第一話
それなりに生きてきたんじゃないかな。父親がいて母親がいて犬がいる普通の家庭だよね。経済的には余裕があったと思う、そのこことは周りとの仕送りでもらうお金の額を比べてみても感じるものがあったんだ。
僕は世間に馴染めていなかった。でも気がついたのは大学生になってからのことで、さらに間抜けなことに、指摘されて自覚できたことでもあるんだよね。周りとの違和感みたいなものは、もしかして昔からあったのかもしれない、でも大学生になるまで自分がそんなんだなんて知りもしなかったんだ。ひとりぼっちだった記憶もないし、だから幼いころは、、、といっても高校生のときもそうだけど、自分がややこしい人間だなんて夢にも思わなかった。普通に大学を卒業してどっかの会社に就職して、この世界で普通に生きていくもんだと思ってた。自分を考えたことがなかったんだよね、自分をわかってなかったんだよ。
でもまぁ、若者にありがちな悩みなのかもしれないね、そういうのは。僕はそういった青春の苦悩といったようなものをここでつらつら書くつもりないんだ。事実、案外簡単に世間と折り合いをつけられたし、性分のややこしさも円満解決だよ。普通に大学を卒業して、どっかの会社に就職することも僕はできたんじゃないかな。将来仕事でこういうことしたいなぁってこともおおざっぱだけど見えていたしね。
でも僕はそれを止めたんだ。
そんなお話し。
僕の名前はキヨシロウ、名字は黙っていようと思う、書いている途中で必要になれば言ってもいいけど、、、でもほら、執筆するのは僕なわけだからさ、僕のやりたいようにやるよ。
大阪で生まれて、今は京都でひとり暮らし中。趣味はなんだろう、、、音楽は好きでよく聴いているかな。(ベック)に(エリオットスミス)に(キンクス)に(ソニックユース)に(ゾンビーズ)、、、うん、今、アイチューンズを適当に読み上げてみた。平たくゆうと(ロック)ってやつなんだけどね。でも、(ロック)って言葉、すごく意味が散漫しちゃっているよね、「あんた誰?」「地球人です」ってなもんで、、、僕はラッパの形をしたピッタピタのジーンズは履かないし、髪の毛も長くないよ。(ロック)とゆうとやっぱりそういうのを想像しがちだけどね。
高校は地元の公立高校、そして一年間予備校に席を置いて、晴れて大学に合格。予備校時代は勉強に関しては真面目に取り組んでいたんじゃないかな。知識の詰め込みだったわけだから、果たして勉強といえるかどうかはわからないけど、、、でも、そこを論じることにあまり興味はないんだ。
まぁ一言だけ。
あれぐらいの年齢のころに、暗記でもなんでもいいからとにかく頭を活用していたってことは尊いと言ってもいいんじゃないかな。そうだね、なにか偉そうなこと言っている僕だけど、当時は大学に入れさえすればいい、大学生になれさえすればいいとしか考えていなかったんだけどね。
そう、君とおんなじだよね。
大学があるのは京都市内じゃなくて京都府の南のはずれ、京田辺市。奈良との県境でなにもないところ、よく(京都のスラム街)って面白がっていたんだ。大阪からJRで来る場合は、グネグネ右往左往するから、直線距離に対してずいぶん時間がかかるんだよね。がっつり一時間はかかるかな。
元々はね、校舎は市内にあって、それが二十年以上前にふたつに分かれたらしいんだ。当時は学校と学生の間でもひともんちゃくあったみたい。サークル活動のために割り当てられた部屋を(ボックス)っていうんだけど、南門を入ってすぐのところにあるボックス棟には、当事の爪あとが今でも見られるんだよね。過激なシュプレヒコールとともに、当時のビラなんかがあちらこちらに貼られているんだ、、、まぁ、僕にはよくわからないことばかりだったよ。
そんなこんなで、ひとつは市内に残って、もうひとつは京田辺市に建てられたわけ。じゃあ、なんでこんなところに建てられたかというと、、、え~と、文化的に学術的に発達させようとする行政の開発の一端を担ったわけなんだよ。だから、ここら一帯は、(関西文化学術研究都市)って言われるんだけど、、、二年間生活した身としては、どっこい、(自然の脅威)ってやつが、なによりも一番に肌で感じとられたことだったよ、はは。
ちなみに、京都方面から近鉄電車で来る場合は、最寄りのひとつ前の駅で普通電車への乗り換えが必要なんだ、急行は止まらないので、あしからず。
まぁ、僕の学部は三回生になると市内の校舎に移るから、それまでの田園生活だったわけなんだけどね、、、でも、いざ移るとなると感慨深いものだったかな、(住めば都)とはよく言ったもんだね。
そう、なにかにつけて抱腹絶倒な土地なんだ、君は興味湧いてこない?
駄文失礼。