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バリスタと呼ばれた少女  作者: 風早
バリスタさんと黄金のエルフ
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第6話

 散開しろと大声で叫び、駆ける。

 各個撃破されるだろうが、一網打尽にされるよりましだ。

 何よりやってはいけないことがある。

 俺が一箇所に留まり続けることだ。

 ヤツは俺を狙っている。

 そしてこの状況、この場所で隠れて様子を見ると、俺は死ぬ。

 極端な話、今、俺の後ろにヤツがいない保証がない。俺ではヤツを察知できない。

 森の色んな場所で悲鳴が上がる。

 俺への矢は飛んでこない。諦めたのかもしれないが、油断は出来ない。

 罠にかかった。

 棘を付けた玉が、枝のしなりで向かってくる。

 盾を構えて剣を振るう。

 玉は切り落として盾で弾いたが、枝が肩をかすめた。

 この程度で済んだのならば運が良い。

 罠に掛かった程度で脚を止めてはいけない。

 止めたら撃たれて死ぬ。

 脚を動かし続け、里へ向かう。途中、三度罠に掛かった。

 多少の手傷は負ったが、即効性の毒はついていなかったようだ。

 最悪のところで運が良い。

 里に着いた。静かなものだ。

 誰もいないのだからそのはずだろう。

 村の広場に、首をねじ切られた里長が転がっていた。

 里中を血の臭いが満たしている。

 広場の中央には盾と棍棒を構えたヤツがいた。バリスタだ。

 笑う。嬉しくて笑う。

 話には聞いていた。森の中での行動ならば敵う者はいないと。

 ドラゴンや古代種の巨人を単独で撃破したと聞いた。

 前の戦いでは敵としても味方としても出会うことはなかった。

 そんなバリスタが今、俺の前にいる。

 これ以上幸福なことがあるだろうか。

 俺も剣と盾を構える。罠が仕掛けられているかもしれないが、どうせ俺では見つけられない。

 ならば罠の存在は覚えておく程度で良い。気にすることはない。

 バリスタは広場の中央で俺を迎え撃つようだ。

 嬉しい。逃げない。正面から戦ってくれる。

 後ろの森から悲鳴が聞こえるが、どうでも良い。

 駆ける。

 全体重を乗せた一撃は、バリスタの巨大な盾に防がれた。

 凄まじい。俺の胸ほどもない体躯は揺るぎもしない。

 そしてヤツの棍棒が振るわれる。

 これは受けれない。反らすのも難しい。

 当たれば死ぬ。それがどうした。

 盾で棍棒に触れる。

 受けてはいけない。俺ではこの一撃は受けきれない。

 もしも受ければ、体ごと吹き飛ばされるだろう。

 脚は動く。脚を交差させ、体を捻る。

 反らしてはいけない。この一撃は反らせるものでない。

 棍棒に触れた盾を身に引きつけながら、交差させた脚を戻す。

 ダンスのステップと同じだと、この技術を持つ者は言っていた。

 この場合、パートナーは棍棒だ。

 我が儘なパートナーと踊り、くるりと身を入れ替える。

 棍棒と俺の位置が入れ替わる。

 受けと反らしを合わせた技術だ。

 普通の相手ならば体勢が崩れるが、バリスタは崩れない。嬉しい。

 盾で相手の体はほとんど見えない。

 だが棍棒を振るった場所は空いている。

 そこを狙って剣を突き入れる。

 バリスタは避けない。

 棍棒を振るった勢いで、体を前に投げ出してくる。

 そしてその体は巨大な盾で覆われている。

 盾が俺に迫る。

 このまま突いて、バリスタに当たるだろう。

 だが俺も盾に吹き飛ばされる。

 どちらのダメージが大きいだろうか。

 判らない。

 判らないが、焦るほどじゃない。

 盾に盾を合わせて後ろに跳ぶ。

 跳んでいる最中に攻撃されたら不味かったかもしれない。

 バリスタは追ってこない。

 元々脚は速くないのだろう。

 ならば打つ手は幾らでもある。

 距離が離れて仕切り直しだ。

 駆ける。

 バリスタに向かってではない。

 ヤツから少し外れて駆ける。すれ違う。剣を振るう。盾に防がれる。

 駆け抜ける。速度を殺さぬまま方向を変える。

 またバリスタに向かう。剣を振るう、盾に防がれる。駆け抜ける、方向を変える。

 ヤツに向かう。剣を振るう。盾に防がれる。今度は合わせて棍棒を振るってきた。くぐり抜ける。駆け抜ける。

 幾度も繰り返す。

 勢いの付いた体でバリスタの一撃を受ければ間違いなく死ぬだろう。

 その程度のことはどうでも良い。

 何度も駆け抜け、曲がり、剣を振るう。バリスタを中心とした円を描く。

 次第にその半径が小さくなっていく。

 半径が小さくなれば攻撃までの時間が短くなる。

 剣戟は次第に密度を増す。

 そしてバリスタと触れるほどの距離で回りながら剣を振るう。

 バリスタは体を捌き、盾でそれを受ける。

 既に反撃をするような合間はない。

 幾つかの剣がバリスタの体に至る。

 だが浅い。嬉しくて笑えてきた。

 もしもバリスタが、俺の体力切れを狙って引きこもれば俺が勝つ。

 一日中でも剣を振っていられるのだ、剣がバリスタの体に届くのであれば、持久戦は俺が勝つ。

 剣を振るい続ける。持久戦を狙いはしないが、挑まれても良い。

 バリスタが突然、身を開いた。

 盾を横に外し、俺にその身を晒す。

 何を考えている。判らない。判らないのであれば、考える必要もない。

 バリスタに剣を突き立てようと、振るう。

 横に振りかぶられた盾が、回転をかけて放たれる。

 盾を投げてきた。

 この勢いで当たれば、俺の首ぐらい飛ぶかも知れない。

 俺も剣を振るっている。避けれない。

 身をかがめる。

 盾に盾をぶつけ、上に反らす。バリスタの手元から離れていなければできなかった。

 衝撃で体勢が崩れる。剣はヤツに向かわせる。盾を持った腕から鈍い音が響く。折れたか。

 体勢が崩れた分、剣の速度が落ちた。

 バリスタが棍棒を振るう。渾身の一撃だ。

 ヤツの方が若干速い、相打ちにならない。吹き飛ばされる。

 ならば打つ手はある。

 剣を振るう先を変える。

 体勢は崩れているが、400年間剣を振るい続けていない。

 バリスタの棍棒を狙う。受けるのではない。

 集中する。斬れ。斬れた。

 棍棒の先端が斬り飛ばされ、俺に当たることく飛んでいく。

 渾身の一撃を放ったバリスタはすぐに動けない。

 だが俺も近い。顔と顔が当たるような距離だ。剣を振るって斬るのは難しい。

 盾を持つ腕は折れている。ならば肘だ。

 剣を振りかぶるついでに、肘でバリスタの顎を打ち上げる。

 バリスタの体が崩れる。俺に向かって倒れてくる。

 ヤツの頭が俺の胸の下に当たる。

 剣を振り下ろせば勝てるが、振るう隙間がない。

 渾身の一撃を振り下ろそうと思い、脚を動かそうとする。

 バリスタの手が、俺の腰の後ろに回される。

 まずい。

 これを狙っていたのだ。

 慌てて剣を振り下ろそうとするが、それよりもバリスタに身を寄せらる方が速かった。

 バリスタの腕が引き締められる。

 呼吸ができない。

 剣を振りおろせた、ヤツの背を傷つける。だが浅い。力が入らない。

 バリスタが俺の下に身を入れてくる。体が浮く。

 外から引き締められ、肺から息が強制的に出る。

 内蔵が潰れる。

 真っ向勝負では俺に敵わないと、バリスタは知っていたのだろう。

 ヤツは戦士ではないのだ。

 だが俺は戦士だった。得るものはなくてよい。

 背骨が折れ、意識が遠くなる。

 笑え、そう念じた。悪くない生涯だった。

 口から何か吐き出した。同時に、意識が遠くなった。


 戦士は二度と目覚めることがなかった。

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