五剣 宏
新生第五班の初出動を終えて、五人は警視庁に戻ってきた。とりあえず、報告書の作成等の事後処理を済ませることにした。東雲は村雨に報告書の書き方を習っている。五剣は報告書を書き終えて、調べ物をしている。先程の騒ぎの中で気になったことがあるようだ。
「報告書の書き方は大体こんな感じよ。書いてて分からないところがあったら聞いてね」
「わかりました。ありがとうございます」
東雲は習った書き方を基に、報告書を書いていく。しかし、書いていてこんなことを報告しても良いのか不安になる。なぜなら、内容は簡単に言うと「寝た、見た、勝った」なのだから。五剣はそんな東雲を見て、東雲がまだ報告書に時間がかかると判断し、村雨を呼んだ。
「村雨、さっきの奴らがどこの組織の人間か調べてくれ。組織のリーダーと最近の動向もまとめてくれ」
「わかりました。何か引っかかるんですか?」
「そうだな。どうも嫌な予感がする」
そう言って五剣は自分の世界に入り、考え込んでしまった。そんな五剣を見て、早めに対処するべき事案なのだと悟った村雨は、自分のデスクへと戻り、パソコンを立ち上げた。
「出来た!」
東雲は報告書をまとめることが出来た。書き始めて1時間が経っていた。
「夢華さん、五剣さんから仕事を割り振られてたけど、一応チェックして貰おうかな」
東雲は村雨のデスクへ向かう。そこで目に飛び込んできた光景は、爆睡する村雨の姿だった。
「え?寝てる?夢華さーん!」
そう言って揺さぶるが寝言が返ってくるだけで、起きる気配はない。
「夢華さん仕事放ったらかしでいいのかな?結構大切な仕事っぽかったのに。私も報告書のチェックして欲しかった」
東雲は心の中で愚痴をこぼしながら、五剣に報告書を提出した。
「報告書です。夢華さんにチェックして貰おうと思ったんですが、寝てたのでそのままです。大丈夫ですか?」
東雲は真面目さ故に、村雨の職務怠慢を上司に軽く報告してしまった。しかし、五剣の口からは思いもよらぬ反撃が返ってきた。
「村雨がサボってるんだったら、東雲もサボってることになるぞ?」
「えっ?」
「あいつは今、能力を使ってるんだ」
「あっ!そういうことか!」
「あいつの能力は自分に限り、現実世界に干渉出来るからな。遠くにいる人に話を聞きに行ったり、敵の尾行をしたりして情報を集めているんだ」
「うー。私、勘違いしてサボってると思ってた。夢華さんごめんなさい!」
「あれは誰だって最初は間違えるさ。報告書はこれで大丈夫から、さっき言った通り俺の能力を教えよう。着替えて訓練場で待っててくれ」
「分かりました」
東雲は支給された訓練用のジャージに着替えて訓練場へ向かった。訓練場は警視庁の地下にある。ここでは超能力を使っての訓練を中心に行われており、能課の人間はここで逮捕術を練習する。また、一般の警察官も対能力者用の訓練がある為、この施設を利用する。東雲は訓練場の片隅で、五剣が来るのを待っていた。初出動の後に教えると言われてから、好奇心が暴走していた。そして、直前の今はピークに達していた。そわそわとドアを見ているとドアが開き、五剣が入ってきた。そして、その後ろから時計屋と見知らぬ男性が2人と女性が1人入ってきた。
「東雲、待たせて悪かったな。この4人は俺の能力を分かって貰う上で必要だったから呼んできた。簡単に紹介すると、能課の発足当初からのアドバイザーだ」
そう言うと、五剣は自分に一番近かった女性に自己紹介を催促した。
「私は速水。ATよ。よろしく」
少し尖った物言いでの自己紹介に東雲は威圧されてしまう。すかさず時計屋がフォローを入れる。
「速水んは照れ屋さんなんです。これでも部屋にはぬいぐるみとかたくさんある普通の女の子なんですよ」
相変わらず時計屋のフォローはフォローになっていない。速水は時計屋に殴りかかるが、能力で避けられてしまう。次はがたいの良い屈強な男性が一歩前に出て自己紹介をする。
「俺は剛力だ!PTであり、マッチョだ!よろしくな、お嬢ちゃん!」
豪快な自己紹介だ。筋肉推しなのが体中から滲み出ている。確かに、その筋肉は自慢に値するものだと感じる。最後の一人はかなり痩せこけており、髭も髪も伸び放題の男性だ。
「俺は田中 伝助。こんな可愛い子ちゃんに会えるんなら、ちゃんとしてくればよかったぜ。PSはTTだ。テレパシーを伝えるから伝助って覚えてくれ。よろしく」
見た目とは裏腹に軽口を叩く、ギャップ男子というやつだろう。漫画等では髪を切って髭を剃ると意外と美少年であることが間々あるが、田中は不明である。
「自己紹介も済んだし、俺の能力を見せようと思う」
五剣はそう言いながら訓練場の真ん中へと歩を進める。
「じゃあ、剛力やるぞ」
「おうよ」
2人は中央で向かい合って礼をすると、お互いに掌を向け合った。剣客同士の決闘のように空気がピンと張り詰める。次の瞬間、壮絶なサイコキネシスの打ち合いとなった。超能力者はサイコキネシスを見ることが出来る。力は透明であるが、そこにあることは感じることが出来るのだ。東雲は今までに見たこともない強さと大きさのサイコキネシスを見せつけられた。剛力のサイコキネシスは野性の凶暴さを持つように暴れ高ぶっている。それに反して、五剣のサイコキネシスは流れる水のようであった。しかし、その流れはまるで洪水のように巨大なものだった。お互いのサイコキネシスは二人のちょうど真ん中でぶつかり合い、相殺されていった。何度も何度もぶつかり合い、消えていった。しかし、だんだんとサイコキネシスのぶつかる場所が剛力の方へ近づいていく。そして、最終的には洪水によって獣は押し流されてしまった。
「それまで!」
時計屋が合図をすると、二人はサイコキネシスをピタリと止め、お互いに礼をしてこちらに戻ってきた。
「やっぱり五剣は強いな!大抵の奴らは、俺の荒々しいマッチョなサイコキネシスにビビって反撃も出来ないのによぉ!」
「お前とは15年も一緒にいるんだ。何回もお前のサイコキネシスは見てるし、迫力にはもう慣れたよ」
「そりゃそうか!がははは!」
2人は楽しそうに話している。16年も一緒にいれば家族のような存在になっているのだろう。
「お疲れ様です。五剣さんはPTだったんですね!剛力さんの力強いサイコキネシスに勝っちゃうなんて凄いです!」
「剛力に貰った力だからな。師匠を越えるのが弟子の役目だ」
東雲の言葉に、五剣がそう返すと速水が反応した。
「言うじゃない。私の事も越えられたか見てあげる」
速水はもの凄い速さで訓練場の真ん中へと移動し、五剣にかかってくるように手招きする。
「休ませてくれてもいいだろう?」
文句を言いながらも、五剣は速水と対峙する。東雲は訳が分からずに頭からクエスチョンマークを出している。さっき五剣は剛力に力を貰ったと言っていた。それなのに、速水も師匠のような口ぶりを見せた。この矛盾に東雲は混乱している。しかし、二人の戦いは始まろうとしていた。とりあえず今は戦いを見ることに集中することにした。
「行くよ」
そう言って速水は五剣の背後に瞬間移動をした。正確に言うと高速移動であるが、傍から見ると瞬間移動に見えるほどの速さで移動している。既に速水は攻撃を仕掛けている。東雲は直撃を確信した。しかし、打撃音は聞こえず、五剣はいつの間にか訓練場の壁際にいた。東雲の頭の上のクエスチョンマークがどんどん増えていくが、そんなことはお構いなしに二人は戦いを続けている。二人の戦いが始まって二分が経った頃、五剣に組み伏せられた速水の姿が現れた。
「速水は相変わらず体力が足りないな。俺は体力が落ちるまで防御に徹していればいいからやりやすい。もっと体力を付けるようにな」
「ふん。余計なお世話よ。私の攻撃を二分間もかわせるのはあんたぐらいよ」
五剣は速水の上から降りると東雲の方へと向かってくる。東雲と向かい合うと、東雲の手を取り、掌を上に向けさせた。
「な、なんですか?」
東雲は理解が出来ない為、とりあえず質問をしてみる。しかし、五剣は何も言わずに東雲の掌に手をかざす。すると、東雲の掌に球体が出現した。
「な、なんですか?」
さっきと同じ言葉しか出せない程、東雲は焦っている。
「これは俺のPSだ。自分の好きな形状の物体を作れる。まあ簡単に言うと3Dプリンター人間だ」
分かりやすい例えだと、五剣は自分に感心している。しかし、東雲はそんなことを言われても訳が分からない。そんな東雲を見て、剛力、速水、田中はほくそ笑んでいる。東雲は時計屋の方を見て助けを求める。
「まったく。みなさん意地悪が過ぎますよ。じゃあ、まずは東雲ちゃんが何に驚いているか教えてくれますか?」
「え?はい。まず剛力さんみたいなPTの能力者と互角のサイコキネシスが使えるってことは五剣さんはPTだと思いました。その後も五剣さんは自分で剛力さんに力を貰ったと言ってたのでPTの筈です。でもATの速水さんと互角の速さで戦っていて、しかもSTのPSまで持ってました。普通は一人で複数のPSは持てないのに五剣さんは持ってるんです。」
「うん。正解です。じゃあ次はなんで一人一つしかPSを持ってないのか知ってますか?」
「それはたぶんですけど、感染が一度しか起きないからじゃないんですか?」
「正解です。感染は一度なんです。感染は一人からしかしないとは書いてないですよね?」
「どういうことですか?何が言いたいんですか?教えてください!」
東雲はクイズの答えが分からない時に、焦らされると我慢が出来ないタイプの人間のようだ。鬼気迫る表情で詰め寄ってくる東雲に、時計屋は気圧されて答えを言ってしまう。
「つ、つまりですね、複数人の超能力に一度に触ることで、複数のPSを感染させられるんです」
「でも、そんなこと不可能ですよ!同時なんて…あっ!そういうことか!」
「わかりましたか?」
「はい!時計屋さんの能力を使ったんですね?」
「そうです。私の能力があれば、寸分の狂いもなく同時に触れるのです。だから五剣君はPSを複数持ってるんです」
東雲は納得し、謎が解けたことによる達成感に浸ろうと思った瞬間、何かが引っかかった。それと同時になぜか五剣に親近感を抱いた。しかし、その理由は分からなかった為、落ち着いてから考えることにした。
「時計屋が全部話してしまったが、俺は全てのタイプのPSを持っている。さっきは見せてないが、田中からTTも受け継いでいる。しかもこいつらは、最初の方に感染しているから能力も最高レベルだ。それを受け継いでるから、俺は最強レベルだな」
「がはは。ちげぇねぇ」
そう言って皆と笑っている五剣を見て、東雲は再び、何かに引っかかった。