第1話
大陸を渡る2つの道が交わる十字の街に一風変わった店がある。
店の看板はエールが注がれたジョッキと剣、傭兵ギルドや暗黒街にも馴染めない半端者たちが集まる冒険者の店だ。
護衛として真っ当な戦士が欲しければ傭兵ギルドに行き、非合法な手段が欲しければ暗黒街を頼るだろう。
冒険者の店にはどちらでもない半端者と、その半端者を欲しがる人々だ。
例えば、特殊な場所――森の奥にある遺跡への護衛に傭兵はそぐわない。非合法な物が欲しくて直接暗黒街に出向くのは命知らずだろう。
十字の街の冒険者の店は地上に3階、地下に1階の建物だ。1階は酒場と特殊な道具屋になっており、昼間から冒険者がたむろしていることもあり、かなり雑多な印象を受ける。
その酒場のテーブルを一人で占領して突っ伏している少女がいる。
伏せているため顔は見えないが、かなり小柄だ。長い黒髪を頭の後ろで縛って天井に晒している。
肌や体系から若く思えるが、身につけている硬革の鎧には歴戦を思わせる傷がついている。アンバランスな少女だ。
「おい、お前さん」
少女がいるテーブルの反対側に店主がやってきて声をかけるが、反応はない。
「起きてるのは判ってるんだ。顔ぐらいあげろ」
「うう……」
2度目の呼びかけでやっと、ゆっくりと少女が身を起こす。
不機嫌そうに、だるそうに歪められた顔は美少女と言って良いだろう。テーブルの痕がしっかりとついていて台無しだが。
「働きたくないのじゃー」
「そのネタはもう良いんだよ」
毎度のやりとりに飽きた店主の言葉に、少女は頬を膨らませる。
「天丼と違い、ツカミのネタは開幕一度ならば何度やってもよいのじゃぞ? 適度のユーモアはコミュニケーションを円滑にするものじゃ」
「ユーモアってんなら、たまには違うネタをやれよ。流石に毎回違う反応を返してられねえよ」
「それもそうじゃなぁ」
少女は然りと鷹揚に頷くが、店主は頭が痛そうだ。
「それは置いておくぞ。お前さんに頼みがあるんだよ」
「ふむ、わらわ指名とは珍しいの」
「事情があってな。北の暗黒の森からオーガが出てきたから退治して欲しいって依頼が森近くの村から来てな。駆け出しレベル3人で受けたんだが、そのお守りをして欲しいんだ」
「ふむ?」
オーガを一人で倒せれば1流の戦士と言って良いだろう。逆に駆け出しでも3人いれば怪我人や死人が出るかもしれないが、充分倒せる程度だ。
受けた駆け出しの中に要人でもいればお守りを付ける理由になるが、そんな繊細な依頼は少女に回ってこない自信がある。
となると、他に考えられる理由は幾つもない。
暗黒の森はレーザル山脈の麓から続く人種の手が入っていない森だ。どうでも良いが、暗黒の森や暗黒大陸があるのに暗黒山脈とは聞かない。何故だろうか。
多くの妖魔や魔物が住んでいる。前の大戦ではそれらが森の外へ溢れ出てきた。
「そういえば、ついこの前はコボルト退治の依頼が出ておったな? それで今度はオーガか」
自身の言葉になるほどと頷き、続ける。
「お守りは口実という訳かの」
「そういうことだ」
「然り然り、確かにわらわ向きの仕事じゃな。前大戦から日は浅い。森の調査で人を雇い、下手な噂が立っても面倒じゃの」
納得がいったのか、晴々とした表情を見せる。店主は短くない付き合いだからこれが演技だと知っているが、そうでなければ彼女のペースに乗せられるかもしれない。
「となるとじゃ、お守りの方はどの程度本気でやればよい?」
「お前さんが帰ってくるなら全員囮にしても良いさ。駆け出しには俺から連絡しておく。明後日の朝にここに来れば良い」
店主も彼女がお守りを疎かにするとは思っていない。適度にやってくれるから彼女を選らんだのだ。
何事もなければ駆け出したちは良い経験を積んで帰ってくるだろう。大失敗をしても少女が依頼を果たしてくれる。大事が起こっていれば、少女は駆け出し4人を使い切ってでも街へ連絡するだろう。
店主の言葉に少女はカラカラと笑い、判ったという。席を立つ彼女はついさっきまで机に突っ伏してだらけていたとは思わせぬ雰囲気だ。
「久しぶりの外出じゃ。今から準備しておくかの」
顔に机の痕を付けているのが台無しだが、そこまで計算しているのならば恐ろしい。