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感情の摩天楼(3)

 ワーウルフはミスを犯していた。自然を利用する形で作られたその砦の中は、風が吹かない上に地面が砂地となっていたため、足跡がくっきりと残ってしまっていたのだ。

 だからミーアが逃げ回るワーウルフを追い詰め、その首筋を掴んで拘束するのも難しいことではなかった。

「何すんのよー!離しなさいよー!」

「諦めろ。観念することだな」

 寂れた民家の壁にワーウルフを叩きつけ、剣の切っ先と刃物よりも鋭い眼光をその鼻先に突き付けながらミーアが脅す。

「散々コケにしてくれたな、雌犬。覚悟してもらうぞ」

「……あーあ、私もここまでか。結婚指輪も貰ったってのに……まあいいや。やるんなら一思いにやりなよ」

「……その前に、聞きたいことがある」

「にゃ?」

 このままストレートに殺される物と諦めかけていたワーウルフが、予想外の展開に目をぱちくりさせる。その反応を無視してミーアが続けた。

「人を探している。キーラ・ガディールという名前の娘だ」

「キーラ・ガディール?」

「教えろ。正直に話せば、命は助けてやる」

 そう言いつけた裏で、ミーアは自分のとった行動が信じられなかった。出会った魔物は問答無用で殺すのが鉄則であり、ミーア自身、今までそうしてきたからだ。そもそも魔物と言葉を交わすこと自体、騎士団の鉄則に反していた。

 しかし背に腹は代えられない。そもそもキーラを探すために、自分はここまで来たのだ。

「知っているのか?どうなんだ?」

「うーん……キーラねえ……」

 だがそんなミーアの葛藤をよそに、ワーウルフが気の抜けた声を上げる。そして、ミーアの方を見ながら素っ気ない風に言った。

「聞いたことあるかも」

「本当か!」

「ちょ、そんな大声出さないでよ」

 真顔で詰め寄るミーアにワーウルフが渋い顔を見せる。

「あくまでも名前を聞いたことがあるってくらいで、直接姿を見たわけじゃないんだよ。でも確かにそういう子の名前は、私がこの砦にいた時に聞いたことあるよ」

「そうか、あいつはここにいたんだな」

 肩の力を抜き、ミーアが安堵のため息を漏らす。その姿を見ながら、ワーウルフが彼女に尋ねた。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ。その子見つけて、いったいどうするつもりなの?」

「決まっている。連れて帰るんだ」

「連れて帰るねえ」

 ミーアの物言いに疑問符をつけるように唸ってから、目に力を込めてワーウルフがミーアに言った。

「それ、本当にその子が望んでるのかな?」

「なんだと?」

「人間の生活は酷いって聞くしねえ。案外、魔物たちとの生活に満足してたりするんじゃないの?」

「ふざけるな!」

 ミーアの鉄面皮が怒りに歪む。

ワーウルフの胸倉を掴み、乱暴に壁に叩きつける。一瞬ワーウルフの顔が苦痛に歪んだが、すぐに最初の顔に戻ってミーアを睨みつける。

「だいたい、あなたたち人間は何もわかってない。魔物のことを根元から誤解してるよ」

「誤解だと?」

「私たちのこと、人間を攫って食い殺す野蛮な連中だと思ってるんでしょ?」

「当然だ。それ以外に何がある?」

 魔物がそう言う存在だということは、この地に生きる全ての人間の共通認識であった。それは子供のころから一貫してそう教え込まれたが故の固定観念であり、スラム街で育ったミーアたちもまた、心の中にその考えをしっかりと根付かせていた。

「魔物は私たちを食い殺して腹を満たしている。私はそう教えられて生きてきた。他の者たちも同じだ」

「馬鹿馬鹿しい。私たちがそんなことする訳ないだろ?私たちにとって、人間は決して食料なんかじゃないんだよ」

「ならそれを証明することはできるのか?証拠はあるのか?」

 ミーアの詰問にワーウルフが困ったように唸っていると、遠くから軽い足音が聞こえてきた。その足音はまっすぐにこちらを目指していた。

「ご主人様!」

 そして姿を現したその足音の主の姿を見て、ミーアは自分の目を疑った。

 子供だった。角も翼も尻尾も無い、兵士でもない純粋な人間の少年だった。

「ご主人様、大丈夫ですか!?」

「うん。今の所まだ大丈夫よ、タクト」

 タクトと呼ばれた人間が、目の前のワーウルフをご主人様と呼んでいる。

「お、おい!お前!ご主人様から離れろ!」

 そして人間のタクトが小刀を抜き、憎悪に満ちた目と共にミーアに向ける。その全てがミーアには衝撃的だった。顔に困惑の色が広がる。鉄面皮にさらに罅が入る。こんなことがある筈ない。頭が全力で目の前の光景を拒絶していた。

 一瞬、ミーアの全身から力が抜ける。その隙をワーウルフは見逃さなかった。

 鼻先に突きつけられた剣を手の甲で払い、膝を曲げ真上に飛び上がってタクトの横に着地する。我に返ったミーアがその方に目をやると、そこではワーウルフがタクトの頬を力いっぱいつねっていた。

「このお馬鹿!逃げろって言ったのに、どうして戻って来たの!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!だってご主人様が心配で、無事かどうか気になって……」

「それでこっちに戻って来たって言うの?そんな物騒なものまで持ち出して!」

「痛い痛い痛い!反省してますもうしませんだから許してえ!」

 爪痕が残るくらい強烈に頬をつねられ、タクトが涙目で訴える。だがその光景は決して陰惨なものではなく、親が子供を叱るような、暖かい雰囲気に満ちていた。それはミーアにとっては鳥肌が立つ感覚だった。


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