地下血道
「地図によるとこちらになりやす」
数十人の集団が、地下水で冷えた地下道を歩いていた。その手には、ゆらゆらと不安げな炎が張り付いた、たいまつが掲げられている。
集団、先頭の男は片手に持った半紙の地図を時折見やりながら、身なりの良い侍を促す。地図を持った男は曲がった腰を低くしながら、へへ、と笑っていた。
「うむ」
身なりの良い男は、地図の男と違い整った顔立ちである。美しいとも言えるその青白い顔だが、痩せこけ憔悴しているように見える。目の下には明らかなくまが出来上がっている。体は痩身であり、病魔に侵されたのかという印象を受ける。眼は血走り、らんらんと危うい光を宿す。
「何としてでも、その童を手に入れろ。ただし絶対に殺すな。この船だけあっても使えなければ何の意味もないのだからな」
「「はっ」」
後ろに控える数十人の男たちが同時に声を上げる。
「そ、それでですねぇ、目的を果たされたらと、当然あっしに褒美が」
へへ、と笑いながら上目づかいに尋ねる地図の男。
「貴様、度が過ぎるぞ! いくら貴様があの童女を見つけたからと言って……」
後ろに控えた男たちが怒気を露わに食ってかかる。
「構わぬ。私の目的さえ果たせればな。金でも領地でも好きなだけくれてやるわ」
「おお!!」
「貴様らにも働きに応じてくれてやるわ。だが、目的を果たせぬその時はわかっておるな」
「「は!」」
刹那、地図の男の頭が爆ぜた。血液と粥めいた脳が四散し仕立ての良い着物に赤茶けた色が増える。
「敵襲!? 森様、お下がりください!」
言い終わらぬうちに、森と呼ばれた侍の裾をつかんだ男の腕が砕かれた。裾には男の掌がしがみついていた。森のすぐ左手の壁に何かが突き刺さっていた。男たちに致命傷を与えたものの正体。菱形の刃物。 行く先、暗闇の向こうから来た。圧倒的蹂躙だけが目的の。
「数は限られとる。が、おまんらから奪えばええの」
「き、貴様はっ!? 生きておったか!?」
集団の一人が声を上げる。どうやら、自分を撃った者たちの一人らしい。
「ほう、貴様が報告にあった者……忍びのようだな。いい腕だ、いや、それだけではないな。この遺物に関する力を手に入れおったな」
「……」
森が見透かすようにこちらを見やる。
「名はなんと申す」
「忍びの名など知ってどうする」
「我が主がお気に召すだろうと、な」
「ふ、よほどのうつけなのじゃろうな、その主とやらは」
森の青白い顔が一気に朱を帯びる。眼と眉がつりあがり、まさしく鬼のような形相へと変貌する。
「御屋形様を愚弄するか!! 貴様の言う通りだ! 肉片となる忍びの名など意味が無いわ!!」
背後に控える男たちが一斉に武器を取り出す。刀や槍、手裏剣、鎖鎌……そして、あの光の鉄砲。
「そうじゃな、ここで死にゆくきさんらには必要なか」
男は取り出す。先ほど手渡されたばかりだというのに、やけに手に馴染む武器。一気に引きぬき、風を切り、まるで竜巻のように回した後、ぴたり、と止め正眼に構える。
「一方的に狩りつくす」
男は走りだした、風のように……ではない、ぬるり、と影、闇のように森たちに差し迫った。
当然のように銃口を向ける者たち。火縄銃とは明らかに速度が違う、銃弾が放たれるが、男は意に介さず当然のように避けて行く。光が放たれる直前、男の眼には点が映されていた。事前に聞いていた通りだった。引き金を引いた瞬間、銃身に蓄積される熱量を目に映し出していた。そして、それを避ける反射、運動神経、それらは人を明らかに上回っていた。
「あ、当たらん!? なぜっ」
銃を持った男らは驚愕しながら連射する。だが当たらず、それどころか前衛で出た男の影に隠れた彼を撃ち、味方に当ててしまう始末だ。
「がぁぁぁ!」
「ぎゃあああ!?」
まさに混沌たるありさま。彼の者には一発も当たらず味方の頭、腹を撃ち貫いてしまっていた。
彼は、倒れた者たちの武器を拾い投擲する。当然狙いは獣を持っていた者らだ。まるで粘土をちぎるかのように簡単に腕や足が吹き飛んでゆく。
「こ、ここまで強力なのか! 死にかけた男がここまで! 人知を超えた力はやはり存在する! 御屋形様の言うことに間違いはなかった!!!」
森は喜色を浮かべ哄笑した。自分の望むもの、それが手に入るかも知れぬのがたまらなく嬉しいのか、先ほどの怒りは何処かへ置き忘れたようだった。
「森様! 早くこちらに!」
配下の者らしき数人が、森の手を引き後退する。
儂はただ眼前の敵を屠った。自らの力への驚き、そんなものは無かった。紙細工のように千切れ飛ぶ敵を見、感慨、罪悪感、そんなものは浮かばない。何時からかはよく覚えていない。思いだす気はない。無意味だ。
トンファーを振い、斬り。斬りかかって来た者を掴み、肘で砕く。単純な流れ作業。以前戦った素人の動きのように、どいつも遅い。動きのキレは確かにある。だが、圧倒的に速度が足りない。まるで水中で動いているようだ。
数十人はいたが、いまや十人ほどの人数となっていた。その内の一人がひざまづく。
「降参だ。武器も捨てる! た、助けて」
「駄目じゃ」
ひざまづいた男が小さく息をのむ。
「も、目的を知りたいだろ!? あのお侍の! 何だって教える! だから」
「断る」
儂は眼前の男の頭をトンファー先端の刃で叩き切った。残りの者が悲鳴を上げる。恐慌状態だ。
「きさんらの目的などどうでもよい。ただ、一方的に狩りつくすだけじゃ」
「ひぃぃぃ!? バケモノめぇ!!」
破れかぶれで手に持った武器を振りかざしながら、こちらへ突撃してくる。だが、彼らの最大の武器である物量が無い乏しい攻撃は自らの命を縮め、一瞬でかき消えるだけだ。
一人一人確実にとどめを刺し、なにやらわめいている最後の一人の胸を突き刺す。辺りに濃い血臭が立ち込める。わずかに風が吹いているとはいえ、消えるのには時間がかかるだろう。脇に流れる川へと、彼らの血の川が注ぎ込まれていた。