第3話
北の門から十字の街を出る。
十字の街は外壁の外にもキャラバンを建てた人々が定住している。街の許容人数を超えて人が集まっているのだ。
大戦のときに問題になり街を広げる計画は出たのだが、大戦で一度壊滅したキャラバン街も他の復興をしている間に復活してしまった。
今はキャラバン街をそのまま飲み込んで壁を作る計画があるらしい。
暗黒の森は十字の街から街道に沿って北へ3日、そこから西へ外れて4日行った場所にある。
街を出た後、とバリスタさんは俺たちから少し離れて付いてきている。
仲間の一人は話したかったらしく、歩いている間も残念そうに後ろをちらちら見ていた。
街道を進む内は特に問題は起きなかった。休憩小屋などもあるし、街道を遅う盗賊や魔物もあまりいない。
絶対に襲われない訳ではないから油断はできないが、仲間と一緒に旅をするのならば警戒も楽になる。
バリスタさんは普段から一人で行動しているのだろうか? 夜、休憩小屋に泊まるときに思い切って聞いてみた。
「ふむ? ここで一人と答えるとぼっちっぽくて嫌じゃなあ」
嫌と言いながらも気にしてなさそうな軽い口調だ。
「技術の問題じゃが、一人での行動が多いと言えば多いの。固定パーティを持たんだけで、必要があれば組んで行動することもあるがの」
「どういうことでしょうか?」
「わらわの本業は猟兵じゃからな。似た技能を持ったものとでなければ、結局単独行動になるのじゃ」
言われて、バリスタさんの装備を見直してみる。真っ当な戦士の装備でないことは確かだが、猟兵の装備かと言われると判らない。
「わらわの装備は特殊じゃしな。参考にせぬ方がよいぞ」
そもそも参考にしようがない気がする。
個人的な話はあまり答えて貰えなかったが、色々とためになる話を聞かせて貰えた。
何かに役立つ訳ではないが、個人的に感心したのは妖魔と魔物、幻獣の区別についてだ。
「ぶっちゃけて区別するとじゃな? 魔物と幻獣は生態がよく判らないものや魔術的な力を持つ種を総称して呼ぶのじゃ」
「生態が判らないってのは?」
「例えば狼はどうやって増えるのか判っておるが、ペガサスはどうやって増えるのか判っておらぬ。だからペガサスは幻獣と呼ばれる」
バリスタさんはペガサスに生殖器がないと言った。彼女は間近でペガサスを見たことがあるらしい。
「他にも、魔狼や魔猫の類いは普通に繁殖することが判っておるが、あれらは魔術を行使するから幻獣に分類される。魔物は特に人間へ敵対的な不思議生物の総称じゃな。ペガサスであっても積極的に人へ危害を加えるようになると魔物じゃろうなあ」
つまり、よく判らない物を魔物や幻獣と呼んでいるらしい。俺がそういうとバリスタさんはカラカラと笑った。
「然り然り、そう考えておけば間違いでない。その内幻獣から獣になるものもおろうな」
「じゃあ妖魔ってのは何なんだ?」
仲間の問いに彼女は頷いて答える。
「妖魔も基本は同じじゃな。生態がわかっておる人型の近い生き物で、人間に敵対的なものは妖魔と呼ばれる。それ以外は妖精と呼ばれるな。差はあってないようなものじゃが」
妖精と妖魔は違うだろう。
「いやいや、知能の差とコミュニティの大きさを除くと大した差はないぞ? 所詮は人種が区別するための呼び名じゃしな」
しかし、ドワーフやエルフをコボルトやゴブリンと同じにしたら怒るだろう。
「コボルトやゴブリンも、ドワーフやエルフなんぞと同じにするな! と怒っておるかもしれんじゃないか。そもそも妖精種自体、人間へ敵対的なものも多しの。ちょいと昔はエルフによる人間狩りなんぞもあったのじゃぞ?」
そんなこと初めて聞いたぞ。
「森に住むもの達では割と常識なのじゃがな。人種が増えて力を付けたから表ではなくなったが、森でエルフに会ったら油断するなと言われておる」
「あんたの話だと、結局、妖精と妖魔の差は何なんだ? 妖精にも敵対的なのがいるんだろう」
「然り、力の強い種に対しては相手の顔色をうかがって妖精と呼んでおるだけじゃな。ゴブリンの知能が高ければゴブリンを妖精と呼んだことじゃろう」
判ったような判らないような。ちなみにオーガは何種なんだ?
「あれは魔物か巨人種じゃな。メスオーガを確認したものがおらん。わらわ達が会えるのは皆オスじゃ。オーガの中で特にでかいヤツは身長4メートルにもなる。ここまで来ると巨人種と呼んでも問題ない」
思い返すと、ためになる話とためにならない話は1対3ぐらいの割合だった気がする。
和気藹々と過ごせたのも3日目までだ。4日目からは街道を外れたから警戒の度合いも違うし、何より完全な野営になる。
日中も野犬や巨大鼠に襲われることがあった。バリスタさんは離れて後ろを付いてきているのに一切襲われてないのは何故だろうか。
幸いなことに強い魔物に遭うことはなかった。オーガ退治の前に疲弊していられない。
野営ではバリスタさんは俺たちのテントから離れた場所、焚き火の灯りは見えるが姿は確認できない距離に一人で泊まっていた。
野外活動は俺たちよりも慣れているのだろうが、一人では疲弊しないだろうか。
バリスタさんを頼る訳ではないが、俺たちと同じテントに来た方がいいんじゃないか。
俺はそう思い、仲間に断って彼女の元へ向かった。誘うにしても、手ぶらではは寂しい。冒険者御用達のスープ(携帯食料の一種でお湯に溶かすだけで作れる)をカップに入れて持っていく。
近づいて判ったが、バリスタさんはテントを張っていないし、寝袋も用意してないようだ。確かにそれらしきものは持っていなかった。
もっと早く誘えばよかったと後悔する。彼女が距離を置くと言っていても強引に誘えば良かった。
焚き火の前に佇むバリスタさんのシルエットに声をかけようとした瞬間、首筋に冷たいものが当てられた。
銀色の刃物、食事用のナイフだろうか。
「女子の寝床に近づくのは感心せぬぞ?」
バリスタさんだ。後ろにバリスタさんがいる。
じゃあ前にいるのは誰だ? 目を凝らすと、あれは人の形にまとめた毛布だろうか。
そもそもいつ後ろに回り込まれたのだ。影どころか、草の音一つしなかった。
初めから驚かす目的で伏せていたんじゃないかこいつ。
「必要ならば何週間でも伏せるが、そこまで暇でないわい」
口に出ていたらしい。
「手の物から考えて、わらわを心配したのじゃろうが自分の世話を出来ぬものが他人の心配をするものでないぞ」
首筋に光るものが外される。
硬直していた体から力が抜け、危うくカップを落としそうになる。
パニックに陥っていたらしい。
「わらわはわらわだけでなんとでもなる。しかし、なれの仲間はそうでなかろう? パーティを組むならば優先順位を間違えぬことじゃ」
それだけ言ったバリスタさんは俺を置いて自分の焚き火へと戻った。
一人で行動することが多いと聞いて、要らない優越感や同情心を持ってしまっていたのだろうか。
彼女はこちらをちらりとも見ない。俺もこんなところで立ちすくんでいる場合じゃない。
自己嫌悪に陥りそうになりながら、仲間の所に戻った。