ナポリタン
仕事で面倒なトラブルが起きて、随分あちこちに頭を下げた。ネチネチと責められたし、怒鳴られもしたし、呆れたように突き放す人もいた。このトラブルのおかげで、大量の書類仕事も増えた。
ともかく、どうにか日付が変わる直前には、ひととおりの後始末が終わった。ほっとして外に出れば、土砂降りだった。
こんな日に限ってスカートで、パンプスの踵は濡れた路面を幾度も滑った。
ようやく駅まで辿り着いてみれば、人身事故で終電は遅れ、復旧の目処も立っていないという。
「やってらんねえよ……」
私は思わず悪態をつき、また土砂降りの中を歩き始めた。
急に空腹を思い出した。キリキリと、胃の辺りに締め付けるような痛みがある。
朝食を食べなかったのはいつもどおりとして、トラブルで昼食を食べ損ね、夕飯もまだだ。昨日の晩から、水分以外口にしていない。
ファミレスが目にとまった。
二十四時間営業で、看板が明るいオレンジ色を放っていた。
もうすっかり濡れていて、今さら駆け込む気にもなれなかった。それでも自然と足はそこに向いた。何か口に入れよう、と思う。
重たい足で階段をのぼり、店に入るとすぐに店員が席まで案内した。ずぶ濡れの私を見ても、驚いた様子もなく淡々と仕事をしている。店内は閑散としていて、数組の客がぽつぽつといるだけだった。そのほとんどが学生らしく、テーブルの上に勉強道具を広げていた。
食欲はなかった。
メニューを開いても、食べたいとは思わない。グリル系はパス、とライトミールのページを開く。パスタ、グラタン、サンドイッチ。サイドメニューのフライドポテトや唐揚げ。サラダが数種。
濡れた上着を脱いで椅子の背にかけ、ハンドタオルで髪を拭いた。
ナポリタン。
ふと、目に入った。
その響きが、妙に懐かしかった。
そういえば、もう随分長いこと食べていない。
店員を呼び、ナポリタン、と小さく口にした。
ナポリタンでございますね、と店員が繰り返す。
そうして運ばれてきたナポリタンを前にしても、食欲が湧くことはなかった。
フォークを手にして、深呼吸をする。
覚悟を決めて、スパゲッティを巻き取りにかかった。
きっと滑稽だろうと思う。
こんな夜中に、こんなずぶ濡れで、ナポリタンなんて、と。
畜生、と小さく呟きながら、無理矢理咀嚼し、嚥下する。
畜生、畜生、畜生と―――なぜか、涙がこみ上げてきた。
滑稽だ。