だあった。

 ぞわり、と全身を悪寒が走る。そして湧き上がるドロドロした感情。封印されたときに見た魔術師の下卑た笑みが脳裏を過る。そうなのだ、なんの得もなくこんな力を与えるわけがないのだ。なぜそんな事も気づかなかったのか。くそっ、善人に見えてやはり魔術師は魔術を使えない者を道具としか見ていないのだ。怨嗟の念に塗りつぶされ――

「何言ってるの? そんな事もするわけないじゃん」

「はっ?」

 男の声と、少年の心の声が重なる。

「何言ってるんだ。こんなに完璧に仕上げた生体兵器だぞ。使わない手はないだろ!」

「私はこの子を()()()()()んだよ? それに人を使うとか、そういうのはダメだよっ!」

 舌ったらずな声のため迫力はないが、それでも少女が男に怒りをぶつけている。男は慌てて少女を説得するが、聞く耳持たずといった感じで少女はそれらを全て突っぱねる。

 そのやり取りを聞いて、少年は混乱する。なにもかも行動が想定外な少女。声しか感知できていないのだが、その存在に興味が向く。まさか、まさかとはと思う。ありえないと、心の中で否定し続けた存在。復讐のため魔術師は「悪」と認識していた。それが覆る可能性――

 この少女は()()()()()()()なのではないのだろうか、と――

「あとは封印を解くだけだね」

「待て! ダメだ。見てみろこの表情。怒りと恨みに染まった顔は、自分を封印した魔術師を絶対に恨んでいる。ことまま封印を解けばお前が危険に晒される。それだけは絶対に許さないぞ。先程も言ったが、俺様の中はお前の存在が第一優先なんだ」

 少女の声に、男は猛烈に抗議する。

「封印を解かなきゃ、この子を救えないよ。私も言ったでしょ、私はこの子を()()()()()って」

「ぐぅう…… ならばこうしよう。封印解除の魔術は、時限式魔術にするんだ。術をかけたら、すぐさまここから離脱する。封印が解ける時に俺様達はここに居ないというのが絶対条件だ」

 必死な男の声。その条件に少女は「むぅ〜。めんどくさい」と難色を示す。

「その条件を飲んでくれ。大切なことだからもう一度言うぞ。俺様は()()()の事を一番大切に思っている。たから、頼む。危険を犯さないでくれ!」

 男の声はいつの間にか懇願に変わっていた。そして、今まで「お前」としか言っていなかった少女の名を口にした。封印された少年に声が届いていないと思っていたとしても、少女を大切に思っている男にしてみれば痛恨のミスである。だがしかし、それを差し引いてもでも伝えなくてはくけない言葉であった。

「うん。分かったよ」

 名前を呼ばれたことで男の必死さが伝わったのか、少女は男の願いを承諾する。


 そして、遂に少年の封印は解かれることとなる。

 パリン、とガラスの砕けるような音とともに、少年を封印していた氷が砕け、ダイヤモンドダストの様な幻想的な光を残して拡散し、消えたいった。

 解放された少年は、急な解放で膝をつくが、すぐさま周辺を見渡す。焦土と化していた大地は幾年もの時を重ね、緑が見え隠れするほどまでに回復していた。想定していた通り、そこには少女と男の姿はなかった。あったのは一通の手紙が立方体をした謎の鉱物を重石にして置かれていたのみであった。


 少年は元々持っていた生体感知を最大にして少女の存在を探し、見つけられないのを確認した後、その手紙に近づく。謎の物体が重石に使われており、触れるのを躊躇われたが、あの少女が残したものなら危険はないだろうとすぐさま手紙を手に取った。

 そこには、自分の体に施された魔術改造の詳細と、付与された能力の使い方、そして故障した時はファウスト王国を訪ね添えられた石箱を見せればメンテナンスをしてくれるとの事が、可愛い文字で書かれていた。


「――貴方を救った幸運のうさぎより、か」

 最後の一文を読んで、少年は小さく笑う。

 偽名のつもりだろうか、正直な少女らしいな、と思う。うさぎ(ラビ)とは……

 封印が解けたら自分は復讐の鬼となると思っていた。だかしかし、少年の心にはもう復讐の想いは残っていなかった。

「まずは、唯一の手掛かり、ここに書かれたファウスト王国に向かうか」

 こうして、解き放たれた最強となる少年は、新たな一歩を踏み出すのであった。

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