村雨 夢華
朝礼での挨拶も終わり、東雲は教育係に引き渡された。教育係は能課の元紅一点、村雨 夢華だ。セミロングの黒髪を後ろで縛っており、ポニーテールの名に相応しい艶をしている。28歳でアラサーという言葉に敏感になっているが、気にしていない振りをしている。
「私は、村雨夢華。気軽に夢華って呼んでね」
村雨は軽い自己紹介をするが、やはり年齢は言わない。能課では年齢を言わない風習でもあるのかと疑問に思ったが、その様な風習は存在しないと後からわかった。
「夢華さん。よろしくお願いします」
東雲は、深々と頭を下げる。
「そんな畏まらなくていいよ!私、女一人で寂しかったから、志乃ちゃんが来てくれて凄く嬉しい!可愛い!妹にしたい!」
何かのスイッチが入ったように、村雨は東雲を愛でる。抱きついて、頭を撫で回し、匂いを嗅いでいる。そこまでされると、東雲も悪い気持ちはしないが、真面目な東雲は“仕事をしなくては”という気持ちを優先させた。
「夢華さん、とりあえず仕事の話を教えてください」
「そうだった、そうだった」
村雨は本来の役割を思い出したのか、東雲から離れて説明を始めた。
「では、まず志乃ちゃんには能課のシステムを理解してもらいます」
「はい」
そういって、東雲はメモ帳を取り出す。それを見て村雨は目を丸くした。そして、少し間を置いて笑い始めた。
「あははっ!志乃ちゃんメモとか取らなくていいよ!働いてたら自然と覚えるし、メモしても見直してる暇ないよ」
「でも、普通は…」
「普通じゃここではやっていけないよ?」
村雨は戒めるために言った訳ではない。むしろ冗談半分で言ったのだが、東雲は自分がまだ学生気分が抜けていない事を自覚させられた。メモを取って、仕事を覚えて、忘れたら見直して、そんな段取りをやっている暇はないのだ。能課に配属されたということは、戦力として認められている。即戦力として活躍しなければならないのだ。
「そうですよね!」
東雲はそう言ってメモを破り捨てた。メモはひらひらと舞い落ちていく。その一つ一つが東雲の腑抜けた気持ちを禊ぎ落としているようだ。
「ちょっと!何も破らなくても」
「いいんです。覚悟を決めた証です!」
村雨は東雲の目に籠った覚悟を見て、それ以上は何も言わなかった。しかし、散らかったメモの残骸を放ったらかしにするのは流石にダメなので、二人できちんと片づけた。ゴミ箱に捨てた後、気を取り直して説明に入る。
「じゃあ、さっきの続きね。能課は五つの班に分かれて行動しているの。それぞれの班には役割が決まってて、一班は未成年犯罪、二班は窃盗、三班は傷害とか殺人、四班は一から三班の応援、そして、私と志乃ちゃんは第五班、五剣班の所属だから」
「五剣さんと一緒の班なんですか?っていうか五剣班ってことは五剣さんがリーダーなんですか?」
「そうだよ。五剣さんの事知ってるの?」
「はい。実は昨日、夜中にここに来たんです。緊張していたので下見をしようと思って。そのときに五剣さんがいたので少しお話をしました」
「それなら話は早いね。五班は組織犯罪対策班で、リーダーが五剣さん、副リーダーは私がやってるよ。メンバーはあと時計屋さんと吉田ってやつがいるからあとで紹介するね」
「あの、時計屋さんって本名ですか?」
「そんなわけないでしょ。ニックネームよ」
「そうですよね。本名はなんて言うんですか?」
「それが私も知らないのよね。たぶん殿河内課長ぐらいしか知らないんじゃない?時計屋さんは警察に協力しているだけで、警察官じゃないからね。そこらへん緩いのよ」
「はあ」
余りの緩さに少し気が抜けてしまったようだ。しかし、その緩さが許されている現実は、高い能力を持つことの裏返しであること東雲は気付かなかった。村雨は説明を再開する。
「超能力者の組織って結構あって、サークルみたいにワイワイやってるものから、犯罪に手を染めるために作られたものまで様々なの。サークル系は放っておいていいんだけど、犯罪組織は取り締まらなきゃでしょ?それをするのが私たち五班!潜入捜査もあるし、戦うこともあるから危険が伴うことが多いよ」
「そんなに危険なのに5人しかいないんですか?」
「うん。五班は五剣さんと時計屋さんがいるからね。あの二人だけで大抵の事件は十分なのよ」
「そんなに強いんですか?」
「志乃ちゃんも一緒に仕事をしてたらわかるよ。じゃあ話はここまでにして、五班のとこに行ってみようか!」
二人は能課の部屋のほぼ真ん中に位置する、第五班の区画へと歩き始めた。