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絶対魔王サバト様の憂鬱

 絶対魔王サバト様は絶対的な魔王である。


 いささか意味が循環しているが、本当のことである。


 三千世界に敵は無し。

 3300年前に「絶対勇者」を倒してこの方、無敗記録を更新すること、58,052連勝。

 反則的に強い彼女のプロフィールをかる~く紹介しよう。


 生まれついた種族は、全ての種族の中で最強と言われる「魔族」のなかでも、群を抜いて強いと言われる「ドラゴン魔族」。

 お伽話に出てくる、あの「ドラゴン」だ。

 気味の悪い翼をバタバタ言わせながら空を飛び、紫の炎を吐き、ウロコで覆われた体はどんな鋼も、弾丸も通さない。

 まあ、実際に「ドラゴン魔族」がその格好になるのは、本当に追いつめられて、にっちもさっちも行かなくなった時だけで、人生(魔生?)の大半は、それぞれ好みの格好に化けている。

 多くのドラゴン魔族は、生活上の利便性から人間に近い格好をしている。絶対魔王のサバト様も例外ではなく、見た目は14〜15歳の美少女の格好をしている。

 なぜ「14〜15歳」の「美少女」なのかは、全く謎に包まれている。

 まさか「絶対魔王」サバト様ともあろうお方が、個人的な趣味でそんな格好をしてるわけがあるわけがないのだから、きっとふか〜い、のっぴきならない事情がお有りなのだろう。

 脱線はこのくらいにして、「ドラゴン魔族」の説明に戻ろう。

 ドラゴン魔族は、そのチート的な強さから、かつては最強の名をほしいままにし、強すぎた故に、他の魔族から排斥され衰えた。

 今となっては、サバト様の眷属は数えるほどしかいない。ハッキリとわかっているのは、サバト様と、もう一匹だけだ。


 さて、サバト様個人の話に移ろう。

 彼女の、その冗談みたいな、馬鹿げた「戦績」の話に。


 念のため言っておこう。


 冒頭に書いた、3300年間、58,052勝という数字はハッタリではない。数が多いことを称して「100万の敵を倒し」とか言っているのでもない。


 もう本人はあまりにも多くの敵を倒しすぎて数えていないが、几帳面で知られる智将アズール(趣味:切手集め)がサバト様の即位からお使えしてちゃんと数えてきた数字だ。本当に、現金、掛け値無しで、58,052連勝中なのである。


 これを1ヶ月あたりで平均すると、月1.5人くらいのペースで、挑んでくる勇者や準魔王——「絶対魔王」の地位を狙って戦いを挑んでくる魔族の側の存在——を倒してきたことになる。挑戦する者が多かったはじめの頃は、もっと早いペースだった。


 絶対勇者を倒してからの、はじめの3000年間、彼女は常に好敵手を求めて世界を駆け巡り、異世界やパラレルワールドも含めて実際に三千世界を行脚した。しかし、どの世界にも、彼女に敵う者はいなかった。


 そして3000年目。


 1年1世界ペースで制服してきた彼女は、ついに、三千世界すべてを平らげ、正真正銘の「敵なし」「無双」「無敵」になってしまった。


「もう自分よりも強い者はいない」


 そうなってしまったときの喪失感と言ったらなかった。戦うことを生きがいにしていた、孫悟空ばりのバトル・ジャンキーな彼女にとって、その事実は、恋人の死にも等しかった。


 それから彼女は飲めない酒を飲み、場末のホストクラブにも通った。


 見た目が未成年だったから、おまわりさんに補導されたりもした。

 「お家は?」と訊かれて「絶対魔王庁」と答えてドン引きされたり、智将アズールに、保護者として身柄の引き取りに来てもらって、あとでこってり怒られたこともあった。


 繰り返しになるが、なぜ補導されてまで、「14〜15歳」の「美少女」の格好をしているのかは、深い深い謎だ。

 それは到底、「個人的な趣味」などという安直なものではありえないであろう。


 外に出るのがダメだとわかったあとは、ソーシャルなんかしてみたりもした。

 漫画を描いたり、ラノベの執筆に勤しんだりもしてみた。

 が、ぶっちゃけあまり向いていなかった。

 彼女のサイトはいつも炎上したし、選考はいつも一次で落ちた。

 バトル・ジャンキーな彼女は、「ペン」よりも「剣」(まあ、ほとんどの場合は素手とか火炎なのだけれど)の方が得意だったのだ。


 なにもかもうまく行かなくなった彼女は、やがて酒に溺れた。

 朝からカルアミルクをがぶ飲みし、合間にメロメロメロンウメッシュ(梅酒のメロンソーダ割り)を挟んだ。


 荒れ果てた毎日の果てに、彼女は気付いた。


 戦いの滾りほどに彼女の心を満たせるものはないのだ、と。


 そこで彼女は考えた。

「敵がいないなら、作っちゃえばいいんじゃね?」


 コペルニクス的な転回だった。


 思いついたら吉日、が彼女の座右の銘である。彼女は颯爽と三千世界に号令を発し、全世界に天文学的な数の「最強勇者養成所」を作らせた。


 彼女の気質だと、マネジメント面に難があっただろうが、実は過去にも、あまりにも最強すぎた「絶対勇者」が作った「最強“魔王”養成所」なるものが存在し、彼女自身、そこの出身だったから、ディテールはそれをパクればよかった。

 面倒なことは几帳面で知られる智将アズール(本棚の本は分類した上にアルファベット順に並べないと気がすまない)に任せた。


(サバト様は意地っ張りではあるが、変に素直なところがあって、面倒なことは人に押し付けることをためらわないし、先人の功績をパクったりするのには特に抵抗はない。)


 さて。


 時は過ぎ、最初の養成所の開闢から100年を記念するこの日、彼女は300年ぶりに、すこぶる機嫌がよかった。


 はっきり言って、ルンルンだった。


 朝はアズールに布団を剥がされることもなく6:30に目覚め、50年ぶりくらいにきちんと朝食を採った。しかもベムベムドラゴンの卵のオムレツを丸々1つ(100万人規模の都市を1週間養えるだけのカロリーがある)である。


 朝シャンし、60年くらい手ぐしだけで過ごしてきた髪の毛を、端女の小悪魔(デビル的な角・尻尾・羽の3点セットを有した小人)を呼んでクルクルとアップにし、フェニックスの尾羽で編んだ髪飾りで留めた。


 ドレスは一張羅の晴れ着である、レヴィヤタンの皮で作った鱗張りの編み上げドレス。3300年前に絶対勇者を倒した際に着ていたものである。

 ツノにも油を塗って鼈甲のように磨き上げ、翼も洗って丁寧にコンディショナーをかけた。


「今日のワシに死角はない!」


 鏡の前で、シミひとつない褐色の肌と、アメジストのように深い紫に輝く瞳を見て、サバト様は、長い犬歯をむき出してカッカカッカと高笑いし、東京ドーム2つ分は裕にある玉座の再奥のでっかい椅子の上に鎮座した。予定時刻の5分前。10時55分だった。


 そして……


 予定時刻から1時間が経過した。

「おいアズール」

 絶対魔王サバト様は、月光石をちりばめたブーツの足をカクカクと揺らしながら、智将アズールを呼びつけた。

「はい。おんまえに」

 智将アズールはふわりと玉座の横に現れる。

「なあ、アズール」

「はい」

「……遅くないか?」

「……」

 アズールは、エルフのクウォーターらしい、中庸な微笑みを浮かべる。青みがかったショートボブの髪の間からツンと伸びた耳と、細めた柔らかな二重の目元がいかにも涼しげである。

「笑ってごまかすな!」

 サバト様は激怒した。◯ロスくらい激怒した。

「なんで来ないんじゃ! 今日じゃろ? 今日じゃよな? 最強勇者養成所の100周年を記念して結成された、三千世界から選りすぐられた4人のドリームチームが、寄ってたかってワシをフルボッコにしてくれるはずの日じゃったよな!?」

「いやあそれは……」

 アズールは賢しそうなブルーの目を細めて、手元の水晶を見る。

「えーとですね……」

 彼は水晶球に表示される無数のデータや、報告書に目を走らせる。

「なんじゃい」

「えー、これは、あれです。戦略的遅刻というやつでして、ほら、なんとかっていう剣豪がライバルを苛立たせるためにわざと決闘の場所に遅刻してきて、平常心を失った相手をボコボコにしたとかしなかったとかっていう逸話があるじゃないですか。あれですよあれ」

「そ、そうなのか……!」

 絶対魔王サバト様の顔がぱっと明るくなる。

「なんと、やっぱりドリームチームは違うのう! よもやそんな心理戦まで仕掛けて来ようとは! アズール、貴様がいなければワシはイライラにイライラを募らせて平常心を失い、無残に負けていたかもしれんのう!」

 サバト様はカッカカッカと笑う。そう。彼女は変に素直なのだ。

「良いよい。ワシはこの日のために100年も待ったのじゃ。もう1-2時間、いや、2-3日、どうせなら1年くらいなんということはないぞ、カーッカッカッカ!」

 智将アズールは「ははーっ」と慇懃に頭を垂れる。

「しかしサバト様。サバト様は三千世界を治める絶対魔王でアラセラレます。知略謀略を尽くした心理戦を展開するためとはいえ、あまりお待たせするのも無礼というものでありましょう。それに、サバト様が、すでに彼らの策略を見破られた今となっては、時間の無駄でございます。カクナル上は、ワタクシメが呼んで参りましょう」

「おお、そうか。すまんな!」

「いえいえ。絶対魔王様にお役に立つことがワタクシメの生きがいにございます」

 そう言うと、智将アズールは、はっしと飛び上がり、星甲虫のシルクのローブの裾をひらひらと舞わせて宙に消えた。


 3時間後。


 コンコン ココン コン コン ココン パン

 コンコン ココン コン コン ココン パン

 1時間ほど前まで爪の先でコンコンコンと玉座の肘掛を叩いていたサバト様の手が、退屈と怒りのあまりポップなリズムを刻みつつあった。リズム感はいいほうだ。

「……アズール」

 サバト様はギリギリと牙をすり合わせる。そしておもむろにすうっと息を吸うと叫んだ。

「アズ——————ル!!」

 石造りの広間が揺れ、柱がうねり、壁には亀裂が入る。

「は、はい、ただいま!」

 アズールの声がして、数百メートル向こうの玉座の間の入り口から、彼が駆け足で入ってくる。

「ただいま、三千世界のドリームチーム、この世の粋を集めた銀河系軍団をお連れしました!」

「おお、ようやくきたか!」

 アズールは入り口の横に置いておいたボックスを取り出し、そこから紙吹雪を撒く。

「銀河系軍団の登場でーす!」

 部屋の照明が暗転し、ドラムロールが始まり、この日のために作曲させた「ドリームチームのファンファーレ」が鳴り響く。小悪魔たちが乗った撮影用クレーンが壁面から現れ、世紀の一戦の撮影を開始する。

 スポットライトに照らされた入り口から、モノモノしい装備を身にまとった剣士、斧戦士、槍使い、魔法使いが入場を開始する。

(おお! なんと強そうなのじゃ!)

 勇猛果敢なその姿を見て、絶対魔王サバト様は興奮に打ち震えた。

 身の丈よりもはるかに長く、分厚い大剣を手にした剣士は、おそらく龍の表皮の一種でできた甲冑を全身にまとっている。重そうな装備なのに、足取りは至って軽やかで、大剣を片手でひょいひょいと振りながらやってくる様がたまらない。力の割に細身な体型からして、好戦的なレッド・エルフに違いない。腰に下げた小ぶりの太刀も気になる。いざとなれば二刀流も出来るということなのだろう。きっとトリッキーな剣技をいくつも持っている曲者だ。想像するだけで血がたぎる。

 斧戦士の漆黒の巨大な斧は禍々しいまでの邪気を帯ている。あの斧で何万というモンスター、悪霊、悪魔をなぎ払ってきたのだろうと思うと、涎が出そうになる。半獣人なのか、針金のような体毛がびっしりと生えた、鬼のような顔つきも実にいい。あえて肩当て程度しか防具を身につけていない点も最高だ。切り込まれるより前に圧倒的な力で叩きのめしてやるという意気込みが感じられる。体が砕けても構わないから、渾身の一撃を、あえて受けてみたい、という気にさせられる。

 槍使い。彼の姿は戦士というよりはもはやオブジェのようだ。3メートルはある長い槍に逞しい腕を這わせ、柄の末端に着いた赤い総を揺らめかせてやってくるその身のこなしは、彼の実力をあまりにも雄弁に語っている。エルフにしては耳の形が人間臭いが、おそらくハーフエルフなのだろう。ひょっとすると、魔族の方の血が入っているのかもしれない。彼はきっと、美しい芸術的な槍さばきで自分を翻弄してくれることだろう。

 最後は魔法使い。鍛え上げた細身の体でありながら、たわわに実った胸が濃紫のドレスの中で揺れている。そうやって胸はこれでもかというくらいに、見せつけているのに、きっと目を合わせるだけで誘惑されてしまうほど魅力的であろう目元は、伝統的なエナン――魔女の三角帽――で隠してしまっている。そのチラリズムが狂おしい。帽子のツバの下に覗いている青ざめた肌と、真っ赤な口紅のコントラストも絶品だ。どこかの惑星を一つ持ってきたような大きな宝玉をつけた魔杖も、それを使いこなす事の出来る彼女の魔力の強さを示している。彼女の術は、きっと彼女の魅力的な外見と同様に悩ましく、艶かしいものなのだろう。

(ああ来たぞ、この時が、ついに来たのじゃ! なんて素晴らしい! なんて完璧なんじゃ!)

 数百メートルのレッドカーペッドも、その上を彼らが歩いてやってくる間に、絶対魔王サバト様が、ありとあらゆる妄想を膨らますには全く足りなかった。天の川くらいあっても良いのに、と彼女は思った。

「絶対魔王サバトよ!」

 20メートルほど手前で彼らは立ち止まり、大剣を帯びた剣士が、切っ先をサバトに向けて名乗りをあげる。

「我の名は聖剣士ユミルダ! ここにいる獣斧士ヤスパース、槍術士ヘッケル、黒魔道士ヤコビッチと共に貴様を倒し、3300年の長きにわたって続いた闇の支配からこの世界を解き放つ!」

(うっひょー! キター♪───O(≧∇≦)O────♪キター!)

 サバトは外向きは椅子にどっぷりと腰をかけ、蔑むような目で彼らを見ていたが、内心は狂喜乱舞していた。

「ふん……」

 そして彼女は、この100年間、ゲームや漫画や小説を参考にしながら考えに考え抜き、推敲に推敲を重ね、昨日の晩寝る前に何度も何度も練習したセリフを高らかに、しかし、さりげなく口にした。

「艱難辛苦を乗り越えよくここまで来た。褒めて遣わそう」

 あえて、あ・え・て・褒める。

 褒めることで絶対的な優位を示す。

 これだ。これがベストだ。これぞ「ザ・読者/ゲーマーが求めるラストの決戦で魔王が口にすべきセリフ」。

 その完璧な出だしに、勇者たちは一様に「うっ」とたじろぐ。

(いい反応じゃ! 演劇を最強勇者養成所の必須科目にした甲斐があったわい!)

 ノリに乗って、サバトは語る。

「よくぞそこまで練り上げた。さぞかし、辛かったじゃろう、苦しかったじゃろう、様々な誘惑に耐え、神に祈り、孤独の中で、己の信じる道を進み続けたのじゃろう。強さというものは、背負った者にしかわからない重荷となって、それを持つものを苦しめる。ワシにはわかる。よくわかるぞ。じゃから……」

 ここで一呼吸置くのがポイントである。

 この間がサイコーにカッコいい。

 何度もビデオに撮って確かめたから間違いない。

 勇者たちも、引き込まれるように若干前のめりになる。

「じゃから、貴様らのその苦しみも、葛藤も、迷いも、祈りも、今日ここで終わらせてやろう!」

 キマった。

 悪の支配者を滅ぼすためにやってきた、強大な力を持つ勇者たちに対し、これまで乗り越えてきた強者として生きる事の苦しみ、美学、哲学に思いを馳せ、理解を示し、ねぎらい、最後にその苦しみから解き放ってやると宣言するこのクレイジーっぷり! もう、後世に残るサイコーの名台詞になること間違いなしだ、と彼女は確信していた。

 サバト様は立ち上がり、独裁者のように両手を広げると、100年分の思いと力を込めて、最後の一言を言い放った。

「絶対魔王たる、このワシ“ぎゃっ”!」

 東京ドーム2個分は裕にある大広間に、100年分の思いと力の篭ったサバト様の牙が、自分の舌を思いっきり噛む「ゴリ」っという音が響いた。

「……」(聖剣士ユミルダ)

「……」(獣斧士ヤスパース)

「……」(槍術士ヘッケル)

「……ぷっ」(黒魔道士ヤコビッチ)

 ヤコビッチが沈黙に耐えかねて吹き出すと、4人の勇者たちは一斉に笑い出した。

「くっ、かっ、あっ……!」

 あまりのショックに、サバトは言葉が出ない。

(信じられねー、こいつ、噛みやがったよ……!)

(ちょーだせー!)

 サバトは切れた舌から口内に広がる鉄臭い血の味を噛み締めながら下を向き、ふるふると腕を震わせた。奥のほうで待機していた智将アズールは、嫌な予感がし、そそくさと姿を消す。

「……らうな」

「あん?」

 サバト様の声に、知能の低そうな人獣の斧使いが、いかにも小馬鹿にした顔を向ける。

「笑うな!」

 顔を上げたサバトは、真っ赤に充血した目から、血の涙を流していた。

「貴様らに分かるか! このワシが、どれだけこの日を、この時を待っていたか! 

 貴様らに分かるか! このワシが、この100年の間、どれだけこの時のために準備をしてきたか!

 貴様らに、分かってたまるか!」

「……だったら、噛まなけりゃいいじゃん」

 と、槍術士ヘッケルはクールに指摘する。

「うう……うぐ……うぇぇ……」

 もはや吐くように泣きじゃくるサバト様は、一張羅のレヴィヤタンのドレスの裾をたくしあげて、涙を拭いた。勇者たちのバミられた位置からは、玉座の壇上に立った彼女のスカートの中身がチラリと見えた。

「……縞パン」

 聖剣士ユミルダがボソリとそうつぶやいたとき、サバトの中で何かが壊れた。

「死ね……。死ね、死ね、死ね! 貴様ら、全員、塵も残さずに死ねー!」

 サバトは両手を突き出し、300年間溜めに溜め込んだストレス――ならぬ魔力を一気に開放した。

 彼女が放ったそれは、今は彼女ともう1人だけを残して滅亡してしまった「ドラコン魔族」が、その名で呼ばれ、「最強たる魔族のなかでも最強」といわれる所以のひとつだった。

 ドラゴンの吐く火炎のような、光とも炎とも付かない赤く光る波動が勇者たちを包み、地面と空気との摩擦により建物が揺れ、気圧が変化し、ガラスが飛び散り、カーペットは燃え上がった。その波動は大広間の逆サイドまで到達すると、入り口の扉を吹き飛ばし、それだけでは止まらずに外壁を破壊し、うねりながら進む魔獣の群れのように、建物を舐めるようにして崩し、突き抜けていった。


「あ……」

 我に帰ったとき、サバト様の上には、3時のおやつを少し過ぎたくらいの、ぽかぽかとした太陽が照っていた。

 絶対魔王の城は玉座から向こう側がすべて崩れてなくなり、もう天井も塔も外壁もない。

 基礎も吹き飛んでしまって、玉座に到達するまでに通過しなければならない地下のダンジョンが露呈している。

 カラカラと、崩れかけの城の残骸がダンジョンの中に向かって落ち、日光を浴びて光る湖面にぽちゃぽちゃと着水する。耳を澄ますと、小鳥たちのさえずり。

 牧歌的といえなくもない雰囲気が漂っている。

「って、おい。どこじゃ?」

 サバト様はキョロキョロと当たりを見回す。

「勇者、勇者たちよ! ドリームチーム、銀河系軍団! どこに行ったのじゃ!」

 ギュッと握った両手を振り回したサバト様は、半狂乱になっていた。

「アズール! アズール!! 勇者たちは、勇者たちはどこなのじゃ!!!」

 どこからともなくふわりと現れた智将アズールは、微笑みながら、真っ青に晴れ渡る空を指さした。こんな日は、天国もピクニック日和だろう。

「嘘じゃ……嘘じゃと言っとくれ……」

 絶対魔王サバト様は、がっくりと膝をついた。

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