【ゴーレムの国5】裏切りのゴーレム
ゴーレムの国、メルギトス。
その国には1人の凶悪犯罪者が存在した。
人の命、厳密には魂なのだが、それを奪い合う国の方針に反旗を翻したその犯罪者は天才的な格闘術にて多くの魔術師を殺害した。
しかし、国の最高魔術である国王に捕まり、断罪の儀により処刑される。
時は進み、国王はゴーレム生成に人体錬成を組み合わせた新たな魔術に挑戦していた。
まずは、亡くなった王妃の遺体から生体情報を抜き取り、若き日の王妃を模した人体を錬成し、それを触媒にゴーレムを作成した。
魔術は成功し、若き日の王妃に似た人体ゴーレムが誕生した。しかし、その魔術の代償に魂の殆どを消費してしまい、王は半身の自由ををも失うこととなる。
魂を消耗してしまった王は、自らの魂を消費せずに人体ゴーレムを作り出そうと、魔術の発生装置ともなる魔石をコアに使った人体ゴーレムの作成を試みる。
2号、3号は失敗に終わった。やっとの思いで魔石を核とし、術者の魂を消耗せずに人体ゴーレムを作り出すことに成功したのが4号である。
王の身の回りの世話をする直属のゴーレムとして2体の成功例が出来たことにより、次の5号は実験を込めた1体を作ることとなる。戦闘に特化した護衛用のゴーレムだ。
人体錬成の段階で、肉体に細工を施す。人と同じ素材で作っていた身体を限りなく理想に近く強固なものとしたのだ。骨格には魔鉱を混ぜ理論上最硬のものに、筋肉は赤筋と白筋の配合を理想的なものとし、更に神経網にも魔力回路を配置し反応速度についても魔力補助で最高速の物とした。そして、コアとして格闘術に長けた者として稀代の犯罪者を結晶化した魔石を使用したのだ。人としての記憶が残ることはないのだが、もしもの時を考え絶対服従の刻印と、万が一暴走した時に破壊できる様に死の刻印を刻んで。
そして出来上がった人体ゴーレムは最高の戦闘力を有していた。しかし、戦闘力が高すぎたためか、家事全般が不得意な不完全なゴーレムとなってしまった。細かな作業が苦手で、料理では食材だけでなく調理台ごと切ってしまったり、掃除も加減ができず調度品を壊すこと度々であった。なので、基本的には出来上がった食事の運搬と、護衛、暗殺が主な仕事となった。6〜10号については、これまでのゴーレムの情報を元に家事と戦闘力のバランスのとれた完成体としての人体ゴーレムとして造り出された。特に10号は諜報に特化した、見た目、性格など人間と見間違うほど完璧なものとなっていた。
☆
5号は自分の存在に疑問を感じながら、時を過ごすことになる。
何故、自分は他の人体ゴーレムと違い、家事全般が出来ないのか?
何故、自分だけ罪人を捕らえたり、殺す任務が多いのか?
何故、自分だけ主人の夜伽に指名されないのか?
それでも、他の人体ゴーレムは主人の命令には絶対服従で疑問を持つ者は居なかった。
自分だけが他のゴーレムとは違うと認めたくないため、その疑問は飲み込んできた。
実際に自分は家事全般が出来なく、逆に戦闘となれば他のゴーレムには負ける気がしなかった。
格闘、射撃など、何故だか最初から出来た。少しずつ腕を磨いていく他のゴーレムとは違っていたが、出来ることは良いことだと、その事を疑問に思う事はしなかった。
転機が来たのは、1人の少女が国を訪れた時である。
始まりの王国の魔術師。国の視察であろうと主人である国王が推測し、面会をすることとなる。
この国を害する存在であった場合は暗殺も辞さない、と語る主人に自分の役目がまた回ってくるのだろうと直感的に感じ取った。
しかし、出会った魔術師は想像とは違った人物であった。まるで子供の様な天衣無縫な性格で、喜怒哀楽の感情豊かな人であった。
食事のサーブを行った後、護衛として部屋の外で待機していると、主人へ向けての威圧を感じ取り部屋に飛び込んだ。するとそこには、鷹揚な態度で話す人形が居た。
その人形には悪魔の魂が宿っているらしく、その存在感は大きく最大警戒で主人の身を護ることに注力した。
会談の終わりに、魔導師の護衛として自分が選ばれたのには驚いたが「暗殺することになる可能性もあるのだ。そのまま護衛として魔術師を観察しろ。我が国に有益な情報があれば引き出し、もしもの時のために戦力を見極めよ」との主人からの密命により、魔導師と共に行動することとなった。
そこからは驚きの連続であった。
ラビィと呼ばれた魔術師は、5号からしたら理解不能な存在であった。自分やストーンゴーレムを人と同じ様に扱い、名前で呼ぶ。
「こいつは始まりの魔術師と呼ばれる男が造り出した人造人間――ホムンクルスだ。ラビィも、お前が言う所の造形物なんだよ」
悪魔の言葉に衝撃を受ける。ずっと人間だと思っていた魔術師ラビィは、実は自分と同じ人に造られしものであったのだ。感情を持ち、自ら笑ったり怒ったりする。今まで出会った中で、一番人間らしいと思った者が、自分と同じ存在であった事に衝撃を受け、しばらく行動不能になってしまった。
「にはは。メイちゃんの方が新しく作られたってことは、私の方がお姉ちゃんつてことかな? メイちゃん、私のことお姉ちゃんて呼んでいいからね」
眩しいくらいの笑顔でラビィが言う。多くの人を殺めてきた自分であるが、もしラビィの事を姉妹の様に呼び合える日が来ればそれは幸せな事だと思った。
それから、国を案内する中、ラビィと共に笑い、悪魔と共に呆れる。そんな1日がとても楽しい時間であった。最後まで姉と呼ぶことができなかったのが心残りであったが、ラビィが国に滞在する間はこの幸福な時間が続くと思っていた。
――その願いは唐突に終わりを告げる。
『5号よ。首尾ばどうだ?』
深夜にセフェル王から遠隔通信が入ったのだ。
5号のコアに直接語りかける遠隔通信――それは誰にも気づかれることがない、完全なる秘匿回線である。
(はい。問題ありません)
5号はいままで通り感情のこもらぬ声で応える。
『我が国に有益となる情報はあったか?』
セフェル王の問い。その問いは絶対なるもので偽証は不可能、絶対服従の刻印により得た情報を全て報告する。
(はい。ラビィと呼ばれた魔術師は、王の探し求める《賢者の石》を高確率で所有しております)
『なんと! まことか?』
(はい。私の目の前で詠唱と代償なしにゴーレムの分解再構成。卑金属からの黄金錬成を実現させました。私の知っている知識では、それを実現出来る物は完全なる物質である《賢者の石》のみでございます)
『なるほどな。あの悪魔は《賢者の石》には手を出すな、と言っていたのは、あの魔術師を守るためだったのかも知れぬな。……ふむ。戦闘能力についてはどうじゃ?』
(はい。魔術師、悪魔と共に物理的な戦闘能力は低いと推定されます。ただし、無詠唱無代償で魔術が使えることと、悪魔については生物に恐怖心を与える威圧の能力があると推定されますので、正面からの戦闘となれば勝率は1割程度、かなり部の悪い戦いとなると思われます)
ラビィ達と戦うことにはなりたくない、と思いつつも、主人の問いに答える。
『なるほどのう。我らでは勝ち目がない、という結論か?』
(いえ、戦い方によっては勝てる戦法もあると思われます。例えば、不意をついて《賢者の石》を奪えれば、勝利の確率は限りなく高くなります)
『そうじゃのう…… 分かった。これ以上あの魔術師に気を配るのは面倒だからな。明日、シェムが中央広場で断罪の儀を行う予定じゃ。5号よ、魔術師をそこに誘導することはできるか?』
(はい)
『ククククク。そこで始末をつけよう。上手くすれば《賢者の石》も、膨大な魔力を含んだ《魔石》をも手に入れられるかもしれぬな。頼んだぞ、5号よ』
(御意、に……)
その言葉で、セフェル王の通信が途絶えた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ――
心ではそう思っているのだが、絶対服従の刻印がそれを許さない。
やっと見つけた幸福な時間。好意を持った相手。その相手を裏切る事になるのだ。
5号の心に痛みが走った。
今まで感じたことのない感情。初めて5号は、命令にあがらいたいと思った。
翌日、5号はラビィを広場に案内し、王子の演説を聞いた。王の勅命が出ていたため、すんなりとラビィを魔法陣の近くまで誘導出来た。セフェル王の登場と合わせて、5号はラビィから《賢者の石》が嵌め込まれた短杖と、悪魔の憑依したピエロ人形を奪い取った。
セフェル王から賢者の石を渡せと命令されたが、口実を作って時間を稼ぐ。これを渡してしまったら、そこでラビィとの関係も終わってしまうと感じたからだ。ラビィを捕らえる時、他の人体ゴーレムが腹部に一撃を入れた。それを見て心が痛んだ。裏切られてもなお、自分に向けられる視線は真っ直ぐ純粋なものであった。
「こんなの、ないよ……」
純粋な少女が絶望の内に命の灯火を消そうとしている。
もう、耐えきれなかった。
絶対服従の刻印が行動させまいと全身に激痛を走らせるが関係無かった。
気付いたら、5号は魔法陣の中に飛び込んでいた。どうしたらいいか分からなかったが、5号は「こんな魔法陣!」と叫び短杖を魔法陣に突き立てた。
瞬間、魔法陣が砕け散る。爆風が巻き起こり、広場は大混乱となった。5号は構わずに、気絶しているラビィを拾い上げて逃亡を図る。
昨晩、王との通話が終わった後、もしもの時のためにと、先日ラビィ達を案内したゴーレム――「石の3564番」に魔術通話にて命令をしていた魔動二輪機へ向かう。
だが、5号の反逆もここまでであった。
『やはり、貴様は不良品だったか! 廃棄だ!』
核にセフェル王の声が響くと共に、核が粉々に砕け散る。
核を失ったことで存在を保てなくなった5号は、自分の為に泣いてくれたラビィに向けて、今まで言えなかった、どうしても言いたかった言葉を告げる。
「姉さん」――と。
5号はその言葉と共に完全に停止した。
魔力回路は破壊され、魔力供給源のコアも砕け残った魔力も拡散し、あとは死を待つのみであった。
最期の最期。心が消え去るその瞬間に、5号は願いを込める。
――あの眩しすぎるラビィの笑顔を思い浮かべて。
もし、生まれ変わりがあるのだとしたら
願わくば、姉さんの妹で
姉さんのように生きたい、と――
その願いに反応し、《賢者の石》が発動する。
☆
けたたましく鳴り響いた銃声が途絶える。
弾幕により巻き上がった煙で、視界が遮られているが命中した手応えがあった。
「魔術師は始末した。死体を確認したら《賢者の石》を回収に行くぞ。まさか、5号に持たせたままだったとはな……」
人体ゴーレムはセフェル王の声で呟くと、にやりと口元を歪めた。あと少しで念願であった《賢者の石》が手に入るのだ。
一陣の風が吹き、煙りが晴れる。
魔術師の死体と、蜂の巣になった人形がそこにあるはずであった。
しかし、そこには想定していなかった人影。
「ど、どういうことだ」
セフェル王は目を見開き、その人影に言葉を浴びせかける。
そこには居るはずのない人物、いやゴーレムが立っていた。
「間に合って良かったです。姉さん、無事ですか?」
王の言葉を無視して、青髪碧眼で涙ホクロが特徴的なメイド服の女性が立っていた。
人の5号――ラビィにメイと名付けられた女性であった。
「メ、メイちゃん?」
頭を抱えて蹲っていたラビィが、ちらりと目を開けて、そこに居た人物に喜びの声を出す。
「おいおい、俺様達めちゃくちゃ撃たれたんだが、どうなったんだ?」
「全て受け止めました」
ピエロ人形の疑問に、メイは握りしめた手を開くことで答える。掌からいくつもの弾丸が溢れ落ちた。
「受け止めたって、そんなこと可能なのか?」
「はい。この手袋は特殊化学繊維で編まれたものですので、弾丸でも貫通はしません」
事も無げに言うが、ピエロ人形が言いたいのはそこではなかった。音速を超える速さで飛来する弾丸を掴む反応速度と、その衝撃に耐え得る肉体強度の方が問題なのだが、まあ出来たならいいか、と問いただすのを諦めた。
「メイちゃん。良かった。生きてるんだね?」
ラビィは喜びで目を潤ませている。
「私にも何故か分かりませんが、問題なく活動できるようになりました」
「メイ、お前、《賢者の石》を発動させたな?」
「賢者の石、そうですか。この石に救われたのですね」
懐から短杖を取り出して、メイが呟く。
「5号、それをこちらに寄越せ!」
「断ります。これは姉さんの物です」
セフェル王の命令を断り、メイは短杖をラビィに手渡した。
「貴様っ! くっ、やはり魔力回路は繋がらぬ。どうして動いている……」
狼狽するセフェル王。服従させる為の魔力回路へのアクセスが出来ない。それはそうであろう自らが破壊したのだ。ではこのゴーレムは動力源でもある魔力回路なしにどうして動いているのか? 想定外の事態にセフェル王が動けずにいる中、ピエロ人形とメイの会話が続く。
「その石に、お前は何を望んだ?」
ニヤリと笑ってピエロ人形が問う。
「あの、あまり覚えていないのですが……」
メイは恥ずかしそうに俯きながら
「姉さんみたいになりたい、と……」
小声で答える。耳まで真っ赤になっている。
「にひひー」
それを聞いて、ラビィは嬉しそうに笑みを見せる。
なるほどな、とピエロ人形は納得する。
《賢者の石》
それは、ピエロ人形である悪魔の本体である。
魔石が人の魂を結晶化した力の貯蔵装置だとしたら、賢者の石は悪魔の全ての能力を結晶化した万能器具なのだ。どんな願いも叶えるが、使用するために動力源として力の源が消費されるのだ。
人では魂の数しか使えない、運用不可能な万能器具なのだ。
それは魔石をコアに作られたゴーレムも例外ではない。もしメイが「死にたくない」「生き返りたい」と願ったなら、魔石を復元し元に戻した後、魔石に込められた魂を奪われてメイの心は消滅していただろう。
だが、メイは「ラビィのようになりたい」と願った。なので、賢者の石はメイの破壊された基幹部分を魂を要さないホムンクルスとして再構成したのだ。
「ラビィと同じ存在。ホムンクルスとして、生まれ変わった気分はどうだ?」
ピエロ人形が問う。そう、魂を要していない存在ならば賢者の石を使いこなせるのだ。セフェル王が「ホムンクルス、だと……?」と呟いているが当然無視される。
「本当の姉妹になれたね?」
ラビィは「にひひ」と笑った後、おっとと、とふらつく。太ももの傷が痛むようだ。
「早く、傷を治せ」
「うん」
「! 弾丸は全て受け止めたはずですが、まさか」
「いや、メイが来る前に一発食らってたんだ。メイの落ち度ではないよ」
ラビィの傷を見て驚愕するメイに、ピエロ人形が答える。ラビィは「痛いの痛いの飛んでけー」と謎の言葉で賢者の石を発動させ、傷を癒す。
「そうですか……」
メイは俯き加減に頷くと、人体ゴーレムに向き直る。
「姉さんん撃ったのは、誰ですか?」
メイが目を見開くと、その怒りに呼応してビリビリと空気が震える。
「くっ、皆の者。呪詠銃、魔術モードて展開! 5号を先に始末しろ!」
王の命令に、銃を構える4体のゴーレム。しかし、同時に鳴り響いた銃声に、その構えた銃が砕け散る。
いつの間に抜かれたのか、メイの右手に銃が握られえおり、銃口から硝煙が立ち昇っている。目にも留まらぬ早撃ちであった。
「貴女達が私に勝てると思っているの?」
ゆっくりと銃を降ろし、相手を睨みつける。4体のゴーレムの瞳が微かに畏怖の色に染まる。
「なにをしている! 相手は1体だ。4体同時の連携攻撃にて仕留めろ。行け!」
セフェル王の命令。それはメイの実力を知らぬ者の、戦闘特化型だが所詮同系統のゴーレムとしか思っていない者の言葉である。メイが実力を隠していたのを感じ取っていたゴーレムは微かな恐れを抱いていたが、主人の命令にそれを押し殺す。そして、背中に装備していたナイフを抜き放ち、一気に襲いかかる。
魔石が埋め込まれ、魔力を超微振動に変換して切断効果を最大まで高めた振動刀。
縦一列になり襲い来る。
この陣形は先頭のゴーレムのみが犠牲になる事で銃の攻撃を防ぐためのものであり、更に後ろのゴーレムの行動の目隠しとなるものである。
「メイちゃん。殺しちゃダメだよ!」
「分かってます」
ラビィの無茶なお願いに頷きながら、引き金を引く。弾丸はニーソックスとスカートの間の素肌の領域に赤い穴を穿つ。弾丸の貫通を防ぐ装備を避けたの精密な射撃。
鮮血が弾けるのとともに、機動力を奪われた先頭のゴーレムは倒れこむ。それと同時に、ナイフをメイに向かって投擲してきた。最後の足掻きである。
その倒れた先頭のゴーレムの陰から、左右に2体のゴーレムが飛び出す。
残りの1体は投擲されたナイフを追うように正面から突進してくる。
左右と正面からの同時攻撃。ナイフの軌跡は計算尽くされており、避ければ後ろにいるラビィに向かう。
「ちっ!」
メイは舌打ちして、早撃ちで飛来するナイフを撃ち落とし、更に正面から迫っていたゴーレムも迎撃する。
連射された銃弾が、ナイフに続いて正面から迫っていたゴーレムの両足を撃ち抜く。
足を撃ち抜かれた2体目のゴーレムはすぐにナイフは投擲せずに、倒れたままナイフ投擲の機を伺うようにしていた。隙を見せれば投擲攻撃があるというプレッシャーを与え続けているのだ。
そしてその一瞬の足止めで、2体のゴーレムから挟撃を受けることになる。
左右から迫る凶刃。
いくら特殊化学繊維で作られた装備であろうと刺されば致命傷は避けられない。
しかし、メイはその攻撃を、まるで達人の動きのように紙一重で躱す。
襲った2体のゴーレムは悔しそうに歯噛みし、なんとか一撃入れようとフェイントを入れ変幻自在に一撃を繰り出すがメイには届かない。
接近戦では不利と判断したのか、弾切れなのか、メイは銃を手放して、徒手空拳で対応している。
目にも留まらぬ攻防。向こうの刃は当たれば致命傷だが、こちらの拳や蹴撃は殆どダメージを与えられない。そんな攻防で痺れを切らしたのかメイがもう一歩距離を詰める。
近すぎる。超至近距離だ――この距離ならばナイフを構えて身体ごとぶつかれば刃を避けることはできない。ナイフを持つゴーレムからしたら必殺の距離である。迷わずにゴーレムはその攻撃を実行するが、次の瞬間、攻撃を仕掛けたゴーレムの視界が回る。
投げ飛ばされたのだと気付いた時にはすでに遅く、超至近距離に近づかれたゴーレムはもう1体のゴーレムと交錯し、揉み合うように地面に倒れ臥せる。
致命的な隙がそこに出来る。
慌てて正面からの突っ込んだゴーレムがナイフを投擲して援護するが、メイはそのナイフを器用に柄の部分を掴んで受け止め、さらに倒れ臥した2体のナイフを蹴り飛ばす事で武器を剥ぎ取った。
丸腰となったゴーレムに、メイに攻撃する術がない。
「えい!」
さらに、ラビィが《捕縛》の魔術を発動し、地面を変形させ4体のゴーレムを拘束し、動きを封じた。
「くそっ! 役立たず共がっ」
ゴーレムの口を通して、セフェル王が悪態を吐く。
「終わりだよ、セフェル王」
ピエロ人形の言葉。相手の心を折りに行く悪魔の囁き。
「くっ、《賢者の石》さえあれば、我が念願が叶うのに。すぐそこに、すぐそこにあるのにっ」
セフェル王の絶叫。
「ちなみに聞くぞ。お前の願いとは何だ?その願いを叶えるために魂を全て賭けるほどのものなのか?」
どうせ大した願いではないのだろうと、ピエロ人形が問う。もし、世界平和とか国の幸福とかを願うようだったら、もしかしたらラビィが叶えてくれるかもしれない、とチャンスを与えたのだ。
「そんなの決まっておろう。儂の魂の復元じゃ。若かりし日のあの時の魂と身体に戻る事が儂の悲願。賢者の石ならば、それくらい可能であろう」
予想通りくだらない願いだった。あぁ、ダメだ此奴、とピエロ人形は溜息を吐く。
「知らないようだから、教えてやるよ。《賢者の石》は何でも願いを1つ叶えるが、代償に使用者の魂を全て奪うぞ。なので、若返った瞬間、魂を奪われて死ぬ事になる。それでもいいのか?」
やれやれ、とピエロ人形が解説する。これで、願いは叶わぬものと諦めればいいのだが。
「ふん。何を。その娘が何度も《賢者の石》を使っているのが説明つかんな」
ふん、と一笑に付す。
「説明ならつく。こいつはホムンクルスだ。貴様ら人間やゴーレムとは違う至高の存在なんだ」
「は! ホムンクルスだと? ならば主人のいない野良魔法生物を討伐して戦利品として《賢者の石》をいただくこととしよう」
ニヤリと口元を歪ませる。見た目は綺麗な女性の姿だが、下卑たセフェル王の表情が重なって見える。
「ラビィを愚弄するか、たかが人間が!」
ピエロ人形が《威圧》するが、憑依したゴーレムがフィルターとなりセフェル王までその効果が及ばない。
「まあ、もしその言葉が本当であるとするなら、ゴーレムに願わせればいいのだ。
こんなときのための絶対服従の刻印だ。
ゴーレム共よ。命を捨ててでも、賢者の石を奪い取れ!」
非常な命令が飛ぶ。
すると「がぁー!」と叫び声を上げて、地面に縛り付けられているゴーレムが強引が抵抗を始める。魔術による拘束は普通には解けることがない。皮膚が裂け、骨が折れても強引に動き続け、手足が千切れてでも拘束を抜け出そうとしているのだ。
「拘束を抜け出しても、姉さんには手出しさせません。私が阻止します」
メイが呪詠銃を拾い、魔術モードにして構える。
「ゴーレムさんたち痛がってる。そんな命令やめてあげて!」
ラビィが王に懇願するが、聞く耳を持たない。
「このままだと、ゴーレムを破壊するか、王を殺すしかなくなる。どうする、ラビィ?」
「どっちもヤダ!」
ラビィの我儘な答えに、やれやれと首を振る。
「ならば確率の低い1つしか方法が無いが、ラビィ、お前はその方法を信じられるか?」
「誰かが死ぬんじゃないんだったら、私はドンちゃんを信じる」
ラビィの言葉にピエロ人形は満足気に頷く。
ふっ、「方法を」と言ったのに、「俺様」を信用すると返すのか、と笑みを浮かべた。
「ならば、拘束を解いてゴーレムに《賢者の石》を渡せ」
「ドン様、なにを!」
セフェル王に屈するかの様なピエロ人形の指示に、メイが驚きの声を上げる。
「メイ。姉が信じたものを、お前も信じろ」
そうとだけ言ってメイを黙らせる。
ラビィは捕縛の魔術を解き、短杖を近くにいたゴーレムに放って投げた。受け取ったのはメイに投げ飛ばされたゴーレムであった。
「はーっはっは。観念したか! 儂の魂の復元が終わったら、別のゴーレムを使って貴様らを始末してやるわ! 8号よ。その《賢者の石》を使って、儂の魂の復元を願え」
セフェル王の命令が飛ぶ。
「おい。8号って言われたか、賢者の石を受け取ったゴーレムよ」
ゴーレムが賢者の石を発動させる前に、ピエロ人形が語りかける。《思念》を乗せた言葉で、強制的に耳を傾けさせる。
これは一種の賭けであった。
悪魔がなにかを信じることなどない。だが、今はただのピエロ人形。道化は愚者を演じて1つの可能性に全てを賭ける。
「先程の俺様の言葉は本当だ。ゴーレムと言えど、願いが叶えばお前の魂は喰われる。コアの中の魂は無くなりお前は『死ぬ』。お前の『本当の望み』は何だ?」
その言葉に、8号と呼ばれたゴーレムの動きが止まる。もし、ゴーレムに心が発現していたとしたら、ただ単に絶対服従の刻印に抗うことを知らないだけだとしたら。
「メイの様に抗ってもいいんだぞ」
ピエロ人形は更に言葉を加える。ゴーレムの唇が震えている。
「早くしろ! 儂を若返らせるのだ」
「王の願いを叶えて、それで死んで、お前の本当の望みが叶うのか?」
王の命令とピエロ人形の問いが重なる。
「ワタ、シの、願い、は……」
8号の口が開く。その言葉に同調して《賢者の石》が仄かに輝き始める。
「マスターである、セフェル……王……」
「早く望むのだ!」
セフェル王がまくし立てる。
「――と、共に生きる事。コレを、使うと、叶わぬ、もの……」
しかし、ゴーレムの紡いだ言葉はセフェル王の願いではなかった。賢者の石を使わないことを望んだ為、賢者の石は発動せず、仄かに輝いていた光が消え失せる。
「なっ」
「ははは、やはりな。その願い、ラビィにそれを返せば、きつと叶うぞ」
ピエロ人形が言う。
「9号。8号から賢者の石を奪え」
セフェル王の命令に、しかし隣のゴーレムは動かない。
「くそっ、欠陥品共が!」
バキン、と8号と9号のコアが砕け散る。
「《賢者の石》さえあればなんとかなる」
セフェル王は憑依した1号を走らせ賢者の石を奪おうと試みる。しかし、間に合わない。
倒れる寸前に8号は短杖をラビィに投げ返したのだ。
「お願い、です。ワタシ、の願いを」
ゴーレムは最後に、ラビィに託す。
短杖を受け取ったラビィは頷くと、すぐさま魔術を発動させる。
まずは、目の前のゴーレムのコアを再生させる。そして、発動する大魔術。
「えーい!」
気の抜けるような掛け声だが、ラビィは本気なのは知っている。上空に大きな光の魔法陣が生成される。
「な、なにをする気じゃ!?」
凄まじい魔力の奔流を目の当たりにして、セフェル王が驚愕の声を上げる。その言葉にピエロ人形は悪戯な笑みを浮かべて意地悪な言葉を返す。
「決まってるだろ。セフェル王。この国の全てのゴーレムを救済してやるんだよ!」
「な、なにぃっ!」
「はーっはっはっは!やれ、ラビィ!」
「や、や、やめろーー!!!」
「てぃやぁー!」
セフェル王の絶叫、ピエロ人形の笑い声、そして気の抜けるような掛け声が重なる。
ラビィが短杖を振り下ろすと、上空の魔法陣から光の雨が降り注ぐ。その光はこの国のゴーレム全てを貫いた。
☆
「終わったな……」
「うん」
ピエロ人形の言葉に、ラビィが頷く。
全てのゴーレムは倒れ伏し、ゴーレムに憑依していたセフェル王の意識も本体に戻ったようだ。
「それじゃあ、行くか」
「うん。メイちゃんも一緒に行こう」
ラビィはピエロ人形を拾い上げて歩き出す。
「はい」
メイも頷き、その後に続く。
その背後で、ゆっくりと起き上がるゴーレムに気づかぬままに。
☆
魔動二輪機に乗ってラビィは荒野を駆ける。
流石にあれだけやらかしたのだ。正規のルートでの出国は出来ない。メイの用意してくれた魔動二輪機で次の国に向かうことにしたのだ。
出来る女に見えたメイだが、機械の運転は苦手らしく、ラビィが運転をしメイは背後の補助席の乗っている。「びゅーん、びゅーん」と口ずさみながら蛇行運転するラビィの操縦技術に不安を持ちながら、ピエロ人形は風に揺れる。
「あの、ドン様。やはり最後に全てのゴーレムを破壊してしまったのでしょうか?」
「ああ、そうだな」
「そう、ですか」
ピエロ人形の言葉にメイは睫毛を伏せる。
「全てのゴーレムの『絶対服従の刻印』を破壊してやったな」
「えっ」
メイが顔を上げると、ラビィの腰で揺れるピエロ人形は悪戯な笑みを浮かべていた。
「よく考えろよ、ラビィがゴーレムを殺すと思うか? まだまだ、姉への信頼が足りないな?」
「ドンちゃんの「救済してやる」と書いて「ぶっ壊してやる」と読んだ決め台詞、格好良かったね」
「ちょ、お前、それは言うなよ!」
「にゃははー」
そんなラビィとピエロ人形のやり取りを、メイは目をパチクリとさせて見やる。
「気になるんだったら、これを使えばいい」
ピエロ人形は共にラビィの腰で揺れる短杖、賢者の石を指差す。メイは恐る恐る賢者の石に触れると《遠視》の魔術を発動させる。
眼に映るは逃げ出して来た故郷メルギトス。
そこには言葉が上手く喋れないゴーレムが、身振り手振りを交え労働を教える姿が映った。
未だ道具のように、奴隷のようにゴーレムを扱っていた人間には受け入れられない者もいるようだが、それでも少しずつ変わって行くであろう。
それでも心のまま自由に行動するゴーレムは輝いて見えた。
「良かった……」
メイの唇から安堵の声が漏れる。
「やっぱり、本物の姉妹達のことが気になってたか」
「ドン様は意地が悪いです」
「救済してやるんだよー、だからね」
似てない声真似をしたラビィに抗議の声を上げるピエロ人形。
そのやり取りを見て自然に笑みを浮かべるメイ。
そんな喧騒を引き連れて、魔動二輪機は荒野を走って行く。
ここまでで、一旦ひと区切りです。
5/3から書き始めて、ここまで書き終えたのが6/28、約2ヶ月でした。
こんなペースで、まったりと書き続けていこうと思いますので、生暖かい目で見守っていただけるば幸と思いますm(._.)m