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目覚め

 酷く濡れている。ずぶ濡れと言ってもいい。崖から飛び降り川へ落下したのだ。当然だ……が、ここは川ではないようだ。

「む……」

 男は寝ていた上半身を曲げ辺りを見渡す。暗い、が、あちこちに青や赤、緑など様々な光がぽつぽつと発せられていた。それは床、壁、見上げるほど高い天井から染み出す。

 男は台の中にいた。指を這わせるが木とも金属とも違う何とも滑らかな感触。足元には水滴、奇妙な色をしているが、それが溜まっていた。台の淵には透明な覆いらしきものがせり出している。

「ギヤマン……?」

「違います」

 声が男に届いた瞬間。男は飛び出し、声の主を羽交い絞めにした。持っていた何かが床に落ちる。

「何者じゃ。先の者の……」

「それも違います。お召し物の乾燥が終了しました。どうぞ」

 声の主は慌てず、抑揚のない声で着物を差し出した。男は裸体だ。

 男は手を離し、一緒に持って来たらしいやけに柔らかい厚手の手拭いで体を拭き、着物を淡々と来た。所々、あの光によって破れていたはずだが綺麗に繕ってある。

 男は改めて声の主を見やる。年は十五ほどだろうか。華奢な体つきだが、女性らしい曲線を描いている。見たことのない薄い布が体に張り付いているようだ。もっとも目につくのは髪だ。青い。異人のようだが、茶、金、白の髪は見たこと聞いたことがあるが、青は始めて見聞する。

「異人か」

「二つの意味で肯定します」

「お主が儂を手当てしたのか」

「貴方を地下の水路で発見し、此処まで運びました。常人では明らかに致死に達しておりましたが、川の冷水に浸かった為、出血はほぼ止まっておりました。ですが内臓の損傷が激しく、此方にて代替え品をご用意しました」

 少女はまたしても抑揚のない声で答える。

「代替えじゃと」

「詳しく説明はできません。説明に必要な言葉がこの星の語彙に存在しません。解りやすく言うならば、貴方の体のほとんどがからくりに替えられています

 男は自らの体をあちこち触る、が違和感はない。

「冗談は好かん」

 怒気が籠りながら冷たい、少女とは違う抑揚のない声が響く。

「ならばこれを全力で壁にお投げください」

 少女が手渡したのはクナイだ。預かっていたというそれを男は手に取る。肩越しに振りかぶり力を込める。ぎりぎりと音がする。それはクナイを握っている手とクナイが擦れて出た音だ。違和感が途端に生ずる。

(これは……)

 腕に膨大な何か、筋肉が作り出す力が溢れんばかりに集中しているのが判る。先ほど山中にて力を込めたのとは段違いの腕力が備わっている。そのまま、クナイを放つ。まるで銃弾以上の、いやそれ以上の速度で金属らしい壁に突きささ……らない。クナイは突き刺さらず乾いた音の立て落下した。少女が駆けより拾い、また戻ってきた。その先端は潰れていた。

「今の貴方は鉄すら素手で折り曲げることができます」

 男は両手を見つめた。当然、男は驚愕していた。だが、直ぐに少女に視線を戻す。

「こうした理由は何じゃ。儂を、救おうとしたのでは無いのじゃろう」

 ただ治すだけなら、このような倍力の力を持ったからくりは必要ないはずだ。なぜなら、この技術は治療を前提にした技術だ。例えば義手や義足は、無くなった部分を補うためのもの。決して、元の力以上の機能を備えて作るためのものでは無い。傷を治し、元の力以上の力を与えられるというならば、力を与えずに治すということもできたはずだ。

「貴方に頼みごとがあります」

 少女は膝を床につけ、三つ指を立てる。

「この星行()く船に進入したものを始末していただきたいのです」

 少女は深々と(こうべ)を垂れた。


「二つの意味、と申したな」

「はい、私はこの国の人間ではなく、人間でもありません」

 少女は顔を上げた。

「私は、云わば人形。からくりが人の形を成している、道具です」

「道具が何故、人の死を願う」

「私はこの星行く船を円滑に航行させるための、案内をしております。この船は、昔、貴方が誕生するよりずっと以前に天頂の星の彼方から落下しました。当然、乗組員は全員死亡。私は長い年月をかけ、船を修復しています。私が所属している国の、いえ星の法では文明の程度が低く、同盟の参加の条件が満たされていない星の接触は禁じられています」

 少女は立ち上がり男のやや上を見やる。ヴヴン、と駆動音がし、透明な絵が現れる。絵は星空を映しているのが解った。絵の視点が星の瞬きに近づくとそれは球体を成していることが解る。赤、茶、青、様々な球が眼前を過ぎ去る。男と少女に透明な星がぶつかるが、それは何事もなく通り抜けて行った。

「あれがこの船です」

 少女が指さすほうを見る。そこには帆が無い船が黒い海を渡っていた。一隻や二隻では無い、数、種類多くの船。

 やがてそのうちの一隻が拡大される。

「生命は自らの命を守ること、そして勢力を増やすことを優先します。例え同じ種であっても、それを喰らって増えようとします。そして私たちが持っていた武器。それを使用すれば異国の進んだ兵器にも勝利することが出来るでしょう」

 幻のように浮かぶ船は丸い、青い……海が大半を占める星へと吸い込まれてゆく。

「私たちはそれを望みません。この星で起こった争いはその星の者たちで解決すべきだと考えております。しかし此処に侵入した者たちは武器を手に取ってしまった。そして知識を得てしまった。それを消すためには、消し去るしか方法はありません」

 船は地表に激突し、粉塵を凄まじい勢いで広げていった。

「もし断るのならば、貴方の治療の際に埋め込んだ爆弾を起爆させます」

 男は腹部に手をやる。だが、どこにあるかは解らない。

「この任務を成功させたのならば「いいじゃろう」

「え……」

「その依頼、受ける」

 男は真っ直ぐ少女を見て答える。有無を言わせぬ強い言葉だ。

「儂は貸し借りをしない主義じゃ。お前に命を救われたという借り。返そう」


「しかし、あの武器を手に入れたのならば、外へ持ち出されておるはず」

「ええ、複製、修復の為に持ち出されたようですが、この船を手に入れるために再度持ち込んだようです。現在の貴方がたの技術では数百年先の道具ですから、それらは絶対に不可能です」

 少女は先ほど男が入っていた寝台の隣にある金属製の箱の面に触れる。音もなく開いたそれには、何やら入っていた。

「これは私が作成した武器です。貴方の所持品から扱えそうなものを拵えたつもりですが、どうぞお試しになってください」

 男は何やら取っ手の付いた太いバチの様なものを手に取った。取っ手を捻ると半分に裂け刃が飛び出す。

「なるほど、扱いはあれとほぼ同じか」

 風を斬る音を響かせながら振るう。重さは問題ない。数度刃を出し入れし、仕舞おうとする。

「刃に力を込めるように振るうと、刃自体が振動し、高い硬度の物体も切断できます」

 男が力を込めると、なるほど刀身が光り輝く。それを確認すると、帯にさす。

「こちらは貴方が所持していたクナイです。回収できたのはそれだけです」

 数本のクナイを懐にしまう。

「貴方の腕を天井へ向けてください」

 男は右腕を天井へ向ける。その瞬間手首から細い糸状の物体が飛び出し、天井に張り付いた。

「極細の糸です。先端にはぶつかった物体と張り付く仕掛けになっております。後は貴方の意思次第で引き寄せたり、移動することができます」

 少し力を込めると体が浮き、ゆっくりと天井へ向かう。

「以上になります。何かご質問は」

「ほんに根切りで良いのじゃな」

「はい」

「そうか、からくりの姫よ」

「姫?」

「この船の今の主は貴様じゃろう。そして儂の依頼人、つまり主じゃ」

「私は道具です。敬称など不必要です」

 肯定も否定もせず、背を向ける。

「まずはどこへ向かう」

「頭に意識を集中してください。図面が見えるはずです」

「む」

 頭の中、そして目の前にあるような感覚。立体の図が現れる。幾つかの図形が重なり、それらがこの船を形作っている。

(現在我々は船の船尾上部、治療室にいます。彼等は船首部分の破壊された外壁から侵入しています)

 頭の中に姫の声が響く。どうやら頭部もからくりらしい。

(頭の中で会話ができるのか)

(はい、治療時に手を加えました。私はここで貴方を補助します。……通路や部屋内に隔壁を降ろし妨害しておりますがこのままでは制圧されるでしょう)

 図面に赤い光が幾つも現れる。男はその一つを目指し駆け出した。まさに風を切る速さ。以前とはまるで違う感覚にやや戸惑うが、廃墟となった廊下を駆ける。

まずは目指すは最も近い光。隔壁を降ろしているためかなり遠回りだが、船底だ。階段や、床の穴を凄まじい勢いで下る。

船内にはごみや何かしらに使っていたのだろう、からくりの破片が転がっていた。

(遺骸は無いのか)

(すでに風化し砂となっています)

 なるほど、姫が着ていた様な薄い布切れが崩落した天井に押しつぶされた何かから見てとれる。

 やがて広い空間がある部屋にたどり着く。平べったい鳥の様な物と人の形に見えなくもない巨大な人形らしきものが乱雑に置かれていた。どれも堅そうな金属質をむき出しで、ねじり切られた(かね)の筒や赤や青などの紐がぐちゃぐちゃに積み重なっている。

(それらは動きません。修復はこの星では不可能でしょう。そのまま進み右手に向かってください。壁面に穴が開いています。そこから進入しようとする者を始末を)

 男は素早く穴から出る。水音。川の流れだ。傍で流れている。

(地下水路です。此処で貴方を発見しました。明りが無いため見えづらいのでしたら、目に意識を集中してください)

 言われた通り目に力を入れる。途端に箱に閉じ込められたような暗さが、朝方のように明るくなる。

 周りは土、石、コケくらいしか見当たらない。いや、奥、ずっと奥に僅かな赤い光がある。船内の紅の光では無い。熱さを感じるような橙色。それが幽鬼のように揺らめいていた。


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