第六話
新たなライフスタイルも軌道に乗り始めると、キャンパスは本来の平穏を取り戻しつつあった。いまや新入生も落ち着いた振る舞いを見せ始め、一目で上級生と区別することは困難であった。だがその平穏も、新入生がキャンパスの空気に溶け込んだゆえのものだけだとは一概には言えなかった。
「あれ、、、人の数減ってない?」
キヨシロウはグリーンの柵越しに、二講時が終わり、続々と食堂に向かわんとする学生の流れを見つめていた。
「なに言ってんだよ、そんなこと言ってるのは先進国だけなんだぞ、増えすぎて大変なんだからな。娯楽がないからって子ども作るんだもんな、、、とんでもないよな」
「究極のエンターテイメントって気もしないでもないけどね、、、って違うから。この敷地内の大学生の数の話だよ」
キヨシロウはブロンドの髪の男と昼食をとっていた。
この男はトッパーという。本人曰くイギリスと日本のハーフである。
ふたりは(理化学館)の屋上にいた。そこは理工学部の研究室ばかりが入った校舎であった。理化学館の右に隣接する校舎を報辰館、左隣を有徳館東棟と言い、澄明館、至心館、知源館が背後からそれらを取り囲むようにして建つ。そして、それら一切はキヨシロウに縁のない校舎で、学部的に、知真館一号館と二号館、まれに三号館という、みっつの知真館だけで完結されていた。
理工学部院生が立て篭もり、怪しげな実験を繰り返す理化学館は、夜中にこそ真価が問われることから、講義の行われている時間帯はがらんどうであった。ボックスでの酒盛りのあと、夜な夜な(知真館鬼ごっこ)を催すサークル生が口を揃えて見たと言う(田辺の妖精)とは、十中八九、実験帰りの理工学部院生であろう。それほど彼らの生態は一般に知れ渡っていない。
日中の人気のなさに目をつけたふたりは、講義をさぼっては上がり、なにをすることもなしにただ身を寄せていた。
「まぁ、大学なんか来なくなるよな、普通。オレらも講義ほっぽりだしてるわけだしな」
トッパーはうつむき、ヒザの上の少年ジャンプから目を離さなかった。屋上なので風は強く、そのため、長いブロンドの髪は紐で縛られていた。
「学部選び、間違ったかなぁ、、、」
「、、、お前はほんとにベタなことをベタな時期に言うね、、、いいか、ローリングストーンズの連中は黒人になりたがっていた、マイケルジャクソンは白人になりたがっていた、、、しょせんはないものねだりじゃないか。違う学部にしてたところで、お前は同じことを言ってるはずだ」
ジャンプを閉じ、左の指で唇に触れ、キヨシロウに向けて体を翻した。
「自分でもそう思っているんじゃないか?キヨシロウ君」
ニヤリと笑った顔の半分以上を大きな口が占めた。
キヨシロウは聞いていないふりをした。
『食糧危機だって?鯨を食べるのもややこしいしなぁ、、、どうするんだろ』