第二話 『勘違いと、ありがとね』
前回に続き、第二話を書かせていただきました。前回は長くなってしまったので今回は少なめに。
天澄が公園で泣いていたあの日から既に三日が経過していた。あれから相談があるわけでもなくずるずると俺の退屈な日常は続いている。
「……あいつが泣くなんてな」
俺から見ても天澄は完璧人間、悩みなど微塵もなく全て一人でこなすようなそんなイメージだった。
だから、泣くなんて程遠い人間だと思っていた。
「……げっ」
心の底から拒絶しているような声を背後からうける。
その声の主が誰なのか振り向くとそこには整った顔を精一杯に引き攣らせながら睨んでくる天澄がいた。
「げっ……とはご挨拶だな、なんでこんな所にいんだよ」
「……帰り道だからよ、この近くに私の通う学校があるの、じゃ、私行くから」
「どこに?」
「家に決まってんでしょ!」
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ 俺も帰るとこだから」
「はぁ!? いやよ、近寄んな! あっちいけ! ついてくんな! きしょい!」
「そこまで言うことねぇだろッ!? わかったよ」
それを聞いたや否や天澄は足早に歩き出す。
そして俺も歩き出す。絵面的には天澄が先行し、俺がその後ろにいるといった感じだ。
「……なんでついてくるのよ」
「たまたま帰る道が一緒なんだよ」
呆れた顔で振り返った天澄は自分の隣を指差した。
「あんた、それじゃストーカーみたいに見えるわよ……はぁ……隣、来れば?」
ストーカーと勘違いされてしまうのは流石にまずい。
俺は天澄の隣に並んで歩き出す。
結局、天澄の悩みが何なのか聞けずじまいだった俺は意を決して尋ねてみることにした。
「なぁ、天澄 この前言ってたあの……相談って……」
尋ねている途中で別の声がそれを遮る。
「あ、あそこにおられるのは天澄お姉様よ!」
「ほんとだわ! 天澄お姉様〜! 御機嫌よう あのお隣におられる殿方は……まさか、彼氏様ですか?」
冗談でも天澄がブチ切れそうな事を尋ねる見知らぬ女子生徒達は恐らく天澄の後輩だろうか。
「んなぁ!? わけある……はっ!? いいえ、違いますよ この方は、私の弟です」
「……えっ? あ、そうでしたか それは失礼致しました 弟様でしたか それでは私達はこれで……」
「き、気を付けて帰るのですよ……」
「お前、学校だとそんな喋り方してんのな……意外」
「うっさい!」
後輩らしき女子生徒達は一礼をすると去っていってしまった。その帰り際だ。
「そう言えば、天澄お姉様の噂 知ってます?」
「いつも一人でいる噂ですよね? なんでも自分と同等な方が学校内にいないとかでご友人を作らないとか、実は私達の事を見下しいるとか 様々な理由があるみたいですよね」
天澄に対するそんな噂話をしていたのだ。
(なんだよ……それ 天澄がんなことするわけねぇだろ)
ふと、天澄の方へと視線を向けると……そこには必死になって今にも零れそうな涙を堪えている姿が目に映った。
――その瞬間、心が疼いた。気付けば俺の身体は衝動的に去っていった女子生徒達の方へと踵を返す。
「……え?」
天澄の驚いたような顔を去り際にみて――走り出す。
「なぁ! 君達ちょっと待ってくれ!」
「はい? 私達ですか? ……何でしょうか」
「確かにあいつは……天澄は生意気で、上から目線で口も悪くて……でも人一倍の努力家で……ヴァイオリンのコンクールだって数多くの賞も持ってるすげぇ奴なんだよ……」
(なんでこんなこと知ってるんだ……俺は)
「自分に対してはめちゃくちゃ厳しくて、負けず嫌いで負けないようにぶっ倒れるまで練習して……」
「ちょっ!あんた! なにを!」
遅れて戻ってきた天澄が割って入るが、それを遮って話を進める。
「だから、同等がどうとか、見下すだとあいつはそんな小さい事する奴じゃないんだ!! だから……その誤解、やめてくれないか? ――頼む」
(なんで……これは俺の記憶……なのか? 流れてくる……)
――幼い頃
(お母さん、もう一度お願いします!)
天澄のヴァイオリンを始めたのは母親の影響だ。花守家は音楽家の家系で母親は有名なヴァイオリニストだった。
天澄は母親にヴァイオリンを勧められ弾くようになった。
(違う! 今の貴方の弾き方は気持ちも何も伝わらない よく考えて弾きなさい)
(はい、お母さん……)
レッスンが終わった後も自分の部屋に戻っては何時間も、何時間も、何時間も、指が裂けんばかりに長い時間弾いていた。
――俺はそれを見ていたんだ。
「……分かって欲しい、天澄はそんな悪いヤツじゃないんだ だから……頼む」
女子生徒達に深く頭を下げ、想いを伝える。
「あ、あの分かりましたから! 頭をお上げくださいまし! 私達も本当の事だとは思っておりませんの! だから大丈夫ですよ」
「本当……か?」
女子生徒達は大きく頷く。
「早とちりした――――――ッ!!」
(は、恥ずい……)
「天澄お姉様にこんな素敵な弟様がいたなんて姉弟揃って羨ましいですわ、私達も出来る限り、色々な方に誤解だと説明しておきますわ それでは失礼しますね」
そう言って女子生徒達は去っていった。
やらかした。色んな意味で。非常にまずい。これは天澄に何て言われるか……。
「――あんた」
「ご、ごめんなさい! すみませんでした! 早とちりでした! 何でもしますからお許しを!!」
恐る恐る振り返るとそこには……
微笑みながら……涙を拭っている天澄がそこにはいた。
「その……ありがとね」
「――ッ!!」
今――なんて言ったんだ?俺は脳内で数秒前の天澄の言葉を再生する。
何度聞いても耳を疑うような言葉。あの天澄が……俺に、『ありがとね』……だと!?
動揺を隠せないまま後ずさる俺に天澄が近寄る。
「あ、あんたどうしたのよ……、急に変な顔して」
「い、いや……あの、天澄からそんな……聞くとは思いもしなくて」
その言葉で察したのか、天澄は顔を真っ赤にして、そして――
「わ、私だって感謝くらいするわよ!! バカッ!!」
こうして、俺の早とちりで始まったちょっぴり騒動めいた出来事は幕を閉じたのだった。
「にしても、これで少しは天澄の相談がいい方向に向かうといいな」
「……私の相談はこれじゃないわよ」
「え? ……違うのか? てっきりこれかと」
「これも……確かに悩んではいたけど…、これをあんたに相談したって学校……違うし…だから、予想外というかなんというか……」
照れた表情でそっぽを向く天澄。
「じゃあ、相談ってなんだよ?」
「そ、それは! その……あの、は、恥ずかしくて……あ、あとで!! あとで話すから! とりあえず帰りましょ……」
真っ赤になって帰路へと方向転換し、俺達は歩き出す。
「あとで……私の部屋に来て 話すから」
「わかったよ」
――何故か俺は天澄との今の関係が少し、ほんの少しだけ、悪くない。そう思ったんだ。
次回からは天澄の悩みにふれます。読んで頂ければ幸いです!よろしくお願いします!