【キメラの国2】交渉
天空の覇者の如く、翼を広げるその姿に息を飲む。
飛竜は先程放った火炎吐息の余波で残った口内の炎を通常の息で押し出した後、視線をこちらに向けゆっくりと降下してくる。
「くっ……」
疲労困憊の体に鞭を打って、メイがラビィを護るように呪詠銃を構えて前に出る。チラリとメイが振り返る。その目が「なにかあったら私をおいて逃げてください」と語っていた。そんな中、ドラゴンがゆっくりと地面に降り立つ。攻撃の意思は感じないが、緊張が走る。
「よう。お前達、無事か?」
そんなドラゴンから声が聞こえた。
「よっと」
そして、そなドラゴンから1人の人物が飛び降り、メイの前に立つ。それは革製の鎧を纏った壮年の男であった。その装備は機能性を重視するための皮装備のようで、鞣されたその表面は気品が漂いマントや腰に佩く剣も業物のようであった。
「何者、ですか?」
銃を構えたままメイが対応する。メイが仲間となってくれていて助かった。ラビィはというと、状況が把握できておらずオロオロするだけであった。
「俺の名はバルドス=カイゼル。レギルス王国軍飛空部隊、第2師団団長だ」
革製の鎧の胸元に刻まれた紋章を指差しながら男が名乗る。そこには獅子に羽が生えた獣の紋章。それはこれから向かおうとしているレギルス王国の国章である。
「まずはその銃をさげてもらえると助かるな。俺に危害を加える恐れがあると判断したら相棒が動くぜ」
バルドスと名乗った男がクイっと視線で後ろに控えるドラゴンを見た。魔獣を一撃で撃退したドラゴンがギロリとに視線をメイに向けた。
「……」
メイはゆっくりと銃を下ろす。
「ふぅ。助かるぜ。こちらからも質問いいかな。お嬢ちゃん達は何者だ?」
バルドスは大袈裟に肩を震わせて問いかける。
「私の名前はメイ。後ろにいるのは姉のラビィです。私達はレギルス王国に向かうところでした」
メイが淡々とした口調で答える。壮年の男は「ほう、姉がいるのか」とメイの後ろでオロオロするラビィに視線を向ける。
「姉妹? あまり似てないようだが、それに姉って、逆じゃないのか」
バルドスがメイとラビィの身体を交互に見て言葉をこぼす。それはそうであろう。メイの方が背が高く、女性としての肉付きも良いのだ。魔獣との戦いで片方の肩部分の服が無くなっているメイの姿は艶めかしく、それに対して服の締め付けて何とか押し上げているラビィの胸は頑張ってるね感が否めなかった。ラビィがその視線を感じとり「むぅ」と膨れて胸部を隠す。
「む。姉さんへの身体的侮辱なら、許しませんよ」
チャキリと銃を鳴らして相手を睨むメイ。女性はその辺の視線には敏感なのだ。
「おっと、すまん、すまん。別にそんな意味で言ったわけじゃないんだ」
両手を上げて大袈裟に驚いた表情を見せる。
「こちらの方面ってことはヒュプーノの街から来たのか? 徒歩だと1ヶ月以上掛かる道のりなのだが、本当か?」
おちゃらけ顔から真面目モードに表情を変えるバルドス。それはそうである。自国の近くで怪しい人物がいたら、隊長の肩書きを持った人物なら有無を言わさず捕縛、尋問してもおかしくはないのである。荷物も無く、武器を携帯している。普通ならばまずは自国からの脱国者かと怪しまれるのだが、隊長格の人物を知らないことからその可能性は排除されたのであろう。しかし、旅人としては荷物が少ないことに訝しんでの質問の様だ。
「この近くまで魔動二輪機で来たのですが、先程の魔獣に襲われ乗り物と荷物諸共魔獣に食われてしまったのです」
「なるほど、その困ってるところをウチらが助けたってことだよな」
旅人に対して、分かりやすく今の状態を伝えようとする言葉。感謝の言葉を引き出す押し売りの様な言葉にも取れるが、その言葉にメイは真っ直ぐに相手を見つめ、しばらくの沈黙の後、ふぅと息を吐いて銃を仕舞った。
「お礼が遅くなり申し訳ございませんでした。助けていただき、ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
「はっはっは。いいってことよ。レギルス王国に向かっているって言ったよな。目的を教えてもらってもいいか。目的次第では俺が国まで案内してもいいぜ」
メイの謝辞にバルドスは表情を崩し一つの提案を持ちかける。メイはこちらに振り返り意見を求める。ラビィは「あうぅ」と変なうめき声を上げたが、もちろん意見を求めたのはラビィに対してではなく、ラビィの腰にぶら下がるピエロ人形に対してである。
(おい、メイ。お前《念話》は使えるか?)
ピエロ人形が直接喋るとなると警戒されると思い、念話で語りかける。
(はい。この声が聞こえているようでしたら可能です)
するとすぐさまメイから回答が返ってきた。表情も変えず思念での回答。
《念話》については魔術ではなく、悪魔の能力の一つである。すべての悪魔の能力を失ったピエロ人形だが、精神体のみでも利用可能な《念話》と《威圧》を再度習得したのだ。《念話》は交渉能力が壊滅的なラビィのフォローをするため、《威圧》は戦闘能力皆無のラビィを助けるため、なんだかんだでラビィを助けるためなのだが、その能力の一つである《念話》をラビィ以外に使用するのは初めてであった。思念のチャネルを合わせれば相互通信、つまり会話が可能なのだが、ラビィはその辺の調整が不器用で一方的な通達しかできなかったが、まさかメイからすぐに返信が来るとは思ってはいなかった。
(念話にすぐ対応するとは、流石だな)
(王の所有物であった時に、コアとなる魔石を介して王と通話を行なっていましたので…… ところでドン様、レギルス王国への入国理由はいかがいたしましょう)
表情を変えず、念話で返してくる。
(そうだな、相手は都合よくこちら方面の街から来たと勘違いしているようなので、それを利用するとしゆう。街、というからにはセントラルギルドもない小さな街だろう?)
(はい)
メイが頷きもせず念話のみで回答する。相手に念話を気付かせない流石の対応だ。
(ならば旅をするための必需品、身分証を発行してもらうためレギルス王国のセントラルギルドへ向かっていることにしよう)
(成る程、承知しました)
短いやり取りで方針か決まった。メイは小さく笑みを浮かべると「姉さん、あの方は悪い人ではないようです。私が交渉するので安心してください」とラビィに話しかけ、バルドスに向き直る。こちらを振り返った理由を、ラビィに話しかけるためと装ったのだ。まぁ、そのおかげで「はわはわ」言っていたラビィが落ち着きを取り戻したのだけれども。
「レギルス王国に向かう理由は、身分証を手に入れるためです」
念話で決めた内容を、メイは答える。
「身分証? あぁ、そうか。ヒュプーノには身分証を発行するセントラルギルドの支社がないのか。てことは、貴女達は身分を証明できるものを持ってないってことか」
バルドスの言葉にメイが小さく頷く。ラビィ自体は魔導師としての身分証を持っているのだが、それを話すと「小さな街から旅立った姉妹」の体裁が崩れてしまうので、とっさの判断で頷いたようだ。ピエロ人形もそれでいいと判断した。ファウスト王国出身の魔術師というのは権限が強すぎて、政治的ないざこざに巻き込まれる可能性が高いのだ。もっと権限の低い普通の身分証を再度発行してもらおうと企んでいた。
「身分証なしの人間の入国は難しいかもしれんぞ?」
バルドスの言葉。そうなのである。身元不明の人間は権限が最も低く、入国審査が通らない可能性があるのだ。その場合はラビィの身分を明かして同伴者としてメイを入国させるという手段を取るしかないのだが、そうすると目の前の男とのこの会話が障害になる。どうしたものか、と思案を巡らせていると
「俺の口添えがなければ、な」
と、バルドスが言葉を続け、ばちんとウィンクをした。想定外の言葉に、流石のメイも「えっ?」と、声を漏らした。もちろんラビィは話についていけず「はにゃ?」と謎の言葉を零していた。
「はっはっは。俺が口添えしてやるよ。移動手段も無くなったんだろ? もし貴女らが構わないならレギルス王国まで、相棒で連れてってもやる」
バルドスからの提案。こちらとしては願っても無い内容だ。むしろ、こちらから頼んでも良いような内容。向こうにメリットが無いように思われる。
「何が目的ですか? 私達に貴方に支払えるものはありません」
メイも気づいたのか、身構えて質問を返す。
「そう構えなくていい。若い女子2人が故郷を出て健気に生きようとしているのを応援したいと思っての行動だ。別に見返りは求めないよ」
両手を広げて他意は無いと表現する。怪しい。怪し過ぎる。
「ならば、その厚意に甘えるとしよう。私と姉さんを貴国まで、案内を頼みます」
怪しいと思ったのだが、メイはすぐにその提案を受け入れると、ぐらりとよろめく。ぼけっとしていたラビィだが素早く動き、倒れそうなメイを受け止める。こういう時のラビィの動きは早い。
「メイちゃん。大丈夫?」
「すみません。全力稼働での戦闘の影響で、筋肉繊維の損傷と各種臓器の疲労が想定よりも大きかったようです。この方がレギルス王国まで案内してくれるので、指示に従ってもらえればと思います。私は暫し回復のために休眠モードに入ります」
そして小声で「申し訳ございません。ドン様、姉さんをお願いします」と呟いた後、瞼を閉じて眠りに落ちた。ラビィを担いでの全力疾走に、魔獣への反撃、謎の男との交渉と肉体的にも精神的にも疲労が限界に来ていたのだろう。
「おい。大丈夫か?」
メイの状況にバルドスが声を掛ける。
「うん。戦闘が長かったので疲れて寝ちゃったみたい。レギルス王国まで、案内お願いできるかな?」
今まで交渉していたメイに変わってラビィが答える。メイが倒れた後、ラビィが対応の続きやるしか無いのである。なんだかんだいって追い詰められればラビィも対応くらいはできるのである。
「あぁ、分かった。んじゃ、俺に続いて相棒に乗りな」
バルドスは飛竜に飛び乗ると、背中を指差した。ラビィはメイを担いで、恐る恐る飛竜の尻尾からよじ登ってバルドスの後ろに付いた。眠っているメイが振り落とされないようにバルドスに背負わせるような格好にし、後ろからラビィがメイを挟み込むようにしてバルドスにしがみついた。その瞬間、バルドスが「おぅ」と声を漏らしたのは、メイの大きな胸が押し当てららた格好になったからであろう。
「行くぜ、相棒。お客様が乗ってるから、ゆっくりと国に向かって飛んでくれ」
『ギャオオン!』
飛竜は1鳴きすると両翼を広げて飛び立った。
ゆっくり向かえ、の命令は寝ているメイを慮ってのことなのか、背中に感じる感触を長く味わいたいからなのか……
こうしてラビィ達一行は、助けられたバルドスの案内でレギルス王国に入国することとなった。
8月から現場が変わり、かなり難産でした。
そして想定した場所まで進めずの後悔だらけの話。次の話で挽回したい(>_<)